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2015.04.25 11:05

今日の朝、街頭で寄付を募る皆さんを見て、ふと。


かつて…中学生頃まで、は、こういう寄付支援活動には良く出ていました。
「よいことをしたい」と漠然と思っていて、そして、よいことをしている、と思っている自分に酔っていたんだと思います。よくある話ですよね。

大学になり、自分もちょっぴり関係していた団体が、寄付が必要となました。
団体の活動がとてもいいものだったので、思想性において、まず寄付は断られないだろうと思っていた友人に声をかけました。
電話で5分くらい話し、彼はずっと「うん、うん」と繰り返し、「だから今度あったときに寄付金少しよろしくね~」と軽く話しました。
すると彼、「あ、よしとくわ。」と。これも軽い口調で。

「え?」
「だってよくわからないんだもん。」


そして彼は寄付をしませんでした。
僕にとっては、そのときの価値観からすると、考えられず、頭の中に「???」とか「俺、彼に嫌われているのかなあ」まで思っちゃいました。


阪神大震災のときにボランティアに行きました(大学時代)。
震災後すぐではなく、ボランティア熱が冷め始め、本当に人手が必要なときに行ったので、そのこと自体はよかったと思っています。ただ、ボランティアをやっている自分に酔っていたところもゼロではなかったと思います。

社会人の方と一緒に働きました。
「すごいですねー、会社休まれてボランティアなんて。」
「全然すごくないよ、私のわがままですよ。だから有給休暇できているんですよ。会社で働いている人の方がずっと社会に貢献していますよ。」

これまた、頭の中に「???」と浮かぶばかりでした。


その後はっきり分かりました。自分の身の回りや、今向かっていることに何らかの所作を施し、「良く」する行為はすべて社会に貢献しているんだ、と。
寄付を断った彼が、大切にしている人にお金を投じることも社会貢献。
社会人が、組織や会社を通じて成果を出すことも社会貢献なんだ、と。


20代後半から30代前半までは、その反動かもしれませんが、知らない人が寄付を募ったり、ボランティアを呼びかけたりする行為に対し、なんだかなあ、もっと他にやることをやった方がいい(社会貢献になる)んじゃないかなあ、という思いが強かったです。
もちろん、知っている人への寄付や、自分が選んでやるボランティア活動はしていました。
でも、その行為を他人に「やろうよ!」と、こちらからすると強要、他人からすると圧迫感があるレベルまでの言動をしなくなりました。簡単に申し上げれば「勝手に寄付し、勝手にボランティアしている」状態ですね。
だからこそ、街頭で大声で呼びかける行為に、嫌悪感に近いものを感じていました。


そして今は。
自分の身の回りのこと、大切に思っている人たちに専念している自分を否定しないままで、寄付やボランティアを呼びかける人たちも笑顔で見れる自分がいます。
私も、その皆さんも、自分の選んだ行為であって、そのことに自己重要感を持ち、他人にマイナスよりプラスを与えることであれば、それっていいことじゃないかなあ、と。

他人の選択した行動について、とやかく言わない。
苫野一徳さんの仰る「自由の相互承認」って思想性が強くなってきたんですね、私。
※苫野さんの『どのような教育が「よい」教育か』いい本ですよ!


そして私は今日、朝は少しゆっくりして、体を休め、家族との時間を楽しみ、行ってくるねと会社(下記の教室。笑)に向かい、「コーヒー買うくらいだったら寄付するかな」と、100円だけちゃりんと納めたのでした。


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2015.04.20 11:18

“「社会起業家になりたい」と言っている学生さんに言いたいこと”
http://rick08.hatenablog.com/entry/NPO_kyokasyo

“社会貢献したい!”と思う気持ち、素敵です。
でも、「気持ちだけではどうにもならない、スキルを磨く必要がある」と知ることも、同時に大切です。
さらに言うなら、”「気持ちだけではどうにもならない、スキルを磨く必要がある」と知る”レベルの気持ちが最低限ないと、社会貢献はできないと思います。
人を助けるにはスキルが必要ですからね。

難しく感じます?
私は全然難しくないと思います。
その人の特長を活かしたスキルで、社会貢献できること、いろいろあると思います。

スキルを磨き、社会貢献することは誰でもできます。
その行為を続ける人生は素敵だと思いますし、その方自身も幸せだとも思います。

私も、NPOとは違った形で社会貢献していくことが幸せにつながっていますし。


Z会東大個別指導教室プレアデス」での教室長業務を通じ「社会を良くしていこう」というメッセージを発したり、そのための仕組みを整えたりすることも、ほんのちょっとしたことではあるかもしれませんが、社会貢献につながると思ってます。

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2015.04.14 12:30

こんな記事を目にしました。

【記事】
文系受難の時代が始まっている?
http://blog.tinect.jp/?p=12717

政府の方針、そもそも理系が少ない、理系の方が生涯所得が高い…
ここで取り上げられている事柄は、私自身も様々なところで拝見したことがあります。
(それらがわかりやすくまとまった記事ですね)

ただ、「受難」ともしなるのであれば、その根本は
───────────────────
数学から逃げて受験したことが評価を(今まで以上に)落とす理由になっている
───────────────────
という点にあるのではないか、と思います。

もちろん、筆者の言うように「数学やテクノロジー関連のの教育はもはや「一般教養」と言っても良く、この時代、あらゆる人が避けて通れないもの」という時代背景が、文系低評価に拍車をかけることにつながっているとは思いますが…
これから様々な困難に立ち向かわなければいけない時代、苦手だからといって逃げた姿勢が相手に(今まで以上に)見透かされるようになったんではないかと思います。

数学が苦手だから文系、ということだけで「逃げ」とは思わないんですよ。その分他の教科を一生懸命勉強すれば。
一方、数学が苦手だから文系、という選択をする方には相当数、単に逃げているだけの方がいらっしゃる気もしています。。。

困難を避け続けて大学に合格することはできなくはないですが、その姿勢そのものは人生を幸せにしない場合もあることは、弁えておいた方がよいかと思います。

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2015.04.13 02:28

[PR]Z会東大個別指導教室プレアデス 東大生講師と面談してみませんか?
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先日、「Z会東大個別指導教室プレアデス」で、こんなリリースを出しました。

───────────────────
【Z会東大個別指導教室プレアデス】高校で教鞭をとられる4名の先生が来校!官民一体となり“社会を良くする”教室づくりに取り組みます。
http://www.news2u.net/releases/134650
───────────────────

記事を引用します。

──(以下引用)─────────────────
先生方がホワイトボートに書かれたメッセージをご紹介します。

▽東大入試には「答え」がありますが、社会の中での生き方には「答え」はありません。あえていうなら、自分で「納得解」を導くしかありません。そのために、「自分の目で見て、自分の頭で考える」ことを大切に。「自主性」より「主体性」を意識してみて下さい。
東大入試はそのための、最高の「トレーニング」だと思います。

▽教員、講師の手中から飛び出すことに快感を。

▽いつまでも自ら発火し、バケツの水に入れても燃え続ける花火のようであって欲しいです。

▽十代後半の今を否定する必要はないね。でも肯定する必要もなしですね。時に黙々と。
──────────────────────────

これ、とってもすごい出来事だと思っています。

先生が「学校で」これらの言葉を発したとき、伝わらないケースってあると思うんですね。
「先生の言葉」という構えの中で生徒が聞くと、耳に入らない場合がありますから。。。

この言葉、メッセージボードに書いてあり、塾に通ってくる受講生が見ると、とっても心に響くと思うんです。
妙な構えが無く、すっと入りますから。。。


塾がこういうことやってもいいと思うんです。
子どもたちの教育に資するのであれば、方法・手段はなんだってよく、ベストなやり方を追求すればいいわけですから。


これからの時代、官・民の垣根を越えて、若者の教育に向かっていくべきだと思います。
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2015.04.12 23:10

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勉強することを目的化してはいけません。

■「勉強しなさい」とばかり言う親御さんへ。

勉強しなくても人間的な成長を続けていればいいですよね。
勉強しなくてもテストの成績赤点ほどでなければまあ困ることないんじゃないですかね。
勉強するという行為に着目するのではなく、お子さんが成長しているかどうかに着目しませんか。
すると「勉強する」という行為ではなく別の視点からの指摘につながり、結果的に勉強するお子さんを促せるかもしれませんよ。

■「こんな勉強するのに意味があるの?」とばかり言う若い人へ。

その勉強をする意味のある・なしを理解できるほど、知恵を、社会を、あなたは知っていますか。
知っていると思えば別に勉強しなくてもいいんじゃないですかね。
ただ、あなたの価値観や教養で、社会を俯瞰できるほど、多様な皆さんと関わってきた若者なんてまずいないと思うんですけどね。
「夢を持ってそれに邁進する」という生き方が許容されるのは、社会を知らなくてもそこで「夢」と捉えたものを実現すれば社会貢献できることがフツウだからです。だたその「夢」と捉えたものを実現するには尋常じゃない困難と努力が伴うのが普通ですけどね。
それをするつもりも無く刹那の享楽に甘えている人は、大人から与えられた「こんな勉強」というものの社会での意味をわかっているほどガタイが大きいとは思えないですけどね。

勉強するという行為自体は手段に過ぎないのですよ。
人生の目的って、社会に出て、社会を創る当事者になりながら、自分自身も幸せに生きていくことじゃあないんですか。
その目的を確率的に高く達成する手段として「勉強する」という行為があるのではないんですか。

そんなわけで勉強すると良いのです(笑
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寺西隆行
ICT CONNECT 21 の寺西隆行です。小松高校→東大理一→工学部環境系→教育の道へ。教育とマーケティングをずっと見つめながら過ごすことが喜びです。
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