<今日の事後ネタ>
Q.13日、西武百貨店とそごうが公正取引委員会から排除命令を受けた商品は?

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昨日のブログから連続して書いていますので、まずは
昨日のブログを御覧いただければ幸いです。
おとといのブログと
昨日のブログ、書き綴る気になったキッカケは、
おとといのブログにありますように、友人の藤沢あゆみさんの日記によるものです。
繰り返しますが
「環境そのものは諦めるが、自分の人生は諦めずに楽しめる感性 をできるだけ早いうちに身につけること。 」
これはとっても、とっても、大事なことだと思います。人間にとって。
そしてまた、大人は子ども達に、これが大事だと気づかせる責務もあります。間違いなく。
その藤沢あゆみさんの日記に感化され、さらに気持ちの入った日記を書かれた方がいらっしゃいました。
泉忠司さん。彼もまた、友人です。
Z会からも
『英単語4000 受験英語からのTOEFL test』という書籍発行にご協力を頂きました。
最近ではケータイ小説作家として、
『フォーカス〜キミと見る世界〜』 や
『ラブ&ハッスル』 の執筆活動にも勤しみつつ、大学でべらぼうなコマ数を教えている現役の大学講師でもあります。
彼の日記を紹介します(ご本人の許諾を得ています)。
注)太字の部分は僕が強調しました。
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(前略)
格差って当たり前じゃありません?人間って一人ひとり違うもの。同じ人間がひとりもいない以上、広い意味での“格差”は当然生じるものです。
R25の記事では主に、経済格差が子どもの格差につながり、特に、教育費が問題と取り上げています。もちろん、
日本は教育にもっとお金をかけるべきという主張は完全に同感。教育なくして未来はありません。
でもね、
格差を力に変えること、マイナスをいかにプラスに考えるかが重要なだけなんですよね。物事にはすべて表裏がある。優しいは優柔不断。決断力があるは自己チュー。同じ要素をどのように捉えるかだけ。格差があってかわいそう…なんて、子どもたちを甘やかそうとする社会にこそ問題があるのです。そう。
甘やかしすぎ!!!
「恵まれてるからそんなこと言えるんだ!」とおっしゃるかもしれませんが、僕は紛れもなく、最下層からの出発ですよ。
親父が酒とギャンブルで借金まみれになり、毎日のように怖いお兄さんたちが取り立てにくる家でした。生まれ育った土地と家は借金のかたに売り払われ、とっくにありません。両親は離婚してます。大学1年の時から4年以上付き合っていた彼女の親からは「野良犬同然」と言われ、ずっと反対されていました。
離婚後も親父は中年ニート。親父は祖父母とともに暮らし、その年金で生きていましたが、次々と祖父母がなくなると収入がなくなり、ガス・水道・電気全部止まり、ホームレス状態に。冬は車検の切れた車の中で生活する日々。最低限のお金を渡しても、すぐにギャンブルと酒。親戚や近所の人にまでお金を無心してまわり、ついには、東京にいる僕にまで借金取りから督促の電話が。これ、去年の話です。弁護士さんにお願いして自己破産させ、生活保護をもらい、現在は長期入院中。
学校はもちろん、小・中・高・大とずっと公立です。現役で某国立大に合格したものの、元カノに泣きつかれ、大学を蹴って広島に行きました。もちろん、お金のない家庭ですので、僕はこのときから、自活しています。週7日間バイトする予備校生。それでも、全国模試1位を取りましたけど?
大学教員を志し、
大学院進学を希望した際、親族一同から反対されました。就職して家にお金を入れてくれることを期待していたからです。原稿用紙70枚にものぼる「僕が
大学院に進学したい理由」という原稿を書いて説得。もちろん、日々暮らすのがやっとでしたので、お金はありません。
大学院の定員は10名でしたが、僕にとっては1人でした。トップなら学費免除+奨学金。2位以下なら、合格しても辞退して、高松に戻り、日雇いでも何でもするという約束で受験しました。トップ合格したので今があります。
(中略)
経済格差があれば、子ども格差が…?
甘えるんじゃない!!
甘やかすんじゃない!!
僕は自分の境遇をマイナスと思いません。今の自分があるのは、あの環境のおかげです。そりゃあ、隣の芝生を青いと思ったことは何度となくありましたが、羨んでも仕方ないものは仕方ない。お金がないからこそ、裕福な家庭に生まれ育った人にはできない経験ができる。この境遇、ラッキーじゃん!!そう考えて生きてきました。
どんな社会であろうと、どんな境遇であろうと、最終的には、自分を守る最後の砦は自分自身なんですよね。
ただし、だからと言って、大人は環境を整える必要がないというわけではない。日本は教育にもっとお金をかけてしかるべきです。
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多くの方に読んで欲しい文章です。
泉さんの仰る
「格差があってかわいそう…なんて、子どもたちを甘やかそうとする社会にこそ問題があるのです。」
こちらには完全に同意します。
これまでの日記の繰り返しになりますが、格差があること自体は問題であり、必要な部分は環境を整えるべきなんです。
ただ、そういう記事を見て
すぐ「格差がかわいそう」と思い、そんな気持ちを「自分も格差を受けている」へつなぎ、ひがみ意識を強く持ってしまう大人の背中が、そして、そんな人が多い社会が、子どもをダメにします。
さらに、そんな子どもが成員になった社会はひ弱で、体力がありません。
巡り巡って、格差をひがむ大人は、社会全体に迷惑をかけているのです。
まずは、すぐにひがむ大人を社会から追放!
…そんな社会が生まれて初めて、国や地方自治体の政策がなっていないときに、「(国や地方自治体に対する)主張に説得力が伴う」国民社会が形成されるのではないでしょうか。
格差をひがむな、自分でどうしようもないところは諦めよ、
自分でどうにかできる部分をどうにかし、そこに幸せを感じよ、
その幸せは、「自分でどうしようもないところ」を得ている人が感じる幸せより素敵なものかもよ。
そう、子ども達に伝えていくことが大切です。
事後ネタA.キャビア