今日のコネタ:
1914年1月12日、鹿児島県の桜島が大噴火。
このときの溶岩流で、対岸の大隈半島と地続きになりました。
そう、桜島では今では「島」ではないんです。
もっとも僕も、社会人になって、鹿児島県を訪れたときに初めて知ったのですが…。
へぇ〜と思った方は
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『会社の絞め殺し学』。
なんともビックリするタイトルのこの本。
いろいろ勉強させて頂いている大切な知人、
「ビジネス発想源」発行人の弘中勝さんの新刊です。
彼の発想は大好きです。
書籍のオビに書かれている「あとがき」からのコメントが、彼の思想を表しています。
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メールマガジン「
ビジネス発想源」を17万人に発行したり、全国各地で講演したりしているとすぐに気づくのですが、目先の小利に必死になっている人が余りにも多すぎるのです。明らかに、仕事も全然楽しそうじゃないんですよね。
必死になると、文字通り会社は必ず死にます。日本の景気のせいではなく、周囲の環境のせいでもなく、単に自分の意識のせいなんですよね。自分で自分の会社を絞め殺そうとしているのです。
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激しく同意。うん。
これが分からない人こそ、「ヤッターマン」(古っ!)じゃなく「ヤッテナイマン」。
そして「(会社に)ヤッテクレマン」。
会社側がお膳立てをし、仕込み、仕事を頼み、やらせていく…というやり方で得られる売上や利益は、GNPと同程度、と考えています。
過去、GNPがかなり伸びていた時代は、会社側が指示していけば、GNPと同程度伸び、社員の給与も同程度伸び…で、それなりに生活が豊かになる社会だったんだと思います。
だから
「会社が“やってくれる”と思い、会社も実際に“やってあげる”(=仕事を作ってあげる)」
という労使間の関係が築かれる文化を、完全否定するわけではありません。
それで社会全体がかなり成長しているときには、このやり方が正しい場合もありますから。
GNPと同じだけ会社が成長し、その分給与が増え、その増えた分だけ生活が豊かになる、という構造でキレイに回転すればいいわけで。
しかし、GNPの伸び率が鈍化している社会では、「ヤッテクレマン」ほど(会社にとって)はた迷惑な存在はないですよね。
確かに、こういう人ほど、会社を絞め殺します。
自分と言う人間から、自分が所属する会社を通して、どのようなことを生み出せるか。
それを考えない人間、つまり「仕事は与えられるもの」と思っている人間は、これからサラリーマンをやっちゃいけません。
これでもサラリーマンって起業するよりよほどラクですから。
自分と言う人間が生み出す生産物に、「会社」という殻を使用することを許されていますので。
何から何まで自分で用意しなければいけない起業家の大変さ、殻に守られている人間には気づきにくいものです。
そしてそういう人が「ヤッテクレマン」になっちゃうんでしょう。
身の回りの環境なり、社会なり、良くするのは自分自身。
とくに若い人には、早いうちに、その感覚を身につけてほしいものです。