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2017.12.16 19:14

下記、友人の許可を得て転載します。
とくに女性ドライバーは気を付けてください。
そして、あんな事件があったにも関わらずこんなことが起きる、という意味で、知っておいてほしいのです。その気持ちからブログにてご紹介します。

何があっても集中ロックをしたまま、これが一番大事だと、別の知人からも聞いています。
下記の内容が多くの方に伝わることが、友人が最も願っていることですので、よろしければ是非、周りの方に、このブログを共有などしていただけると嬉しく思います。

=====
先日,左車線から右車線の車を追い越しました.たまたま信号が青になった時私が先にレーンに入ったので減速せず進めたからです.そのまま右レーンに車線変更し進んでいました.しかし,その行為が左から追い越しをかけられたと思われたのでしょうか.右に止まっていた車が猛スピードで追いかけてきて,反対車線に侵入し幅寄せ.そのまま前に回り急停車しました.

ぶつかる!と急ブレーキを踏み,私はギリギリ急停車しました.
その途端,前の車から男性が降りてきて私の運転席ドアを握りこぶして思い切り叩き「開けろこらあ!開けんかい!」と怒鳴ってきました.とっさにロックし,私は下を向いてただ耐えました.
通行人が振り向くなど注目され罰が悪いと思ったのか,程なく男性は諦め車に乗り込み立ち去っていきました.
私は怖くて暫く動けませんでした.数分の出来事でしたがとても長く感じました.
その後,学校で授業などした後もどうしても不安感が拭えず,夕方警察に行き,調書を作成して頂きました.
その時,警察の方に言われた言葉です.

煽り運転に遭遇したら
・すぐドアを集中ロックする(絶対に車から出たり話さない)
・できる限り大きな道路に向かう(目撃者や監視カメラが多い)
・急停車など危険を感じたら即110番する(スマホは緊急時ロック解除無しで電話できる)
・相手のナンバーや車種などをできる限り記憶しておく.


私は動揺してナンバーも控えず通報も思いつきませんでした.
ただ,集中ロックしたことは本当に良かったです.ロックしていなかったら殴られていたかもしれません.震えが止まらず,本当に怖かったです.
煽り運転された側にも非があるのでは,と思われるかもしれません.しかし,このようなことは田舎でも優良ドライバーでも誰にでも起こりうると痛感しました.
運転は十分気をつけることはもちろんですが,もしこのような事態に遭遇されましたらぜひ参考になさってください.
警察ではとても親身に対応して頂き不安感も薄らぎました.
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2017.12.14 08:38

文部科学省「新学習指導要領に対応した小学校外国語教育新教材について」のページに、小学3年生~6年生に対応した新教材が一気に公開されています。
ニュース、という扱いではないためか、文科省の新着情報に掲載されていなかったので、情報流通が起きていないと思われますので、ここでご紹介しておきます。

▼新学習指導要領に対応した小学校外国語教育新教材について
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/123/houkoku/1382162.htm

新課程の小学英語への不安を解消するには、早めの情報収集かと思いますし、とくに「頼るもの(教科書など)がどうなるか」ということは皆さんの関心事ですよね。
是非このサイト、多くの方に届いてほしいと思います。
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We can
Let's Try
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2017.12.02 16:14

新学習指導要領下で強化される小学校段階での外国語教育。
その新教材説明会の動画が文科省より公開されました。

https://www.youtube.com/watch?v=0L4CumZo65Y&list=PLGpGsGZ3lmbBzeX67bofX6HySoIheD_N0

新学習指導要領については、ICT CONNECT 21のこちらのサイトで様々なことをまとめています。
どうぞご参照ください。
https://ictconnect21.jp/document/170331_next_shidoyoryo/
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2017.11.23 10:01

徳島県なぜ駅弁ない? 姿消し1年、変わる旅のお供
https://trafficnews.jp/post/79087

駅弁大好きとしては正直残念だなあという思いはあります。

しかしそれは、たまに旅行にいき、たまに買う人間としての思いであって、業者さんを支えるほどに貢献していたかというと、“。。。”ですよね。ほとんどの人がそうでしょう。

本件だけではなく、個人の思い出だけで残そうとする動きが過剰になると、経済の流れを無視した空気が社会に流れます。それは、供給側を気持ち的に苦しめる、妙な補助金の出動につながる、それだけではなく、これまで見たことのない「未来」を創る動きを妨げます。
残す“べき”、とまで主張できるのは、その気持ちを自らの時間的・金銭的等の負荷を背負う覚悟がある方だけでしょう。。

供給側が一番つらいんです。私も業務で撤退戦略を経験していますが、「なんでー、あんないいものを」という声を頂戴することがほんとにつらいんです。そして何よりも、当事者たちが一番思い出があり、一番撤退したくないんです。
それでも撤退した、という事実に対し、残念だという思いを抱く個人の自由はあっても、供給側には「これまでありがとう」の気持ちを伝えられる人間でありたい。

これからの日本は多くの撤退が必要となります。これまでの懐かしみ、自分の子供時代の思い出を再現する社会を誘発することで、子供たちの未来を創る活動を妨げてはいけないと、(普段から)思っています。
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2017.11.08 21:50

「大学入学共通テスト実施方針」(平成29年文部科学省公表)を踏まえ、大学入学者選抜における資格・検定試験の活用を支援するための仕組みとして「大学入試英語成績提供システム」が設けられ、本システムへの参加要件が大学入試センターによって取りまとめられました。

http://www.dnc.ac.jp/corporation/daigakunyugakukibousyagakuryokuhyoka_test/en.html
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2017.10.23 13:20

大学時代に親友の1人だったYさんが工学部から教育学部に転部したのが、私の教育への道を開いてくれました(私は工学部在籍中で、その話を聞いた時には全く教育に関心がありませんでした)。

その後、高校時代からの親友の1人のTさんが文部省を受けることになり、説明会に行った隣の席がYさん。当然お互いがお互いのことを知らず、その頃私も教育の道を考え始めていたため、Tさんがふとしたことで私の話題を出したら、Yさんも私と親友だ!と、話が盛り上がった一件がありました。

その後Tさんは文部省に。Yさんはアカデミアの世界に(今某大学で教鞭をとっています)。私は民間教育の世界に。

「3人が立場が違うからこそ、できることはあるよね」

と話し合って社会人の道へ進みました。


いまや全員中堅どころ。
僕は民間の立場で新指導要領についていろいろお伝えするお仕事もやっている。
Tさんはいま社会的な重要課題に立ち向かっている。
Yさんとはさっき電話していろいろ話す。

3人が3人とも表には見えない辛苦があるものの、「桃園の誓い」を忘れず、私は私の、二人にはできない領域での社会的役割を果たしたいと思います。
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2017.10.22 19:06

先日、とある先生とゴハン食べていたのですが、とある教科系の団体(※表現をぼかしています)の考え方の押し付けが辛い、新しい考えを取り入れた実践をしようとしたり、仲間内で集まって研究会しようとすると、文句を言ったり批判したり、そして「あの集まりダメだ」のようなことを言いふらし…
なんなの?と正直思う、と。

自らの価値観は経験によって形成されます。
何をもって「よい」とするかは、経験によって異なります。

もちろん万人の共通理解を得られる(あるいは社会を形成するための価値観として得なければいけない)「よい」という価値観もありますが、「よい」と客観的に断定することなどできない事象がほとんどと思っています。

当人が「よい」と思っていることを進めることを否定するわけではありません。
自信を持って進めることは好ましいことですし、それが傍から見ると過信と思われるようなことでも当人とその近しい周囲だけの影響範囲なら構わないと思います。イノベーションも狂気から生まれることだってありますし。

問題なのは過信の押し付け。
しかも経験が浅いことに起因して信じやすい状態の人間(一般的には子どもや若い人)に過剰に信じ込ませたり、それ以外の価値観の社会的形成を妨害しようとする行為は、確実に未来を潰します。


どうして未来が、自分の生きてきた時代と同じと言えるのでしょうか。
自分が生きてきた中で獲得した価値観と同じ形成の仕方で20年後30年後の社会創造の当事者になれると思いますか。
社会形成の当事者は細部にいたるまで同じ価値観に染まっていいと思いますか。
それで社会の様々な課題を解決する際の役割分担ができますか。


自分の信じる道を伝達・伝道することはよいと思います。
しかしそれが全てと思い、それ以外の「存在」すらも否定しようとする行為は、確実に未来を潰します。


経験者がすべきことは経験からくる考え方を伝えるまでで、それを採択するかどうかの選択権は(ある意味、積極的に)他者に委ねるべきだと思います。

こういう話を聞くと、すぐ苫野一徳さんの「自由の相互承認」のキーワードを思い出し、そしてやはり教育において大切な考え方と再度感じます。
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自由の相互承認
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2017.08.27 22:48

1年間、「こたえのない学校」のLCLプログラムに参加していました。
http://kotaenonai.org/lcl-kokuchi-1609/

…といっても、後半の半年間は体調不良(頭痛が2か月治らなかった)、予定の組めない仕事、という状況で、全く参加できず、検討グループの一員になりきれず、申し訳なさいっぱいですが、そんな私でも最後まで輪に入れていただけた皆様には心から感謝申し上げます。

昨日は最後ということで、学びが終わった後に呑み会。
参加メンバーの一人が、とある教育関係者向けではない外部セミナー(メンバーの質は高いです)に出たとき、教育の話を議論する場があったそうで、そのとき

「(教育の手法が)打ち上げ花火的な…」

と感じたそうです。


はい、私も、公教育の現場を見に行こうとしていない(とでもいいますか)皆さんが教育を語るとき、同じように感じることがとても多いです。

公教育従事者以外は、実際には、現場を見れる機会はほぼないと思うのですが、推測できる部分はあります。
そしてその部分で、公教育外の方が欠けている視点に

“教師は子供の「日常」を支え、1年間(とくに小学校は、担任として)面倒を見続けている。そのための場づくりをし、その上で「学力」を身につけさせている”


というのを強く感じます。

そのために教師は「(学ぶ意欲等の)継続」を常に意識し、授業空間を作り続けているわけですから、派手さ奇抜さ享楽的な感じを捨てています。そして「社会に出てから役立つ”こと””内容”」ではなく、「社会に出てから役立つ”資質・能力”」そのものを磨こうとしているんです。

公教育でこういうことをしたらいいんじゃないか、という案を持たれている方は、その案を組み込んだうえで、1年間の「日常」をつくれるだろうか?を考えてほしいんです(あるいは、非日常としてのプログラムと位置付けるか)
そして、「日常」を支えている教師に敬意をもってほしいと思います。
それが「社会に開かれた教育課程」として、公教育と地域や社会とが良質につながることにもつながると思いますから。


今回参加したLCL、私が参加した様々なセミナー(恐らくこれまで50回は何らかの形で参画しています)の中でもトップクラスに入る、「社会をよくしよう」と考えていて、その思考力も、指導技術も持ち合わせていて、そして(議論ではなく)「対話」できるメンバーでした。その多くが教師でした。
そのことをお伝えしたいとともに、繰り返し素敵なメンバーに感謝の意を表したいと思います。
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こたえのない学校
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2017.06.11 08:36

現在の学校教育や教師の在り方に敬意がなく、「いまの授業だったらもっとこういう方が良い」と安易に考える方は、学校の教師が、1日の daytime のうちのほとんど、そして1週間のうちの5日間も、子どもたち(担任制である、小学校の先生は「同じ」子どもたち)と時間を共にし、その中で「学び」の空間を作り続けていることに目が向いていない、と感じることが多いです。
イレギュラーで子どもたちにとても有意義な授業を創れる能力以上に、レギュラーで1年間、(それなりに、とでもいいますか)有意義な授業を創り続けることの方が、ずっとずっと大変だと思います。

その一方で、学校教育や教師の方が、「いまの授業」の在り方や(教育の)提供の仕方に固執するのもいかがなものかと思います。
子どもたちの置かれている環境は、自分たちの育った時代とは全く、誤解を恐れずに言えば、想像を絶するほど変わっていますし、そして子どもたちが社会に出たころは、今求められている能力とは全く異なる能力が必要となることが(あえていいますが)容易に想像つきますので、「自分たちが(手法論で)こう教えてもらったように教えたい」という価値観で子どもたちと接するのは、子どもを不幸にするだけです。
そんな学校教育や教師の価値観と同じ保護者もまた、ある意味共同正犯です。


「学校教育や教師」側の当事者、そして当事者ではない側、双方に大切なのは、“自分の「できない」に向き合う”という姿勢だと思います。

当事者ではない側は、では自分が1年間同じ授業を提供し続けられるか、に思いを馳せてほしい。
当事者側は、では「いまの授業」で、子どもたちが(誰の助けもなく)社会を創る当事者になれるか、に思いを馳せてほしい。

そして、自分の「できない」に向き合って、その「できない」自分も肯定できれば、「できない」ことをやってくださっている方々に敬意も生まれ、「教育」に対し協働して向き合うことができ、それが何よりも、子どもたちに対してとても大切だと思っています。
大人が見せていく姿勢としても。
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教育
新学習指導要領
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2017.05.28 18:33

※新学習指導要領(次期学習指導要領)の事柄につきましては、下記サイトにまとめられていますので、是非ご覧ください。
https://ictconnect21.jp/recruit-and-events/170331_next_shidoyoryo/


2020年から小学校段階で始まる新学習指導要領で、育む、とされている資質・能力の3点として

1.知識・技能
2.思考力・判断力・表現力
3.学びに向かう力・人間性

が掲げられています。

このとき、
1が(単純な)言葉・語句(とその周辺知識)のこと、
2が1をつなげて思考する力、
3が2までの力を身につけて未知の問題を解決する力、
のように捉えられる場合があります(し、最初は私もそう思っていました)。

しかし、新学習指導要領では、1で求める資質・能力の中で、知識をつなげて(一般的な)思考する行為までできるようになる、つまり「生きて働く」知識・技能まで含めて意味しており、
2で言う「思考力・判断力・表現力」が、未知の問題を解決する力。
そして3は、一人では解決できない大きな大きな「社会」での問題を協働して解決に向かわせるための力などを指すのです。


これまでの「できる子」というのは、言葉・語句をつなげてロジカルに(ある意味、制約条件下で)解答を導き出せる子どものことを指したと思います。
この「できる子」のイメージは、新学習指導要領では1の資質・能力のみカバーすることになる、と解釈しています。

未知の問題を解決する力、社会と関わる力、というのは、これまで(実運用での)育成が劣後順位におかれていたのが現実だと思われますが、今後は3つの資質・能力のうちの2つをしめるまでになる、と捉え、こと、大学入試は、本来的にはこの2つの部分を踏まえるように改革される、と思っていた方がよいと思います。

大学入試がそう変わった時、高校教育の授業は、大きく変わることは、教育関係者ではなくても、お分かりになるのではないでしょうか。
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新学習指導要領
次期学習指導要領
知識・技能
思考力・判断力・表現力
学びに向かう力
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寺西隆行
ICT CONNECT 21 の寺西隆行です。小松高校→東大理一→工学部環境系→教育の道へ。教育とマーケティングをずっと見つめながら過ごすことが喜びです。
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