自分はなぜ、途中で成績が少し落ちても這い上がることができたか。
女性にもてないコンプレックスがなかったわけではないですし、男ですからね、それが決して小さくはなかったですけど、なぜそのようなコンプレックスと同居しながら、幸せに生活を送ることができたか。
…すごく冷静に自分の過去を振り返ったときに、自分と重なるところが少しでもある犯罪者の心理を目の当たりにしていくのは、自分の教育的思索(とでもいいますか)を深めるのにとても大事だと思っているんです。
揺れ動く心理状況の中で、どこがターニングポイントだったかを把握するために。
心理学者でもない僕がハッキリわかる理由なんてまずないでしょう。
ですが、今の(事件に対して)やるせない気持ちが強いうちに、現場に赴くまでに思索に耽ることで、自分というちっぽけな一個人でも、自分より若い人に「何かできる」能力の研磨(とでもいいますか)があるような気がして。
本当に感覚的なものなのですけどね。
被害者に合掌しつつ…
まっとうに生きている人が、幸せに生を終えられるように、考え、祈る。
強くそうしたい気持ちなんです、今。
だから行きます。
ブログは「気の赴くまま」に書きたいと思っていますので、そこで感じたことを書きたい気持ちになったら書きます。
そんな気持ちにならなければ書きません。
だから明日のブログでこの話が続くかどうかはわかりません。
すいませんがご了承ください。