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2011.03.27 00:29

石巻市。今回の震災で大きな被害に遭ったところです。


実は、石巻青年会議所より講演依頼を受けていたのです…。


震災後、なんとも表現しようがない気持ちになっていました。


加えて、石巻青年会議所のWebサイトも更新が止まったまま。
ツイッターも更新が止まったまま。
担当者からも連絡なし…(僕から連絡をするわけにもいきませんので)


今日数日ぶりに石巻青年会議所のサイトを見たら…


更新されていた!


そしてこれからは、石巻青年会議所のブログで情報を届けるとのこと。


ブログでもあるように、ボランティアを必要としているようです。
藤巻健三氏のツイートにもあるように、人手が足りていない模様。。。


青年会議所の方とはメールを通じてのやり取りしかありませんでしたが、本当に教育熱心…勉強云々ではなく、次世代の若い人を作っていこうとする気持ちに溢れていました。


原発近くは残念ながら、ボランティアには危険です。
被害が甚大な地域もまだ、素人ボランティアは禁止しているところもあるようです。

石巻市は、きっと受け入れ態勢が整っています(ブログから推察する限り)。
人手も足りないことは藤巻健三氏のツイートでわかります。

素人だけど手伝いたい!という方…とくに若い方を中心に…
石巻市の力になってあげてください。
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2011.03.25 11:01

被災した方々の状況を、できるだけ正確に伝えていきたい。
「助け合いジャパン」は、内閣官房震災ボランティア連携室と連携し、
インターネットを通して広くみなさまに情報提供をしていく民間プロジェクトです。


助けあいジャパン

立ち上がりました。
僕が知りうる限り、皆さんの「助けたい」という気持ちを、最も大きく、そして正しく、引き出してくれるサイトです。

総合統括が、
ほんとうに、ほんとうに、未来のために、子供たちのために、私生活のほとんどを使っている方。
僕がツイッターで、毎日つぶやいている

毎日1同言 「大人が明るく前向きに、働くことを楽しんでいる(=何も考えないのではなく、不安と対峙し少しずつ解決することで未来を作っていく)姿を見せるのが、子どもたちへの一番の教育だと思っています。何かを“教える”より、ずっと」

に大きく共感して頂き、かつ、僕なんかより何兆倍も実践されている方。

さとなおさん。
佐藤尚之さん。



※すいません、僕の情報に誤解があった模様で、この部分にあった3行、削除しました(3/25午後1時)


彼の勢いは、こちらも素晴らしい方、ドリームデザインの石川淳哉さんのブログでよく確認できます。


石川さんが助けを求めています。


「いわゆる教育者」というカテゴリには入らないお2人ですが、「いわゆる教育者」とは違う形で、そしてその皆さんに勝るとも劣らず、素晴らしい価値を子供たちに提供し続けてくれています。


社会人は経済を回す必要もあります。
学生も本来の勉強する必要はありますが、どちらが動けるか、というと、学生さんです。

僕も学生のとき、同じ思いで神戸に向いましたから。


若い方、あなたの力が必要です。
そしてその経験は、何よりも自分を強くし、社会人としてはばたけるようにしてくれます。

僕がそうだったように。


是非ご協力下さい。
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2011.03.16 15:39

前回からの続きです~


TVで報道されていた大きな被害なところは、逆に自分が行っても邪魔になるだけ、と思っていましたから、東の方から少しずつ、人手が必要かどうか、ボランティア受付センターに足を運ぶことにしました。
最初に「とりあえず今日1日はこれやってくれ」と言われたのは、西宮市です。

配属された地での役割は、「送られてきた支援物質を整理し、不要なものを捨てるため仕分けすること」
…ありえないと思いませんか。

◆要請されないかぎり何も送らないことです。
何が不足しているかもわからずに送られてくるものは、千羽鶴と同じゴミです。
「着るものがないだろう」とボロを送られても馬鹿にされたと思うだけです。
水もガスもないところにカップ麺を送られても意味ありません。
現場に何が必要かを理解しているのは現場のプロだけです。
「○が不足しているのでどこに送って欲しい」という呼びかけに応えるのであれば、
ぜひ送ればいいともいます。

被災地は、「自らは不要、だけど必要な人がいるかもしれない物」の回収場では絶対にありません。
古着屋やリサイクルセンターと勘違いしないで欲しい。
しかし残念なことに、「邪魔なものを捨てる」×「人に感謝される(と推測できる)」という、単に自らの満足を最大化する行為が、「被災地に自分に不要な、かつ、まだ十分に使えるものを送ること」なのです。
そしてこの行為をする人は、自らの行為の愚かさに気づいていません。

西宮市のとある倉庫で見た光景、それは…自らの身長の何倍もあるところまで積み上げられたダンボール。その多くは雑多につめられた古着でした。
床には、賞味期限間近の食品もいたるところに。
これが、これが、「知らない人が支援行為を行うとき」の実態なのです。

今回は阪神・淡路大震災の教訓が生かされているのでしょうか、ネットではいたるところで「一番必要な、かつ、被災者のために確実になる支援は、お金」と呼びかけられています。
だから今回はきっと、前回のような迷惑は発生しないと信じたいです。
#先のブログでも書きましたように、Z会では義援金による支援を決定しました。
http://www.zkai.co.jp/home/about/corporate/press/20110315.html

ちょっとだけ脱線しますが、この西宮市で働いたとき、一緒にボランティアで1日ご一緒した社会人の方からかけられた言葉が、僕の(まだまだ未熟だった)ボランティア観に大きな影響を及ぼしました。

社会人の方:「東京から来たのか~それはこっち(関西)の人間にはほんとうにありがたいことだね。」
僕:「いえ。。。会社を休んでまで働いている方がよほどすごいと思います。」
社会人の方:「それは違うよ。僕は有給がたまたま余っていたので、消化するため今日ボランティアにきているけど、働いているみんなだって、そこで商品やサービスを一生懸命作っている。今やれることを最大限やることが何よりも大事なんだよ」



西宮市は1日で離れ(ややボランティア過剰気味でした)、次の日辿りついたのは兵庫区。
震災で職員や住人を失った「神戸母子寮」が僕が最後までいることになった働き場所でした。
大学で子どもたちと野外活動をするサークル「駒場子ども会」に入っていたため、大学に戻らなければいけないスタッフと入れ替わりでの配属。
ここで経験したことは、言い切れないほどたくさんありますが、今回の記事の趣旨とは異なりますので割愛いたします。

1つだけ。僕が出向いた、震災より1ヶ月ちょっとあと。
被災者自身による自家放火が相次いでいる時期でした。
「自分の家の半壊を全壊にすることで、保険の払い戻しを多く受けたい」という意図の元。。。

ほんとうに辛い気持ちはわかるものの、二次災害につながりかねない行為ですので、被災地近辺(甚大な被災地ではない被災地の方が余計危険です)の方はくれぐれもご用心いただきたいと思います。

夜の自家放火をさせないようにするため、昼は母子寮での労働、夜は夜警と、フルで働き、平均睡眠時間は2時間程度でした。
1週間続けたときに疲労による高熱。体や気分はピンピンしており、一緒にいたスタッフから「体熱っぽいよ」と指摘されたため体温を測ったら40°近く。熱を見た瞬間に倒れ、1日寝込みました(苦笑)。

今は専門家によるボランティアが必須ですが、しばらくたてば、素人ボランティアも必要な時期がくると思います。そのとき、気持ちのある皆さん、是非伺って欲しいんです。

ただし、もちろん「人から感謝されることの楽しみ」より、実際の自分が役に立てる、という推測と覚悟を持ち出向き、加えて被災地では、まず自分の身を自分でなんとかする(そのために睡眠も必要)、この姿勢で臨んでください。



最後に、西宮市議会議員今村岳司氏のブログより印象的な部分を抜き出してご紹介します。

◆政府の大規模な財政出動に理解を示すこと、増税を受け容れること、
節電など、政府の呼びかけに応じて、不便を受け容れること、
被災者の苛立ちや要望をただ受け容れること、
プロが呼びかけるボランティアや募金に参加すること。
これくらいが関の山なのです。

◆ぜったいにこちらから安否確認の通信をしないことです。
安否確認したいのは被災していない側です。
被災していない側が安心したいだけです。
安否確認などされても被災者には何の益もありません。
安否確認で電話することは、
通信が復旧しきっていない情況で、
被災者でない側が安心したいがために通信を使用する行為です。



そして我々にできることは、メディア報道の嵐が過ぎても、被災地のことを半年、1年と「きにかけておく」こと、これだけは皆さん、忘れずに。。。
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2011.03.16 15:36

僕は阪神大震災のとき(当時大学4年生)、ボランティアで東京から現地にかけつけ、1ヶ月弱滞在しました。

・・・

そのときの自らの感情変化や経験を元にしつつ…
「かつて被災者、今部外者」の立場から記事をしたため、ネット上で話題になっている、西宮市議会議員今村岳司氏のブログを引用しながら、被災地支援において大切な姿勢について述べます。
以下、◆ではじまる箇所は、上記ブログより引用となります。
#一部実際のブログとは順番が前後します。


1995年1月17日、阪神・淡路大震災が発生しました。そのとき僕は、東京の一人暮らしのアパートにいました。不精な学生生活を送っていたため、起きたのは昼前…つけたTVで、大変なことが起きていることを知りました。

「助けなきゃ」「なんとかしたい」

瞬間的に起きた感情はこれです。だから、感情に任せてボランティアに向かう人たちの良心を否定するわけではありません(もちろん)。
しかし、本当に、本当に、「助けなきゃ」という自分になることで、自分の気持ちを満たすこと以上、相手を想う気持ちがあれば、「相手に何ができるか」を瞬間的に考えられる自分でいられるはずです。
思いもかけない出来事で飛び出た右脳的感覚を、左脳が抑制する、とでもいいますか。

「自分ひとりがいっても無力である。
自分ひとりがいくと、自分ひとり分の食事を奪うことになる。」
はっきりと、はっきりと、瞬時でそう思ったを覚えています。

◆まずは、呼ばれでもしないかぎり、絶対に被災地に行かないことです。
被災地から出ようとする人、入ろうとする支援部隊や家族で
アクセスはただでさえ大混乱ですから非常に邪魔です。
統制もとられておらず装備もなく訓練も受けていない「ボランティア」は
ただの野次馬観光客です。何の役にも立ちません。
自衛隊は、食糧から水から燃料から寝具から、全て自前で用意して出動します。
しかし、手ぶらのボランティアは、
被災者が食うべきものを食い、被災者が飲むべき水を飲み、
被災者が寝るべきところで寝るのです。◆



2、3日が過ぎました。
毎日のように流れる悲惨な光景。。。
そして、しばらくした頃でしょうか、ぼんやりとしか覚えていないのですが、TVから流れる画像の雰囲気が急に変わったような気がしています。

◆他人の絶望をエンタメにすることしか考えていない無神経なテレビを見ていると、
記憶の中で彼らは解凍され、また腐臭を放つようになってしまいました。

被災地の悲惨な状況を届けるのも、マスメディアの1つの役割かと思います。
しかし、「それだけ届ける」のが使命ではありません。
とくに、残念ながら常日頃「視聴率競争」に晒されているTV業界の人たちは、どうしても他人の絶望を無意識的にエンタメとして扱いがちです。(本人たちは良かれと思ってやっている場合もあります。だから「無意識」なんです)

被災地の皆さんの状況を、多くの人々の意識の中に組み込み、ずっと継続させておく…いわゆる「風化させない」努力は、マスメディアには是非お願いしたいと思います。
そしてその一方で、記事を扱っていることが、自らのエンタメ意識からきていないかどうか、常に自分自身に問いながら、記事化をしてほしいのです。

◆被災していない人間に被災者の気持ちが分かるわけがないのです。
分かるわけがない相手に分かったようなことを言われたりされたりすることこそが、
相手に「被災者の気持ちなんて結局誰もわからない」を痛感させます。
とにかく、自分にできることなど何もないことを受け容れることが必要です。
「何かしよう」という気持ちが、本当に自己満足ではないのか、よくよく考えるべきです。



1ヶ月近くがたとうとしていました。
直後から感じていた、にわかボランティアブームが収束していることを肌で感じました。
そしてメディアにて、ボランティアという名の迷惑な人たちが少しずつ報道されるようになってきました。

◆ひとつは、観光気分で来た自分探しボランティアの連中のこと。
彼らは、人から感謝されることを楽しみにやってきただけでした。
だから、汚れ仕事やしんどい仕事は何かと言い訳しながらやりませんでした。
彼らで集まって楽しそうに親睦を深め合っていました。

人から感謝されることを楽しみに行いを為しても構わないと思うんです。
ただ、この気持ち「だけ」での行動は、絶対に、絶対に、止めなければいけません。
もちろん、この気持ち「だけ」での行動の結果「感謝される成果」を世の中に生み出す場合もありますが、経験的に、その可能性は低いと感じます。

「相手に何ができるか」「それは自分にできるか」「そのことで逆に迷惑をかけることはないか」
真剣に考えてボランティアに出かけてほしいと思うんです。
逆に、これを考えられない行動は、真の意味で「良心」に基づいた行動とはいえません。

しっかり考えられていれば(そんなに深い思考が必要とは思いません)、少なくとも
・自分一人でも寝れる用意をしておく
・自分が数日~1週間、「向こうで食事がなければこれを食べて過そう」と思える食事を持参する
(1回あたり、普段の食事の量の2、3割程度が目安でしょうか)
・食事やトイレなどで「ご厄介」になりつつも、ほとんど自分でできていることがないと思えばすぐに帰ろう、という覚悟を持ち合わせておく
などは、ボランティアに出かける前に準備できることです。

メディアで報道されなくなったからか(きっと取材の人たちが減ったのでしょう)、ボランティアという名の迷惑な人たちと、実際にボランティアで懸命に頑張っていた人(大学生中心)が帰り始めたのが、2月上旬~中旬にかけてだったでしょうか。学期末テストが大きな理由だったかと思います。
そのため今度は、真の意味でのボランティアまで不足する事態になってきた、と、メディアの記事で流れてきました。
すでに卒論の発表以外、単位をとり終えていた僕は思いました。「自分ができるのはいまだ」

そして僕は、寝袋を調達・持参、1週間程度の食料と最低限の着替えなどを持ち、神戸へ向って列車に乗りました。

後半に続きます~
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2011.03.11 23:30

大変な地震(東北地方太平洋沖地震)が起きてしまいました…


多分このブログをご覧頂いている方は、被災地の方よりも安全な地域の方の方が圧倒的に多いと思いますので、お願いを申しあげます。


「相手に対して、自分にできること」を考えながら、言動してほしいと思います。


例えばボランティアに行くこと。とくにこの時期時間のある大学生の皆さん。
気持ちはわかる。
一方で、自分にできること、本当にあるか?という気持ちもどこかでもった上で行ってほしい。
単なる気持ちだけでは、人間一人が被災地から、単に食料を奪う行為になりかねないので。


例えば「被災地の方が心配です」とネットで語る人。
心から心配と思う気持ちがあればもちろん問題ありません。
しかし、「心配だ」と「発言する」自分自身に酔おうとしている気持ちが少しでもあれば、絶対に止めてほしい。
その言葉が被災者に伝わり、気持ちが被災者に見透かされると、被災者の気持ちを害するだけですから。
#ボランティアと同じで、人に対して優しさを発揮する自分を作りたい、と言う自己満足の人、少なくないんですよ…。


何もしないでじっとするしかない、というつもりも毛頭ありませんが、
人に対して何かする、と言う行為は、徹底的に相手の立場への想像力を働かせてやって頂きたいと思うのです。
とくにこんなときは。

感情的にではなく、冷静に、相手に尽くすことが、安全な地域にいる人間が一番弁えることだと思います。
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プロフィール

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寺西隆行
ICT CONNECT 21 の寺西隆行です。小松高校→東大理一→工学部環境系→教育の道へ。教育とマーケティングをずっと見つめながら過ごすことが喜びです。
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