Z会ブログトップへ

2017.04.22 22:15

尊敬していた年配の方が、「一線をひこうと思います」という発言をされました。


年配の方が身をひこうとするとき、「まだまだ頑張ってほしい!」という気持ちを表現し相手に投げるのは、(状況にもよりますが)基本は止めて、「おつかれさまでした」と声をかけたいと思っています。リアル他で密接に関係していない場合においてはとくに。

頑張ってほしい、という表現が多い社会を是とするなら、特定の価値観の人たちに熱狂的指示を受け、そして引退したがらない年配者をいつまでも社会に残すことも是としなければいけません。結果として意固地に引退したがらない年配者(と多くの方が思っている人)が多く残る社会を導いてしまうと思うんです。


次世代に継いだ方がよいと思うときにはバトンを渡す。
継ぎたいという言葉を頂戴したときにはバトンをもらう。
このバトンリレーを多く発生させないと、社会は発展しないと思います。
※そのようなバトンリレーとは無関係なところで、若い人が新しい価値を創出していくことはまた別の話です。そしてこの創出行為を誘発するだけではなく、バトンリレーも大事だと思うわけです。


そして、渡す側、渡される側、いま社会により必要な姿勢は、渡される側の「確かに受け取りました」という姿勢ではないかと思う、今日この頃です。
Tags :
ICT CONNECT 21
ソーシャルブックマーク:

2017.01.17 20:31

勤務先のICT CONNECT 21が主催するイベント「生涯、情報にアクセスできる社会を目指して」
https://ictconnect21.jp/recruit-and-events/event2017_01/
お陰さまで順調にお申し込み者が届いています。

今日は「イベントを掲載しました」と、障害者情報ネットワーク「ノーマネット」さん
http://www.normanet.ne.jp/
の担当の方から連絡が届きました。
※こちらですね。ありがたいことです。
http://www.normanet.ne.jp/box/#node-2002


情報を掲載した連絡を下さったのは、上にもあるイベントのページ
https://ictconnect21.jp/recruit-and-events/event2017_01/
講演者の河村宏氏の関係する団体の方でした。
上記サイトの河村氏の紹介文、よければご覧ください。
所属する団体にリンクをはっていますよね。

これが相手に対する、ちょっとした、してあげられることだと思うんです。
団体に興味を持ったら、すぐクリック、すぐ相手の情報にとべますからね。

相手にとっては広報になり、見ているほうはラクチン。
きっとここにリンクしてあるのを見て、「あーうちでもこのイベント紹介してあげよー」という気持ちになった部分もあるのではないでしょうか(推測ですけどね)。


講演会など、誰かのお世話になってイベントをするとき、講演者側としては、自分の略歴あるいは関係する団体などを知ってもらえる機会になればいい、と思っている方は多いんじゃないですかね。
僕も自分が講演者側のとき、(勤務先の)ICT CONNECT 21 にはできる限りリンクをはってほしいとおもいますもん。広報につながるので。

それをやってあげると、きっと喜びます。講演者も、リンクをはってもらえた方も。アクセスグンとのびたら、そりゃめちゃ嬉しいわけで。


ほんのわずか、「相手はこうされると嬉しいかな」と思って、そのためのことをやってあげましょう。
それだけで仲間は増えていきますよ、きっと。
Tags :
教育
ICT
ICT CONNECT 21
ソーシャルブックマーク:

2016.11.23 14:13

昨日、職場の同僚と話をしていて、同僚がこんなことを言いました。

「高尚なことを言うだけなら誰でもできますよね。」


最近、いろいろモヤモヤしている私の考えを、すぱっと言い切ってくれた言葉でした。
(「高尚」って言葉がストンと落ちたのかもしれません。笑)


常々、私が例示する言葉があります。
「世界平和を目指そう!なんて、誰でも〝言える”よね」
と。

もちろん、世界平和を理念に掲げ、実際に行動している、テラ・ルネッサンスは本当に素晴らしいと思います(私も会員の一人です)。

自分が例示した言葉の意図はこれと意味が違うのは…わかりますよね。


再度、他の方の言葉を借ります。
これも、昨日、Facebookで拝見した、プログラミング言語「ビスケット」
http://www.viscuit.com/
開発者の原田康徳さんの言葉、

「ものを作る人が一番偉い世の中がいいなぁ、できたものを評価する人が偉いんじゃなくて。」

Facebookのウォールそのものに投稿された言葉ではなく、コメント欄での返信に書かれた言葉。
それなのに(本ブログを書いている段階で)「いいね」が42個も。。。(初めて見た現象です。。。)
それだけ、共感する方が多いコメントです。


「できたもの」を見て、「あーだこーだ」言うのは誰だってできます。
もっと言うと、〝「できたもの」を作った人”は、たいていの場合、その「あーだこーだいうだけ」の人の「あーだこーだ」をわかって、ものを作っていると感じます。
そうしない限り「よりよい」ものにならない、と、わかって。そして信じて。

…と書いた後、Facebookの投稿を見返すと、こんなコメントの投稿がありました。
==========
ものを作る本人は、ダメなとこ、いいとこもわかったうえで、さまざまな制約のなかでのトレードオフから、あるカタチのものを選んで作ってるんですよね。

ものを作ったことがない人はそこがわからないから、むちゃくちゃなことを言いがちなんですよね。

もちろん、志が低い作り手はアレなんですが、それでも、何もしない者よりは、評価されてしかるべきなんだよなと思います。
==========
激しく同意です。


「ものを作る人が一番偉い世の中がいいなぁ、できたものを評価する人が偉いんじゃなくて。」

どんなに小さなことでも、形がないもの、自分が形にできないもの、を形にしたことに敬意を表したい。
とくにこの、21世紀は、「形にすること」が今まで以上に、大切になってくると思うからこそ。。。
Tags :
教育
ソーシャルブックマーク:

2016.11.03 23:50

僕が人とつながったり、つなげたりするのは、肌が合う、などの情緒的なことを抜きにしたら、「つながる」ことによって「お互い」の欠けている部分を埋めたり、「お互い」の強みを掛け合わせさらに強くしたりして、最終的に社会に対して創造する価値が高くなることを意図して、です。
だからこそ「つなげる」ときには当事者同士の幸につながるか考えます(からとても神経を使います。そのことが楽しかったりするときもありますが)。

「(この人と)つながりたい」と思ったときは、「僕は相手にどう貢献できるかな」と考えます。
そして、「つながりたい」と思うときは、だいたいがつながることで僕の利益になることが動機のどこかにある、つまり、相手の何らかしらの技能に頼るわけですから、目上だったり凄い人だったりすることもあって、そんなときはその方の著書を買ったりしてよーく相手のことを知ることで、ちょっとでも貢献しようと思います。
※これすらやらずに一方的につながりたいと思う方が世に多いせいか、著書を買って読んでいたり、ブログをよく読んでいたりするだけで、とても喜ばれることが多いです。「貢献」というほど大袈裟なものではないんですけどね。

いずれにせよ目線は、「つながる」「つなげる」たったそれだけで、誰にも迷惑かけず、社会にプラスになるキッカケが生まれればいいよね、ってところにあります。


「つなげる」「つながる」ことで自らのパワーを増し、自分の思い通りに(社会に、とでもいいますか)圧力をかけようとすることは、僕はやりたくないです。
そういう人間を見ると、言葉を飾らずに言えば、「そんなことで圧力をかけるなんて、古くてつまんない人だなあ」と思っちゃいます。


「つながる」「つなげる」その先に産み出せる幸せを無自覚に考えながら、つながって、つなげていきたいなあと思います。


余談ですが、「凄い!」と思っている友人に、テラ・ルネッサンス代表の鬼丸昌也さんがいらっしゃいます。
https://www.terra-r.jp/

彼の結婚披露宴に出席したとき、出席者全員の(新郎新婦からの)紹介文が全員に手渡されたのですが、そこに書かれていた下記一文を、これからも大切に生きていこうと思っています。
「今日も寺西さんはどこかで、誰かと誰かをつなげています。」
※テラ・ルネッサンス15周年記念イベントが今週末・来週末と開催されます。ぜひ、素晴らしいメンバーと触れて欲しいと思います。
https://www.terra-r.jp/


Tags :
教育
ソーシャルブックマーク:

2016.11.01 22:20

僕一人の存在なんてちっぽけなものですが、自分にしかできない役割はここかな、と、はまるものを探し続け、そして自分なりに応え続けると、期待してくれる人がずっといる。

それはとってもありがたいこと。

僕には夢がありません。社会の中で欠けているポジションに自分がはまれるようだったら、こんなに嬉しいことはないです。
Tags :
教育
ソーシャルブックマーク:

2016.10.24 19:20

「ああ言っているけれど、ほんとは何考えているからわからないから、気をつけたほうがいいよ」

などと、アドバイスされることがあります。

気にかけてくれるのはありがたいことですし、無防備であることもよくないとは思うのですが、一方で、なんでそんなに最初から構えてしまうの…?と思うこともあります。

もっと素直に、人を信頼した方がいいんじゃないかな。
信頼する、とまでいかなくても、下衆の勘繰りのような気持ちが先に出るのを少し抑えた方がいいんじゃないかな。

子どもは大人を見て育つので、最初から相手を勘ぐるような姿勢が強くなると、子どもはもっとそうなると思いますし、その子どもたちが創る社会って息が詰まる気がするんですけどね。。。


こちらから信頼すると、自分にも、信頼として返される。
そんな経験を僕は何度もしてきました。
僕はそんな自分自身を、少なくとも自分の子どもには、見せていきたいと思っています。

Tags :
教育
ソーシャルブックマーク:

2016.10.23 09:51

賛同する、批判する。
直接意見を述べる、議論する。
トップダウン、ボトムアップ。。。

すべて、問題解決しようとするときの人の行動です。
そして、これらはすべて「手段」に過ぎない、と弁えておくことが、問題解決につなげようとする姿勢の前提になると思っています。


「保育園落ちた~」のブログのニュースがネットを騒がせ、政治的な文脈に入り込んだことは、おぼえていらっしゃる方も多いでしょう。
だからといって、「批判する」ことが問題解決につながる手段として最も良いか、というと、そうはひとくくりにならないと思います。

しかし人は、自らが問題と思っていることに対し、批判するという手段をすぐとりがちです。
・ラクだから
・なんか気持ちいいから
・他にやりようがないから
…など、「問題解決をしたい」という目的を忘れて、(行動的にも、精神的にも)すぐできてしまう手段だから、なのかな、と思います。


広義で見ると、手段に良し悪しはないと思います。
問題解決につながるかどうか、の視点で大切なのは、やはり当事者意識なんだと思います。

「保育園落ちた~」のニュースが社会を動かしたのは、本人が当事者であって、その気持ちがとっても伝わってきたからなんだと思います。
では、自分が(完全な)当事者という枠にはまりきらないことを、論で批判的に述べるときに、大切になることは何か、というと…

やっぱり勉強して、知識、知見を身につけることが、批判する対象となる物事の問題解決につなげるために、一番不可欠なことだと思うんです。


次期学習指導要領でも大切にされる姿勢ですが…
「主体的・対話的で深い学び」を通じて磨かれる、(自らに)「問い」を立て、「なんでこんなことが起きているんだろう」と考え続ける姿勢が、批判的な言論や行動にも深みを持たせていく、と思います。

「批判することで問題解決につながるかな…?」と考えることも、もちろん大切だと思います。


Tags :
教育
学習指導要領
社会に開かれた教育課程
学びの地図
主体的・対話的で深い学び
ソーシャルブックマーク:

2016.10.22 15:02

年上の知人が、あるニュースに対するやり取りで、ネット上にこんなコメントを残していました。

自分がよく理解していると思っていることに対して、違う意見に接したときに「お前はわかっていない」ではなく「そんな見方もあるのか」といったん考える。

いまの自分が見ている日本社会の中で。。。
そしてこれから創っていく未来の社会を見据えて。。。
いままで以上に大切になる姿勢だと思いました。


いまの日本社会。
私が触れるニュースを見る限り、そしてネット上に出てくる意見を見る限り。
官僚はやってるんだ、この企業変だよ、もっとこうした方がいいじゃない…という論を誘発するかのような報道や、そのような意見が多い気がしています。

でも、「ほんとにそうかな?」と思うんです。
僕が実際に見聞きしたり関わったりしている事柄の中でのほとんどは、官僚も頑張っていますし企業の人たちも頑張っています。
ただ、それでも、問題解決ができない、という実態があるだけなのかな、と。


「誰しもが問題解決しようとしているんだ。」
そう捉えることで、自身の問題解決力そのものが格段にあがる気がするんです。

「何やっているんだ」と言う側で、言われる対象に「わかっていない」と思って言う人は、言われる対象が「わかっている上でやっている立ち居振る舞い」なのに、そのことに気付いていないケースが多い気がします。
一方で、「彼らも十分わかっていると思うんだよね」という姿勢がある人は、そんな「彼ら」にアドバイスするケースがあれば、それはほんとうに「彼ら」に気付いていないことを適切に指摘できるでしょう。

また、「何やっているんだ」と言われる側で、言ってくる対象に「彼はわかっていない」と思っているうちは、自分の見方がタコツボにはまっているケースが多い気がします。
一方、「ああ、そういう見方もあるのか」と捉えられる人は、新しい発見につながり、問題解決に近づく場合が多くなると思います。


誰しもが問題解決しようとしているんです。
そしてだいたい、そういう人は、問題に向かって一生懸命考えていますので、当事者ではない立場の人間より(そのことに対する)問題解決力はあるんです。

そう捉えられる人たちで作る場では、議論ではなく対話が起き、最も問題解決につながる気がします。

Tags :
教育
ソーシャルブックマーク:

2016.10.14 19:00

家族を一番大事にしながら

学び続け成長し続け

これまでご縁があったみなさまと心を通わせながら

自分ができる社会の中での役割を(ときには見つけ、ときには創り、そして)果たしていく

それだけでずっと幸せを感じます。

40歳を越えたあたりから余り変わっていない(幸せの)捉え方ですね。


Tags :
教育
ソーシャルブックマーク:

2016.10.02 20:10

どんなに理想高きこと、素晴らしいことを言っていても、orderに従わないことが頻繁にある人(締め切りを守らない、ルーチンワークのスポイルが重なる…)は、自らの”観”で「締め切りを守るより大事なことがある」「このルーチンワークには意味がない」と決めつけている気配があり、結局その理想や素晴らしきことを実現するための協力を得られないことが多い気がします。

ルーチンに「意味がない」と言い放つことがかつて多かった自分自身を振り返り、「意味」を決めつける自分が傲慢過ぎたと、いまにしたら思いますし。。

orderにしっかり従ったうえで、対案を出したり、よりよいことを提案したりすべきですよね。

Tags :
教育
ソーシャルブックマーク:

プロフィール

プロフィール画像
寺西隆行
ICT CONNECT 21 の寺西隆行です。小松高校→東大理一→工学部環境系→教育の道へ。教育とマーケティングをずっと見つめながら過ごすことが喜びです。
※スパムのためコメント欄は閉じました(すいません)。

カレンダー

<<   2017年10月   >>
01 02 03 04 05 06 07
08 09 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

月別アーカイブ