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2016.08.08 08:30

初等中等教育アクティブ・ラーニング研究会主催の、アクティブ・ラーニングフォーラム2016 in 京都に出かけてきました。
元堀川高校校長の荒瀬克己先生と、大学ジャーナリストの後藤健夫さんとの2時間近くの「対話」を中心に、多くの学びと交流があった会でした。

この会に出席した多くの方は、現場の先生です。
業務ではなく自腹で勉強にいらっしゃってる方が大半だと思います。
そして、そんな会が、全国でたくさん開かれる、それが夏休み期間なんです。
※夏休みの間でしか、離れたところの皆さんと一気に交流できる期間がないので。。


昔話をします。

大学生時代、「駒場子ども会」というサークルに入っていて、夏のこの時期は2泊3日で約100名の子どもたちと一緒にキャンプに行っていました。
子どもたちの楽しんでいる姿を見て、また来年もやろう!という気持ちになったものです。準備はめちゃくちゃ大変でしたけど。
※キャンプが終わった数週間後に、もう次年度に向けて動き出しました。

キャンプが終わると、「よく頑張ったよなあ、俺たち」という気持ちももちろん多分にありました。

ただ、今にして思えば、子どもたちの生き生きと姿を見るための「頑張り」を、学校の先生は普段からずっとやっている、継続してやっているわけですよね。
そう考えると、先生って凄い、「学校」っていう場って素晴らしい…と、ふっと思ってしまうのです。


その上、冒頭に書いたような、学び続ける姿勢。
一部には不祥事を起こす教師もいらっしゃいますが、それだけで教師をひとくくりにして述べては絶対にいけないと、学び続けている教師の皆さんを見るたびに感じます。

これからの学びをつくってくださる先生の皆さんに改めて敬意と感謝を表し、今日も私は、自分ができる「教育」の動きに頑張ろうと思います。
しばらくは「教育の情報化」をミッションとして。

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2014.04.03 17:07

普段から仲良くしている、とある小学校の教師が、ネット上の投稿で次のようなことを書かれていました。
本人の許可を得てご紹介します。

===(引用開始)===
子どもが下校途中で石投げをしていて、車にぶつけてしまったい、それに激怒した運転手が、「先生を呼んでこい!」脅されて、泣きながら子どもが職員室にやってきた。

僕のクラスなので、当然僕が行くことになったのだけど、この場面で先生は全く関係ない。
だから当然、「先生を呼んでこい」なんて馬鹿なこと言う人間に、腹が煮えくり返りながら、現場へ。

そのやってくる態度が気に入らないとさらに激怒。
「普通なら駆けつけてすみませんというのが教師やろ」と関西弁で捲し立ててくるんだけど、
「なんで?ここは学校じゃなので学校は関係ありません。状況を確認に来ただけです。」
「なんだその態度は!校長を呼べ!」
「呼んでもいいけど警察の立ち会いのもとに話します。」
この押し問答で10分。

子どもたちも泣くじゃくっているので、仕方なく校長を呼びました。(実はその騒ぎをみていた他の学年の子どもが、○○先生がとんでもないことになっていると職員室に駆け込んだらしいのだけど 笑)

「このアホ教師の教育がなってない。どうなってんだ」
「勉強ばかりやって何にも世の中のこと分かっておらんらん」

ここで「ああこの人はこの一言を言いたかったのね」と理解しました。
荒れた家庭の保護者から必ずといっていいほど、出てくる言葉です。
こういう人の求めているのは、自分よりも学歴が高い人間に謝罪させることで自分を納得させることなんです。

結局は校長の謝罪で丸く収まったのだけど、僕はこうした人に謝らなければならないいまの学校、そして社会がとてつもなく情けないと感じます。
僕は教師とは簡単に謝罪するべきじゃないと思います。
石を投げられて車が傷ついたことは、その子どもの責任なのでその子どもを叱るべきです。
(また車の傷を許容出来ない場合は、弁償してもらうことになります。)
===(引用終了)===

子どもの不始末の責を学校に押し付ける。
社会の中で、そんな雰囲気が広がっているような気がしてなりません。

学校内で起こった事故については、責は学校に帰すべきですが、学校外の子どもの言動まで、学校が、そして教師が責を負う、なんてことは、決してないですよね?

このときの運転手の、正しい立ち居振る舞いは、次のようなものでしょう。
これも、本投稿をした教師が紹介してくれました。

===(引用開始)===
ほとんどの学校でPTAが子どもの損害賠償保険に入っているので、それを使ってもらえるように「相談」しにくるのが筋ですね。
子どもが否定する、ふざけた態度を取っている場合には警察を連絡をいれて現場検証をしてもらうのがよいです。

世の中でPTAの損害賠償保険の存在が知られていないことが怒りを大きくしている原因かも知れません。
保護者に直接請求するのはとても面倒ですのでね。
保護者も忘れている人が多いのですが、PTA総会で必ずその話がでるはずなので、覚えてくとよいです。
===(引用終了)===

この運転手の他責なところは、次の3点にあります。

1つめ。
子どもに責任をとってもらう、自分自身の責任を、他者に転嫁したこと。
本来は、子ども(あるいはその保護者)とコミュニケーションするのは、本人の役割です。
その責任を「学校」「教師」という他者に押し付けていますよね。
もちろん、子どもや保護者と直接コミュニケーションするのは難しい時代になっていますので、賠償などを求めたい場合は、本教師の仰るように、学校に「相談」するのが筋ですよね。

2つめ。
子ども自身の責任を学校や教師に求めたこと。
本来は、自らができないことを肩代わりしてやってくれる、「学校」や「教師」という存在は、感謝こそすれ文句を言う対象では決してないんです。
いつの時代から、子どもの不始末は学校の責、と、脊髄反射で思ってしまう親が増えてしまったのでしょうか。。。

3つめ。
自らの努力不足によって優位に立てていない部分を、被害者の立場に立てる事象を利用して、加害者(あるいは、加害者の責を負うものと自分で決めつけた立場の人)より優位に立とうとしたこと。
この教師の「荒れた家庭の保護者から必ずといっていいほど、出てくる言葉です。」というのは、教師の経験に基づく発言に過ぎませんが、僕はこの教師の人となりや、努力家であることをよく存じ上げていますので、恐らく真実なんだろうと思っています。
そして、真実だとするならば、自分が優位に立てる魔法の立場である「被害者」ということを利用して、自らの様々な努力不足をすべて本体験に被せてきているんだと思います(もちろん、そのことに本人は無自覚です)。


常々このブログでも書いていますが…
人より優位に立つことは、自らが成長することで相手以上の立場をつかむのが健全なんです。
相手を貶めたり、一部の「できないこと」を声高にバカにしたりすることで、自分は変わらないのに相手を弱くすることで自分が優位に立つのは、極めて不健全なあり方です。
そして、不健全な人間が蔓延した社会は、間違いなく不健全な社会です。

幸いなことに、僕は、普段の生活においては、素敵な友人・知人に恵まれていますので、このような方に出会うことはあまりありません。
だから余計、他責型人間に遭遇したり、体験を聞いたりしたときは、イラッときますね(笑)。


この教師はこうも続けます。

===(引用開始)===
場合によっては謝罪することで学校側の責任まで要求されることもあります。
「あやまったんだからおもえらにも責任があるんだろ」と。

「川の堤防のかさ上げ工事した土手で遊んでいて迷惑だ、崩れ防止のネットもはがれた。学校は何やっているんだ! こっちにこい」と電話で生徒指導の僕と教頭が夜に呼び出し。

なぜ、子どもを直接叱らないのか聞いたら、
「そんなことをしたら不審者だと警察に言われてしまうんだよ!」

「情報をいただいて指導はするけど、子どもを育てるのは地域の役割ですからね。」とお返して上げました。
===(引用終了)===

他責型人間を、次世代には決して引き継がないでおきましょうね。
もし、自らのことを、分別のある大人、と思っているのであれば。。
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2013.11.11 19:33

※本日のブログは、筆者が個人的に参加している「愛される学校づくり研究会」に本日掲載された内容と同一になります。本研究会は、愛知県内の熱心な教師の皆さんを中心に、学校に関わる皆さんから愛されるための様々な研究を行っています(代表は小牧中学校の玉置崇校長。日本教育再興連盟(ROJE)の発起人としても名を連ねています)。
 
従いまして、教師の皆さんへのメッセージとなっておりますが、「特徴を活かす」という視点では普遍性がある内容ですので、こちらでも掲載いたします。
愛される学校づくり研究会の掲載ページはこちら
あっ、Z会は、教員採用試験の対策講座もやってますよ!

 
・・・
 
 10/26(土)、マーケティング努力でアメリカで成功を収めたヒミオカジマさんの講演会&交流会を、教育関係者中心にお声かけして実施しました(※個人主催)。こちらの内容を、(株)KDDI勤務でICT教育について研究している野本竜哉さんが講演録にまとめてくださいました。
 
 また、当日参加されていた教師が、Facebookで下記のような感想をよせてくれました。
 
(以下引用)
ヒミさんのお話から様々な気付きを得ることができました。
「世界は言葉でできている」という番組がありましたが、まさにそういうことです。
現象から言葉が生まれる、という方向性もありますが、今の世界をどう認識し、自分の中にどう落とし込むかは、むしろ「言葉」という「イメージの牢屋(よくもわるくも)」から逃れることはできないし、それがすなわち「現象」となる、ということもあるわけです。
(中略)
ホテルの食材偽装問題に関しても、素材が嘘っぱちだらけであっても、そんなことは、食べている瞬間、あるいはその後も残るほのかな幸福感とは実は無縁だったということです。
なぜならばそれは、「高級ホテルの素晴らしい食事」という言葉を食べていたから。
でも、その言葉が「高級の皮をかぶった偽物」とわかったら、食べた言葉が変容してしまうわけです。
確かに、「世界は言葉でできている」のです。
偽装ホテルを弁護するものではありませんが、「言葉の力」はすごいものです。
教育者として、それを悪用するのではなく、その力の強大さを感じながらも、うまく使いこなさなければなりません。
「有名予備校講師の超有名講義」という言葉を食べて満足している高校生にも、素材本来の美味しさを伝えていくことも我々高校教員の一つの仕事なのでしょう。
(引用終了)

 
 「出会いこそが教師をつくる」のコラム第12回で「異質に触れる機会から気づきを。」というタイトルのコラムを書かせていただきましたが、上のコメントを寄せてくださった教師は、まさに「経営」や「マーケティング」という異質の世界の方に触れあう機会から、自らの教師の力量を伸ばすキッカケを得たといえると思います。
 
 また、同じ第12回のコラム中に「(異質に触れるため)知人から紹介された機会を活かす」というヒントを書きましたが、この教師は“寺西が紹介するんだから行ってみようかな”という機会を見事に活かしてくださいました。もちろん僕にとっても嬉しいことです。
 

 
 ここまで読んで、“自分はどうすれば…”と(漠然と)感じられた方もいらっしゃると思います。「誰かを紹介してくれる知人って、どうやって見つけるの?」と。
 結論から先に申し上げます。「教師という素晴らしい特徴を活かしてください。」と。
 

 
 まず僕の例から申し上げますと、特徴は
・教育をテーマにする会社に勤めている。

・難関校・難関大学の受験指導に長けた会社に勤めている。
・幼児から大学生まで一貫した教育商材を扱った会社に勤めている。
・数学教材の編集業務を7年間担当した。
・Webの広告宣伝業務を7年間担当した。
・若年者に対する、ソーシャルメディア(facebookやLINEなど)の教育啓発活動に従事した経験あり。

などです。
 

 
 「あれ?性格や能力的な強みが一つもない…」「全部職業的な特徴ばかり…」そう感じられたでしょうか?
 
 それが特徴でいいんです。人間関係の「(異質な)つながり」を増やす時には、これまで従事した職業的な経験が、実は一番強みになるんです。僕の場合は、上記のような職業経験をネット上で開示することで、ほんとにびっくりするくらい有名な経営者から、「今の受験ってどうなってるんですか?」という漠然とした問いかけがあり、交流が始まること、何度も経験していますから。

 

 皆さんのような教師であれば
 
・担当している対象(小学生・中学生…)の教育について詳しい。
・担当している教科について詳しい。

・学校経営、学級経営の実情について詳しい。
・教師の1日、1週間の時間の使い方について詳しい。
・教師同士の親交について詳しい。

 すべてが皆さんの特徴なんです。皆さんにとって「当たり前」のことであっても、皆さんとは異質な方から見れば、そんなことは誰も知らない上、誰もが興味を持っていることなんです。なぜなら、自ら「教育」を受けた体験は誰しもが持っていますし、多くの大人の立場である「保護者」しても関心を持ちやすい領域ですから。
 

 そんな特徴を、ブログでちょこっと書いてみてください。Facebookでちょっとだけ自己開示してみてください。ネットではちょっと、というのであれば、教師仲間のつてを辿ってイベントに参加してみてください。それも難しければ是非愛される学校づくり研究会に入り、メンバーとの交流を深めましょう(笑)。貴方にしかない特徴にきっと気づき、知人の輪を広めてくれますから。
 
 全くの余談ですが、大学時代に合コンしていたとき(笑)、ダントツで共通の話題になりやすく、場が温まったのが、こんな会話なんです。

  「田中正造って小学時代にやった?」
  「あーあの髭のおじいちゃん!ウケる~」
  「そうそう、スイミーなんてあるでしょ?」
  「あったあった!(バンバン!と手を叩く相手)」
  「“僕が目になろう!”(キリッ)」
  「懐かし~。」
 皆さんは、普段からの職業体験で、異質な方の興味関心を惹きやすい、とても貴重な財産を取り扱っているんです。
 

 蛇足ながら、普段の体験を愚痴っぽく語るのは避けましょうね。守秘義務に抵触しない「事実」をありのまま話す、話し方は時折笑顔交じりに、というのがポイントだと思います。
 
 最後に。異質に触れ、相手から興味をもたれ、いろいろな問いを投げかけられることは、自らの無知に触れ、成長するキッカケになります。僕は今、小学生向けの教材の責任者ですが、所属している企業の立ち位置からすると、「今の大学受験を聞かれてもわかりません…。」とは言えません。だから普段から教育産業人のプロとして勉強し続けなければいけませんし、質問に十分に答えられない経験は新たな知識を得て視野を広げるキッカケにつながるわけです。
 
 たとえみなさんが「小学1年生の担任」であっても、「イマドキの中学受験ってどんな感じなんでしょうか?」なんて質問に、簡潔に答えられなきゃいけません。それがプロの教師です。そして気負う必要はありません。「いっときより中学受験、中学受験と騒がれなくなりましたよ」なんて軽く答え、「へーそうなんですか」と、相手の「納得」を引き出せれば、それでいいんですから。そして「十分調べてなかったな…」とそのとき思えば、自宅に戻り、インターネットでささっと調べ、知らなかった知識を補い、もし(余りにも)間違った答えをしていたならば、その方にさっとメールで一本ご連絡。それだけで済むんですから。
 
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2013.10.24 23:28

少し前にNHK他でニュースになったことですが。
 
教員の残業 月20時間増える
 
「月20時間」ではないですからね…
月20時間「増える」ですからね…
 
過労死ラインは月80時間の残業と言われています。
「平均して」この残業時間。
いかに過酷か。。。
 
 
「民間ではもっとやっている人もいる!」
 
そりゃいますが、だからといって、教師がこの状態で、疲弊すると、面倒を見ている子どもたちが輝けるはずはありません。
 
 
教師のみなさんに、少しでも時間をつくってあげた方が、子どものためです。
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2012.02.13 23:47

『教師になるということ』
(池田修/ひまわり社)

著者の池田修先生とは面識があり、たまたまあるブログを見ていたら、本著が紹介されており即購入。
教師の皆さんともいろいろと交流がある身ですので、教師になる側の気持ちを今以上に知りたいとも思い。


感想を短く述べるなら、

教師にちょっと興味をもたれた方、
本格的に教師になりたい!と思われた方、
教師になって数年経過し、自分の足元を固めたい方…

まるっと括って「教師という仕事に興味・関心があったり、関わったりしている人」のことを、一生懸命、一生懸命考えて、そして、その皆さんに分かりやすい言葉で話しかけてくれる…

そんな素敵な書籍でした。


また、教育と言う生業に関わっている人はもちろん、関わっていない方も、「教師って普段どんなこと考えて仕事しているんだろう?」と想いを馳せるには、とっても、とっても良い本です(読みやすいし)。


本著では、教師になるために考える8つのポイントに従って章立てされています。
その8つとは

(1)教育とは
(2)教師になるには
(3)いま何をしたらいいのか
(4)教師の魅力
(5)教師に必要な力
(6)クラスをつくるとは
(7)授業をつくるとは
(8)社会につながる学力とは

そして、たとえば、(1)では「学校教育の役割」などを、とても明確に、具体的に、そして短くまとめています。


読み終えて…教育関係の書籍にありがちな「説教臭さ」が何も感じられな語ったなあ、と思いました。
なんか、こう、すーっと、入ってくる、というか。


池田先生の想いが垣間見える、最終章の文章を抜粋。

「もし、私が、学力を定義するならば、「人格を完成の方向に導く力」「いまの社会を良くすることが出来る力」としたいのです。」


僕のブログを良くご覧戴いている方も、きっとすっきりした想いになると思いますよ。『教師になるということ』は。
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2011.12.29 23:20

新人教師自殺 心のケアは…
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/renai/20100218-OYT8T00311.htm

大分前の事件&記事ですが、ご覧ください。


教師ではない僕たちが、子どもを学校に通わせているときに、教師に対してどう向き合うか。

・躾と適度な学力養成以外のことは期待しない。
・期待しないことまでやってくれれば素直に「ありがたい」と思う。
・教師が自子に権力的行為や、不祥事を引き起こしそうになったときのみ、断固として闘う。


ってことだと思うんです。


最後は当然ですね。
しかし、教師が、最後のようなことをやる、ということを理由にして、教師に過度な攻撃をしたりすることは、これまた断固として許されることではありません。これがモンスター・ペアレント、ですね。


もろもろこんがらがって、教師に過度な期待をする方もいらっしゃいますが、これもよしましょうや、と思います。
集団生活上の躾と、学習指導要領に定められた学力が形成出来れば、十分じゃありませんか。


それ以上のことは、自分でやりましょうや。それが親の責任です。

親が責任を果たしてないことを、教師に転嫁することは、許されません。ほんとに。


教師を、よりよい教師にするのも、保護者である皆さん自身の役割でもあるんです。
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寺西隆行
ICT CONNECT 21 の寺西隆行です。小松高校→東大理一→工学部環境系→教育の道へ。教育とマーケティングをずっと見つめながら過ごすことが喜びです。
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