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2016.02.05 07:22

身近な人間に不幸があり、告別式に出席してきました。

配付されたものの中に「清め塩」について書かれた文章がありました。
そこには「清め塩」は廃止しているとの趣旨で、下記が書かれていました。

───────────────────
仏教は決して「死」を「穢れ」とは受け止めません。反対に「生と死とは切りはなせない一体のもの」と受け止め、「今の命を精いっぱいに生きていくことこそが、人間としての生き方である」と示しています。
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「今の命を精いっぱいに生きていくことこそが、人間としての生き方である」

私が「親しい人間との別れ」の席に出向くのも、このことを感じるためもあります。
魂のバトンを受け継ぎ、ちっぽけな自分ではあるものの、できることを社会に生んでいきたい、と再確認するため。。。

蛇足的ですが、考え方や風習は多様ですので、「清め塩」を行うこともまた一つの考え方・風習だと思います(私は上記の考え方に近しいだけで)。


死から感じる精一杯生きていこうとする意志、多様な考え方を受容した上で自らはどうするか選ぶ姿勢、どちらも今の私にとってとても大事にしているものです。


追)故人は本ブログでもご紹介したこともある方です。桑崎剛さん。心からご冥福をお祈りいたします。
※紹介記事はこちらです。
嘲笑から知恵は生まれない。

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2014.05.29 23:50

Facebookを見ていたら、友人が下記記事をシェアしていました。

【悲報】タブレット導入した佐賀市「立ち上げ6分、不具合15分、授業は30分以下」バカすぎワロタwww
※↑IT速報、のサイトにリンクします。

この記事見て思わず笑ってしまいました。
引用された佐賀新聞の記事に出てくる、若楠小学校の内田明教諭、そして九州ICT教育支援協議会の桑崎剛会長、ともにかなりの友人で、「こんな風にネタにされるんだ!」と。

上記、IT速報のサイトでは、引用記事の後のコメントで、佐賀県全高校へのタブレット配布への嘲笑や、武雄市樋渡市長の写真(まあ、武雄市も、タブレット配布で有名ですからね)、佐賀県教委と富士通との癒着への懐疑…などと、まあ、ありがちな流れが続いています。
ICT教育周りのことをいろいろ研究していますし、樋渡市長とも交流ありますし、佐賀県教育委員会へのヒアリングへも行ったことありますし…という身で、率直に申し上げると


・佐賀県高校へのタブレット配布、武雄市のタブレット配布、若楠小のICT教育はほとんど同期していない、独立した動き(それぞれの立場でできることをやっているだけ)

・若楠小の内田明教諭は、佐賀県の拙速なICT導入にかなり警鐘を鳴らしている

・(推測ですが)内田明教諭と樋渡市長と、ICT教育について討論すると、スタンスが違いすぎてかみ合わなくてケンカになりそうな気がする(大笑)


という感じなんですね。
つまりはそれくらい、全然違う方々や動きがコメントで並んでいるんです、「佐賀」という括りってだけで。

内田明教諭とは様々な相談事をし合う関係なので、この記事のことを連絡したら、Facebookでこんなコメントを。

==(引用)==
ははは^ ^ウケるw立ち上げに6分、不具合15分は、当然導入当初の話ですw4年も前の、超初期型の端末だっちゅうのw
そのまま4年も経って、改善してますわ。ものすごい苦労して。暗に県教委に警笛を鳴らしてるんです。
==(引用終了)==

まあ、九州ICT教育支援協議会主催の勉強会における内田氏の発言で「4年前」の状況であることをすっぽり抜かした佐賀新聞の記事も「…」と感じるところはありますが、一方で、問題の部分だけ切って取ってきて嘲笑しても、そもそも問題とはズレた流れが作られる、って例ですね。
2014.05.31追記)九州ICT教育支援協議会の当日の様子は、教育ICTデザイナー田中康平氏のブログ「一人一台 効果と課題」によくまとめられています。


インターネットにあるこういう掲示板的記事、まあインターネットの世界では、ある分にはいいじゃん、とは思います。
そりゃ教育云々の視点から見れば、お決まりの「好ましくない」というコメントになるのかもしれませんが、ネットが発展している社会において、これくらいの掲示板的記事は「存在」しても仕方ないと思うんです。実際には(第三者的に)閲覧している人が多いでしょうしね。

ただ一方で、閲覧している方の見方として、嘲笑・揶揄的コメントを真に受けるのはちょっとね、とした方が良いことは、上記の例からも明らかです。きっとどんどん、問題の本質からズレることが多いでしょうね。


とある事象だけ見て、問題だーと騒ぐのって簡単なんですよ。問題だよな、だっせーと騒ぐのはね。
知恵がつくのは、問題解決に取り組むとき。
内田明教諭は、記事では嘲笑されている問題に自分で取り組み、4年かけて、知恵・知見・経験を蓄え、今では素晴らしいICT教育環境を、若楠小の子どもたちに提供していること、僕は良く知っていますし、だからこそ、2000年代中盤頃から、ネットリテラシーの啓蒙活動に取り組んできた九州ICT教育支援協議会に講師として呼ばれているんでしょうし。

加えて、内田教諭も、桑崎氏も、ICTで何でも解決する!のようなスタンスを決して取りません。本ブログ最後にも、内田教諭のコメントを紹介しますので、そちらをご覧戴ければハッキリとわかると思います。
Z会も「デジタルでも「考える力」は人による添削で育てる」(←MacFan.jpへリンクします)にあるように、ICTの良いところを取り入れようとしているだけで、彼らの姿勢と一致します。
そして、便利なものの利用を進めようとする際、必ず欠点も見つかること、そして、「誰でもわかりそうな欠点」は、だいたいにおいて、問題解決に向かう姿勢がある人は弁えている、と、問題解決を続けようとすればするほど、わかります。

内田教諭に電話してわかったことなんですが、この佐賀新聞の記事が出た後、若楠小にかなり電話がかかったそうです。「大丈夫なのか!」と。そして普段の学校活動の時間がとられてしまった、と。
問題を指摘するだけの人と、問題解決に取り組む人、雲泥の差、ということがよくわかる事例かと思います。


僕のFacebookコメントでは、この記事を紹介した投稿で、コメント欄で下記のようなやり取りがなされました。

==(以下引用)==
(桑崎氏)内田先生のコメントはどの学校の誰にでも、それも強力なネットがあるPC教室でもよくある話しです。それがタブレット型となればなおさら生じる可能性は高いです。それが先行導入の佐賀の嘲笑に変化していく投稿にはビックリです。政治的な分野ではよくあることですが、IT分野にもあるとなると、残念です。

・樋渡さん、この件は関係ないのにお気の毒。
しかし、これとどのつまりは導入時にポリシーもリテラシーもなかった教師側もまずいですけどね。

(内田氏) いやいや、ウチの場合、導入を知ったのは、実は新聞報道が先だったんですよw職員ビックリ、端末とともに移動してきたワタシもビックリでしたw

・有志の方が委員会とか作って検討するようなのがいいですよね。

(内田氏)有志に現場の担当者をちゃんと入れるべきです。知らない間に勝手に決まっちゃうなんてこと、嘘みたいだけど、それこそ「ざら」にある話ですw

(桑崎氏)だって、永田町で「超党派の議員勉強会」でICTの教育利用が取り上げられました。確か、16人も参考人がいて、大学の先生や業界の人、ネット関係者などばかりで、現場の実態を知る教師やICT支援員は誰もいません。学力が上がるとか、教育に有効だとか、意見が出たそうですが、上手に有効に使えばの話しです。どこに課題があり、どう解決すればいいかの知見を持った人がメンバーにいない人選にいささかビックリしました。そんなメンバーの審議会で決めるから間違うのです。実は。

・失敗を糧として次に繋げることこそ大事。
失敗した同じことを繰り返した時こそ世論から詰られる。
ただ、どうしてこうなったのかの原因と責任は明確にすべきだと思ってます。
次の佐賀のICT施策に期待します。

(桑崎氏)皆さんのご指摘の通りなんですが、先行ランナーなら人並み以上の視力が必要です。せめて2.0以上くらいの。残念ながらその施策を決めている先行ランナーのメンバーにその視力があればこれらの事態は避けられた気もしますので残念です。ただし、失敗は成功のもと、それも事実です。

・>桑崎先生
そうですね。私らITの仕事を専門にやってる人間でも間違いは起こすし、ポカもやります。大事なのは「同じ過ちを繰り返さないこと」。それが次への歩みに繋がると思っていますので。
==(引用終了)==


内田氏も、桑崎氏も、しっかり問題点を把握し、経験もし、その上でどうするか、という視点に溢れた人だと伝わってきますよね。

問題点の嘲笑から知恵は生まれません。
問題点に向き合って、解決に向かわせようとする姿勢から、初めて知恵が生まれますし、そんなみなさんとは一緒に何かを進めていきたいと思います。


蛇足ながら、最後に内田教諭の言葉を紹介します。

「だから…立ち上げに6分、不具合15分は、導入当初の話です。しかも4年前、超初期の端末。今でもそうなわけないですwめっちゃめちゃ苦労して、あらゆるアイデアを駆使して、改善したんです。暗に県教委に警鐘を鳴らしてるだけですよ。佐賀市の皆さん、若楠の皆さん、ご安心ください。素直な子がたくさんいて、職員もみんな仲が良く協力しているいい学校です。佐賀市教委の担当係も、一生懸命がんばっておられます。ICTは「魔法の杖」ではありませんが、未来を生き抜くための強力な「道具」であることは、間違いないと考えています。」

2014.06.02追記)後日談をまとめたブログも書きました。「同じような立場の方の考えるタネに。」(←ブログにリンクしています)

さらにご意見を頂戴しましたので、意見者とのやり取りを転記します。表現する際は、ほんの一言二言でも、表現に気をつけなければいけないですね、と反省しました。伝えたいことを伝えるのであれば。

「個人的には、嘲笑は消耗するしなにも生産しないよねという記事にwなんて表現があることにも、けっこう違和感を感じるんですけど」
  ↓
(寺)「どこの意味かなーと思いながら考えていたら、2chまとめの引用リンクのwではなく、内田教諭のコメントですね、多分。
何よりも引用元を崩しちゃいけない、を優先させてそのまま載せましたが、この前提がなければ、wがあるのはどうかなーと、僕自身も(意見を頂戴して)思いました。
内田氏に相談して、少し改変させていただく方が、記事の通りがよかったかもしれません。

その前の「思わず笑っちゃいました」も、嘲笑するような笑ではなく、ほんとに「ぶほっ!」と笑っちゃった(あまりにも事実の温度感と違うので)、って意味で、苦笑より笑った、がいいかなー(正直かなー)と思ったので、そのまま「笑っちゃいました」と書いたんですが、ここも解釈によっては様々にとられます(実際に嘲笑返しのように受け取った方もいらっしゃった)ので、違う表現にしたほうがよかったかもしれません。

なかなか正直性を出しながら(とでもいいますか)、きちんとした表現を書くのは難しいものです、が、いろいろと指摘を受け止め、振り返り、頑張り続けます!
  ↓
(再度、意見を下さった方から)
 寺西さん、ご丁寧にありがとうございます。
 おっしゃるとおり、僕が感じた違和感は内田さんとのやりとりの部分ですね。
(中略)
僕の個人的な感覚としては、2chで発祥したひとを嘲笑することを前提とした言い回しは、いくら一般化したとはいっても未だに嘲笑しているように見える属性をぬぐい切れていないと思っています。仲間内の符丁としてではなく、一般の人に同意を求める文章であればなおのこと。

 基本的に、「2chやtwitterからまとめサイト」的な木を見て森を見ず、要素を拾い集めて大騒ぎをしたいひとたちというのは「相手がやっているんだから自分たちだって正当化される」という考え方でさらにヒートアップするのをよく見かけます。それだけに、必要以上に相手の土俵に乗ることは、やりとりをより不毛にするものという感じがしてしまうのです。

 そういう連中はこれからもずっと、 ww とやりつづけると思います。でも、だからこそ「それって、非生産的だし、未来につながらないと思いませんか?」という提示で、同じ言い回しが使われることには、「僕は」強い違和感を持っているのです。

 というわけで、寺西さんが今回の文章で発信されたいことには、とっても共感しています。応援してます。
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寺西隆行
ICT CONNECT 21 の寺西隆行です。小松高校→東大理一→工学部環境系→教育の道へ。教育とマーケティングをずっと見つめながら過ごすことが喜びです。
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