Z会ブログトップへ

2011.08.22 02:30

こちらのブログの続編です。
今回はソーシャルメディアを「運用する側(企業や団体)」「使用する当人」「閲覧者」すべて、持っておいてほしい姿勢や心構えであるものの、まだソーシャルメディアを取り巻く環境の中で醸成されていない事柄について述べてみたいと思います。


ソーシャルメディアに何らかの恩恵を受けている者すべて、「ありがたや」の気持ちを持つべし。


「まんべくん」ツイッターを使用されていた方は、長万部町に大変愛着を持ち、「まんべくん」を心から愛しており、長万部町をもっともっと良い街に・有名にするために、自らの考えるアイディアを、「まんべくん」ツイッター活用(広報活動)にて具現化されていたんだと思います。
しかし、どれだけ長万部町やまんべくんの「ファン」であっても、当人の発する言葉がすべて、長万部町やまんべくんの広報活動にプラスの影響を及ぼす、とは限りません。

芸能人やスポーツ選手が、その人本人にとってとっても辛い事件を起こした時、ファンの中でも「こんなときだからこそ応援しよう」という発言と、「こんなときだからそっとしておこう」という発言に分かれますよね。
…「ファンだから」といって、ファンの言動が、ファンの対象である人・物・事柄を支援するとは限りませんし、逆に、ファンがよかれと思ってやったことが、ファンの対象である人・物・事柄を不幸にすることもあることは、この例でお分かりではないでしょうか。

「まんべくん」ツイッターでの発言を、かなり昔のものまで遡ってみました。
「まんべくん」を使って長万部町のPRをしたい!という気持ちは十分に伝わってきました。
一方で、“「まんべくん」のツイッターを使わせていただいているんだ、ありがたいことだな”という気持ちは、残念ながら伝わってきませんでした。

「自分は長万部町をなんとかしたいと思っているんだ」という主観が、「その気持ちと言動は、客観的に見ても評価されるべきことなんだ」という主観に重なると、「「まんべくん」を使わせていただいているって、なんてありがたいことなんだ」という気持ちが薄れ、いつのまにか「まんべくん」=「自分の意志」という等式が自らの中に成り立ってしまい、表現の暴走が始まってしまいます。
ファンであるからこそ、この暴走にブレーキをかけるよう、常に意識しなければいけないことなんですけど…

今回、一発レッドカード(=ツイッター閉鎖)になりましたが…「ありがたや」の気持ちが感じられる言葉を発し、長万部町側に気持ちが伝わっていたら、一発レッドカードではなく、イエローカードですんだかもしれません。


とはいえ、運用者側~今回の件で言えば長万部町側~も、ソーシャルメディアを用いたPR活動に貢献している使用者に対し「使わせて“あげている”」という上から目線の意識を持っていると、運用者側のソーシャルメディアを有効に活用する使用者はまずあらわれません。
注)今回の件において長万部町側がどんな意識だったかはわかりません。

「仕事」「業務」として、社員(職員)が公式のツイッターやブログを使っている場合も全く同じですよね。“仕事なんだからしっかりやれよ、企業(団体)に恥かかせるなよ”という意識をプンプン匂わせ社員(職員)に使用させたところで、“どーせ仕事だから”と割り切ったり、あるいは“問題発言をしてしまうとヤバいから”と不安がったりして、ソーシャルメディアを活性化させるために最も大切なことの1つと思われる「人間らしい体温」が伝わってこない発言ばかりになること、間違いないでしょう。

企業(団体)を愛してくれている社員(職員)が、その気持ちを全面に発揮しPR活動を続け、企業(団体)のファンを増やしてくれている、こんなにありがたいことはない―

運用者側が持つべき気持ちですね。


さらに「閲覧者」にも、「ありがたや」の気持ちを持ってほしいと思います。

今回の「まんべくん」発言について、「こんな発言していいの?」と疑問を持ったり、「この発言、ヤバくないですか…?」程度の発言を率直に「まんべくん」ツイッターに寄せる程度であれば構わないと思います。
しかし、当事者~たとえば、長万部町在住者など~ではなければ、「こんな発言していいのか!」と一方的に、かつ直接的に責め非難するのは、非常に好ましくないと思います。法的に許されない発言、あるいは社会の99%の人間が「道義的に許されない」と推定できる発言、などではない限り…。

ソーシャルメディア上のほとんどの発言は、主観であり、感想です。
主観や感想には、賛成意見もあれば、反対意見もあります。
やっかいなことに、反対意見は、「その主観や感想に対し湧き起こる感情として、そういう(否定的な)感情が起きる“人もいる”ことは容易に推定できる」という、絶対優位の意見が多くなりがちで、反論のしようがないことが大半。
「そう感じる人もいる、しかし、そう感じない人もいる」としか返しようがない意見が多く、かつ、「そう感じる人もいる」ことが正しさをもって受け止められがちなのが、「主観」や「感想」に対する反対意見です。

そのテの反対意見~責め非難する方が絶対優位に立てる意見~がソーシャルメディア上に跋扈すると、誰もソーシャルメディアを通じて主観や感想を述べる気なんて起きなくなります。
すると、反対意見を述べた「閲覧者(非難するときのみ表現者)」がそれまで活用していたソーシャルメディアは、ソーシャルメディアではなくなってしまいます(意見を述べる対象である「主観」や「感想」がネット上からなくなる、ということです)。

ソーシャルメディアの閲覧者も、「ソーシャルメディアでいろいろな意見を見れてありがたい」の気持ちを持つべきであり、もし、この気持ちがある人ばかりでソーシャルメディアが創られていれば、自らが当事者ではないものに対しての発言に、見るに堪えない非難・中傷の嵐が起きることなんてないと思いますし、「一発レッドカード」ではなく「イエローカード」とし、その後立て直し、より面白い(有用な)発言につながるソーシャルメディア(今回で言えば「まんべくん」ツイッターそのもの)を残すことにつながると思うんです。


ソーシャルメディアに関与するすべての者は、「ありがたや」の気持ちを。


これがソーシャルメディアに向き合う社会が持つべき姿勢であり、だからこそ「ソーシャル」メディアともいえます。
ソーシャルブックマーク:

2011.08.18 23:10

ソーシャルメディアに詳しい方なら有名な、「まんべくん」ツイッター。
騒動となりツイッターアカウント閉鎖になった話題が、16日のネットニュース上を賑わせました。

まんべくん:ツイッターに苦情殺到で閉鎖…北海道長万部町(毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110817k0000m040071000c.html


このところ、ツイッターをはじめとする「ソーシャルメディア」の使用について騒動となり、今回のようにメディアを閉鎖するケースが後を絶ちません。
しかし、単に閉鎖するだけでは、

「閉鎖した人(団体)に、普通の人(団体)ではやらないような問題があった」

と、あたかもその人(団体)が特別(異質)な使い方をしたかのように扱われ、問題点の一般化が行われません。誰にでも、どんなときにでも、起こり得る問題である、にも関わらず…。


ここで、大変な人気を博した「まんべくん」ツイッターの閉鎖を特別視するのではなく、本件から「ソーシャルメディア」の恩恵を受けている人たち~ブログやツイッターから有益な情報を得たり、情報を出したり、使って楽しんだりしている人たち~はみんな、考えてほしいんです。どう使えばよいか、どう使わせればよいか、を。
バランス感覚として、「団体(法人等)の一員であることを明らかにしてソーシャルメディアを使ってもらう」側の立場の方は

積極的なPR活動(情報発信)には「メリットもある」「デメリットもある」

を弁えておかなければいけません。


公式アカウントを開設したり、団体所属員のソーシャルメディアでの発言を認めたりしている場合は、運用者の活躍に期待しているわけですから、PR活動(情報発信)によりメリットを享受しようとする立場です。
「まんべくん」もフォロワー数が9万台、ネット上でも何度かニュースになって話題になっていましたから、「北海道長万部町」を全国の人に存在認知させる、という点において、かなり貢献していたと推測できます。(注:僕はフォローしていませんでしたが)

大企業や上場している企業、あるいは業界で売上げNo1の企業、大きな団体(たとえば「東京都」)などは、大手メディアにコネクションをつくり(注:ヘンな意味ではありません、ニュースリリースがあったときにすぐやり取りできるメディアの担当者とつながっておくだけで有効なのです)、メディアを通じてPR活動を行うのが最も効率がいいでしょう。
しかし、そうではない企業・団体は、なかなか大手メディアのニュースで取り上げてもらえません。
「ソーシャルメディア」は、自らの手でPR活動を推進できる効果的な媒体であり、「ソーシャルメディア」を有効活用するには、PR活動において「“とんがり”を持ったネタを継続発信できる」ことが最も大切なことの1つです


「まんべくん」のつぶやきには“とんがり”がありました。継続的な発言もされており、親しんでいた方も数多くいらっしゃいます。長万部町にとって、(「認知される」という)この上ないメリットを享受していたわけです。

一方、“とんがり”ネタは好悪の対象になりやすいですよね。好きな人もいれば、嫌いの人もいるわけです。そして、PR活動として有効、と判断するなら、(好き)>(嫌い)になっていることが一つの目安なわけで。
「まんべくん」のつぶやきは、いわゆる「軟式ツイート」(=親しみやすい柔らかめのつぶやき)で、かつ「毒舌」で通っていましたので、当然「嫌い」な人もいることを運用者側は想定しなければいけません。
つまり、メリットだけではなく「デメリットもある」んです。

今回問題視された「まんべくん」の発言と、長万部町の「まんべくんアカウント停止」(=一発レッドカード)という処置を見る限り、「デメリットもある」ということに余り思考を張り巡らせていたとは思えません(知ってはいた、だけど理解していなかった、位の温度感ですかね)。
また、普段から、「まんべくん」のツイートや、ツイートへの反応を余り見ていなかったんではないでしょうかね。。。
「うわー多くの人に注目されている!良いね!」で済ますのではなく、なぜ注目されているのか、注目されたことでできるリスクは何か、そのリスクとPR活動の有効性とどちらが上か…など、ソーシャルメディアの運用者は常に考えてほしいと思います。


また、「デメリット」を気にする余り、すべて統制する、つまり、「ソーシャルメディアを使わない」とする姿勢も、個人的には好ましくないと思っています。
もちろん、メリット部分を捨てる、という覚悟があって「使わない」と決断することは、方針として「あり」だとは思うのですが、現実には「メリット部分を捨てる」覚悟まで持って決断している企業・団体はそんなに多くない、という肌感覚があります。
単に「何が起こるかわからないから」という抽象的・感覚的な理由のみで決めているケースがほとんどだと。

もし、「何が起こるかわからないから」という感覚のみで使っていない企業・団体であれば、恐らくは

「所属員の、プライベートでのソーシャルメディアの発言は制御できない」

という認識が甘いような気がします。
プライベートの発言で、所属する企業・団体を一切出してはいけない!という規則を作っても、リスクを回避することは限りなく不可能ですから…。

発言者はリアルの場において、その人を取り巻くコミュニティ(友人知人関係含む)に属しています。そこで、所属している企業・団体を、どんな場合でも一切明らかにしていない、なんて、現実として皆無ですから。
となれば、もし、プライベートで発言者が問題発言をし、ソーシャルメディア上で好ましくないニュースとして取り上げられた場合、その人の所属まで明らかにされることがほとんどです。
加えて、「所属を明らかにしていない人」が問題発言をして炎上した場合の方が、「所属している企業・団体」に降りかかる火の粉は、ほぼ間違いなく多くなります。(想像してみればわかりますよね)


「ソーシャルメディアを使わない」と決めるにしても、「メリットもある」けれど「デメリットが大きい」という姿勢で臨むべきなんですよね。


以上、「ソーシャルメディア」を扱う上では基本と思えることを述べてみました。
続編として、本件を題材にして、まだまだ学べることを書いてみたいと思っています。
ソーシャルブックマーク:

プロフィール

プロフィール画像
寺西隆行
ICT CONNECT 21 の寺西隆行です。小松高校→東大理一→工学部環境系→教育の道へ。教育とマーケティングをずっと見つめながら過ごすことが喜びです。
※スパムのためコメント欄は閉じました(すいません)。

カレンダー

<<   2017年03月   >>
      01 02 03 04
05 06 07 08 09 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

月別アーカイブ