<今日の事後ネタ>
Q.昨年の紅白歌合戦。『友達の詩』のヒットをひっさげ、戸籍上「男性」ソロシンガーとして史上初めて紅組で出場した歌手は?

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昨日の朝、いきなり、巨人ー中日、ドーム開幕戦のチケットが手に入りました

しかも運良く!?昨日は会社、午後休み。
僕自身は熱狂的な中日ドラゴンズのファンです

※1999年、星野監督のときの優勝時には、年間30試合以上観戦
ただ、今住んでいるところ(静岡県三島市)ですと、観戦だけで交通費がかかりますし、独身時代と違い妻子持ちになってから、自分が(広い意味で)熱中しているものは「中日ドラゴンズ」ではありません。(もちろん、今でもファンではありますけどね)
でも、ここで運良くチケットが手に入った!
…なーんていうときは、いろいろ悩むんです。顔をほころばせながら、ですけど。
そんなわけで、東京在住の仲良しに連絡したら
「何を差し置いても行く!」
こんなことがあると、僕の心は決まります
20代の後半から、他人の幸せが自分の幸せを倍加させてくれることがハッキリとわかります。
昔からそういう気持ちはあったんでしょうけど、ハッキリと「その性質」まで認知できていませんでした。
また、誰しもが「人の笑顔は気持ちが良い」という感覚は持っているでしょうけど、それを引き出すことにどれくらい自らの喜びに転化できるか、は、人によって違うでしょう。
他人の喜びを、人よりも喜びに転化できる、ほとんど「趣味」の感覚でそうなっている自分自身は、幸せものだな、得な性格だな、とつくづく思います。
別に無理してやっているわけじゃないーってところが、「得な性格」かどうかの分かれ目かもしれませんね。
そして、そんな自分の性格を十分に分かってくれて、「中日のファンだから(行く)」が第一ではなく「その方が喜んでいる姿が楽しいんだよね(だから行くんだよね)」が先にある人間だ、と理解してくれ、当日のアポなのに、快く
「うん、いいよ、行ってきて」
と言ってくれる妻には最大級の感謝です。
「他人の幸せが、自分の幸せ」なんて言葉を書くと、ボランティア意識や、自己犠牲…なんて感覚が湧き上がってくる方も多いかもしれません。
でも、僕も、他人を幸せにしたい、なんて必要以上に思いません。
自分の幸せが一番、と強く思っています。
だけど、他人の幸せをみると、自然に自分が幸せになれる。
無意識に、他人の幸せにつながる行動が自分の幸せになる。
だから、自己犠牲的な気持ちが全くなく、「自分の幸せが一番」と考える人間でも、他人の幸せを自分に取り込める。
そんな感覚、分かっていただけると嬉しいんですけどね。いろんな方に。
蛇足ですが、こんな話をすると、
「自分にも幸せをくれくれ君」が必ず現われます。
「えーっ、寺西って人、こんなこと書いていたのに、ちっとも自分の相手をしてくれなーい…」
的発想とでもいいますか。
断っておきますが、そんな自己都合に付き合う気はないんです。
僕が「何か与えたいな」と思う方は、その人自身も「何か与えたいな」という雰囲気に溢れた人。
もちろん、僕に対して何か具体的に与えたことがなくても、そんな姿勢が感じられれば、惜しみなく協力したい、その人にも何かしてあげたい、ってことです。
すでに「与えてくれる」人が周りに溢れすぎて、まだまだその人たちに恩を返せていませんので…
自分の都合・視点だけでしか見れない人なんてお断りっ!(笑)
「自分の幸せが一番」と考える中に、他人の幸せを取り込める、って感覚を、大人社会が子ども達に見せていけば、もっともっと、社会って楽しくなると思うんですけどね。
事後ネタA.中村中(なかむらあたる)