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2011.08.31 23:10

労働時間考、というテーマでしばらく書こうと思ったのですが…
本日衝撃的な出来事があったり、聞いたりで、ちょっとメンタル的に、どうしてもそういう気分になれず…
読者の皆さんのことを気遣いつつも、ブログでは「自分の意思や気分」が優先だと思っていますので、またこのテーマで書く気になったら書きますね、すんません、気分屋で。


で今、メンタル的にいろいろ気をもんでいるわけですが(あ、落ち込んでいるとか、そういう類のものではないので、ご心配なく)、こんなとき、ほんとに「ストレス耐性」って大事だなあ、と思うんですよ。
「ストレス耐性」とは

1.自分の予想していなかった衝撃的なことが起きた時、それを受け止める能力
2.受け止めて「それまでの自分じゃない自分」から復活する能力

の両方を総合的に掛け算して、とでもいいますか。


能力として不要になるには、良くも悪くもクールな性格になることです。
しかし僕はそうなれそうにない(笑)
だから能力として身につけていかないといけません。

そのためには、いろいろ、それまでの自分が経験したこととは異質な経験を繰り返すしかないと思っています。


そんな姿勢の僕でも、衝撃ってあるもので。


まだ今日は眠れそうにありません。が、眠れれば明日には落ち着いています、きっと。
今までもそうですから。



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2011.08.29 21:52

最近、労働時間(残業)について、が、僕の脳内を占める大きなテーマです。
生産性の向上について、と読み替えてもよいかもしれません。

想った事をそのまま、ブログに書いていきたいと思います。


1.「残業は できない人の エクスキューズ」という姿勢を持つべし。

これ、「加地隆介の議」という、弘兼憲史さんの漫画の登場人物のセリフなんですよね。
※漫画では「人」が「男」となってましたけど。

僕自身、管理職になる前から残業は少なくない方でしたが、割と上司には「必要な残業」と認められていた方だと思います。
新しいこと(Web関係)をやっていたから、誰にも労働量が特定できなかったせいもあるかもしれませんが(苦笑)、根本的に、上記の

「残業は できない人の エクスキューズ」

と思っていたからだと思います。


だから残業が、ダラダラ残業にならない。
残業している間も、必ず何か、生み出しているものがあり、どんどん生み出すものを創るために時間が必要ですから、時間の効率化を図れていたんだ…と思います(多分。苦笑)。


どれだけ主観で「私は頑張っている」と思っていようが、アウトプットで残業が多いのであれば、「いけないいけない、もっと少なくしなきゃ」と思うべきなんですよね。
頑張っていることを声高に主張するのではなくて。
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2011.08.28 23:50

昨日のブログの続きです。

3.技術としての「褒める」が不要になる。

身近な人に「すごい!」と感じ、声を発する行為と、よくある「褒めて伸ばす」という行為は、その本質が真逆だと思っています。

「すごい!」と感じるのは、自分と異質であるところか、同質だけれども自分には到底到達できないレベルに到達していることに対して、なのですが、「褒める」点を探す、長所を見つける、という行為をしているときの自分は、自分と同質(=自分の価値観の中で「素敵」と思っていること)で、かつ、自分が到達可能なレベルの行為に対して、じゃないですかね?

例えば、リーダーシップ型の上司は、部下の「リーダーシップ」につながる行為を褒めるでしょうが、「マネジメント」につながる行為は褒めにくい。
マネジメント型の上司は、部下の「マネジメント」につながる行為を褒めるでしょうが、「リーダーシップ」につながる行為は褒めにくい。

巧遅より拙速を好む人は、他人のスピードある行為を褒め、ノロノロしているところをどうしても責めがち。
拙速より巧遅を好む人は、他人のキッチリしている行為を褒め、素早く判断した結果としての「やっちまった」失敗を責めがち。

じゃありませんか?


「褒めて伸ばす」ことも必要な時はもちろんあります。
しかし、「褒めて伸ばす」技術ばかり追いかける人は、結局のところ、自分の分身(かつ、自分よりレベルの低い人間)を作ろうとしているだけで、その人から自分自身が良い影響をもらい、お互いに刺激し合う…ということにはまずならないと思います。

自分の持っていないところに対し認める「すごい!」。
これを同僚や部下に純粋に感じると、上司だって学び、成長できる点はたくさんありますし、その言葉を相手になげかけると、本当の意味で「褒めて伸ばす」が狙っている結果に近づくような気がします。


4.自分の存在理由を客観視できるようになる

身近な人に「すごい!」と感じない人は、性格として、か、それとも状態として、かわかりませんが、「内輪受け」の環境に自分自身を置いている人なんだと思います。
つまりは同質の中から抜け出せていない人なんだと。

同質な環境の中だけで生きていると、何かのキッカケで異質な環境にほりこまれたときに、対応がつかずパニックになります。
同質な環境の中で異質を評論家的に分析していた場合はもっと厄介で、異質にほりこまれると「こんなはずじゃなかった」という思いがメンタル面を壊すキッカケになります。
同質な環境の中での自己評価は、決して客観的なものにはなり得ません。結果、成長につながりません。


身近な人に「すごい!」と感じ、異質についても学ぼう、評価しよう、としていると、いつの間にかそのベクトルが自分自身にも向き、「自分の異質かつ良いところは何か?」と無意識に捉えようとする自分が出来上がります。
この点、つまり、他人と交流してもらえたり、社会の中で認められている自分の根幹~「存在理由(レゾンデートル)」~を客観視できるようになることで、外部環境にどんな変化があっても自分を失わず、幸せ感を保てるようになります。

同質の中で戯れ、「自分って○○だよね」と勝手に自分の長所を思いこんでいる状態とは全く違います。


5.子育てに良い

子どもって、純粋にすごい!と思います。

自分が忘れていた数日前のことをしっかり覚えていたり。
約束を必死に守ろうとするけなげさだったり。
純粋に「なぜ?」を想ったり。

その一つ一つに、想ったまま「すごいな!」と言えるようになると…

あとは皆さんのご想像にお任せします。


是非、身近な人を「すごい!」と言えるようになり、成長と幸福感を手に入れましょう!
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2011.08.27 23:20

旦那や妻。父や母。子ども。
上司や部下、そして同僚。
近所の人、学生時代の知人…。

身近な人を、どれだけ「すごい!」と言えるか、が、自身を成長させつつ、幸せ感溢れる生活を送れる考え方です。

その人を全肯定せよ!と申しているわけではありません。
身近な人だから言える(言われる)「欠点の指摘」はとても大切です。

すごい部分を見つけ、すごいと思って、その点について「すごいよ」と本人に伝えたり、「あいつのすごいところは~」と語れる機会の多寡が、その人の成長スピードや幸せ感に比例する、と申したいのです。

なぜでしょう?


1.異質なものに飛び込みやすくなる

僕の父母は自営業を営んでおり、毎日の帳簿をきちんととり、確定申告の知識もそこそこあります。
財務・会計といった分野が大の苦手な僕からすると、とても凄いと思います。

僕の妻は、お願いしたわけでもないのに、いつのまにか洗濯や掃除を自らの仕事と取り組むようになっています。共働きなので本来は分担して…というところですが、僕はずぼら、彼女はきちんとしている性格。
家事を苦もなくこなす彼女も凄いと思います。

朝、笑顔で「おはよう!」と声をかけてくる同僚がいます。
小さな頃から朝が大の苦手で、ぶすーっとしていることが多い僕からすると、相手に陽のパフォーマンスが自然にできるその人間は、とってもすごいと感じます。

すべて、「自分にはない」能力なり、性格なり、嗜好性なり、に「すごい!」と感じているわけです。
「身近な人」に対してこう感じることを繰り返すと、いつの間にか、「異質に飛び込む」自分ができます。


人間は、能力なり、性格なり、嗜好性なり、が近い人と群れる傾向にありますよね。その方がラクですから。そして、新たな出会いも、近い人を求めがち…。もちろん、それはそれで気持ちの良いものですが、成長の速度は、(そのときの自分とは)異質な人と出会い、触れ合うより圧倒的に劣ります。
しかし、あえて異質な人と会う気持ちというのは、なかなか起きないのが多くの人ではないでしょうか。

たまたま「身近」だった人の、自分にない部分を「すごい!」と思うことで、異質に対する抵抗感は薄れ、賞賛の対象として見るようになります。
だから例えば僕の場合、あるキッカケで、「ねぇねぇ寺西さん、整理整頓についての本をいっぱい書いている方の講演会があるんだけど、一緒にいかない?」と誘われた時、「苦手だから」「興味がないから」という抵抗感より、「すごい!」からくる興味が先に立ち、飛び込みやすくなります。

飛び込んだ結果、苦手だったことが得意になるかもしれません。これが成長ですよね。


2.悪口をいわなくなる

異質な人と言うのは、自分にできない部分を持っている半面、自分からすると「どーしようもないな~」と感じる部分も持っているケースが多いです。

例えば僕の妻の場合、上述の家事についての振る舞いができる「きちんとした」性格であるため、出かけるときの準備などが遅く、イライラするときもあります(苦笑)。
身近であるがゆえに、こんな些細なことでケンカ…という方も大勢いらっしゃるでしょう。

でも、「自分が持っていて、相手が持っていない能力・性格」は、実は、「相手が持っていて、自分が持っていない能力・性格」と表裏一体であることが多いんです。
つまり、相手の「できない」ことを責め、治すよう求めると、これまでやってくれていた「すごい!」という部分ができなくなるわけで。

「すごい!」と思い、伝える機会が多ければ多いほど、他人の持っているアラに対し「仕方ないよね、○○という長所と表裏一体だもんね」と思えるようになります。つまりは、他人のできないことへの悪口につながらなくなります。

後編に続きます!
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2011.08.26 23:40

お盆明けで休みボケしていた感覚をビジネスの頭に戻す1週間。
そのため仕事にいつも以上に!?集中、案件もこなし…
その疲れか、自宅でブログを書く気力(とでも申しますか)がなかなか出ませんでした、ごめんなさい。

明日明後日はお休みですので、何本かまとめてブログをあげる予定!こうご期待!?

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2011.08.23 23:10

環境ネットワーク・文京が、環境学習指導員養成講座(無料)を企画されています。
http://www.esys.t.u-tokyo.ac.jp/member/hanaki/BunkyoExpert.pdf

…と、環境ネットワーク・文京のことを以前から知っているようなくだりで入りましたが、今日初めて知ったNPOです(苦笑)。

知ったのは、東大の花木啓祐教授のFacebookウォールで。講座の代表を務められているようです。
花木教授、実は僕の、大学時代の卒論指導教官なんです。


今、教育にどっぷりつかり、脳内シエアの推定9割くらい(かな)は、何かしら教育について関係のあることを考えている僕ですが、教育に傾倒するようになったのは、「環境教育」がキッカケでした。
「環境教育」にたどり着いたのは、大学時代、環境工学を専攻している中で、(理系で言うところの)工学的アプローチではなく、教育的アプローチにより環境問題を解決したいと思ったから。
どんなアプローチも大切ですが、いまだに「僕が」「教育的アプローチを選択した」ことは、間違ってなかった、ほんとによかった、と思っています。

今では環境<教育となった自分ですが(どちらが大切、という比ではなく、自分が時間をかける比重において)、学生時代は環境>教育の人間でしたし、今でも環境問題に対する思いのようなものは持ち続けています。
ただ、表の活動!?から、「環境」への関わりはほとんどなくなっていましたので…
今回、「環境教育」ネタに出会ったのは、「再会」できたようで嬉しかったです。
そしてまた、お世話になった工学博士(教授)が、市民目線というか、教育的啓発活動というか…社会科学的アプローチの方まで関わってくださっていることに…
何か「工学」を捨て「教育」に踏み込んだ自分が、見捨てられてないんだなあ、というか、ご縁が続くもんなんだなあ、というか、そんな得も言われぬ感情をもちました。


実は、教育を真剣に考える学生たちが集う、「All関東教育フェスタ」というイベント実行委員の方でも、来る28日に環境教育の勉強会を開くようで。
http://kokucheese.com/event/index/15982/
このお知らせも先週きたばかりでした。


僕の心の中で、教育を志すキッカケになった「環境教育」、何かしてやろう、と、フツフツと熱いものがこみ上げてきました。

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2011.08.22 02:30

こちらのブログの続編です。
今回はソーシャルメディアを「運用する側(企業や団体)」「使用する当人」「閲覧者」すべて、持っておいてほしい姿勢や心構えであるものの、まだソーシャルメディアを取り巻く環境の中で醸成されていない事柄について述べてみたいと思います。


ソーシャルメディアに何らかの恩恵を受けている者すべて、「ありがたや」の気持ちを持つべし。


「まんべくん」ツイッターを使用されていた方は、長万部町に大変愛着を持ち、「まんべくん」を心から愛しており、長万部町をもっともっと良い街に・有名にするために、自らの考えるアイディアを、「まんべくん」ツイッター活用(広報活動)にて具現化されていたんだと思います。
しかし、どれだけ長万部町やまんべくんの「ファン」であっても、当人の発する言葉がすべて、長万部町やまんべくんの広報活動にプラスの影響を及ぼす、とは限りません。

芸能人やスポーツ選手が、その人本人にとってとっても辛い事件を起こした時、ファンの中でも「こんなときだからこそ応援しよう」という発言と、「こんなときだからそっとしておこう」という発言に分かれますよね。
…「ファンだから」といって、ファンの言動が、ファンの対象である人・物・事柄を支援するとは限りませんし、逆に、ファンがよかれと思ってやったことが、ファンの対象である人・物・事柄を不幸にすることもあることは、この例でお分かりではないでしょうか。

「まんべくん」ツイッターでの発言を、かなり昔のものまで遡ってみました。
「まんべくん」を使って長万部町のPRをしたい!という気持ちは十分に伝わってきました。
一方で、“「まんべくん」のツイッターを使わせていただいているんだ、ありがたいことだな”という気持ちは、残念ながら伝わってきませんでした。

「自分は長万部町をなんとかしたいと思っているんだ」という主観が、「その気持ちと言動は、客観的に見ても評価されるべきことなんだ」という主観に重なると、「「まんべくん」を使わせていただいているって、なんてありがたいことなんだ」という気持ちが薄れ、いつのまにか「まんべくん」=「自分の意志」という等式が自らの中に成り立ってしまい、表現の暴走が始まってしまいます。
ファンであるからこそ、この暴走にブレーキをかけるよう、常に意識しなければいけないことなんですけど…

今回、一発レッドカード(=ツイッター閉鎖)になりましたが…「ありがたや」の気持ちが感じられる言葉を発し、長万部町側に気持ちが伝わっていたら、一発レッドカードではなく、イエローカードですんだかもしれません。


とはいえ、運用者側~今回の件で言えば長万部町側~も、ソーシャルメディアを用いたPR活動に貢献している使用者に対し「使わせて“あげている”」という上から目線の意識を持っていると、運用者側のソーシャルメディアを有効に活用する使用者はまずあらわれません。
注)今回の件において長万部町側がどんな意識だったかはわかりません。

「仕事」「業務」として、社員(職員)が公式のツイッターやブログを使っている場合も全く同じですよね。“仕事なんだからしっかりやれよ、企業(団体)に恥かかせるなよ”という意識をプンプン匂わせ社員(職員)に使用させたところで、“どーせ仕事だから”と割り切ったり、あるいは“問題発言をしてしまうとヤバいから”と不安がったりして、ソーシャルメディアを活性化させるために最も大切なことの1つと思われる「人間らしい体温」が伝わってこない発言ばかりになること、間違いないでしょう。

企業(団体)を愛してくれている社員(職員)が、その気持ちを全面に発揮しPR活動を続け、企業(団体)のファンを増やしてくれている、こんなにありがたいことはない―

運用者側が持つべき気持ちですね。


さらに「閲覧者」にも、「ありがたや」の気持ちを持ってほしいと思います。

今回の「まんべくん」発言について、「こんな発言していいの?」と疑問を持ったり、「この発言、ヤバくないですか…?」程度の発言を率直に「まんべくん」ツイッターに寄せる程度であれば構わないと思います。
しかし、当事者~たとえば、長万部町在住者など~ではなければ、「こんな発言していいのか!」と一方的に、かつ直接的に責め非難するのは、非常に好ましくないと思います。法的に許されない発言、あるいは社会の99%の人間が「道義的に許されない」と推定できる発言、などではない限り…。

ソーシャルメディア上のほとんどの発言は、主観であり、感想です。
主観や感想には、賛成意見もあれば、反対意見もあります。
やっかいなことに、反対意見は、「その主観や感想に対し湧き起こる感情として、そういう(否定的な)感情が起きる“人もいる”ことは容易に推定できる」という、絶対優位の意見が多くなりがちで、反論のしようがないことが大半。
「そう感じる人もいる、しかし、そう感じない人もいる」としか返しようがない意見が多く、かつ、「そう感じる人もいる」ことが正しさをもって受け止められがちなのが、「主観」や「感想」に対する反対意見です。

そのテの反対意見~責め非難する方が絶対優位に立てる意見~がソーシャルメディア上に跋扈すると、誰もソーシャルメディアを通じて主観や感想を述べる気なんて起きなくなります。
すると、反対意見を述べた「閲覧者(非難するときのみ表現者)」がそれまで活用していたソーシャルメディアは、ソーシャルメディアではなくなってしまいます(意見を述べる対象である「主観」や「感想」がネット上からなくなる、ということです)。

ソーシャルメディアの閲覧者も、「ソーシャルメディアでいろいろな意見を見れてありがたい」の気持ちを持つべきであり、もし、この気持ちがある人ばかりでソーシャルメディアが創られていれば、自らが当事者ではないものに対しての発言に、見るに堪えない非難・中傷の嵐が起きることなんてないと思いますし、「一発レッドカード」ではなく「イエローカード」とし、その後立て直し、より面白い(有用な)発言につながるソーシャルメディア(今回で言えば「まんべくん」ツイッターそのもの)を残すことにつながると思うんです。


ソーシャルメディアに関与するすべての者は、「ありがたや」の気持ちを。


これがソーシャルメディアに向き合う社会が持つべき姿勢であり、だからこそ「ソーシャル」メディアともいえます。
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2011.08.21 12:45

三島市、楽寿園で行われたアンパンマンショーに行ってきました。
サイン中のアンパンマンをパシャリ!

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#これ、うちの娘の下敷きにサインしているところ(笑)


雨天のため屋内施設でやったんですが、会場は超満員。
シートが敷かれた部分は開始15分前にはもういっぱいになり(僕は30分くらい前から待っていたのでセーフでした)、あとは立ち見、という状況。

そんな中、子どもたちはちゃんとしてますね。
前の方の席の子どもが立ち上がることはまずないし、ちょっと見えなくて一瞬立ち上がる子どもを親が「後ろの人見えなくなるから止めておこうね」と言うとすぐ座る。子どもは「善」で生まれてくるんだよなあ、と思うひとときでした。
また、ルール(=早く来た人が前に座る)を知り、その中で最善を尽くしている人(=前の方の席の人)ほどきちんとしている傾向も。


そんな中、こんなシチュエーションでは、ズルをする人がゼロになることは残念ながらほとんどありません。
今回も、ステージ両脇に通路があり、そこがあいているから、と、(最後列の人より)遅れてきた人がその通路に立ち見をし出す…でもまあ、このレベルであれば、不公平感はゼロではないですが、しゃあないのかな~と思います(あくまで、感覚的なものです。あと、僕はやりませんけどね。)。

でも、ステージが終わり、アンパンマンとの握手会に入った時…
司会の方が「前の席の方から順番に~はい、最初は三列目までの方~」って声をかけ、三列目までが進んだとき、両脇の人がその列にぴょこんと入り込む「ズル」は、ほんとにどうかと思うんです。
感情的にも「そりゃないでしょ」と思いますし、それよりも、その親の子どもが社会に出てから、確実に損すると思いますので。


なぜかというと、
ズルばかりしてきた人は、ズルができない環境で、ルール(=制約条件)を守りながら自らの利益を生む発想ができなくなりますので。


たとえば。ある発注を受けるためのコンペにおいて。
オリエンからプレゼンまで、1ヶ月あるとします。

ルールを守って仕事をする人は、その1ヶ月で、ありとあらゆる発想を張り巡らせ、最高の成果物を作ります。
そして、ズルばかりする人は、その1ヶ月で、コンペの責任者を接待・賄賂…その他でなんとか気に入られようとすることばかり考えます。

企画そのものがどちらがよくなるか、言うまでもありません。
社会に価値を生み出している人はどちらか、言うまでもありません。
ルールの中では、どちらの企画が選ばれるか、言うまでもありません。


もちろん、ズルばかりする人生で、ズルを受け入れる周りの人だけで生きた方が得!というのであれば、ズルばかりすればいいかと思います。

ただ、それって幸せですかね?


刹那的に「得した!」と思うことばかり考えるのではなく、心の中に幸せ感が宿るのはどんな行動を続けた時でしょうかね!?
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2011.08.20 14:30

参考にしているメルマガ「ビジネス発想源」。
ビジネス、とありますが、「発想するためのヒント」が提供されているだけですので、中高生からビジネスマンまで、幅広い層に役立ちます。
※有料版「ビジネス発想源 Special」はさらに思考の訓練になる内容です。

8/19に配信されたメルマガに、次のような記述がありました。

=========
 受験勉強の時に、英単語の参考書に蛍光ペンで印をつけると、
 その印をつけたところは、何を意味するか。

 「この単語は、覚えた」

 という意味で印をつける人が多いですが、
 そういう人は大抵、勉強が苦手な人です。

 理由は単純で、実際はそれほど覚えていないからです。

 「覚えた気になっている」だけです。


 というのも、印をつけるとずっと残るものですが、
 記憶は消えてしまうことがあるから、
 印をつけたからといって、
 それが覚えたということにはならないからです。

 受験勉強というものは、
 「今覚えたかどうか」が大切なのではなく、
 「受験の時に覚えているかどうか」です。

 その意識がない人は、
 その時点でやったつもり、覚えたつもりになるから、
 受験で大した力を発揮できません。



 私はかつて塾で社会科の講師をしていた時期があるのですが、
 社会科も、歴史や地理の単語の記憶力がものを言います。

 その時に、生徒たちにはよくこの話をしていました。

 蛍光ペンを使うこと自体が悪いとは言いません。

 参考書や用語集に蛍光ペンを使うな、
 自分のノートだけに使え、

 と指導していました。


 蛍光ペンやアンダーラインは
 単なるチェックの意味で用いるものだから、
 それは別に覚えたことにはならない。

 まずは、ノートに書く。
 書き写すことで覚える。

 書き写したものにならば、いくらチェックの印を入れてもいい。
 まずはとにかく、手で書き写せ。

 そう教えていたのです。


 蛍光ペンやアンダーラインを引きまくっただけで
 「よし、勉強したぞ」と思い込むのは時間の無駄だし、
 実際そういう奴ほど、大した成績ではありませんでした。

 教科書や参考書は真っ白でいい。
 その都度、何回もノートに書き写せばいいのです。

 一度線を引くことよりも、何度も読んで何度も書き写す。
 それをこなしている人間が一番成績がいいのです。
==========

全くもって同感です。
とくに、定期テストにあわせて勉強する場合、蛍光ペンでチェックする勉強法で乗り切れてしまう(短期記憶で十分なので)から、余計本人が「蛍光ペンは役立つ」と勘違いしてしまいます。


「覚えた気になる」ことを完全否定はしません。
勉強をスタートするときのモチベーションになりますし、モチベーションだけで乗り切れるテストもありますから。
しかし、所詮それだけのテストであって、受験はこれでは乗り切れないことをわかっておくべきなんです。
#もっとも、それがわかっていれば、「覚えた気になる」学習法に頼らなくなるわけですけど…


教育ソリューションを提供する会社の社員として、「覚えた気にさせる」教材を作ったり、指導法をとったりするのは、本当に簡単だと感じています。
世にはそんな教材やサービスも溢れています。

そして、手にとってすぐ「あっ、わかった、これわかりやすいや!」となる教材には、そういう「覚えた気にさせる」ことが上手なものが多いんです。
無料講習なども、「わかった気にさせる」のが上手な先生をあてがう場合が多いです。

選択を間違えずに!
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2011.08.18 23:10

ソーシャルメディアに詳しい方なら有名な、「まんべくん」ツイッター。
騒動となりツイッターアカウント閉鎖になった話題が、16日のネットニュース上を賑わせました。

まんべくん:ツイッターに苦情殺到で閉鎖…北海道長万部町(毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110817k0000m040071000c.html


このところ、ツイッターをはじめとする「ソーシャルメディア」の使用について騒動となり、今回のようにメディアを閉鎖するケースが後を絶ちません。
しかし、単に閉鎖するだけでは、

「閉鎖した人(団体)に、普通の人(団体)ではやらないような問題があった」

と、あたかもその人(団体)が特別(異質)な使い方をしたかのように扱われ、問題点の一般化が行われません。誰にでも、どんなときにでも、起こり得る問題である、にも関わらず…。


ここで、大変な人気を博した「まんべくん」ツイッターの閉鎖を特別視するのではなく、本件から「ソーシャルメディア」の恩恵を受けている人たち~ブログやツイッターから有益な情報を得たり、情報を出したり、使って楽しんだりしている人たち~はみんな、考えてほしいんです。どう使えばよいか、どう使わせればよいか、を。
バランス感覚として、「団体(法人等)の一員であることを明らかにしてソーシャルメディアを使ってもらう」側の立場の方は

積極的なPR活動(情報発信)には「メリットもある」「デメリットもある」

を弁えておかなければいけません。


公式アカウントを開設したり、団体所属員のソーシャルメディアでの発言を認めたりしている場合は、運用者の活躍に期待しているわけですから、PR活動(情報発信)によりメリットを享受しようとする立場です。
「まんべくん」もフォロワー数が9万台、ネット上でも何度かニュースになって話題になっていましたから、「北海道長万部町」を全国の人に存在認知させる、という点において、かなり貢献していたと推測できます。(注:僕はフォローしていませんでしたが)

大企業や上場している企業、あるいは業界で売上げNo1の企業、大きな団体(たとえば「東京都」)などは、大手メディアにコネクションをつくり(注:ヘンな意味ではありません、ニュースリリースがあったときにすぐやり取りできるメディアの担当者とつながっておくだけで有効なのです)、メディアを通じてPR活動を行うのが最も効率がいいでしょう。
しかし、そうではない企業・団体は、なかなか大手メディアのニュースで取り上げてもらえません。
「ソーシャルメディア」は、自らの手でPR活動を推進できる効果的な媒体であり、「ソーシャルメディア」を有効活用するには、PR活動において「“とんがり”を持ったネタを継続発信できる」ことが最も大切なことの1つです


「まんべくん」のつぶやきには“とんがり”がありました。継続的な発言もされており、親しんでいた方も数多くいらっしゃいます。長万部町にとって、(「認知される」という)この上ないメリットを享受していたわけです。

一方、“とんがり”ネタは好悪の対象になりやすいですよね。好きな人もいれば、嫌いの人もいるわけです。そして、PR活動として有効、と判断するなら、(好き)>(嫌い)になっていることが一つの目安なわけで。
「まんべくん」のつぶやきは、いわゆる「軟式ツイート」(=親しみやすい柔らかめのつぶやき)で、かつ「毒舌」で通っていましたので、当然「嫌い」な人もいることを運用者側は想定しなければいけません。
つまり、メリットだけではなく「デメリットもある」んです。

今回問題視された「まんべくん」の発言と、長万部町の「まんべくんアカウント停止」(=一発レッドカード)という処置を見る限り、「デメリットもある」ということに余り思考を張り巡らせていたとは思えません(知ってはいた、だけど理解していなかった、位の温度感ですかね)。
また、普段から、「まんべくん」のツイートや、ツイートへの反応を余り見ていなかったんではないでしょうかね。。。
「うわー多くの人に注目されている!良いね!」で済ますのではなく、なぜ注目されているのか、注目されたことでできるリスクは何か、そのリスクとPR活動の有効性とどちらが上か…など、ソーシャルメディアの運用者は常に考えてほしいと思います。


また、「デメリット」を気にする余り、すべて統制する、つまり、「ソーシャルメディアを使わない」とする姿勢も、個人的には好ましくないと思っています。
もちろん、メリット部分を捨てる、という覚悟があって「使わない」と決断することは、方針として「あり」だとは思うのですが、現実には「メリット部分を捨てる」覚悟まで持って決断している企業・団体はそんなに多くない、という肌感覚があります。
単に「何が起こるかわからないから」という抽象的・感覚的な理由のみで決めているケースがほとんどだと。

もし、「何が起こるかわからないから」という感覚のみで使っていない企業・団体であれば、恐らくは

「所属員の、プライベートでのソーシャルメディアの発言は制御できない」

という認識が甘いような気がします。
プライベートの発言で、所属する企業・団体を一切出してはいけない!という規則を作っても、リスクを回避することは限りなく不可能ですから…。

発言者はリアルの場において、その人を取り巻くコミュニティ(友人知人関係含む)に属しています。そこで、所属している企業・団体を、どんな場合でも一切明らかにしていない、なんて、現実として皆無ですから。
となれば、もし、プライベートで発言者が問題発言をし、ソーシャルメディア上で好ましくないニュースとして取り上げられた場合、その人の所属まで明らかにされることがほとんどです。
加えて、「所属を明らかにしていない人」が問題発言をして炎上した場合の方が、「所属している企業・団体」に降りかかる火の粉は、ほぼ間違いなく多くなります。(想像してみればわかりますよね)


「ソーシャルメディアを使わない」と決めるにしても、「メリットもある」けれど「デメリットが大きい」という姿勢で臨むべきなんですよね。


以上、「ソーシャルメディア」を扱う上では基本と思えることを述べてみました。
続編として、本件を題材にして、まだまだ学べることを書いてみたいと思っています。
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寺西隆行
ICT CONNECT 21 の寺西隆行です。小松高校→東大理一→工学部環境系→教育の道へ。教育とマーケティングをずっと見つめながら過ごすことが喜びです。
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