※指摘がありました。タイトルは“「日本の最高学府」は
東大ではありません”がより正確ですね。お詫びして修正いたします。
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今日のコネタ:
1600年の今日(旧暦9月15日)、天下分け目の関ヶ原の戦いが行われた日です。
当時対立していた、東軍(徳川派)と西軍(豊臣派)という分け方をすると、西軍の総大将って石田三成じゃなく毛利輝元なんですってね。知らなかった。。。
このコネタを探すときにいろいろネットで調べるんですけど、間違いなく自分の勉強にもなっていますねー。
「最高学府」という言葉がありますね。
日本では、「最高学府=
東大」。そう思っている方、いらっしゃいませんか?
これは一般的には「間違い」とされます。
※ただし「間違い」と解釈する雰囲気はどんどんなくなってきていますけど。
Yahoo!辞書(大辞泉より)で調べてみると、次のように書かれています。
【最高学府】
最も程度の高い学問を学ぶ学校。通例、大学をさす。
そうなんです。最高学府=大学なんです。
もちろん社会の情勢が変わり、「最も程度の高い学問を学ぶ学校」として、今でいうところの「
大学院」が位置づけられるかもしれません。
決して最高学府=
東大じゃないんですよね。
言葉の意味は、時と共に変わる場合も往々にしてあることですから、今間違っていることそのもの、使用している方そのもについては、とやかく言うつもりはありません。
「知らない」のは仕方のないことですからね。
ただ、最近、某大手新聞に「最高学府の
東大は〜」のような書かれ方をしているのを拝見して、ちょっと感じたことがありました。
1.昔「最高学府」を「東大」としていた人は、「常識を知らない」と笑われていたんです。
タイトルは忘れましたが、以前、世の中の「常識」と言われている事柄を芸能人に問い、それを知らなければ「え〜知らないの〜」と笑われる、エンターテイメント系の番組がありました。
ここで「最高学府」を「
東大」とした人間、笑われていたんですよね。間違いだと。
20年近く前のことだったと思いますが、そのとき僕自身が知らなくて、恥ずかしいと思って、覚えた記憶があります。
今やマスコミ自身が「最高学府」=「
東大」で発するなんて、隔世の感があります。
2.大学に序列をつけることを、言葉の上でも認めてしまっていいのでしょうかね!?
入試の偏差値、という意味では、事実として、
東大が一番高いです。
しかしこれは、教科試験における学力を意味するだけですよね。
「
東大」を「最高学府」と言葉の上で認めてしまうと、よくありがちな“
東大、
東大って言うけれどね、受験勉強に強いだけだよね、入る人は。目指すべき方向性がしっかりしている人は、別の大学狙ってもおかしくないよね”なんて意見、言えなくなっちゃいます。
「最も程度の高い学問を学ぶ学校」が「最高学府」なんですから。
マスコミからプンプン匂ってくる学歴批判と、「最高学府」=「
東大」とすることは、どうも矛盾を感じます。
3.内心にある「東大への憧れ」と、表面にでる「学歴批判」の乖離が益々激しくなっている。
これが表出した一つの例だと感じます。
「学歴なんてたいしたことはない」という批判は、「学歴」を身に付けたという事実を認めた上で、それ以外のところ(社会性なり、人間性なり…)において、「学歴だけ」の人間の劣るところを相対比較した方が、納得性が高いものになると思うんですけどね。
※実際にそういう部分もゼロではないと思いますし。
「ひがみ」「ねたみ」「そしり」
どうも日本人は多いような気がしています。
言葉は悪いですが、相手が気に食わないのであれば、相手の全否定から入るのではなく、「気に食わない」部分だけ否定し、良いところは認めた方が、よほど説得力のある意見になると思うんですけどね。
そして、そんな社会の方が、結果的に文化水準としても高くなるんだと思います。
どれだけ嫌いな人であっても、すごいところはすごいと認められる人間でありたいものですね。
と、短気な自分自身にも言い聞かせて。
参)はてなキーワード「最高学府」
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BA%C7%B9%E2%B3%D8%C9%DC