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2011.12.12 23:50

今年に入り、「誤解」と言う言葉を、誰かに対して1回も発していません(多分)。


人が「誤解」という表現を使うときは、その多くが、自分の発した言葉に対し、相手に(自分の意図と)違う解釈をされた場合だと思います。
このようなケースでは

・相手が余りにも不勉強、あるいは「理解しよう」としていない場合
・自分の伝え方(表現、表情、…)が不適当だった場合

のどちらか、あるいは、両方が重なっています。


ならば、言葉を発した方が、一方的に相手へ「誤解だ!」と言い放つのは、尊大な態度だと思うのです。


少なくとも僕自身は、自分の意図が伝わらなかった理由を考えた方が、自身の成長につながると思っています。


まもなく受験シーズンに入りますが…
とくに、高校生、そしてさらに、東大を初めとした「二次試験に記述問題が多く出題される大学」を受験する方は、よくよく気をつけて欲しいんです。

自分が「できた!」と思って書いた答案が、大幅に減点され、その減点理由がつかめなかったとき…
「これは採点した方が間違っているよね」
なんて言わないように。。。

事実としてあるのは「そう解釈された」ということだけで、客観的に見て「誤って理解された」という根拠はどこにもありませんからね。


自分が「誤解しているよ」あるいは「誤解もはなはだしい」と言い切るときは、恐らくは次のようなケース。
僕の発したちょっとした言葉に、「声高に批判する」ましてや「誹謗中傷する」の領域に達した方向けに、自分の「盾」として使うとき。

まあ、ないですけどね(笑)
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2011.09.14 23:46

全員部署が違う、課長クラスが出席しているミーティングの場。
あるキャンペーンの施策について、A課の課長が

「現場から“イケてない”とか“いまどきこんなやり方は若者にはやらないと思う”などの意見がいろいろ出ています。」

と言い切りました。それを聞いていたB課の課長。

「では、あなたの課としては、本キャンペーンに否定的ということですね?」

と質問。するとA課の課長、ムキになって。

「誤解しないでください!私は賛成です。」

…誤解するも何も、現場の声を代表して課長が述べているのですから、B課の課長のように「解釈」するのが当然ですよね。


・・・


若い独身の男女2人が、ランチの時は毎日一緒。

「2人、付き合ってるんだよね?」

の声に、女性、キッとした目つきになって

「誤解しないで!そんなんじゃありません!」

…誤解するも何も、そう解釈するのがフツウなんですけど…


・・・


なかなか良い例えが思いつかなくて恐縮ですが(苦笑)、自らの言動について

「誤解しないで!」

と、他人に向けて発すること、発せられること、誰でも少なからず経験しているのではないでしょうか。


でも…
自らがとった言動を、相手がそう「解釈」したわけですから、その「解釈」を「誤り」と言うことはできないと思うんです。
言を発した、行動を起こした人間の意図とは違う、という事実こそあれ、それをどう解釈するかは相手の自由です。

もちろん、軽い口調で「あ、誤解しないでくださいね~」と伝えるのであれば、コミュニケーションの一環として全く問題ないとは思いますが、ケンカ腰、あるいは、解釈した相手に非があるような言い方で「誤解しないで!」という態度が宜しくないと思うわけです。


「誤解しないで!」と連発する人は、往々にして、

「自分の伝えたことは相手に伝わって当然」

という尊大な気持ちを持ち合わせているか、あるいは

「自分は表現力がある」「自分の言葉の使い方は間違っていない」(だから捉えていない相手が悪い)

という過信がある人のような気がします。


誤解が発生する時は、コミュニケーションに齟齬が発生している時です。
そして、コミュニケーションの齟齬は、どちらか一方の問題ではなく、両方の問題。

声高に「誤解だ!」と叫ぶ人は、結局のところ、コミュニケーションの本質を弁えていない人なんですよね。
だから、いつまでたっても、「誤解されやすい人なんだ、自分は」という意識のまま変わらず、コミュニケーションの上達が見られません(苦笑)。


「わが社に欲しい人物像」として、昨今決まってあげられる「コミュニケーション能力の高い人」。
これは、テクニックなんかではなく、

「相手の気持ちを解釈し、自分の言葉に置き換えて理解した後、自分の意図通り相手が解釈できる言葉を発せられる人」

のことを指すんだと思います。
知恵(思考力など含む)も、情も、両方持ち合わせた人間ですよね。結局のところ。


一方、「誤解してた、自分は…」と、「誤解」のベクトルを自分自身に向ける行為は素晴らしいことだと思います。
「誤解している自分」に気づくことは、ある意味「理解した」ということですから。


ツイッターの論客としても著名な芦田宏直先生は、たまに

「誤解は理解、理解は誤解」

とつぶやかれます。


僕自身が芦田先生の真意をどこまでくみ取れているかはわかりませんが…大事にしたい言葉です。
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2011.05.22 09:05

誤解と言う言葉を使うのは極力控えています。嫌いな言葉の一つでして。

誤った解釈、と書いて誤解。
誤った理解、と書いて誤解。

解釈にしろ理解にしろ、事を受け止めた側の主観領域なので、「絶対的な誤解」というのはよほどのことがない限り存在しませんよね。


「誤解しないで!」と懇願する状況というのは、発言者の意図とは違うように捉えて欲しくない場合。
つまり、発言者の主観や意図とは異なる、というのが誤解だと思うのです。
あくまで相対的なものとして。

この場合、発言者が「伝えた」つもりでも、「伝わる」事ができていないわけで。
それは、受け手だけではなく両者の問題。

そして、「誤解しないで!」と「懇願」ではなく、理解していない人を「責める」人は、だいたい発言者自身が「伝わる」努力をしていない場合がほとんど。
言葉や態度がマスタベーションの方だと感じています。


だから誤解と言う言葉は発しないよう心がけています。
かといって、受け手の立場では、理解しようと努めなきゃ、ですけどね。

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寺西隆行
ICT CONNECT 21 の寺西隆行です。小松高校→東大理一→工学部環境系→教育の道へ。教育とマーケティングをずっと見つめながら過ごすことが喜びです。
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