前編、中編からの続きです。
中編で述べたような政策がなされるのも、国民がそんな政策を期待しているから、という側面がゼロとはいえません。
そんな国民自身が、雇用悪化について「自責の念」を持たなければいけないところもあると思っています。
◆すべてが政策のせいではない。被雇用者としてお金を稼ぐことの本質は「働いた相当の給与を戴く」であることを常に念頭において。
産業の発展を妨げるような政策を施したり、雇用したい企業が沢山あるのにその情報を失業者に届けられていなかったりするようなことがあれば、それは政治や行政に期待すること、沢山あってしかるべきだと思います。
しかし、その人自身が生み出す社会価値以上の給与を当人が期待し、それに見合った労働がないことを、政策のせいにしてはいけません。
「失業率上昇」の際に取り上げられる一部の国民の声の中には、“それは政策のせいじゃないでしょ”と思えるものも、残念ながら目にすることもあります。
自分自身が勉強して、成長して、自分を高めて…
そしてそれが、自身の、「自分を高めた“つもり”」ではなく、他の人の目から見ても「成長意欲が高い」と認められる人に雇用がない場合は、政策の是非を問うてもいいかもしれませんが、国民自身が醸し出すものの中に「労働はどこかからふってくるもの」という雰囲気があってはいけないんです。
そりゃ、特定の企業、ないしは公務員に(いわゆる)「使えない人」もいるでしょう。
しかし、「使えない人」を見て、「使えない人」に雇用が確保されているからと言って、他の「使えない人」に「使えない人」が希望する相当給与の雇用をあてがう必要性はありません。
働いて、価値を生み出して、給与をもらう。
そんな意識が一部の国民に欠けているような気がするのは、気のせいでしょうか。。。
◆雇用が確保されている人も、自分だけの問題じゃないと認識すべき。
失業状態にある方は、社会全体で守っていかなければいけません。
当然コストがかかります。
失業率5.7%までいくと、そのコストもかなりのものになるのではないでしょうか。
今雇用が確保されている人にも大きな影響を及ぼす問題になりかねない、ということを、雇用されている人はしっかりと認識できているのでしょうか?
政策論は国に任せるとして…
失業者のサポートは、国民全体でしなければいけないところもあると思います。
それは単に、就職口を斡旋する、というだけではなく、職に就けるように特定技能を身につけさせる教育をする、そもそも特定技能を身につけることも大事なんだと教育する…ということもサポートの一つ。
そしてそれらは、失業している人の身近な人が一番助けになる気がします。
加えてみんなが、身近な人をサポートする姿勢があれば、少しは雇用問題も良い方向に向かうような気がします(実際には、そんな甘いものではないのかもしれませんが、あくまでも姿勢の問題として)。
そして一番、国民自身がもっと感じなければいけないこと。
◆「幸せ感」
日本はとても恵まれた国です。
日本人の国民性は、とても素晴らしいものがあると感じています。
そんな中で暮らせることに幸せを感じる。
毎日が、花鳥風月が変わることに幸せを感じる。
ちょっと金銭的な収入が落ちても、「贅沢」しなければ十分幸せを感じることができる。
※もちろん、収入が落ちることを肯定するわけではなく、そうなったらそうなったで「受け入れる」ということです。
政策論より、国民自身ができること、姿勢として持ち合わせなければいけないこと、まだまだあるような気がしてなりません。
※連載になるとなかなかいいたいことをまとめるのは難しいですね。論として結構アチコチとんでしまって、申し訳ありません。
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- Z会 寺西
- Z会の寺西隆行です。今は「教材編集部 理科課課長(兼小学生コース教材担当)」が肩書。「教育」×「マーケティング」で少しでも多くの社会価値を生み出したい。
ツイッター @teranishi





