Q.7月末に行われた国際物理オリンピックで、灘高の村下湧音さんが2年連続金メダル!さて、金メダルをとる人は、参加者全体の何%?
答は最後、その前にブログの人気upにご協力を!ここをポチッと。
昨日のブログの続きです。
まず、昨日のブログにて取り上げた3つの例を考えてみると…
大学1年生の「彼」が指摘した「誤用」をしている人が、残念ながら大人社会において、決して少なくないですよね。
加えて、誤用という現象だけならば「しょうがないかな」と思うのです。
気づかせ、修正してあげれば済むことですので。
しかし今、僕自身が感じている大人社会の…そして、誤解を恐れずに申し上げれば、若者よりもずーーっと問題である、大人社会の問題点は、
・誤用をしたままそれを「強い主張」に用いる。
・「強い主張」の中に「誤用」が混じっていて、指摘されても、“改めて直す”、という姿勢が感じられない)。
・自分の都合のいいときにだけ積極的に「誤用」する。
とくに最後が、「タチの悪い」大人がやることで、最近のマスメディア報道に、残念ながら散見される行動です。
僕は元々、環境問題解決行動に携われることを将来の夢とし、そこから環境教育に志向が変わり、最終的に教育そのものに進んだ人間です。
だからこそ、環境問題に対する人々の対応の変遷は、他の人よりも肌で感じている部分が大きいと思います。
そんな僕から見ると、東京が猛暑になる“という事実があった”、石油が高騰している“という現象があった”、それだけですぐ、やれ環境問題だ、やれ温暖化だ、と社会全体が声高になる現象がうかがえます。
だから誤用、というわけでもないですが、真偽確認の慎重性なくして「声高に」なるのは、よろしくないですよね。
しかし、大人社会の問題点はこれだけではないです。
彼が指摘した「誤用」をしているのは、まだマシな方、というのが最大の問題点なのです。
温暖化、環境問題がこれだけ騒がれているのに無頓着な人、平気で揚げ足をとる人。
そっちの方がよっぽど問題なのです。
だから誤用している人も、必要以上に「声高に」なってしまう、という現象として表れてしまうのでしょう。
さあ、大人の皆さん。
…と言われても「イマドキの若者は…(ひどい!)」なんて言えますか?
彼の日記は続きます。
===(以下、引用です)===
「責任を取る」
正:当然なすべきつとめをすること、詳:やるべきこと、やらなくてはいけないことをきちんとすること。
誤:押しつけられた面倒をこなすこと
「客観的判断」
正:自分以外の立場で物事を判断すること、詳:自分の利害関係や個人的な関係・感情を取り除いて判断する、もしくはまったく関係のない立場の意見に基づいた判断をすること。
誤:自分の友達の意見に沿った答え。
「KY」
正:空気読めない、詳:場の雰囲気に従ったTPOに応じた行動が取れないで他人に迷惑をかけること。また場違いな行動をとる人間。
誤:思い通りに動かない人間。
===(引用終了)===
今の大人社会に当てはめましょうか。
<問題>押し付けられた面倒をこなすことが「責任を取る」ことだと思っている。
<大問題>そもそもそれすらやらない人が少なからずいる。
<問題>自分の意見に沿ったトモダチに「ねえねえ、俺って間違ってないよね?」と意見を求め、それを客観性と主張する。
<大問題>そもそも人に聞かない人が少なからずいる。
<問題>組織の中で、自分の思い通りに動かない“変わった人”をKYと評す。
<大問題>そもそも組織(集団)で動こうとしない人が少なからずいる。
今年の大学1年生は、「ゆとり教育」の第一期生と(一般的には)言われています。
先日とあるリサーチ系のメーリングリストで「今年の大学1年生は頑張りやさんが多くない?誰か調べる方法知りませんか?」という投稿があり、「確かにそう思う!」という意見が相次いだこともありました。
「ゆとり教育」は大人が生んだ施策。良い部分もあれば悪い部分もあったでしょう。
一般には「悪い(施策)」と評されている大人たちの声を聞いた子どもに反骨心が芽生え、主体性を持ち、前向きな姿勢を持った子どもたちが育っているのかもしれません。
できの悪い大人、「管理職ができます」しかいえない大人は退場!(笑)
社会を良くして行くのは若い世代。
大人が兜を脱いで、「すごい若者たち」に委ねてもいいんじゃないですかね。どんどん。
最後まで読まれた方、ブログの人気upにご協力を!ここをポチッと。
事後ネタA.12%





