Z会ブログトップへ

2012.02.22 23:00

今週末は国公立大学の前期試験が行われます。
東大志望者の受講者がとても多いZ会では、直前期の東大志望者の動きもよくわかるのですが…
今週になっても、映像授業「ファイナル東大コース」(前・後期試験それぞれに対応)を、今週末の前期試験対策としてご購入される方もいらっしゃる…というくらい、難関大志望の方は「最後の一瞬」まで、対策に余念がありません。


試験直前まで頑張って対策し、見事合格をつかんだこれまでの東大合格者の皆さん。
彼らから合格直後のコメントを頂戴すると、最も多い単語が

「感謝」

です。
すべての大学合格者に多いのですが、東大合格者は「極めて多い」というレベル。
親に感謝、友達に感謝、先輩に感謝、先生に感謝、支えてくれたすべての人に感謝…
感謝、感謝のオンパレードです。

そして、感謝の裏にあるのは、「誰かを信頼する気持ち」ですよね。
最高点に達するためには、信頼する気持ちが絶対に必要、という、ちょっとした裏づけだと思っています。


なんでこんなことをふっと述べる気になったか、と申しますと…
大阪市職員のメールを極秘で調査した橋下市長の記事を目にしたからです。
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK201202220049.html

橋下市長は市職員幹部(管理職のみのメール調査のようですね)を信頼していない(あるいは、これまで無知識なので、信頼できるかどうか、を見るために調べる)、という状態。
そして、そんな橋下市長に、調べられた方は脊髄反射的に「うっ…」となり、職員の中には「何様のつもりだ!」と反発している方もいるような状態。
これが現状でしょうか。

双方に信頼感がない状態ですよね。。。
そして、組織全体として、サービス享受者(=市民)には全く関係のない労働がそこに費やされる。
この状態が続くことは、生産性の悪化(=提供するサービス水準の低下)につながること、見た目でも、論理的に考えても、明らかですよね。


「今、調査に踏み切った」という事象だけみて、双方の態度をとやかくいうつもりはありません。
ただ、この調査をした後、ということであれば、次のような姿勢が求められるのではないでしょうか。

橋下市長側は、調査して「シロ」であった職員を信頼し、さらにしらみつぶしに調べるようなことは決してしない。空いた時間で別の大切な業務に勤しむ。
職員側は、調査して、“「シロ」以外の行為を排除してくれたんだ”と思い、自分も信頼される行動を続けると共に、市長のことを信頼し、市長の行為にいちいち突っ込まず、市民のための業務に勤しむ。

これで最高のサービス生産性が生まれるはずです。

蛇足ですが…そもそも勤務先の機器は勤務先所属のものですから、全ては勤務先の方針・意図を代弁しようとして、のものでなければならないはずで…だから、雇用されている方は、機器を「使わせていただいている」という意識が先。メールの中身を調べられることに声高に反論するのは筋違いだと思っています。
僕も、雑談染みたメールのやり取りもゼロとはいいませんが(苦笑)、かといって調査されても平気(というか、仕方ない)という意識です。


閑話休題。
橋下市長のメール調査を例に出しましたが、他にも「信頼」が出来ていないせいで、生産性を低下させている例はいろいろありますよね。

新しいシステムのことは全くわからないので億単位の案件には首突っ込まないくせに、既存の物流のことは数万単位の「ちょっとした改善案件」でも「ほんとに効果があるのか」という担当外からの意見が先へ進めることを止めたり。
Web全体のことなんて全然わかってないのに、1000ページある全サイトをリニューアルしようとしたとき、自分が関係する「1ページの一部分」だけ見て「ここは前のママの方が“絶対に”いい。止めてくれ」という意見が進捗を遅くしたり。
部下を信頼していないから、何でも自分でやって部署の生産性を高めることができなかったり。
他部署を信頼していないから、各部署の細かなこと(かつ、これまで経験があるため、自分自身に知識があること)にまで首を突っ込んだり(←これ、大人数の会議(ましてや最高意志決定機関)でやられると、とっても生産性を落とす…)。

組織を信頼していないから、「根回し」「調整」と言う言葉への嫌悪感ばかりが先に立ち、気づいたら勝手な持論(そして「聞こえのいい正論っぽいこと」)を展開するばかりで周りの協力を得られず、それを自分のせいとも思わず、組織を通じてのパフォーマンスをまったく発揮できなかったり。
上司を信頼していないから、上司に提出した案件を、毎日のように「あれ、どうなりました?」と聞き、上司を怒らせ、部署内の雰囲気を壊したり(苦笑)。
お客様を信頼していないから、サービスを説明するときに、自分中心の言葉になり、結果お客様に理解されるまでとっても時間がかかる話し方になったり。

いろいろ思い当たる節、ありませんか?
そして、自分自身も、同じことをやっていた過去体験、ありませんか?


冒頭で、東大合格者の皆さんの話を持ち出しました。
彼らはまだ10代。親からいろいろ言われ、(気持ち的に)信頼できなかった時期も、きっとあることと思います。

でも、「合格者」は、最後には「感謝」という言葉に行き着いています。
僕にはこう見えます。
「難しい課題に挑戦する人(組織)は、他を「信頼」することで、最高の生産性を生んでいるんだ」と。


ソーシャルブックマーク:

2011.03.08 09:44

いろいろあった(苦笑)2011国公立大学前期試験の合格発表がピークに向っています。

合格発表_阪大>神大>京大>東大(Z会ブログ「英語好きスイッチ」)

Z会の合格報告会開催情報(Z会高校コースブログ)


Z会の合格をお祝いする企画は

合格おめでとうの輪

にまとめられています。
へえーいまじゃZ会、こんなにいろいろやってるんだーって気持ちを体験するためにも!?是非皆さんご覧下さいね。
ソーシャルブックマーク:

2011.02.25 22:30

本日2月25日は、国公立大学前期試験(2次試験)の日。
ブログやツイッターなどを見ていると、東大、京大を初めとし、様々な話題がすでに流れてきていますね。

さて、先日、ツイッターで、「現代ビジネス」の

年間5万人 就職できない有名大学「第3の入学組」の悲劇 AO入試合格組
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/452

という記事を紹介したところ、かなりの反響がありました。

・今、早稲田の一般入試で合格している人は4割切ってるんだ!
・大学が人数確保に走りすぎ…できない人をそんなにとっちゃだめでしょ。
・企業の人事担当は一般入試かどうかまで見ているなんて…

など、反応は様々。
そんな投稿をみながら、今一度、「学歴」に対して向き合った記事を書きたいな、と思いましたので、したためてみます。


「学歴」を議論する上で何よりも大事なのは、「事実の直視」だと思っています。(学歴に限った話ではないですが)
しかし、“日本の学歴社会なんて良くない!”と、感情的な意見になりやすい「学歴社会」という言葉。。。
本当に日本は学歴社会なのか?という疑問を持たずして言われることが多い気がします。


実体験を語ったもので、大変参考になるブログがあります。

◆「学歴社会」ということ
http://www.bekkoame.ne.jp/~hujino/no55/55_012.htm
タイやフィリピンの事例です。

また、アメリカでは、MBAホルダーなどという言葉が流通するように、実際は大学どころか大学院を出ていないと、社会的地位の高い(あるいは高収入の)職に就きにくくなっています。

上記“「学歴社会」ということ”にも書かれていますが、学歴社会という言葉は「比較」による「相対化」の中でしか生まれないんです。
そして、諸外国と比べたとき、日本は学歴社会ではない、というのが通説です。
#定量的に測ったデータや測り方は多種多様ですので、ここでは割愛します。


ではなぜ日本において、これだけ「学歴社会なんてよくない!」のような批判を目にすることが多いのでしょうか?
私見では、上記の“学歴社会という言葉は「比較」による「相対化」の中でしか生まれない”という事実を脇におき、少数の人の「見栄」を気にする余りの「ひがみ」が流布しやすい構造に(日本社会が)あった、と思っています。

ハッキリ言います。
学歴を持ち合わせた人が、持ち合わせていない人より、社会的地位や経済的に優位に立ちやすい立場にあるのは当然です。
資格と同じ。TOEIC900点超の人が評価されるのと何が変わるんですか?ってことです。

この事実を直視せず、単なるひがみによる学歴批判はナンセンスです。
批判するにしても、学歴がある、ということは一つの評価軸になる、という現実を認めてから、その評価が過大になることはよくない、という流れを作らないと、正当性はありません。

そして、上述の通り、日本は学歴の評価が諸外国に比べて過大に評価されているわけではない、というのが現実だという認識でいます。


一方、大学、高校という種別ではなく、大学のブランドによる偏重…早い話、東大が過大に評価される、という意味での学歴偏重をもってして、学歴社会かどうかを述べる方法があります。
何を持って偏重とするか、は、明確なものとしてはやはり収入となるでしょう。
これはなかなか調べにくいかと思いますし、母集団のピックアップによって変わる部分もあるかと思いますが、東洋経済が2009年11月に発表したランキングはこちらです。
http://www.toyokeizai.net/business/industrial/detail/AC/84be92423a83e919216c32430439cf98

皆さんが想像する「学歴社会」とは程遠いデータかと思います。


こうしていろいろ、日本社会における「学歴」について、過去もいろいろと眺めたことがありますが、経験上得た肌感覚をあわせても、日本は学歴社会ではない、と感じます。
しかし、日本社会の問題として、学歴偏重が現象としてないか、というと、あるんです。
それは、18歳までの教育機会の提供過程において、学歴のみにターゲットをあて、それを目指そうとさせる社会風潮や保護者の認識です。

簡単に言うと、学歴が社会において相対有利に働きにくいにも関わらず、社会に出る前の教育で学歴だけが重視される風潮があり、そこに乖離があるのが問題ではないか、ということですね。

ここには、保護者の意識、民間教育企業、大学、高校…すべてに問題があると思っています。
とくに僕自身、民間教育企業のなかのひとですから、学歴偏重を「煽る」レベルまでの行動は極力してはいけない、けれど結果として「煽り」現象が起きていることは、一個人として好ましくない、申し訳ない、と思っています。
#この問題認識と、自分がとっている解決法は、後日書きます。

しかし一方で、学歴は学歴。マジメに勉強し、学力に秀で、良い大学に合格された人間が評価されることは素晴らしいことだと思っています。
というか、これを否定する社会は、この知の時代においてどんどん国際社会においていかれるのは間違いないこと、明白です。

その評価が「過大」になってはいけない、それだけです。


学歴「だけ」を見ている保護者の方、本人のためになりませんよ。学歴「だけ」では諸外国より評価されないんですよ。
学歴なんてくそくらえ、と一方的に学歴社会を批判する方、では学歴ではない分かりやすい評価基準をあげていただけますか?とっても分かりやすい基準の一つだと思いますよ。

学歴も大事だよね、でもそれだけじゃないよね、人間の評価基準って。

多くの人に弁えて欲しいです。


最後に、受験生の皆さん、保護者の方がもしご覧になっていたら。
志望校に合格できたらほんとにおめでとう。でもそれだけじゃないからね、社会で幸せに生きるって。
志望校に合格できなくても仕方ないよ。それだけじゃないから、社会で幸せに生きるには。

どっちにしても、結果を踏まえて、次何するか、それが大事なんですから。
ソーシャルブックマーク:

プロフィール

プロフィール画像
寺西隆行
ICT CONNECT 21 の寺西隆行です。小松高校→東大理一→工学部環境系→教育の道へ。教育とマーケティングをずっと見つめながら過ごすことが喜びです。
※スパムのためコメント欄は閉じました(すいません)。

カレンダー

<<   2017年09月   >>
          01 02
03 04 05 06 07 08 09
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

月別アーカイブ