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[2008年05月15日(木) ]
NEWTON6月号の特集はiPS細胞である。
http://www.newtonpress.co.jp/science/newton/index.html
iPS細胞とは万能細胞、つまり、どんな細胞にもなりうる細胞ということだ。
再生医療の可能性を切り開く学問のフロンティアといえるだろう。
NEWTONの図解や解説は予備知識の乏しい私にもわかりやすい。
ただし、iPS細胞について語るのは私の任ではない。
考えてみたいのは万能細胞を語る際のキーワード、可塑性という言葉だ。
可塑性とは「変われる」、「変えられる」ということらしい。
「変われる」というのはすばらしい。
誰もが「生まれ変われたら」と思う瞬間がある。
今の自分の境遇に満足がいかない。
あるいは今の自分自身を不満に思う。
どちらかの場合だろう。
しかし、実際にはiPS細胞のように自分自身を初期化してしまうことはできない。
将来、自分のクローンができるようになるかもしれないが、
それは同じ遺伝子をもった別人である。
過去は変えられない。
それはしょうがないものとして受け入れるしかない。
(歴史叙述は時に変わるが、過去が変わったわけではない。)
では何も変えられる余地はないのか。
そんなことはない。
今を変えれば、未来は変わる。
今を変えることによってしか、未来を変えることはできない。
高校生は十分に可塑性が高いといえるのではないだろうか。
[2008年05月14日(水) ]
高校入学直後の学力診断という意味なのだろう。
4月実施の校内実力テストの結果を次女が持ち帰った。
偏差値・順位ともに中学時代よりはるかに悪い。
それは、そうだろう。
各中学の成績上位者が集まった進学校である。
(といっても、「学区の中で」というただし書きをつけなければならないが‥‥)
その中での偏差値・順位である。
トップ以外は皆、中学時代より下がっているはずだ。
それでも、平均点以下の得点を見るのは辛いようだ。
妻も別に責めたりはしないのだが、
英語はどんな問題だったかとか、時間が足りなかったかとか、
聞き出そうとする。
もう、いいだろう。
話題を変えるタイミングと見計らって、
「伸びしろがあるということだ。3年間でどれだけ伸びるか楽しみだ。がんばれよ。」
とやや強引に締めくくってしまった。
進学校では、みんなが勉強するのだから順位はそう簡単にあがらない。
しかし、優秀な人たちと競い合うことで学力は確実に伸びる。
それが進学校にいる強みだ。
[2008年05月13日(火) ]
かだのあずままろ=荷田春満、これは一発で変換できた。
かものまぶち=賀茂真淵、これもいける。
もとおりのりなが=本居宣長、なかなかいい調子。
ひらたあつたね=平田篤胤、いいではないか。
私の使用しているパソコンは国学の四大人(しうし)を知っているようだ。
何でこんなことをしたかというと、長女がこういったからだ。
今の子どもの名前の読み方は難しいというけど、
昔の人の名前の読み方だってめちゃくちゃじゃないか。
長女が例としてあげたのが国学の四大人だ。
荷田春満・本居宣長は確かに読み方が難しい。
でも、重要だよ。憶えておこう。
賀茂真淵・平田篤胤はそのまんまじゃないかと思う。
長女よ、パソコンに負けるな。
[2008年05月12日(月) ]
栗田哲也著「なぜ教育が主戦場となったのか」(勁草書房)を読んだ。
苅谷剛彦著「大衆教育社会のゆくえ」がベストセラーになってから、
教育の不平等が格差を再生産するという議論がさかんになった。
しかし、この「教育の不平等」という主張はどれだけ現実をとらえているか。
それが受験業界に身をおく著者の問いかけである。
学力は二極化ではなく三層化している。
まずは、読み書きそろばん。
簡単なようだが、躓きやすい。
放っておけばこのハードルを乗り越えられない人がでてくる。
読み書きそろばんができても、
調べる・考えるという自発的な学習に進むことができる人とそうでない人がいる。
それをごっちゃにして議論してはいけない、というのが著者の主張である。
ゆとり教育、総合学習の理念に反対するものではないが、
自分の興味関心から出発して学習できる子どもなんて多いはずがない。
低学年のうちに訓練を軽視しておきながら、
高学年に受験準備で詰め込みになるのは倒錯している。
この主張は説得力がある。
そもそも、どうして受験勉強が必要かといえば、
小学校・中学校の初等教育の実態、
大学・高校の高等教育で要求される学力の水準にミスマッチがあるからではないか、
と天野郁夫著「試験の社会史」を引用して指摘する。
下から積み上げたものと、
上から下への要求、
そのギャップが入試として顕在化する。
受験生には罪がないと思う。
だから受験生を応援したい。
[2008年05月09日(金) ]
昨日、帰宅すると家の中の雰囲気がいつもと違う。
リビングで長女が妻に英語を教わっている。
しかも、大変になごやかにだ。
次女と妻ならよくみかける。
しかし、長女は和室にこもっていることが多い。
自室もあるのだが、もっぱら休憩と睡眠用と決めているらしい。
なぜ、和室なのかというと、畳の上にものを並べられるからだ。
辞書・教科書・参考書・ノート・プリントなどを放射状に並べておいて、
必要なものをすぐに使えるようにしておきたいらしい。
あまり親の干渉を受けずに自分なりの勉強をする。
それが長女のスタイルである。
でも、昨日は英語の長文問題にてこずって妻を頼ったらしい。
聞こえてくるのは、
「貧しい間は物の貸し借りがあたりまえだが、経済的に余裕がでてくると滅多に使わないものまで所有するようになる」
というような文明論である。
大学入試でよく出題されるジャンルである。
後で妻に感想を聞いた。
訳した文章はきれい。でも、英語とあっていない。
昔、私も同じ言葉を聞いた。
私の場合、読み取れる部分からわからない部分を想像して訳し、
日本語としてはそれなりに意味の通る文章にしてしまっていた。
長女もおそらくは‥‥
[2008年05月08日(木) ]
今日の朝日新聞に大学入試の歩留まりについての解説記事があった。
大学入試の歩留まりとは、合格者がどれだけ入学するかということだ。
Z会員について調べたことがある。
東大・京大合格者はほぼ東大・京大に入学している。
入学辞退は、防衛医大や慶應大医学部に入学を決めた数例に限られている。
東大・京大ほどではないにしても、旧帝大クラスの歩留まりも良い。
私立大はどうか。
たとえば、早大政経学部の合格者を見ると
慶大経済学部や法学部も合格している人が多いのがわかる。
慶應大経済学部の合格者を見ると
早大商学部や政経学部も合格している人が多い。
他学部も同様で、早大・慶大の両方を受ける人が大変多い。
完全に食い合っているといえるだろう。
むろん、早大・慶大の合格者は他の私立大にも多数合格している。
だから、早大・慶大の入学者は他の私立大の歩留まりに影響する。
また、早大・慶大は東大・一橋大受験者の併願先でもある。
国立大の歩留まりの良さの影響を免れることはできない。
これまで、私立大は受験機会を増やして受験者増をはかってきたが、
その結果、歩留まりが大変に悪くなっている。
それを見込んで定員以上の合格者を出しているが、
実際、どれだけ入学者があるのか見極めは難しいようだ。
私立大の志望者倍率(志望者÷定員)は実質倍率(受験者÷合格者)よりかなり大きい。
志望者倍率の高さに怯える必要はない。
[2008年05月07日(水) ]
明日、5月8日はゴーヤの日なのだという。
何と安直なゴロあわせ、と思わないでもないが、
ちょうど今が苗の植えごろと聞き、なるほどと思った。
といっても、ここ静岡で植えごろなのであって、
沖縄では出荷が始まるころなのである。
わが家の西向きの窓の下にゴーヤの苗が植えてある。
5月4日、みどりの日に妻と植えたものだ。
別にみどりの日を記念したわけではない。
西日を遮る緑のカーテンをと妻が目論んだためだ。
特に手入れをしなくても実がたくさんなるようだ。
しかし、収穫しないでいると爆発するのだという。
あのいぼいぼが破裂して種が飛び散るのだろうか。
なんだか、クラスター爆弾のようで恐い。
はたして、毎日ゴーヤチャンプルなんてことになるのかならないのか?
[2008年05月06日(火) ]
今日は振替休日。
5月4日のみどりの日が日曜日と重なったための振替休日である。
4月29日はもともと天皇誕生日だった。
平成になってもみどりの日として祝日であり続ける。
その4月29日は昨年から昭和の日となり、みどりの日は5月4日に移っている。
さらに祝日が日曜と重なった場合は祝日でない日までスライドさせて振替えるという規定があって今日が振替休日になった。
なんだか、むりやりゴールデンウィークが拡充されているように感じる。
祝日と祝日の間は国民の休日とされている。
もし5月1日のメーデーが祝日になれば、
なんと4月29日から5月5日まで7日間の休日が確定する。
7日間のうち1日は必ず日曜と重なるから休みは8日間になる。
いや待て、28日が土曜日なら実質9日間の休みになるではないか。
2009年は敬老の日が9月第三月曜の21日、
秋分の日は23日なのでその間の22日は休日、
土曜の9月19日から23日まで5日間の連休が完成。
第二のゴールデンウィークが出現する。
子どもたちは学校が休みで大喜び‥‥のはずだが、
高3の長女はセンター模試、高1の次女も部活のため学校にいっている。
私も昨日、今日出勤している。
そうなると妻もふだんどおりということになる。
ゴールデンウィーク、どこかに連れてってと子どもにせがまれたころが懐かしい。
[2008年05月05日(月) ]
「岩佐又兵衛 浮世絵をつくった男の謎」(文春新書)を読んだ。
著者は辻惟雄、美術史研究の第一人者である。
近年、岩佐又兵衛、伊藤若冲、曾我蕭白、歌川国芳らの人気は高い。
そのきっかけは辻惟雄「奇想の系譜」であったといわれている。
辻惟雄を知ったのは、芸術新潮2004年10月号「岩佐又兵衛の逆襲」だったと思う。
山下裕二との対談が面白く、たまらず「奇想の系譜」(ちくま学芸文庫)を買い求めた。
そして、翌年、熱海のMOA美術館で又兵衛展を観た。
館所蔵の浄瑠璃物語絵巻、山中常盤物語絵巻が一挙に公開されたものだ。
まさに圧巻。
金泥をふんだんに使い、青や朱も色鮮やかだ。
大胆な構図だが、細部まで描ききっている。
そして、凄惨な場面は血の匂いがするような生なましさ。
優美ではない。まさに「奇想」であると感じた。
岩佐又兵衛の生涯を知れば、なるほどと思う。
戦国の武将、荒木村重の子として生まれた。
村重は織田信長に叛き、一族・郎党を皆殺しにされた。
しかし、村重本人は城を抜け出し、生きのびている。
又兵衛も乳母に助けられたのだが、
父は母を見殺しにしたと知って何を思っただろう。
又兵衛は母方の岩佐姓を名乗る。
絵師又兵衛を庇護した松平忠直も不運の影が濃い。
妻の父である将軍秀忠に乱行を咎められ、隠居を命じられている。
忠直の父秀康は秀忠の兄である。
将軍職が家康−秀康−忠直と継承されることだって、ありえたはずだ。
ともかく、越前藩主忠直・忠昌兄弟のもとで、
又兵衛は画業に励み名声をえる。
山中常盤物語絵巻などは弟子たちとともに描いたようだ。
あれだけ長大な作品である。当然だと思う。
やがて、招かれて江戸に出て、川越東照宮に三十六歌仙図などを残している。
又兵衛は当世の風俗を描くことが巧みであったが、
又兵衛作と確認できる浮世絵はほとんどないようだ。
それでも、伝説化され、浮世絵の祖と称されたのはどうしてだろう。
大名や将軍の求めに応じて描いた絵でも、
矜持として俗な部分を保ちつづけたからだろうか?
謎は完全には解明されていないようだが、それでも十分面白く読めた。
[2008年05月02日(金) ]
東山魁夷展でにぎわう東京国立近代美術館の近くに国立公文書館がある。
文字通り、国の重要文書を保存管理する機関だ。
大日本帝国憲法、教育勅語、終戦の詔勅、日本国憲法の原本はここにある。
江戸幕府から引き継いだ資料も保管している。
人ごみを嫌うなら、一般公開用の展示(入場無料)もあるので、訪れてみてはどうだろう。
一級史料を至近距離で見れば、感慨深いはずだ。
ただし、土日祭日は休館であるので、まずはサイトをご覧いただきたい。
http://www.archives.go.jp/
今月のアーカイブズというコーナーがあり、
大三川志という史料が紹介されている。
テーマは徳川家康の教育観である。
小さいころの躾が肝心。
幼いころは厳しくいっても素直に受け止められるが、
幼いうちに厳しいことをいわず成長してから戒めても遅い。
ではなぜ、家康は家光や忠長の母に、こういわねばならなかったか。
それは長子信康の悲劇があったからだという。
信康は織田信長の娘を娶ったが、信長に謀反を疑われ、若くして死に追いやられている。
信康は親の家康のいうことを聞かず信長に叛こうとしたということなのだろう。
以前、Z会会員の高校生をインタビューしたことがある。
親からうるさくいわれるのは嫌。
つい、拒絶する態度をとってしまう。
それでも、親の言葉は、心にとめている。
そんな本音を聞いた。
さて、家康の場合、どれだけ信康と率直に話ができていたのだろう。
信康の母、築山殿との不仲が信康の心を頑なにしたということはないのだろうか。
幼いころのしつけも確かに大切だ。
しかし、親離れしようという子に親が本気で対話を求めることも大切ではないだろうか。