<今日の事後ネタ>
Q.牛丼の「すき家」と手を組んだキン肉マン。えっ、でもキン肉マンがいつも食べていた牛丼って…どこの牛丼?

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辞任表明した福田首相。
予想通り「無責任」という声が聞こえてきますね、様々なメディアから。
※もっとも、表面的には明らかに「無責任」と思われる時期に辞意を表明していますので、仮にも一国の宰相になった人間ですから、「分かっていて辞める」、つまり、「何か(表には見えない)理由がある」と思うのがフツウだと思うんですけどね。以前
「無責任」を考える-首相辞任を例に- でも記事にしましたけど。
無責任、無責任…
行政の責任者として失格だ…
信じられません!
では聞きます。
「あなたは政治や行政に対して積極的関与をしてきましたか?」と。
パブリックコメントに応えたこと、ありますか?
今総理候補と騒がれている人の得意分野(経済政策なのか、構造改革なのか…)分かりますか?
「上げ潮派」ってなんですか?
そもそも投票に行っていますか?
これらについて自信を持って「はい」と手を挙げられる人であれば、積極的関与であって、「強い批判」「強い意見」を唱える権利もあるでしょう。
しかし、常に外野にいながら、問題が起こったときだけ「なんとかして欲しい」と声高に叫ぶのは、筋違いだと思うのです。
※内心で思ったり、ちょっと愚痴っぽく言う程度であれば一向に構わないでしょうが。
意見・批判の「強さ」は、関与度の「強さ」に比例すべきなのです。
ほとんど関与していない人が強く言うのもまた、無責任な姿勢なのです。
とくに、青年や子どもの前で安易に「あんな首相信じられない!」と否定的な口調を強く唱えるのは、社会にとって迷惑です。
まだ精神が完成していない多感な時期は、影響されやすく、話した方向に流されがちですので。
※首相の「(今回の)行為」が褒められるものではなくても、それまでの行為の中で褒められるところを見出そうとする姿勢があれば、まずこんな言葉がふっと出てくるわけがないですし。
まずは自分にできる権利・責任を果たし、その上で意見を述べる。
そんな姿勢を身につけることが先ですね。
ベストセラー『7つの習慣』(スティーブン・R・コヴィー)。
第一の習慣、として「主体性を発揮する」とあります。
この中に次のような文章があります。
「反応的な人は、自分のコントロールできない事柄(関心の輪)に集中することにより、消極的なエネルギーを生み出し、影響の輪を縮める」
福田首相の辞任に文句ばかり唱える(そして何もしない)人こそが、社会に消極的なエネルギーを生み出している張本人ですね。
期待や願望、いいじゃないですか。
でも、自らが行動しないで「要求」だけするのは、止めましょうよ。

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事後ネタA.吉野家