理科や科学においては,「思考」や「試行」が大切。
そこで,日々の仕事や出来事の中での「思考」や「試行」のうち,役立ちそうなことを,
理科担当としての「指向」性にもとづいて書いていく予定です。
とはいいながら,単に自分の「嗜好」に走っているだけかもしれませんが…。
[2008年08月28日(木) ]
昨日は,娘の小学校の夏休みの最終日だった。
ほとんどの宿題を終えて,夏休みの最終日を迎えた娘だったが,読書感想文だけは,最終日まで残ってしまった。
そして,僕は,娘の読書感想文に付き合うことになった。
娘は小学1年生ということもあって,読書感想文も,原稿用紙に自由に書く形式ではなく,あらかじめ用意された解答用紙のようなものがあり,そこに書かれた問いに答える(応える)形で感想を書くようになっていた。
このように書くと,通常の読書感想文よりも書きやすいように思われるかもしれないが,いくつかある課題図書に対し,問いがすべて同じであるため,思った以上に書きにくい。
設問が抽象的で曖昧にならざるを得ないからで,中には,設問の意味・意図を誤解しかねない表現があったりする。
その誤解を解くために,ある程度の時間を費やさなくてはならなかったので,予想以上に時間がかかってしまった。
しかも,考える筋道が,出題側の都合によって固定されているため,読書感想文に付随する,いい意味での自由度が奪われており,何とも窮屈な宿題だった。
とはいえ,これは,あくまでも僕が受けた印象であって,実際に宿題に取り組む小学1年生たちにとって,やりやすい形なのか,やりにくい形なのかは,よくわからない。
しかしながら,娘の宿題の面倒をみることは,いい経験になった。
設問文の大切さを,改めて感じることができたからである。
設問文は,解答側が応えやすいようにするため,設問文の意味・設問の意図を誤解しないようにする必要がある。
(このことは,問題を簡単にすることではない。)
これらは,教材の作成に携わる際に,普段から心がけていることではあるが,再度,その重要さを確認することができた。
さらには,教材を作成する際には,その教材を通じて,何を伝えたいか,何を学んでほしいかという意図があるのだが,そういう意図を正しく把握して教材を作成しているかどうか,また,そういう意図が伝わるような形になっているかどうかを意識しなくてはならない。
こういった姿勢は,どの教材の作成においても同じであることがよくわかった。
そんなわけで,普段,自分が扱っている教材とはまったく異なる教材に触れることは,勉強になるだけでなく,これまでの反省もできるので,娘の宿題に付き合うのは嫌いではない。
が,娘の宿題に付き合うのは,もう少し余裕のある時期でないと厳しい。
まあ,これは,来年以降の課題ということで。
| Z会のSNS パルティオゼットならもっと多くのユーザーで交流を深められるよ!コチラから参加しよう |