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Z会 寺西
Z会の寺西隆行です。今は「教材編集部 理科課課長(兼小学生コース教材担当)」が肩書。「教育」×「マーケティング」で少しでも多くの社会価値を生み出したい。
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2008/05/24 21:40

<今日の事後ネタ>
Q.会社員の悲哀を表現した「サラリーマン川柳コンクール」(第一生命)。1位は「『空気読め!!』 それより部下の 気持ち読め!!」で、2位は「『今帰る』 妻から返信 『○○○○○』」。妻からの返信は?

カメラただいま応援中→「仕事の学校」「10代を真剣に考える1日」カメラ

『R25.jp』のRanking×Review
http://r25.jp/magazine/ranking_review/10003000/1112008051505.html
こちらの記事を読んで、「格差」について、入社2年目の社員にいろいろ考えを述べてもらいました。

<はしもり さん>
=====
以前、深夜まで塾に通う大都市圏の小学生を追ったドキュメンタリーを報道番組で見ていたときに、「東大に行きたい!」と即答する小学生が、「じゃあ将来何になりたい?」とレポーターから質問されると、「・・・。」となっていた場面がありました。

その子達は、果たして何のために勉強しているのだろうと疑問に思いました。
都市圏で加熱する受験競争。その“主役”たる子ども達が一番翻弄されているのではないかとも思うことがあります。一番大切なのは、その子達自身が将来をどう見据えているかだと思うのです
=====
※全文はココから↓
http://www.zkaiblog.com/httk/archive/17


<つじの さん>
=====
そもそも私は「格差社会」という言葉にとても違和感を覚えます。
確かにいろいろな面で「差」が大きくなっているのかもしれませんが,決してそれは今に始まったことではなく,昔からすべての人に「差」があることは厳然たる事実です。
自分自身,小さい頃からそう教えられ,またその格差を実感してきました。
しかし,それを嫌だと思ったことはありませんし,自分が生まれてきた環境を受け入れ,その中で一生懸命生きてきました。
それが当たり前だと思っていましたし,今でもそれは正しいことだと思っています。

だからこそ,「格差は許せない。格差を広げた政府や社会が許せない」という論調には違和感を覚えるのです。
自分自身は何もせず,社会など何か大きなものだけのせいにする,という姿勢。
それは子どもたちに一番見せてはいけない姿勢ではないでしょうか。

=====
※全文はココから↓
http://www.zkaiblog.com/httk/archive/18


<たかぎしんたろう さん>
=====
「入試ほどフェアな戦いはない」というのが私の第一の意見です.

格差格差と言いますが,教育の格差というものはあくまでも「コンテンツ」の格差です.R25の記事にも「機会の格差」といっていますが勉強する機会はいくらでもある,ただコンテンツが制限されているということではにでしょうか.そのことを大きく「機会の格差」と呼んでいるんでしょうが・・・.どんなコンテンツで勉強をしようと,入試は点数で結果がでるものなので言い方は悪いですが点数さえとってしまえば,他の要因は関係ありません.もちろん逆に冷徹だとも言えますが,感情が入らず点数で評価するということは最も公平だと思います.
=====
※全文はココから↓
http://www.zkaiblog.com/httk/archive/19


<505 さん>
=====
R25の話が出る前から、新聞なりバラエティーなり、
様々なところで、
「近年の所得と学歴の関係」について言われていますよね。例えば、
「東大生は高額所得者の家庭から出やすい。比率は○○%で~…」
のようなものです。

メディアがそこで「政府のせいだ」みたいに
単純化することについてがダメだって、
今週、皆さんが書いていることなのかなと思いました。
自分も同感です。
そしてその現実をしっかりと子供に知らせること、
自分も本当にそう思います。
=====
※全文はココから↓
http://www.zkaiblog.com/httk/archive/20


まだ入社2年目、20代の皆さんからの言葉。
ずっと先輩の社員でありながら、すごいな、皆さん、今の僕でもかけないようなことを立派に「表現」している(頭で分かっている、けど言語化できない、なんて言い訳ですからね)。。。
そう感じました。


そして皆さんに共通するもの。
自分の立つ位置を客観的に見つめることが大事、という考え方です。

これらをみてふと思いました。
Z会が東大合格者を数多く輩出しているのは、この思想が社員の風土の中に溶け込んでおり、受講者に現実を見せることを怠らないからではないかーと。

現実を見せるのはアタリマエではないか、って?
どうでしょう、多くの教育機関、家庭で見せていない場合があるのではないでしょうか。
子どもが「短期的に」傷つくのを恐れてすぎて。。。

僕も教材編集時代そうでしたし、上記ブログで書いてくれた2年目社員もそうですし、
そしてきっと、多くの社員
「現実を見せないことにより本来の目的を達成するのが遠くなることは決してしない」
という意識が働いているような気がします。

Z会のような校外教育サービスが(短期的に)利益を上げる術として
「できた気にさせる」
というのがあります。
定期テストを乗り切るためだけの暗記ペーパーを用意したり、わざと自社で出題する問題のレベルを下げて得意になったように見せかける、などの方法ですね。
すると、「できた気」になった生徒は、その校外教育サービスをずっと取り続けますからね。
(「できない」と思った生徒はサービスから離反しますし。普通は)

もちろん、「できた気にさせる」のも大事です。
モチベーションに直結しますし、生徒が幼いほど、モチベーションが影響する学力向上度合いは大きくなりますし。

しかし、それだけ、ではダメなんです。
「できていない」現実を見せないと。
この部分にフィルターをかぶせたまま、実際の大学入試に臨むと「こんなに難しいとは思わなかった…」となるわけです。
そしてまた、フィルターがかけられた囲いの中だけで育ってきた生徒は、入試で出来なかったことを「失敗した」「調子が悪かった」という、責任転嫁に走る場合も少なくはありません。


Z会は、「大学合格のための教育サービスを作ること」「そのためにはどうしたらいいかということ」を、(僕の目からしても)キマジメすぎるくらい考えている会社です。
従って生徒は、自分の本当の実力を振り返る機会が定期的にあります。
短期的なショックを受けるかもしれませんが、そのことの繰り返しが、自己の客観視につながります。

加えて、自己の客観視が出来ている人間ー東大合格者にほんとに多いです。


ないものねだりや「自分のせいじゃない」的な責任転嫁、「自分の実力はこんなものじゃない」という過信ーすべて実力向上の妨げとなる考え方です。

格差問題も、まずは「受け止める」ことから。その中で「どうすれば幸せになるか」を考えることが大事です。
実力不足を痛感することも全く同じ。そこから「どうすれば実力が上がるか」を考えるスタート
となるのです。


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事後ネタA.まだいいよ
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