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2016.08.12 22:03

7月に入ってから手元に届いた本がたくさんあります(購入したもの、献本、ごちゃ混ぜです)。

なぜ「教えない授業」が学力を伸ばすのか
アクティブラーニングの実践家、両国高校の山本崇雄先生の書籍。

無理なくできる学校のICT活用
ICT導入公立中学の実践的かつわかりやすい報告。

特別の教科道徳Q&A
次期指導要領の一つの柱になる道徳改革について。

アクティブラーニング実践II─アクティブラーニングとカリキュラムマネジメントがよくわかる
今後の教育界のキーワードになりそうな「探究」についても書かれている。

公教育をイチから考えよう

尊敬してやまない教育哲学者苫野一徳さんと「イエナプラン」に造詣が深いリヒテルズ直子さんの共著。

そしていま予約中の書籍。
アクティブ・ラーニングを考える


本嫌いな10代を過ごしたはずなのに、どうしてこうなったんでしょう…苦笑


受験生に負けないくらい、夏、勉強させていただきます。。。
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2014.08.24 18:25

前半の続きです。

前半の投稿、実はfacebookで少し前に投稿していたものなのですが
===========
回ってきても無視する、という選択肢。
僕はそうしませんでしたが、無視を認める社会の空気がある方が、僕は好きです。
自分でベストと思う選択肢をとって、そのことを他人がとやかく言わない社会の空気が、ね。。。
===========
に共感してくださった方が多かったようです(ありがとうございます)。

「自分でベストと思う選択肢をとって、そのことを他人がとやかく言わない」という部分をきれいな言葉にまとめると、『どのような教育が「よい」教育か』などで、筆者の苫野一徳さんが語られている

「自由の相互承認」

という考え方にいきつきます。
ヘーゲルや、竹田青嗣氏などの考え方が源流にあり、苫野さんがご自身のブログで「ヘーゲル『哲学史序論』」を紹介する記事の中でこう書かれています。

「自らが自由になりたいのであれば、他者の自由もまた承認すること。そのようなものとして、社会を構想していくこと。自由を求める人間が真に自由になれるための根本条件は、この「自由の相互承認」をおいてほかにない。」

この思想性、そして、これが最も社会の中でルール化するために大切な思想だ、という考え方に大変共感しています。


この考え方は、従来の「仲間」意識として捉えられているものとは異なるんですね。
つまり、“「仲間」だろ!おれたち!”という言葉と口調で語られる「仲間」の持つ意識とは。
ここでいう「仲間」には、半強制的に“発言者の「仲間」感と同じ立ち居振る舞いをしよう(それだと仲間だと承認する)”という意味合いが込められている気がするんです。

僕はこの「仲間」意識、とっても受け付けないタイプです。
たまたま住んでいるところが同じ、たまたま同級生、というだけで、「仲間」として群れる強制感が…。

もちろん、住んでいるところが同じとか、同級生とかいう「つながり」がある人間は、つながりがない人間よりも大切にしたいものです。
しかし、その「つながり」だけで、人間関係の鎖を必要以上に強くしようとする感(とでも申しますか)は違うのではないかというわけで。


上記のような「仲間」意識の大切さは認める部分もあります。
こういう強制があって初めて生まれる、瞬間的な高揚感、連帯感は、凄いものがありますから(地方のお祭りなんかがその典型ですね)。

認めた上で「僕は受け付けない」、それが僕の立場です。
加えて、“認めた上で「僕は受け付けない」とする立場”を認めることが、「仲間」意識の強い人にも大切なことなのではないかと思っています。

旧来の「仲間」意識の強い人、いや、そればかりではなく、「仲間」意識を受け付けない人にもなかなか難しいことなのですが、この二者の関係(相手の立場を認める)がなりたって初めて、「自由の相互承認」というルールが社会に成立し、真の意味で、社会全体が「仲間」となれる、そんな気がします。
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2014.08.23 23:40

長いタイトルになってすいません。すべてを含めたかったものですから…

まずはアイスバケツチャレンジ(←ウィキペディアにリンクします)について、率直な感想と意見を。


アイスバスツチャレンジに様々な意見があるようですが、一番大事なのは

“相手の意見や姿勢を「そういうのもあるよね」と受け止める”

態度だと思います。
というか、意見を述べる上での前提となる態度で、今回の件くらいわかりやすい例はない、という感じでしょうか。

僕は8/18深夜(=8/19早朝)に回ってきて(そもそも存在すら知りませんでした、Y!ニュースなどになるちょっとだけ前です)、数分で決断し、100ドル(11000円)寄付しました。
瞬間的に一番強かった気持ちは、チェーンメールみたいで強烈にヤな感じ、というものでした。
一方、回してくれた友人は大事な友人ですし、難病の認知が広まるのも悪いことじゃないという気持ちも当然あります。

結果、一番優先された気持ちは、回してくれた友人の気持ちに配慮したい、ということと、これ以上回したくない、ということ。
重なると、100ドル寄付という選択肢がすぐでます。


回した友人も、それがベストと思った。
このチャレンジを始めた人も、それがベストと思った。

賛成する人も、それがベストと思った。
反対する人も、それがベストと思った。

寄付する人も、それがベストと思った。
それぞれのベストと思う意見は、すべてが「あり」なんです。

そして。。。
回ってきても無視する、という選択肢。
僕はそうしませんでしたが、無視を認める社会の空気がある方が、僕は好きです。
自分でベストと思う選択肢をとって、そのことを他人がとやかく言わない社会の空気が、ね。。。

後半に続きます。
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2013.09.12 19:02

主に教員志望の学生が集う「ALL教育フェスタ」の基調講演を拝聴し、その考え方に触れ、学び、共感した苫野一徳さん。

 

すぐに購入した『どのような教育が「よい」教育か』(講談社選書メチエ)も、お世辞抜きに素晴らしい本でした。

そんな苫野さんの新著。
 

 

勉強するのは何のため?~僕らの「答え」のつくり方』(日本評論社)

 

これまたとっても素敵な書籍でした。

多くの「保護者」の方に手をとっていただきたいと思いました。

加えて、多くの「大人」、多くの「中高生」にも読んで欲しいと思いました。

 

もちろん、タイトルに込められている、「なんで勉強するの?」の答えに近づけるわけですが、それ以上に、考える、学ぶ、議論する、そしてその先にある、誰しもが「社会」の中で幸せになる、幸せを形づくっていく、そのために自分自身が弁えておかなければいけない大切な姿勢が書かれているからです。

※あっ、中学生になる前に身につけておきたい最低限の学力形成には、是非Z会の中学準備コースをどうぞ(笑
 
「勉強するのは何のため?」の解そのものに直接近づく内容は、是非書籍を読んでいただいて、と思います。
本記事では、中に書かれている内容で、共感した部分を引用しご紹介いたします。
(以下、引用部分を、“ ”くくりでご紹介させていただきます)

 

 

○“教育をめぐって意見が対立する理由、それはまず何より、わたしたち全員が教育を受けた経験をもっているからです。”

 

冒頭の一文です。

この文章に出会えただけでも「そうそう!読んでよかった。このあとの内容も楽しみだな~」という気持ちにさせられました。

 

教育の良し悪しを語るとき、「自分の経験で」「良いと思ったこと」を「良い」と言うことが大半です。
もちろん語るのは自由ですが、この部分を弁えているか弁えていないかで、その意見が「押し付け」になるかそうじゃないかが分かれます。
 

“たとえば、かつて受験エリートだった大人たちは、そんな自分の経験を一般化して、「勉強するのはいい大学にはいっていい仕事につくためだ」と、自分の子どもにもいったりすることがあります。

 一方、学歴を必要としない職業についた大人たちは、そんな自分の経験を一般化して、「学校の勉強なんて何の役にも立たない」というかもしれません。
 でも、人それぞれ、受けてきた教育の経験も、そこから得たものも、役に立ったものも立たなかったものも、本当はみんな違っているのです。”
 


すごく共感します。
一般的な表現にするのはいい(仕方ないし、僕だってやる場合があります)とは思うんですけど、一般化して押し付ける、のが良くないと思うんですよね。

 
ほかにも「一般化のワナ」と表現し、本著では、いろいろな例が紹介されていますので、思考の訓練にもなりますね。例えば「学校の先生、塾の先生、どっちがいい?」など。
 
 
“じゃあわたしたちは、「あちらとこちら、どちらが正しいか?」じゃなくて、いったいどう考えていけばいいのでしょうか。
 考え方はシンプルです。あちらもこちらもできるだけ納得できる、第三のアイデアを考えよう。”
 
この文章、凄く素敵だと思います。「教育」カテゴリの本は、そもそも「教育」に関心の高い人が手にとってしまうのですが、この「考え方」は多くの方に伝えたい!
 


上の「一般化のワナ」の例であげた「学校の先生、塾の先生、どっちがいい?」という質問なんかまさにそうですよね。
学校の先生が(絶対的に)いいんだ!とか、塾の先生が(絶対的に)いいんだ!、とか、そんなの言えっこないです。
学校の先生の方がいい「場合」もありますし、塾の先生の方がいい「場合」もあります。アタリマエ、ですよね。そういう先生に巡り合うかどうかもさることながら、同じ先生でも「いい」という人と「余り…」と思う人といるでしょうし。

 


とはいえ、「学校の先生の方がいい!」と、断定的な表現をしてしまうことそのものだけで好ましくない、とも思いません。意見表明って「そんなもの」ですから。
自分が好ましくない、と思うのは



・断定的な表現を用いて「自分の意見以外は違う」というような「押し付け」を行う姿勢
・断定的な表現を見て、言っている本人が「絶対的に正しい」とはまず思っていないだろうというような事象に対し、「その意見は違う、なぜならばこういう場合が~」と、「こういう場合」として多くの人の同意を得そうな例を持ち出し反論を行う揚げ足とりの姿勢

というような「姿勢」がにじみ出る態度(や表現)です。
とくに後半のやり方は、自分が優位に立ちたい、という感情が先にある「卑怯」な姿勢だと思います。こういう姿勢が社会に蔓延らないよう、多くの人が、「卑怯」な姿勢が根本にある意見に安易にのっからないようにしたいものです。

閑話休題。「学校の先生、塾の先生、どっちがいい?」に対し、僕なら「第三の道」として、学校の先生と塾の先生の「いいところ」を見つけ、「学校の先生の中で、塾の先生の「いいところ」を持っている先生、っていい先生」(塾の先生で~の場合も同じ)という回答を見つけ出すと思いますね。
 

 


“納得解を見つけよう”

上に述べた考え方が「納得解を見つける」という考え方になります。
「折り合いをつける」って表現にもつながるところはありますね。

絶対的な解なんて出ない事象なんてたくさんある。
そんなときに大事なのは、納得解を見つけることなんだ。
じゃあ、なるべく、自分の意見の対極にある意見を参考にしながら、どういう回答だったら多くの人が納得するかなあ…?


多様性に対する寛容な姿勢って、こういうことじゃないですかね。
そして、多様性に対する寛容な姿勢って、グローバル、グローバルと騒がれている今、グローバルへの意識が高い人ほど、身につけなければいけない態度じゃないですかね?


他、たーーーくさんのヒントが隠されている書籍。

勉強するのは何のため?~僕らの「答え」のつくり方』(日本評論社)

読み終わったあと「なんかスッキリした!」という気分も味わえると思いますよ(^^

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2012.05.11 13:05

タイトルのとおりです(笑)

NHK ニッポンのジレンマ

今日の出演者は、僕の一押し中の一押しの方が、なんと2人も。
それを一押しというかっ!という突っ込みはさておき(笑)


一人目。石戸奈々子さん。NPO法人CANVASの理事長です。といっても、まだまだ若い、30代前半!

インタビュー記事

友人の僕も、この記事で感じる「心」そのまんまの方だと断言いたします。
教育という場の中で、IT、想像力、創造力、そんなキーワードが出てきたら「それは石戸さんのこと?」と脊髄反射するほど、想像力(創造力)を高める活動を、地に足をつけて行っています。


二人目。苫野一徳さん。『どのような教育が「よい」教育か』著者です。

ゆっくりお話したのは一回だけなのですが、ネットでいろいろやり取りを続けており、勝手に友人と思っています(笑)

自らの主観で「よい」と思っている教育は、教育に携わる人であれば誰でも持っていると思います。
しかし、その主観が「ほんとにそうか?」と、自分に問い合わせる姿勢も常に必要だと思うんです、教育人たるもの。ではないと、単なる主観のおしつけですから。
(これと「信念を崩さない」こととは、似て非なるものです)

哲学の視点から、「よい」教育を真剣に考える、そんな方なんですね。


他のお2人、東さん、猪子さんも、著書や講演などで触れたことがある方です。


全員に共通するのが、皆さん、とっても「知恵」があること。(知識、じゃないですよ)
人としてよい心、だけでは問題解決できないんですよね。
問題解決をするには、知恵をつけないと。そういう気持ちを持ち、知恵をつけ、そして解決のために実践している。それが本当の意味で「素晴らしい人」なんだと思います。

(知恵を包含しない「キレイな心」論者に、僕は与しません)

だから、本日の番組は、学ぶのにとってもいい番組だと思うわけです。
また、上記僕の友人2人は、「難しいことをわかりやすく」言うことにも長けていますし(^^


そうそう、Z会社長の西村も、5月のメッセージで素敵なことを述べているんですよ。
私塾界の記事でも取り上げられました。(メッセージだけで取り上げられるって凄いでしょ^^。よほど感動したのかと…)

よろしければ西村のメッセージもご覧下さいね。
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寺西隆行
ICT CONNECT 21 の寺西隆行です。小松高校→東大理一→工学部環境系→教育の道へ。教育とマーケティングをずっと見つめながら過ごすことが喜びです。
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