こんにちは!ショーリです。
前回の話は、大げさにいえば、「学問」の起源についてでした。
今日はその続きです。
「万物は〜である」、この言葉の偉大さがわかれば、
大学に入った意味はある
教授がこういった意味。
それは学問を創った人の偉大さと同時に、
大学というある種特殊な空間への肯定を含んでいました。
大学は特殊です。
僕が思っていた以上に、そして皆さんが思っている以上に。
乱暴に言ってしまえば、
「社会に役立つかどうか」があまり問われない場所、といえます。
だって、
15世紀の思想家を研究したり、
古典の解釈をひたすら究めたり、
完成された哲学を脈々と受け継ぐために勉強する
…といったことって、実社会に何か役立っているでしょうか?
答えはNOですよね。
でも、それはあくまで「今の」社会に対してであり、
役立つか≒カネになるかどうかだけで全て判断したなら、
僕たちの社会はさぞ殺風景になることでしょう。
大学というのは、教授の言葉を借りれば、
「おまえのやってる事はようわからんけど、
おまえが一生懸命やってるのはようわかった」
(だから否定しないよ)
という気付きを得る場所であるべきなのだと。
正直、まだ僕にもピンと来ていません。
でも、この話に、
「なぜ大学へ行くのか?」という問いへの答えが含まれている気がするのです。
消化するべく僕も日々考え、行動していきたいと思っています。
みなさんも頭の片隅に置いてもらえたら幸いです。
ここまで読んでくださって本当にありがとうございました。
質問・感想などは、お気軽にコメント欄までどうぞ!
では、また明日☆
東京大学2年
田中勝利