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2011.09.14 23:46

全員部署が違う、課長クラスが出席しているミーティングの場。
あるキャンペーンの施策について、A課の課長が

「現場から“イケてない”とか“いまどきこんなやり方は若者にはやらないと思う”などの意見がいろいろ出ています。」

と言い切りました。それを聞いていたB課の課長。

「では、あなたの課としては、本キャンペーンに否定的ということですね?」

と質問。するとA課の課長、ムキになって。

「誤解しないでください!私は賛成です。」

…誤解するも何も、現場の声を代表して課長が述べているのですから、B課の課長のように「解釈」するのが当然ですよね。


・・・


若い独身の男女2人が、ランチの時は毎日一緒。

「2人、付き合ってるんだよね?」

の声に、女性、キッとした目つきになって

「誤解しないで!そんなんじゃありません!」

…誤解するも何も、そう解釈するのがフツウなんですけど…


・・・


なかなか良い例えが思いつかなくて恐縮ですが(苦笑)、自らの言動について

「誤解しないで!」

と、他人に向けて発すること、発せられること、誰でも少なからず経験しているのではないでしょうか。


でも…
自らがとった言動を、相手がそう「解釈」したわけですから、その「解釈」を「誤り」と言うことはできないと思うんです。
言を発した、行動を起こした人間の意図とは違う、という事実こそあれ、それをどう解釈するかは相手の自由です。

もちろん、軽い口調で「あ、誤解しないでくださいね~」と伝えるのであれば、コミュニケーションの一環として全く問題ないとは思いますが、ケンカ腰、あるいは、解釈した相手に非があるような言い方で「誤解しないで!」という態度が宜しくないと思うわけです。


「誤解しないで!」と連発する人は、往々にして、

「自分の伝えたことは相手に伝わって当然」

という尊大な気持ちを持ち合わせているか、あるいは

「自分は表現力がある」「自分の言葉の使い方は間違っていない」(だから捉えていない相手が悪い)

という過信がある人のような気がします。


誤解が発生する時は、コミュニケーションに齟齬が発生している時です。
そして、コミュニケーションの齟齬は、どちらか一方の問題ではなく、両方の問題。

声高に「誤解だ!」と叫ぶ人は、結局のところ、コミュニケーションの本質を弁えていない人なんですよね。
だから、いつまでたっても、「誤解されやすい人なんだ、自分は」という意識のまま変わらず、コミュニケーションの上達が見られません(苦笑)。


「わが社に欲しい人物像」として、昨今決まってあげられる「コミュニケーション能力の高い人」。
これは、テクニックなんかではなく、

「相手の気持ちを解釈し、自分の言葉に置き換えて理解した後、自分の意図通り相手が解釈できる言葉を発せられる人」

のことを指すんだと思います。
知恵(思考力など含む)も、情も、両方持ち合わせた人間ですよね。結局のところ。


一方、「誤解してた、自分は…」と、「誤解」のベクトルを自分自身に向ける行為は素晴らしいことだと思います。
「誤解している自分」に気づくことは、ある意味「理解した」ということですから。


ツイッターの論客としても著名な芦田宏直先生は、たまに

「誤解は理解、理解は誤解」

とつぶやかれます。


僕自身が芦田先生の真意をどこまでくみ取れているかはわかりませんが…大事にしたい言葉です。
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寺西隆行
ICT CONNECT 21 の寺西隆行です。小松高校→東大理一→工学部環境系→教育の道へ。教育とマーケティングをずっと見つめながら過ごすことが喜びです。
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