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2012.02.26 19:43

25日、26日と、東大を初めとして、国公立大学前期試験が行われました。
本ブログをご覧になっている方で、Z会の受講生を初め、大学受験に関わった皆様には、心からの吉報を祈るとともに、結果よりもここまで一つのことに集中して取り組んだ過程を、何よりも将来の糧にして戴きたいと存じます。

さて。東大の入試問題。国語などはまだしも、数学の問題なんて「どうせ見ても解けない」「見る気も起きない」という方が大半ではないでしょうか。
だから、ネット上に問題は転がっていても、わざわざ「入試問題掲載サイト」を見に行こう!なんてしませんよね、社会人の方であれば…。

そこで、本ブログをご覧になったのをご縁と思い、だまされたと思って、これだけ見てください。
東大文系数学、2012年第一問(YOMIURI ONLINEより)
http://nyushi.yomiuri.co.jp/12/sokuho/tokyo/zenki/sugaku_bun/mon1.html

皆さんの目にはどう映られましたか?

僕は団塊Jr.ど真ん中の世代で(1973年早生まれ)、Facebook上の友人たちも必然的に僕の世代の人たちが多いのですが、彼ら(もちろん、文系学部卒業の方もいらっしゃいます)からはこんなコメントが寄せられました。

「マジか!昔は問題の時間配分考えたもんだけどなあ~」
「これ、マジですか?」
「これ、差、つくの?」
「マジか!22年ぶりでも解けた!(笑)信じられない!」
「ひさしぶりに判別式を思い出す必要があったけど、さびついた文系な私でも解ける、まじびっくりした」


団塊Jr.世代で、学生時代に塾の講師などでアルバイトしたことのある経験の方は、同じような感想をもつのではないでしょうかね、恐らく…。

本問は
・「やり方」を、入試日のタイミングで覚えて(暗記して)いれば、簡単に解ける。また、暗記しておくのもそんなに難しくはないレベル。
・「やり方」を、入試日のタイミングで忘れていても、受験勉強中に何度か類題に取り組んでいて、そのときに「なぜそうするか」を理解していれば、試験中に「やり方」を思いだし、簡単に解ける。また、本問の「なぜそうするか」を理解することはそれほど難しいことではない。
という問題で、いわゆる「解法がすぐに思いつく」と、多くの人をして感じさせるタイプなんだと思います。
学習したいろいろなパーツを頭の中で複合的に思考し、答案にあれこれ書いているうちに、解法の道筋が見えてくる…というタイプではないんですよね。
もちろん、東大の問題すべてがこの程度、というわけではないのですが、1991年に東大を受験した自分の記憶をさかのぼっても、「(文系の)第一問ですら、ここまで簡単な問題は見たことがなかった」という感覚を持っています。


かといって短絡的に、理数力の低下に迎合するような出題でケシカラン、東大は何やっているんだ、気骨を見せよ!…などというつもりはありません。
本問を見た、Facebookの友人(団塊Jr.世代です)からのコメントを紹介します。

「東大の問題はいつの時代も奇をてらったものはなくて、その時代の学習状況をきちんと反映したものだったから、なんか拍子抜けしてしまった次第。」

このコメントのとおり、東大の問題は「その時代の学習状況をきちんと反映したもの」なんです。
「東大文系数学において、第一問に出題する問題として適切なのが本問」と出題側が(総合的に)判断した現実がここにあるだけで、迎合しているわけでも、(学力低下に)警鐘を鳴らすわけでもないのです。「選抜試験として適切」という判断があっただけで。
また、(入試で図れる)「学力」にしても、数学の能力だけではないですしね。英語や国語、地歴公民…その他の力をトータルで見なければいけないわけで。


ですが…ですが。
団塊Jr.のオジサンの僕の、偽らざる気持ちとして、“「東大文系数学第一問として表出する問題のレベル」がこのくらいであったら、18歳までの授業で涵養される数学的リテラシーを推し量ると、大学に入り、グローバル社会で勝ち抜く素養を身に着けるまでとても時間がかかるのでは…?”と、脊髄反射で思ってしまうのです。。。

タマタマ、ですが、某所で大学生を教えている友人が、今日、Facebook上で、こんなコメントをしていました。
“大学生の学力が低下しているか?については、平均点とか、そういうもんについてはかわっとらんだろう、と。でもね、私の授業を受けた感想で、「因果関係が大事だということがわかった」とか、そういう感想が純粋に書いてある。これまで、高校での学習を通じて因果関係の理解、習得といったことが行われていたはずなのに、それを無視して点が取れるような「教育」が出てきているということだろうと思う・・・。”
この「因果関係」という言葉にぐっと来ました。
今年の東大文系数学、第一問で僕が感じたのは、まさに因果関係(相互作用、という言い方の方が適切かもしれません)の考察抜きに、単純に解ける問題を出題することにいたった背景への、なんともいえない気持ち悪さ、なんです。
数学の問題そのものを解ける、解けない、の話ではなく、ためた知見を組み合わせて解法を導く訓練が、押し並べてされていないのでは…と。


こう書くと、「ゆとり教育」の弊害だ!と叫ぶ、これまた団塊Jr.の方も多くいらっしゃると思います。
しかし実は、団塊Jr.自身も、いわゆる「ゆとり教育」への変遷過程の教育課程で学んでいた、と知っている方は少ないです。
簡潔に申し上げると、「詰め込み教育」への批判から、1970年代に日教組が提起した「ゆとりある学校」に基づき、小学校では1980年、高等学校では1982年から授業数の削減は始まっており、2002年度から施行された学習指導要領はその完成系。
だから短絡的に、2002年度から始まった(世間で多くの人が意味するところの)「ゆとり教育」だけを批判してもしょうがないのです。


ただ、その完成系の下、2012年の東大文系数学の第一問において、今回のような問題が出題される状況を見て、やはりこれではいかんのではないか、少し詰め込み路線へバランスを傾斜する必要があるんではないか、と思うのは、理解できます。
(詳しくは省略しますが、過去の教育史を紐解くと、ゆとり教育~詰め込み教育は振り子のように動いているに過ぎないそうです)
そして、その動きは、小学校では本年度、中学校および高等学校の「理数教育」では来年度から始まる新学習指導要領、加えてそれに基づく具体的な学習内容に、すでに大きく現れています。

多くの方にインパクトが感じられるように、数学ではなく理科に関することですが、わかりやすい文言を抽出します。
Z会で新課程対応教材としてリリースする「理科基礎5days
冒頭の文章をご覧ください。

「新高1生から、理科は3科目必修! もちろん文系の方も。」

そうなんです。2012年から、文系の高校生でも、いわゆる「物理」「化学」「生物」「地学」の基礎に当たる部分を、4科目中3科目、「必修」となるのです。
(正確には「物理基礎」というように、科目名の後半に「基礎」が付随しています)
また、これらの理科基礎教科、「2単位」相当ではあるものの、多くの先生から「とても2単位相当の教科書の分量じゃない…。3単位、いや、4単位分相当だ。これまでの単位の感覚からすると。」というコメントを聞いています。

数学は、2003年度以降に登場した、中高課程現学習指導要領において、中学→高校へと移った単元がほとんど高校→中学へと揺り戻しになります。おまけに、現行課程では扱われなかった「整数の性質」が新設(と申しますか、過去にあったものが復帰、という感じです)、多くの文系の生徒が入試で必要となる「数学A」に盛り込まれました。
※他、細かな単元変化をお知りになりたい場合は、河合塾Kei-Net「高等学校新学習指導要領のポイント」をご覧ください(PDF)。
http://www.keinet.ne.jp/doc/gl/09/11/toku_0911.pdf

もちろん、高等学校の前段階となる中学校の理数教育も格段に強化されています。
外国語(英語)活動ばかりが世の中で注目を浴びていますが…2012年からの新課程で、中学3年間の授業時間数、外国語の105時間の次に多いのは、理科の95時間。そして数学の70時間と続くのです。
社会の55時間、国語の35時間に比して、いかに理系教科の強化に走っているか、鮮明にお分かりかと思います。
※2/29追記)上記時間数は「増えた」時間数です(外国語が105時間「増」ということです)。

理数強化の新課程を受けて、各大学の選抜試験もすでに動こうとしています。
東大は、新課程初年度の2015年入試にて、文系学部受験の際、センター試験では理科2科目必須、計5教科8科目とすることを打ち出しました。

※8科目=外国語・国語・数学IA・数学IIB・地歴公民から2科目・理科から2科目
東大情報サイト「UTaisaku-Web」にはこんな文章まで。。。(苦笑)
「近年、一部のアホな文系が科学に対する見識のなさをひけらかしているせいで、東大のお偉方も大層お怒りなのでしょう。2014年度入試まで文系はセンター理科は1科目だけ受験しておけばよかったのですが、これが全員2科目強制になります。」

個人的な予測としては、今年度の東大数学の出題レベルが底、2015年度に向けて少しずつ難化するのではないか、と見ています。


文中で、授業時間数の削減は1980年代から始まっていることをご紹介しました。
この反作用が、2011年小学、2012年中高で始まる新課程に現れ始めているわけですから…
教育の歴史は、今後少なくとも十年以上は、「学校での学習内容を増やす」方向に動くことを物語っています。
そして、今の日本よりも難しい内容を早い段階で扱っている、韓国を初めとするアジア諸国に目をやったり、グローバル化の進展を考えたりするにつけ、この流れは止まらない、そう感じます。

注)「ゆとり教育」は、文科省が提唱し始めた言葉ではありませんが、一般的に「そのように」理解されている教育の概念を指すものとして使わせて頂きました。ご了承ください。
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寺西隆行
ICT CONNECT 21 の寺西隆行です。小松高校→東大理一→工学部環境系→教育の道へ。教育とマーケティングをずっと見つめながら過ごすことが喜びです。
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