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[2008年06月13日(金)
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朝早く起きれましたので、早い時間の新幹線に乗り、訪問先に行く前に、秋葉原の事件現場へ行きました。
※この記事は携帯から送っています。(13日午後1時パソコンより誤変換など一部修正しました)
目的云々。。と、一意に定義できるわけもなく、「教育」を見つめるために、現場で、感覚的に感じること、行くまでの過程で感じること、僕自身が大事だと思ったので。
果たして、そういうことはいろいろありましたが。。。
それは後で、自らの気持ちが、したためておいた方がいいだろう、と感じたらしたためます。
今は一つのちょっとした出来事だけ。
「現場に趣き、ほんの10秒ほど物思いに耽っているときに、おばあさんから『あのーすいません』と道を訪ねられたとき、ビクッとしました」
僕自身の、事件への無意識の恐怖感からの防御意識であることを否定しません。
僕は田舎育ちです。
田舎で自然形成されていたコミュニティが好きです。おじちゃんおばちゃんが、「たあちゃん」「たあちゃん」と声をかけてくれた社会が大好きです。
※僕の名前は隆行です。
人から声をかけられてびくっとする環境、そして都会ではほんとうにある、「知らない人に挨拶されても無視するんだよ」と子どもに伝える環境なんて嫌です。
当事者からすると、そういう意識が働いたり、そうつたえたりする事はしかたない、とは思うものの。。。
そして、これらがフツウである「大きな社会」が形成されるなんて、もっと嫌です。
教育では、「人様に悪意で迷惑かけることなく、楽しみを見つけ、生きていくことが何よりも幸せなんだ」と子どもに肌で感じてもらうよう誘導することが最も大事なことでしょう。
※更に幸せになるために勉強って大事なんで、僕は今の会社、今の世界にいるわけですが。
そうして生きてきた人により多くの幸せが降り注ぐ社会構造が、幸せ感にみちあふれた社会。
まだまだ幸せを得られたまっすぐな人の可能性を一瞬で潰す人間なぞ、その人間がどんな人生を歩んできたとしても、許されることではありませんし、そんな人間を出さないためにも、大人社会全体から適切な教育をこどもたちに施すべきです。
自分自身が幸せであるためにも。。。
亡くなられた方に慎んでお悔やみ申し上げます。
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