[2008年07月31日(木) ]
夏休みの宿題の定番といえば、読書感想文である。
私がZ会に入社したころは、何冊か本が与えられて、
読書感想文を提出せよという宿題が出た。
変な会社だとは思ったが、感想文を出すと入選し、
結構な額の図書券がもらえたので、うれしかった。
今は、そんな宿題もなくなった。
それでも、感想文を書かなければならないことがときどきある。
著書をいただいたときだ。
友人からであれば、電話かメールで、
「届きました。ありがとう。これから読みます。」
で済むだろうが、
恩師、仕事上お世話になった方からだと、礼状を出す必要がある。
読んだ感想を添えるよう心がけているのだが、
大変な労作だったりすると、迷う。
読むのに時間がかかり、礼状が遅れて失礼にならないか。
もしかしたら、読みきれないかもしれない。
いっそ、読まずに礼状だけ先に出そうか。
世の中には苦もなく読書感想文を書けてしまう人もいるらしい。
松岡正剛は千夜千冊を達成し、なお、書きつづけている。
(まるで千日回峰行のようである。)
しかも、内容をきちんと紹介しながら、しっかりと自分の考えを示している。
偉大な編集者にして、本のめききである松岡正剛の千夜千冊を紹介したい。
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya.html
ただ、30字200行、400字詰原稿用紙15枚に匹敵する分量である。
紹介された本を未読のまま、もう十分という気になったりする。
[2008年07月30日(水) ]
今朝、次女はいつもより飛び切り早起きをしてでかけていった。
バスで埼玉県まで行くのだという。
高校総体の応援のためである。
http://www.spec.ed.jp/soutai/
昨年の8月、埼玉県の熊谷市では最高気温40.9度を記録している。
暑い中での熱い戦い。
次女には日焼け止めクリーム代2000円を請求された。
化粧品代はこずかいの内と考えているのだが、日焼け止めなら、しかたあるまい。
選手も応援も熱中症には十分な対策を施して欲しい。
[2008年07月29日(火) ]
倒幕の主体で後に藩閥政府を構成したのは薩長土肥である。
もちろん、薩は薩摩、長は長州をさす。
問題は土肥である。
長女は、伊豆生まれの伊豆育ち。
悲しいかな、土肥といえば、西伊豆にあると思いこんでしまっている。
「土肥って、前に行ったことあるよね。でも、何で薩長と一緒に出てくるんだろう?」
確かに、土肥(とい)温泉に家族で一泊したことがある。
しかし、それを聞いた妻は大笑い。
「伊豆の土肥が藩閥の訳ないじゃない!」
では、妻に問う。
「じゃあ、土肥ってどこさ?」
「土は土佐だけど、肥って、あれ、どこだっけ?」
「肥前さ」
「肥前ってどこさ」
「佐賀さ、佐賀藩には反射炉があってさ、反射炉で大砲作ってさ、それを薩長が倒幕用に欲しがってさ、仲間にしたというわけさ。」
なんだか、「あんたがたどこさ」になってしまった。
[2008年07月28日(月) ]
芸術新潮8月号とNewton9月号を購入した。
芸術新潮8月号は「大特集 北京〜北京八景」
Newton9月号は「特集北京 万里長城から最先端科学まで都市の全容にせまる」
北京オリンピック開幕が近い。
オリンピックといえば、世界的な大イベントである。
月刊誌が特集して何の不思議もない。
かたや、美術雑誌の芸術新潮、こなた、科学雑誌のNewton。
性格の違う両誌だが、ともに「オリンピック」にそっぽを向き、
「北京」という都市に焦点をあてているのが面白い。
芸術新潮は燕・魏・唐・遼(宋)・金(北宋)・元・明・清、
Newtonは隋・唐・遼・金・元・明・中華民国・中華人民共和国、
それぞれの版図を図示したものを載せている。
芸術新潮は「北京は農耕文明と遊牧文明がダイナミックに交差する汽水域の都市である」といえば、Newtonは「北京3000年−いつの時代も民族が対立する境界点だった」という。
視点はかなり似ているのではないだろうか。
なるほど、北京は万里の長城に近い。
つまり、古代の中華帝国の境界近くに北京は位置するということだろう。
両誌の中国歴代王朝の支配領域を見ると、
蒙古族・女真族が建てた元朝、清朝のときに大きな領土をもったことがわかる。
現在の中国は、ほぼ清の時代の国土を継承しているが、
それは歴史的に見て、かなり膨らんだものであるといえそうだ。
その膨らんだ国土に多数の民族がひしめく。
経済発展著しいが、それは格差の拡大をもたらしている。
安全保障理事国の一つでありながら、絶えず人権問題が指摘される。
歴史的な問題もあってなかなか接し方が難しい隣国だといえる。
しかし、関わることを避けることもできない。
オリンピックがあるからではなく、今後うまくつきあうためにもよく知らなければならない相手ということなのだろう。
[2008年07月26日(土) ]
わが家のテレビの画面右上に、うっすら、
アナログの文字が映るようになった。
結婚してしばらくして買ったテレビだから、
高3の長女より年上ということになる。
調子はよくない。
赤がにじんだりしている。
このまま使いつづけていると、
画面右上の文字がアナクロに変わるのだろうか?
[2008年07月25日(金) ]
入会当初、Z会員の意欲は高い。
だから、3月4月はたくさんの答案が届く。
しかし、学校が始まり文化祭、定期テストなどで忙しくなり、
さらに、出題範囲に未習の部分がある、問題をざっと見て難しそう、
そんな理由で答案を出さなくなる人も増えていく。
せっかくの問題が解いてもらえないのは残念でならない。
われわれが自信をもって出題した良問をもっと活用してほしい。
そんな気持ちで結成されたのが、答案提出応援団である。
応援団員は教材編集に携わる教科スタッフである。
最年長の私が団長に祭り上げられた。
応援団は答案提出を呼びかけるキャンペーンを企画する。
団員の激励メッセージを載せたチラシを作成。
そこに団長の似顔絵がそえられた。
似顔絵は団員が描いてくれた。
(娘たちに見せたら「そっくり」と笑われた。)
先着答案には記念のスタンプを押してあげよう。
企画自体には賛成したが、団長の似顔絵入りというのは悪趣味に過ぎないか?
「大丈夫、Z会員の心の広さを信じましょう。」
幸いクレームを聞くことはなかった。
感想欄に「スタンプが楽しみ」と書いてくれる心やさしい会員までいた。
もう使われることもない先着認定スタンプ。
「せっかくだから、プロフィールで使ってください。」
と印影の画像が届く。
Z会を利用して入試突破力を高めて欲しいという気持ちは部署が変わった今も同じ。
答案提出を強く呼びかけたい。
夏休みはためてしまった答案を一掃するチャンスである。
[2008年07月24日(木) ]
高3の長女と高1の次女とで、昔した遊びの話題で盛り上がっていた。
昔話で盛り上がるのは10年早いと思うのだが、
10年前、長女は小学生、次女はまだ幼稚園児であったころのことらしい。
「よく、土ぐもを引きずり出してあそんだよね。」
土蜘蛛って何だ。神武天皇の東征に反抗したあの土蜘蛛か?
どうやら、ハナミズキの根元にできた地グモの巣のことらしい。
「バッタの脚って、持つと簡単にもげたよね。」
「ふつうのバッタはそうだけど、ショウリョウバッタは脚をもってふりまわしてももげなかったよ。」
「もげた脚をネコにあげても食べなかった。」
「そうそう、自分では捕まえて食べるのにね。」
「ネコはトカゲのほうを喜んだ。」
「でも、遊んだだけで、食べなかったよ。」
「うん、ネコが遊びにあきたころには、トカゲ本体はぐったりしてるのに、切れたシッポだけ元気よく動いてた。」
「カエルもよくつかまえたね。」
「オシロイバナを石で潰して汁を塗りつけたりとか……。」
わが家の西側は堤防で雑草が生い茂っている。
ときどき国土交通省が委託した業者が草刈するのだが、すぐまた生い茂る。
雑草とはいえ、季節ごとに花をつける。それなりに美しい。
茂みの奥には、虫たちがたくさんいて、それを狙う鳥も舞い降りてくる。
幼い子どもたちにとっては格好の遊び場である。
子どもたちが、シロツメクサやアザミを摘む姿はよく見かけた。
ほほえましく見守った。
しかし、まさか、地グモの巣を引き出し、バッタを振り回し、カエルにオシロイバナを塗りつけて遊んでいたとは知らなかった。
妻も唖然としていた。
[2008年07月23日(水) ]
部活が終わり、支障なく受験勉強に専念しているはずの長女。
「今年の夏休みは、受験勉強以外にすることがなくてつまらない。」
なんていい方をするから、すかさず妻のカウンターパンチが飛ぶ。
受験勉強以外にやることがないなんて、考え違いもはなはだしい。
玄関前・風呂・トイレの掃除、洗濯・洗濯物を干す・たたむ
買い物、食事の用意・後かたづけ、ゴミ出し
ふだん、親がやってくれるからといって、
自分のやるべきことではないと考えているとしたら大きな間違いだ。
子どもが何もできない幼児なら、一切親がやる責任があろう。
しかし、親と背が並ぶほどになれば、応分の家事を負担して当然。
つまり、少しは手伝えということだ。
わが家から都内の大学なら通えないこともない。
通えないこともないが、通学のための時間は相当かかる。
大学入学を機に家を離れ、一人暮らしをする。
その可能性も考えておいたほうがいい。
いずれは、親を頼らずに生活しなければならないのだから。
大学入学のための準備、それは自立のための助走である。
自分で生活をする覚悟、そして能力をもつことは絶対必要である。
これは私の意見だ。
えらい方向に話がいってしまったと困惑顔の長女。
「一人暮らしかあ、できるかなあ。」
大学入学時に家を出て、もどることなく就職、そして結婚。
私も妻もそうであったように、十分ありうる話だ。
そうなれば、一緒に暮らせる時間は、大学に入学するまでの数か月しか残っていない。
今のうちに母親からたくさん学んでおくといい。
[2008年07月22日(火) ]
次女の国語総合の教科書がテーブルにあったので手にとってみた。
小説、評論、詩、古文、漢文、みな一冊に納まっている。
カラフルでにぎやかなレイアウト、
自分が高校のときに使った教科書とは違うなあ、と思いつつ見ていると、
俳句のページがある。
子規、虚子、蛇笏、山頭火、汀女、誓子、当然のビックネームが並ぶ。
現代俳句の世界というページもあって、そこになつかしい名を見つけた。
初めてのまちゆつくりと寒椿 田中裕明
かつて、「獏」という同人誌があった。
短歌・俳句・川柳・一行詩を作る高校生・大学生たちの同人誌である。
彼はその仲間だった。
彼は若くして本格的な俳句を作り、皆に尊敬されていた。
私はもっぱら一行詩を作った。
「そもそも一行詩とは何だ」と仲間うちでも議論になるぐらいだったから、
私は異端の部類に属していたのだろう。
「獏」の大会には議論好きが集まったが、
彼はいつもにこやかに聞き役をつとめていた。
京都で開かれた大会に参加したときには、
帰りそびれてしまい家にとめてもらった。
先輩俳人の短冊を宝物のように見せてくれたことを思い出す。
大学卒業後、「獏」も廃刊となり、以後、会うことはなくなった。
それでも、彼の活躍ぶりはさまざまに知ることができた。
小林恭二著「俳句という遊び」(岩波新書)に若手俳人の一人として登場している。
教科書に載った生年は私と同じ。
没年が記されているのが寂しい。
[2008年07月21日(月) ]
夏の甲子園大会の予選、各地で熱戦が続いている。
これまでわが家の野球熱は高くなかったのだが、
次女の高校は甲子園に出場したことのある名門校だそうで、
土曜日、次女も応援に行った。
妻も次の試合には絶対に応援に行くといいはっている。
野球のルールも知らないくせに‥‥。
長女の高校の野球部は早くも夏を終わらせてしまっている。
長女に勝ち残っている高校がうらやましいかと聞くと、
「うらやましいけど、応援に行かなくていいのは助かる」という。
制服での応援は暑くて苦痛なのだそうだ。
でも、男子のズボンより、女子のスカートのほうが涼しそうだ、
といいかけたところで、妻が割って入る。
「そんなこというのは、夏、スカートをはいたことがないからでしょ!」
確かにそうだ。夏に限らず、スカートをはいたことがない。
「スカートって、案外、熱がこもるんだよ。」
それは、知らなかった。
「だから、両手でつかんでバサバサやりたくなるよね。」
妻のことばに、長女もうなずく。
昼前に次女からメール。
延長戦で惜敗との知らせ。
これで、妻のスカートバサバサはなくなった。