<今日の事後ネタ>
Q.タイを舞台に、子供の人身売買や臓器密売を描いた映画で、バンコク映画祭では上映中止となった阪本順治監督の映画は?

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北京五輪金メダリスト、柔道の内柴正人選手がコマメに書いているブログ「
内柴一家の秘密の扉」があります。
9月16日付け、下記ブログを御覧下さい。
http://blog.livedoor.jp/masato_uchishiba/archives/51208131.html
気持ちがとってもよくあらわれて、僕自身もこの気持ちがよーくわかり…
そして、物心ついた頃の若い人に、しっかり分かっておいて欲しいメッセージがたくさん含まれている内容でした。
内柴選手のTシャツが、「さもしい」心を持った人たちによって、本来の価値が失われていく様子が描かれています…。
まず、最もさもしい方。
「応援してやってんのにそれ(=Tシャツ)くらいくれよ」
という心が強い人。
内柴選手のブログ中にある「三分の一の人が金を払うならいらない」にあたる人ですね。
応援に、見返りなんて求めてはいけません。
自分が応援したいから応援する、それが根本的な気持ちです。
だから逆に、応援しないのも自由なんでです。
ところがどうでしょう、「これだけ応援してやってるのに」という、さもしい心もった人を見かけたことありませんか?
じゃあ応援しなきゃいいんです。
応援してくれた事に対する感謝の気持ちとして、応援された側は応援した人間に施し、それにまた応援したいという気持ちが湧く。
これが「感謝」と「ありがとう」の循環です。
そもそも応援してくれた事に対し余り感謝の念が湧かない人には、応援される側は施さなくて良いですし、応援する側も応援しなければ良いでしょう。
その結果として淘汰された「スター」と、それを取り巻く「集団」が、最も「感謝」と「ありがとう」の循環ができていることになるでしょう。
また、「三分一が渋々」と表現されている方たち、この人たちもさもしいですね。
「Tシャツなんかで金儲け考えるなよ」
というのが心のどこかにあるのでしょう。
Tシャツ作るのもお金がかかるんです。
デザインをする人もいます、物流を担当する人もいます。
そんな人たちは自分の大切な時間を犠牲にして、Tシャツに関わっているんです。
その部分にお金なんて必要ない、と考える心が、さもしいのです。
このテのお金を「ただ」にできるのは、ひとえに「スター」との関係性によります。
たとえば「スター」の身内や、「スター」が「スター」ではない頃から応援してくれ、そのことを「スター」も認知している人。
そういう人に対しては「スター」も「有名になったからちょっとはお返しに」と、Tシャツをただでプレゼント、ってことも当然起こりえます。
「スター」になってから「(熱烈に)応援している」という行為だけで、すべてのコストがただになる、なんて思っちゃいけませんよね。
「自分がこれだけやってあげているのに」という心は、あくまで自分の価値観です。
他人の価値観の中に入り込む真剣さが、本当の「心ある」行為です。
そんな「心ある」人は、「自分がこれだけやってあげているのに」とは決して思わないでしょう。
教育を通じて伝えたいことですね、こういう心のあり方は。

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事後ネタA.闇の子供たち