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2011.06.17 23:30

まず、僕自身の昔話から。。。

僕がまだ入社2年目の頃、自部署と、自部署の親類部署(とでも申しますか)で、お客様に対して明らかに迷惑をかけている行為が発生していました。
迷惑とは…たとえば、Z会の場合、教材の校正ミスが頻発したり、提出された答案を返すのが必要以上に遅くなったりすることなどがあります。これをまとめて、「エラー」と呼びます(あくまでこのブログの中で)。
これらはあってはならないことですし、僕が2年目の頃に発生していたエラーはこれらではなかったのですが、半ば恒常的に発生しており、僕にとっては、その発生そのものが許せないものでした。

そのとき、僕は、エラー対処が業務でもなかったですし、ましてや他部署のものは違いますけど、「許せない」という思いが先に立ち、そのエラー処理の労働を一手に引き受け、こなしていました。問題が完全に解決するまで。
このエラー処理にかける時間は、労働時間に入れたものもありますが、半分以上はいわゆる「サービス残業」でこなしていました。
「サービス残業」自体は好ましいことではありませんし、まして今の立場では奨励できるものではないですが、その時の僕は、自分自身がエラーを起こした時、その処理に携わる時間を労働に入れることに抵抗があったので(自分の能力不足とみなされるから)、ましてや他の業務を奪ったものを入れるわけにはいかない、という、自分の意思で、そうしていました。


これがいいことかどうか、というと、正論では「好ましくないこと」でしょう。
労働したものはしっかり、その分の対価として申請すべきです。
しかし、正論ばかりを論として唱え、エラーの処理を膨大に、勤務時間として繰り返す人は、いかなる理由であれ、考課点は低くならざるを得ない、という現実もあると思います。
エラーを処理している時間は、生産性ゼロ、ですので。


そして、「自分の考課点が低くなるのは嫌だ!」と強くプライドを持つことで、最初は(くどいですが、症例はしませんが、現実として)サービス残業から始まり、徐々にそれらが嫌になっていき、結果「エラーを絶対になくすんだ!」という強い心が形成される…というものなのかな、と。
#自分の成長過程はそうでした。サービス残業もまた、いいことではない、という理屈が、サービス残業が少し続いてから(肌感覚で)わかるようになった、という感じです。


エラーを(企業人として)処理する、という行為には、考えるヒントが、いくつもあります。
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寺西隆行
ICT CONNECT 21 の寺西隆行です。小松高校→東大理一→工学部環境系→教育の道へ。教育とマーケティングをずっと見つめながら過ごすことが喜びです。
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