不惑が近くなってきたからでしょうか(苦笑)、最近、礼儀、マナー、言葉づかいその他、なっていない人には容赦なく指摘するようになってきました。
「なってない」理由が「性格が悪いから」ではなく「知らない」だけだから、僕から見ると「教えている」だけなんですけど、相手にとっては「欠点を指摘された」と同じですので、まあ、その瞬間は、気持ちよく感じない人もいるでしょう。
そして、それを恐れて、指摘をしないオジサンも世の中にはたくさんいます。
指摘をする、指摘をしない、という行為そのもののいい、悪いはないです。
「僕は指摘する」それだけです。
「その人がその部分を直さないと、社会(その人の周り、僕の周り、という「小さな社会」も含む)に悪影響を及ぼすから」と「僕が」思うから、言っているわけで、決して「教えてあげている」とか「若い人に言ってやったぜ」とかいう気持ちに浸りたいわけじゃあないんですよね。
それを、指摘される方は、勘違いするときもありますね。
「指摘した人は、そういう考え方をしている」と受け止めた方が、成長につながると「僕は」思うのですけどね。
そしてもう一つ、僕が口うるさくなれる理由。
それをやることで言った本人に見放されてもいいもんね、という、僕→当人へ、関係性を結びたいベクトルが一切出ていないからなんですよね。
#「若い人へ口うるさい」という形をとっている人には、「若い人に相手されたい」気持ちの裏返しの方も相当数いるかと。
年をとったから口うるさくなった、のではなく、年をとり、身の回りで「関係性」を築いている人間はもうお腹いっぱい、もう無理して関係性築かなくてもいいもんね、という満腹感が、いい意味での開き直りを生んでいる気がします。
若いと、そこまで、関係性を築いている人で、お腹一杯になることはないですからね。
-

- Z会 寺西
- Z会の寺西隆行です。今は「教材編集部 理科課課長(兼小学生コース教材担当)」が肩書。「教育」×「マーケティング」で少しでも多くの社会価値を生み出したい。
ツイッター @teranishi





