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2018.09.30 18:08

今年に入り拍車がかかっていると感じている教育改革の中に身を投じていると、流れを作っている皆さんの想いが

「学習者中心」

という言葉に集約されていると強く感じます。

理念、ビジョン、等の言葉に置き換えるなら、「学習者中心主義の社会の構築」ということであり、これは私も強く共感するところです。

一方、「学習者中心」という言葉には危険もはらみます。
なぜなら、「“お前のために言っているんだ”という指導」も、その言葉を吐く当人の価値観からすれば「学習者中心」だからです。


いまの教育改革、そして「学習者中心」の動きを継続するために、大事にしなければいけないのは、この動きをつくる際の(若者と)子どもに対する「信頼と承認」の姿勢だと思います。


「ビジョン」に対比した言葉にするなら、「バリュー」ともいえるかもしれません。

「(若者と)子どもへの信頼と承認の姿勢の下で、学習者を中心にすえて「教育」を形造る。」


いま求められているのはこんな教育に溢れた社会ではないでしょうか。


「信頼と承認」と姿勢論ではわかっていても、この姿勢を技術として発揮するのは相当難しいです。
大人同士の仕事関係や人間関係を考えてみてください。
信頼していることで放任になってしまってはいけません。
承認しているからといってその人の行使する方法が自分への攻撃となるならば自らとの関わり合いにおいて承認できない方法もあります。

また、感情的になり、信頼と承認とは逆の発露を他に対してする場合もあります。

ただ、「信頼と承認」という姿勢が、「学習者中心主義の社会の構築」を目指すならとても大切になるとは思いますし、常にそのことを意識して大人同士の人間関係の中でも立ち居振舞うことで、少しずつ(若者と)子どもへの信頼と承認の技術も身につくと思います。
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学習者中心
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2018.08.29 13:37

「社会に開かれた教育課程」など、「社会に開く」という表現が増えてきている気がします。
良い傾向だと思います。

「社会に開く」とはどういうことでしょうか。
個人的には、とくに日本社会においてのhowは「禁止の削減」ということではないかと思います。

そして、「禁止の削減」には、他人を管理し統制下に置く、という考え・価値観を個人から薄め、他人の自由を認めた上で折り合いを付けていく、という考え・価値観を濃くしていく、という、個々人の態度・姿勢の転換が求められます。
※最も大事にしなければいけない考え方が、やっぱり苫野一徳さんの仰る「自由の相互承認」だよなあ、というところに行き着くわけですが。

たとえば。
様々に「禁止」されている学校内での活動。
これを削減することで社会に近づけることはすぐイメージできるかと思います。

たとえば。
自分の言動を他人の解釈に基づいて発信することを許容する態度。
「そんなこと言ってない」「そんなこと聞いていない」(=これってつまりは、自分の解釈と違う他人の言動を「禁止」したいという思想)ではなく、「あ、そう解釈したんだ」「あ、そう伝えられていたんだ」と受け止めること。

たとえば。
「囲い込み」という思想からの脱却。
学校で囲い込もうとする。地域で囲い込もうとする。一企業で囲い込もうとする。そのために「禁止」を他人に強要する(あるいは必然的にそういう環境に個人が持ち込まれてしまう)。
率直かつ個人的な感想「なんてさもしいんだ…」。これで個人が生き生きと振舞える社会になりようがない。
それよりも、「囲い込まれたくなる場所をたくさんつくる」。選択肢は個人に委ね、選択される側は共創の姿勢の下で(ときには)競争していけばいい。
個人の自由を奪うことで所属させようとする考えはほんとにさもしい。開こうよ。

たとえば。
議論より対話。
他人を管理し統制下に置くという考えでは、議論で相手に勝つことを必要以上に大切と捉えがち。相手の考えの「禁止」につながりがち。
折り合いをつける、という考えでは、対話して落としどころを見つけるという姿勢になる。

社会に開くってそういうことじゃないですかね。

…と書きながら、これっていつも、よく私自身、言葉にしている「子どもの居場所をたくさんつくる」と一緒だと気づきました(笑)
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2018.08.10 08:20

「自立」とは、「社会」の中に依存先を増やすこと
https://www.mugendai-web.jp/archives/8758

人間性が極めて卓越していない限りにおいて、人は失敗を隠したいと思う気持ちがゼロにはなりません(僕だってそうです)。
それを組織において隠さないようにする(そのことによって失敗をゼロに近づける)には、「失敗を許容する文化」が肝だということは強く共感しますし、研究成果でも出ているのは心強いです。

これ、組織ではなく、「社会」でも同じじゃないですかね。
少なくとも自分は、自分が関係者ではない失敗の当事者に、離れた所から石を投げるような言動は止めておきたい。
「社会」において失敗を隠されることが頻発するのは困るので。

匿名性の強いネット上のSNSでは、離れた所から当事者に石を投げること(例:ツイッターで直接中傷することなど)が出来てしまう上、明らな失敗には、集団心理が働き誰しもが責める側の当事者になりやすいので、厳に気を付けなければいけないと思います。

以下、記事より抜粋します。

”高信頼性組織(High Reliability Organization)研究というものがあります。航空機産業、病院、原子力発電所など失敗が絶対に許されない組織で、いかにして失敗をゼロに近づけるかを研究するものです。
この研究の成果は、驚くべきことに、「失敗を許容する文化」が肝だということです。大きな逆説です。なぜかというと、失敗が罰せられる環境では、人々は失敗を隠すからです。しかし、失敗こそ組織にとっては学習の源。それを隠されては、組織は成長の機会を失います。もちろん、失敗が許容されるのだと開き直って、無責任にふるまうという意味ではありません。重要なのは、失敗を隠さず、失敗した当事者だけでなく、組織全体で、その失敗のメカニズムを研究することです。一人の責任にはしない。それこそが失敗を減らすことにつながります。こういう組織文化は、組織の学習の観点だけでなく、障がい者を包摂する組織の条件の観点でも非常に重要です。”
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2018.08.08 16:16

2020年度から大きく変わる大学入試センター試験。
教育関係者(とくに高校・大学関係)は「大学入試センターメールマガジン」は必読。まとめて情報が届きます。

本日「大学入試センター 新テスト実施企画部試験問題企画官(化学担当)」のリレートークが掲載されていました。
経産省「未来の教室」関連のPJでは、問題発見・解決力を育むために、社会や社会課題への「ワクワク」感を大事にしようとしていますが、下記調査官も全く同じですね。
省庁を超えて同じ方向を向いていることを強く感じます。

(以下、リレートークより抜粋)
学校での12月と言えば、センター試験対策と銘打った問題集を、時間の限りこなしていくというものが恒例でしたが、こうして日々試行調査(プレテスト)の問題を見ていると、例えば、実験レポートを一度も書いたことがない生徒が、実験器具の実物を一度も見たことも使ったこともない生徒が、果たして得点できるだろうかとよく頭をよぎります。

生徒が、新たに始まる共通テストで高得点をとるためには、生徒自ら、その科目を学ぶことが「楽しい」「好きである」と率直に言える状態であることが絶対に必要ではないかと思います。

「テストとは既にある能力を測るためのもので、テストが先で学習の改善を促すのは逆だ」というある大学教授の新聞記事を最近目にしたばかりですが、私が思い描く理想は、難解に見える課題に対して、学習した基本的な知識や技能が拠り所となって、次々と辿っていくと暗雲が無くなり視界がぱっと開くように、想定外に解けてしまう。うれしくて、ますます化学を勉強したくなる。そういう展開になる問題です。

※メールマガジンはこちらから登録できます。
http://www.dnc.ac.jp/about/newsletter/index.html
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2018.06.06 23:01

多くの保護者のみなさんに伝わることを心より願い、下記報告します。

「学校は、一斉一律の授業スタイルの限界から抜け出し、読解力等の基盤的学力を確実に習得させつつ、個人の進度や能力、関心に応じた学びの場となることが可能となる。
また、同一学年での学習に加えて、学習履歴や学習到達度、学習課題に応じた異年齢・異学年集団での協働学習も広げていくことができるだろう。」

「学校だけで教師だけが一方的に教えるような教育活動が転換され、多様な選択肢の中で、自分自身の答えを生徒が自ら見いだすことができるような学習が中心となる場へとなっていかなければならない。生徒一人一人の興味や関心に沿って、学校だけにとどまらず、地域社会、企業、NPO、高等教育機関といった多様な学びの場を活用し、異なる年齢や背景を持つ相手とコミュニケーションしながら「社会に開かれた教育課程」による学びを進めていく。」

これは6/5に林文科大臣が発表した、文部科学省の報告書にある文章です。
大臣自らの懇談会からの報告書なので、本気の文科省の、今後の政策に向けた宣言なのです。

そして今後の方向性を以下の3点に総括しています。

①「公正に個別最適化された学び」を実現する多様な学習機会と場の提供

すべての子供たちがすべての学校段階において、基盤的な学力の確実な定着と、他者と協働しつつ自ら考え抜く自立した学びを実現できるよう、「公正に個別最適化された学び」を実現する多様な学習機会と場の提供を図ることが必要である。

②基礎的読解力、数学的思考力などの基盤的な学力や情報活用能力をすべての児童生徒が習得

学校や教師だけでなく、あらゆる教育資源や ICT 環境を駆使し、基礎的読解力、数学的思考力などの基盤的な学力や情報活用能力をすべての児童生徒が確実に習得できるようにする必要がある。

③文理分断からの脱却

高等学校や大学において文系・理系に分かれ、特定の教科や分野について十分に学習しない傾向にある実態を改め、文理両方を学ぶ人材を育成するよう、高等学校改革と大学改革、高等学校と大学をつなぐ高大接続改革を進める必要がある。
高等学校においては、文理両方を学び個々の資質・能力を伸ばすとともに、地域の良さを学びコミュニティを支える人材の育成を進めていくことが必要である。
大学においては、高等学校における文理分断の改善、社会ニーズ等を背景に、文理両方を学ぶ教育プログラムの充実を図る必要がある。また、AI・データ科学分野等の高度専門人材育成のための施策を加速させる必要がある。

大人の皆さんが想像するような学校教育、そして入試。
少なくとも文科省は、未来の社会を見据え、本気で、がらっと変えようとしています。
そのことだけはいま、多くの保護者の皆さんに知っておいてほしいと思います。

※報告書は下記からご覧いただけます。概要の図などがわかりやすいです。
http://www.mext.go.jp/a_menu/society/index.htm
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2018.01.27 23:50

ミルグラム実験という有名な実験があります。

▼ウィキペディア「ミルグラム実験」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%AB%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%A0%E5%AE%9F%E9%A8%93

しらべぇの方がわかりやすいかもしれません。

▼世界を震撼させた驚愕の心理戦『ミルグラム実験』とは
https://sirabee.com/2016/02/27/87687/

簡単に言えば
・「(問題を解く人が)問題に間違えるたびに、電流を流してください」という指示を受ける
・電流をどんどん強くする。間違えた人はどんどん叫び声が大きくなる(※実際には電流は流れておらず、演技しているだけなのですが)
・最後は(演技している方が)無言になっても電流を流すのを多くの人が止めなかった
という実験です。

これが『C.M.B』という漫画で紹介されており、主人公はこういうセリフを言います。
「人の倫理観はブレーキにならない」


メディアのニュースで、倫理がない、と一般的に思われる行動が報道されます。
その行動をした人間を「よくない」とか「信じられない」とか、そういう目で見がちな方も多いかと思います。

しかし、追い詰められた状態では、人はいとも簡単に、倫理観を壊せるのです。
行為だけが過剰に報道されますが、その人がそこまで追い詰められた状態だったかまで報道されることは稀です。

そしてその行為、行為をした人を責めます。
インターネットでは本人のソーシャルメディア上で直接的に中傷に近い批判ができるようにもなりました。

なんか悲しい。


倫理観をもつことは大事だと思います。
その一方で、倫理観で防げる、と過剰に思うのではなく、「倫理観はブレーキにならない」と思って人を見つめた方が、他人に優しくなれると思うのです。

倫理観でブレーキをかけられなかった人間、ましてや自分が知らない人を責めて、正義の優越感に浸る人が多い社会よりも、優しい人が多い社会がいいなあ。
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2018.01.26 17:20

最近、経済産業省の「未来の教室」関係の投稿が多いです。

▼未来の教室とEdTech研究会
http://www.meti.go.jp/press/2017/01/20180116001/20180116001.html

一方で私は、文部科学省の新学習指導要領の方向性にも個人的にはかなり強く賛同しています。
▼平成29年3月公示 新学習指導要領(次期学習指導要領)文部科学省告示
https://ictconnect21.jp/document/170331_next_shidoyoryo/

手段は別にして、一番大きな目的と方向性は、新学習指導要領と「未来の教室」で向かおうとしているところは「全く」と言っていいほど同じだと思っています。


経産省の「未来の教室」関係の、世の中の様々な投稿を見ると「文科省が動かない(やらない)から…」的な表現を見ることがありますが、正確には違うと思います。「やれない」んですよ。様々な制約条件(予算・制約・ちょっとしたことで批判の電話がかかってきてそれに時間を費やさなければいけない←これが一番無駄と声高に言いたい)があって。
なかのひとはほんと、すごくすごく、を何度言ってもいいほど、頑張られていますよ。

一方で、「未来の教室」に違和感を覚え批判的な投稿もみますが、それもまたそれで「じゃあどうすればいいの」「今の閉塞状態(少しずつ明るくなっているとは感じていますが)を打破するアイディアあるの」と聞きたくなります。経産省のみなさんが、みんな必死に考えて制約条件をなるべく振り払いながらアウトプットしている活動があり、これまたなかのひとはほんと、すごくすごく、を何度言ってもいいほど、頑張られていますよ。


頑張っている人に敬意を表さず批判する姿が社会に余りにも蔓延している気がします。

私個人も、様々なアウトプット見て「それどうよ」と思うことはありますが(そして仲間内にそう表現することもありますが)、制約条件の中頑張っていることに対してまずは敬意を表するが先であって、そして「それどうよ」は安易に発しないようにしたいと思います(思わずするときもありますが。そうすることがある自分を認め、そういうことがあったら素直にごめんなさいと思いたい)。

そして、いくら自分が頑張っていても、そのひとが他人に対して敬意を無くしたら説得力を無くしますから、これもよくないと思います。
私も人に対して批判的になることはリアルのやり取りではありますが、その多くは自分の行動に過剰に制約が加わることへの防御が過剰になっての攻撃的批判になることであって(これがそうなりすぎる欠点はありますが、それは別の話として)、自分とは直接関係のない人の行動に対し攻撃的になることはないです(と思っています)。
簡潔に言えば「ヤツはヤツで頑張っているからほっときゃいいよ(自分とは違うけど、それでいいじゃん)」的姿勢が強いんですね。

みんながんばっている。
だから自分は自分のできることをやる。
他人に余計に干渉する時間を少しでも自分のやれることに費やす。
他人と関係するときは、関係することで物事が「よく」なるときであって、「よく」しようと思うときだけ(結果、得てして「それいいじゃん!」という支援の方が多くなる)。
そんあ社会の方がいいなあ。


最後に。
若い人は、そうなりつつあります。そうなろうとしています。
だから年配(40歳以上かな)は、自らが制約条件の中で戦いつつ、少しでもくだらない(とでもいいますか)制約条件を無くして、若い人ががんばれる、がんばることで社会を創る、それが幸せと思える環境整備、しませんか。

そのためには、「みんながんばっている」という姿勢から、自分とは違う価値観や手法の人への敬意がまず先だと思います。
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学習指導要領
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2018.01.21 23:00

こんなツイートを見つけました。

「間違ったり、失敗したりした人を、正しい人が容赦なく責め立てる構図こそ、低学年いじめの典型。」
※学校の先生のツイートです。


“間違ったり、失敗したりした人を、正しい人が容赦なく責め立てる”

世の中にそんなシーン、少ないでしょうか。それとも多いでしょうか。

残念ながら私は、少なくないと感じています。。。


間違いや失敗を指摘することは大切だと思いますが、「容赦なく責め立てる」のは止めませんか。。。?
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2018.01.20 23:50

経済産業省の「未来の教室」とEdTech研究会(第1回)を傍聴しました。

▼『「未来の教室」とEdTech研究会』を設置します~産業と地方創生の未来を切り拓く人材育成の場とEdTechの姿を考えます~
http://www.meti.go.jp/press/2017/01/20180116001/20180116001.html

「未来を創れる気がした!」
「この空気が日本全体に流れればいいのに」
何人かの知人が傍聴席にいましたが、そんな声が聞こえてきました。

もちろん、傍聴する皆さんですから、興味関心が高い層の方々だとは思います。
そのことを割り引いて考えても、省庁系の審議会ではなかなかない熱気と進行が感じられ、ここから未来を創らなければ、と思える場だったと、私も思います。


資料が公開されています(早いですね)

▼「未来の教室」とEdTech研究会(第1回)‐配布資料
http://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/mirainokyositu/001_haifu.html

傍聴しながら、印象に残った言葉を下記にまとめてみます。

〇座長挨拶
人口減少という新しい時代に向かって取り組むときに何が必要かと考えると、人材であることは明らか。
その人材とは、未知の課題について見極めて、解決策を見つけていく人材である。

〇事務局からの説明
アジェンダの設定能力、それを解決していく力を育成することが大切。

〇水谷委員
人材育成の中でのWill、Can、Must。Willはどこで育てるのかといつも考える。

〇熊平委員
教育と経済界は映し鏡。個人と企業と社会が一緒に変わっていかないといけない。

〇工藤委員
来季から定期テストを全廃する。

〇木村委員
教育から共有へ

〇中島委員
みんなつながる、学ぶと創るもつながる、そんな境界があいまいな時代。

〇井上委員
教育で一番大切なのはワクワク感。

〇佐藤委員
EdTechイノベーションで何が起きるか→Learning Over Education。学習者中心に。


少しずつご紹介しましたが、このブログの読者の皆さんはどのように感じましたか?
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2018.01.19 23:40

大学入試改革を進めている、大学入試センター審議役の大杉佳子さんの記事が公開されていました。

▼大杉 住子 大学入学共通テストを語る。
https://www.manabinoba.com/interview/016388.html

”大杉住子氏は大学入試センター審議役として、2020年度から始まる「大学入学共通テスト」の作問業務を担う大学入試改革のキーパーソン。記述式問題の導入、英語4技能の評価など、現行の大学入試センター試験から大きく変わる共通テスト。実施方針の発表と試行調査の実施によって、気になる詳細が明らかになってきました。”

で始まるこの記事、大学入試改革を新学習指導要領の方向性とあわせて読むにはぴったりの記事だと思います。

私は、ここを一番押さえてほしいです。

大学入学共通テスト(以下、共通テスト)では、どのような力が問われるのでしょうか?
→大学教育の基礎となり、その先の社会で活動していくために必要な学力の3要素のうち、「知識・技能」と「思考力・判断力・表現力」が問われます。この共通テストと各大学の個別入試で学力の3要素を多面的・総合的に評価することを大学入試改革は目指しており、各大学の個別入試では、「主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度」も含めた3要素が、アドミッション・ポリシー(入学者受け入れ方針)に応じて多面的・多角的に評価されます。

記述式などが話題になっていますが、大切なのは「何を見るのか」という考え方の部分、ですね。

是非全文ご覧ください。
▼大杉 住子 大学入学共通テストを語る。
https://www.manabinoba.com/interview/016388.html
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ICT CONNECT 21 の寺西隆行です。小松高校→東大理一→工学部環境系→教育の道へ。教育とマーケティングをずっと見つめながら過ごすことが喜びです。
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