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2009.04.09 18:06

今18時。
ここ2年くらいお世話になった方が長期国外逃亡ということで、お別れ会。

娘の風邪が移ったようでヘロヘロなんですが(多分熱ある。。。)、世話になった、という気持ちに応えるのは、顔を見せることが大事。

這ってでも行く、とは大袈裟だけど、気持ちではそんなかんじ。
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2009.04.08 01:21

◆Z会情報
お偉いさん執筆中の「高校コースお知らせ」、答案感想欄についてのお話。
http://www.zkaiblog.com/hiinfo/archive/57

===

毎月読んでいる『月刊 高校教育』
4月号の巻頭インタビューは、早稲田大学教授・中央教育審議会委員の安彦忠彦(あびこただひこ)氏。

今回のインタビューとは直接関係ないのですが、中にこんな文章がありました。

===

私が東京の晴海総合高校を初めて訪問したとき、インタビューしたある3年生の生徒が、「『総合』と聞いて、いろいろなものが自由に選べると思ってこの学校に来たんです。ところが、そうではなかった。「選ぶ」ということは「捨てる」ということだということが分かった」と語ってくれました。すまり、いろいろなものを3年間の間に「捨てて」きて、それで何か一つの道を「選んで」きて今のその子があるわけで、いろいろな選択肢を切ってきた経験をしているのです。だから、しっかりしていると感じました。

===

はい、僕も「なんてしっかりわかっているんだ”!」と感じました。


10代、とくに高校生を見ていると、

「あれもしたいしこれもしたい…だから全部できる学校に行きたい!」

という意見が相当数あり、それを見てか

「うちの大学では何でも学べます」

というキャッチコピーで入学者を確保しようとする大学もあります。


しかし、「いろいろなことが学べます」なんてありえないんですよ。
1つの学を修めるには、それだけの時間とそれだけの努力が必要なわけで…。

「大学でいろいろなことを学ぶ」ことが可能な人は、その前提として、高校の5教科、センター試験レベルはほぼ完璧に出来ている、くらいの勢いが最低限必要でしょう。。。
だって大学に入れば当然、1つ1つの専門分野は難しくなるわけですから。
「自分が学びたいと思っているものに数学は必要ないから、高校の5教科の知識全部は不要では?」というのは甘くて、5教科すべて(必要とかそうでないとかは別にして)しっかり、限られた時間の中で身につけられる学問意欲とそれに伴う学問習得くらいできる能力がなければ、「大学でいろいろなことを学ぶ」なんて無理、ってことなんですね。


「いろいろなことを学びたい!」という気持ちを「学問意欲が旺盛」と捉える人が世の中ほとんどでしょう。そして実際、意欲旺盛な人もいます。
しかし、僕の今までの経験からすると…「いろいろなことを学びたい!」と口にする人は、実は学問に対して及び腰になっている人のほうが多いような気がしています。

本気で何かを学びたい、と思っている人は、選ぶ、捨てる。
この行為をどこかで必ず経験していますから、安易に「いろいろなことを学びたい!」という言葉で口にしないんですよね。


あと、「いろいろなことが学べます」という大学のキャッチコピーに踊らされる人に「いろいろなことを“教えてもらえる”と思っている」人が多いですね。
これはキッパリいいます。

“教えてもらえる”という受身では、より一層、いろいろなことは学べません。


基本、学びというものは

・常日頃から情報や興味関心分野のアンテナを高くして
・先人達の残した書籍を進んで読み
・身につけたということを確認するために何らかしらのアウトプットをする(ブログを書く、人と議論する、レポートを書いてみる…など)

ことで最速・最良のものが達成できるものです。
人から“与えられる”のは、“学び”のためのヒント。

地図と方位磁石のみ与えられて、「北へ進め」と言われたらそれに従えば良いが、「北へ進んでいる中で、どこで寄り道をしたり、どこで歩みを速めたりするか」は、自分自身で決めていくことであり、それが学びというものです。


…そんな過程では「いろいろなことが学べる」なんて発想、まず導入できませんからね。
どこかで選ぶ、捨てる、これがとっても大切になってきます。


そして、選ぶ、捨てるを繰り返している人は、「心底、本気」ということを熟知しているものです。
自分が泣く泣く止めてしまった(捨ててしまった)気持ちを全身で感じていますから。
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2009.04.08 00:51

http://www.zkaiblog.com/histaff/archive/808
…日付が9日(木)に変わっていました、すいません。
引き続き8日のブログ書きます、おー!
※深夜にこのブログを御覧になっていらっしゃる方も多いため、一応予告(^^
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2009.04.07 23:03

◆Z会情報

Z会とトモノカイ(旧社名:東大家庭教師友の会)がタッグ!
http://www.zkaiblog.com/hiinfo/archive/56

===

ふぅ、頭痛が治まりました。
ようやく2日前のブログの続きです。

2日前のブログの締めくくり。

大切なのは「やり方」を忘れてしまっても、また「やり方」をさらっと学べば「あーそういえばそうだった!」と思い出し、すぐにできるようになる―
そんな人間を輩出することでしょう。

そして、そのためには…ということですが、抽象的な回答が許されるとしたならば、よく言われるとおり「本質から理解させる」ということがやっぱり大事になります。
そして、「本質から理解させる」時に気をつけなければいけないのは

「“相手”が“理解”する、この1点に集中した教育」

を施すことではないでしょうか。


通分を初めて学ぶ小学生に教えるとき…ケーキやピザなどを使って、1/2切れ、1/3切れなどを作った上で「足すとどれくらい?」を教えることが多いかと思います(違いましたかね。。。)。
分母の大きさを見える化することで、「なぜ分母をあわせるのか」を体感する手法です。

小学生、という時期にこの手法を用いることは「本質から理解させる」1つの手法でしょう。
しかし、大学生に教えるとき、この手法を用いることはどうでしょうか?
―答えはNo.「くだらねー」で終わり、本質を理解させることなど遠ざかるだけでしょう。

教え手がいくら「分かっていないんだから本質からしっかりやらないとダメだよ」といっても、大学生は聞いちゃくれないでしょう。
相手の懐に全く入っていませんから。。。
とはいえ、「分母の最小公倍数を見つける」というテクニック論だけ教えても、しばらくたつと忘れてしまうこと、間違いありません。「やり方」を教えただけですので。


繰り返します、「“相手”が“理解”する、この1点に集中した教育」が大事なんです。
そのためには、こと、大学生の場合

・相手の興味関心のあるところから話題を入り
・できるようにさせ
・できるようになった時点で反復演習させ身につけさせ
・身についたところで「なんでそういう操作が必要か」を振り返らせる

なんかが有効です。


文学部の学生であれば、『博士の愛した数式』から授業に入るのも面白いかもしれません。
経済学部であれば限界効用を考える数式で繁分数のあめあられなのでそこから。
法学部であれば土地などの持分を計算するときにきっと通分のシチュエーションがあるでしょう。。。

相手に応じた興味関心のところから入った後は、それらを題材にして「できるようにする」。
そのあと「反復演習」させて忘却曲線を上方へ移行。
最後に「なぜ」という部分を教える。
すると、最初から「なぜ」を考えることは嫌がっていた学生も、「できるようになった」ことで聞いてくれるかもしれません。

これが「“相手”が“理解”する、この1点に集中した教育」だと思います。


小学生に金融教育を通じて計算ができるように…
大学生に、テクニックではなく「なぜ」から入る教育を…
そんな単純なものではないと思うんです、「理解させる」って。


相手が“常に”できるようになるには、どういう切り口から入り、どういう伝え方をすればよいかー
それを考えるのが「「基礎的一般教養をきちんと教える」ことにつながるのではないでしょうかね。
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2009.04.07 19:57

日曜のブログを更新し、記事として完了しました!
http://www.zkaiblog.com/histaff/archive/806
どうぞご覧くださいませ。
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2009.04.06 22:47

娘の発熱 → 妻の体調不良 → 僕の激しい頭痛、と続いてしまいました。。。
頭痛が治まったら、まずは昨日のブログからアップしますね。。。
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2009.04.05 17:48

◆Z会情報

管理職が(ほぼ)毎日書き綴る「高校コーススタッフブログ」
http://www.zkaiblog.com/hiinfo/

===

昨日のブログの続編。4日土曜の日経新聞夕刊、「あすへの話題」のコーナーにあった、物理学者・俳人の有馬朗人氏の寄稿をテーマにしています。
寄稿の概要については昨日のブログを参考にしていただきたいのですが、今日はこの寄稿の最後にあった

・この時代こそ、大学生にまず学問の面白さや学び方、基礎的一般教養をきちんと教えた上で専門教育をすべきである。

について

「基礎的一般教養をきちんと教えるとはどういうことなのか。」

を話題にします。


まずはこんな話から。
昨年、中学数学の教員を目指す大学生の生徒を指導している知人から聞いた話です。

◆ ◆ ◆

「100本のうち1本だけあたりがあるくじ引きをするとき、最初にくじを引いても2番目にくじを引いても有利・不利の差はないことを説明せよ」

という問題で

「最初にあたる確率は1/100、2回目にあたる確率は1/99、ほとんど差がないから有利・不利の差はない」

という感じで答案を書いた大学生が複数いたことが衝撃でした。。。

◆ ◆ ◆

このこと自体、確かに衝撃です。数学の教師を目指しているわけですからね…
数学の世界で、イコールとノットイコールは天と地ほど違うのに、大学生の今の段階でその感覚が身についていない、というのであれば、今後よほど教え子のことを真剣に考えない限りは、プロ教師としてやっていけないでしょう。。。

さておき、今日のブログでは「数学教師を目指そうとしている大学生の知識のなさを嘆く」のがテーマではありません(苦笑)。
この事実から、「基礎的一般教養をきちんと教えるとはどういうことなのか。」について考えて見たいと思います。



「基礎的」「一般教養」の定義が個々人によって違いますから、例として

「分数ができない大学生に分数の計算を教えるとき」

をあげてみます。分数計算でなかなか「技術」として難しいのは

・通分する(分母をそろえる)
・分数で割る(分母分子をさかさまにする)
・繁分数(分母にさらに分数があるような分数)の処理

などでしょうか。
多分大学生くらいの思考力…誤解を恐れずにいえば「ズルする力」があれば、これらの「やり方」だけを教えたとき、「技術」としてその瞬間に“できるようになる”のはたやすいことだと思うんです。

ただ、「やり方」を教えただけでは、心底理解したことにはなりません。
恐らくその「やり方」をしばらく…そうですね、仮に半年くらい、ですかね…扱っていなければ、途端に忘れてしまい、また「できない」学生になるのではないでしょうか。


上に中学数学の教員を目指す大学生の話を出しました。
上記のような、「数学」(というより、上記のケースではそれ以前の問題もいろいろありますが)が全く分かっていない答案を書いてはいるものの、まがりなりにも「数学の教師を目指そう!」としている学生です、きっと確率を習ったときには「できた」んだと思います。
できないだけで。


大切なのは「やり方」を忘れてしまっても、また「やり方」をさらっと学べば「あーそういえばそうだった!」と思い出し、すぐにできるようになる―
そんな人間を輩出することでしょう。


では、どうするか?

※後編に続きます。
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2009.04.04 00:31

◆Z会情報
主要大ブログ、力入っています!
http://www.zkaiblog.com/shuyodai/

===

4日土曜の日経新聞夕刊、「あすへの話題」のコーナーは、物理学者・俳人の有馬朗人氏の寄稿。
要点をまとめると下記のような感じです。

・1992年のピーク時に205万人だった18歳人口は、2010年には122万人となる予想だった。
(補足:1992年には0歳児人口が確定しているため、そこから2010年人口を算出したものを「予想」と述べていると思われます)
・大学は学生数を減らさないから、進学率急進、学生の平均学力が下がることは明らか。
・だから専門教育の前に、一般・教養教育が必要になると思っていた。
(補足:1992年当時、有馬氏は東大の総長でした。1993年に東大の教養学部改革が実行されています)
・4年制大学への進学率は1990年の25%から今では50%を超えた。
・分数ができない学生が生じるのは義務教育のせいではなく、入試の少数科目制と進学率急伸のためである。
・この時代こそ、大学生にまず学問の面白さや学び方、基礎的一般教養をきちんと教えた上で専門教育をすべきである。

全体について、共感できるものばかりです。
ただ、1つだけ、このテの文章を読んでいていつも気になることと同じ部分がありました。

学問の面白さを教えるとはどういうことなのか。
基礎的一般教養をきちんと教えるとはどういうことなのか。


この部分について、それこそ「きちんと」述べられていない文章が(今回の寄稿文を含め)世の中には多いと感じるのです。


まず…
寄稿者自身が学生時代に経験した「(学問が)面白い」と感じた部分は、本質的には変わらないかもしれませんが、今の学生と表面的な感性が違う以上、寄稿者が感じたことと同じ視点で、よくありがちな、

「ほうら、こんな実験すると、こうなるから面白いでしょう?」

と伝えても、伝えきれないところってあると思うんです。


くどくなりますが補足しますと…
そういった伝え方で「面白い」と感じる人もいないわけではないでしょう。
けれど、大多数には伝わらないと思うわけです。


やっぱり人間って自分勝手な生き物ですから…

・知っておかないと困る
・知っておくと得する
・知っておくことが(何かしらの)自己満足を生む


という感情を引き出す「(教え方の)面白み」をもって伝えることが大切なんだと思います。


しかし残念なことに、「学問の面白さを伝えたい!」と叫ぶ人は、教え方が下手な場合が多いんです。
どうしても人間、自己体験に基づき相手に伝えることから始めるわけで…
「学問の面白さを伝えたい!」と叫ぶ人は、自分が面白いと感じた過去の軌道と同じ体験をさせようという気持ちが強すぎて、相手の立場に下ろすことができないようです。


有馬氏が抽象的に語る「学問の面白さを伝える」ということを具体化しても、きっと相手の「面白い」という感情を引き出すことができないのではないか、と感じました。


大切なのは、「教える」のではなく「育む」こと。
大切なのは、「伝える」のではなく「伝わる」こと。


「学問の面白さを教えたい(伝えたい)」という人は、徹底的にこのことを頭に入れ、相手の共感を生むような「教え方」「伝え方」をして欲しいと思うのです。

そしてまた、お分かりかと思いますが、「教え方」「伝え方」は通り一辺倒のものではありません。
手を変え品を変え、相手の興味関心を引き出させる手法を「教え手(伝え手)」は磨き続けるべきなのです。


たとえば僕が10代の頃。
どれだけ先生が「この事象って面白いと思わない?」といきなり問いかけられても、面白いと感じたこと、ほとんどありませんでした。
僕にとってまず、その事象を取り巻く学習内容~要するに「テストに出るようなこと」~が「わかるようになること」「できるようになること」が「面白さ」への第一歩であり、どれだけ(その人が)面白いと思っていることであっても、このハードルをクリアーしない限り「面白さ」は伝わってきませんでした。
#とってもヤなガキンチョですけど。


学問の面白さは、伝えたくても伝わりません。
勉強なんて本来、つまんないものなのです。

…という認知から、「どうやったら相手が学問を面白いと思ったり、少しでも勉強が楽しくなったりするだろうか」と自分自身に問い、考え、試行錯誤し、そして相手に提供する、という教育者の方が、抽象論で「学問の面白さを伝えたい」というダケの人より成果を残す場合が多いのではないでしょうか。


もちろん、心底ワクワク、学問に面白く取り組んでいる“スーパー”教育者は、その姿を相手に見せるだけで「伝わる」でしょうけどね。


#明日のブログでは「基礎的一般教養をきちんと教えるとはどういうことか」について書きたいと思います。
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2009.04.03 00:19

2日に保育園入園!
その次の日に早速発熱。。。

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2009.04.02 12:56

◆Z会情報◆

『Z会式大人道場―子どもの?は親の?』評判いいですよ!

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4月1日の入社式前日に19人の内定を取り消した、という報道があったカナサシ重工
Webサイトの「社長挨拶」には、このブログを書いている段階で下記のように掲載されています。

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当社は明治36年金指造船所として創業して以来、日本の現代史の波の中で幾多の苦難と変遷を経て参りました。しかしながら、地場産業としての特色を最大限に活かし、また抜本的な構造改革を行った結果、 平成11年3月 株式会社 カナサシ重工創業以来、黒字体質の企業へと変貌を遂げ今日に至っております。
このような厳しい経営環境におかれても、今日までの着実な経営努力の積み重ねと、多くの関係者の方々のご理解とご協力の結果、平成16年9月には資本金の増資を行うことが出来ました。 
★全文はこちら
===

一方、高利益率で名高い企業、キーエンス
会社案内はこちら

ちなみにIR情報、カナサシ重工は全くなし、キーエンスは売上高・営業利益推移の掲載。


カナサシ重工のWebサイトは

・自己顕示による能弁
・言い訳がましい
・本当にお客様が知りたいことが書かれていない

そしてキーエンスは、その全く逆といえますね。


健全な企業は、淡々と業務を行い、業務成績を持ってアピールするのみ。
危険な企業は、異様に口数が多くなる…

そんな傾向があるような気がします。


「健全です。」
「黒字体質です。」
「企業改革に成功しました。」
「(どんな企業より)伝統があります。」

…こんな言葉をアピールすることを避けることが、優良企業への第一歩かもしれませんね。


Z会は?
…うーん、お客様からみると、少し口数多いかもしれませんね(苦笑)。
無借金経営なんだから、でっしり構えていた方がカッコイイかも。
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寺西隆行
ICT CONNECT 21 の寺西隆行です。小松高校→東大理一→工学部環境系→教育の道へ。教育とマーケティングをずっと見つめながら過ごすことが喜びです。
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