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あと18ケ月 (2008年09月11日)
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元大学受験コースの答案提出応援団長。家に帰れば受験生の父でもある。

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小栗のサイト集情報 (2008年04月04日)

http://www.zkaiblog.com/hi06/index1_0.rdf

「セクシィ古文!」

[2008年05月30日(金) ]

妖怪、呪い、憑依、悪霊、怨霊、鬼、地獄、
寝室の壁一面にそうした文字が並ぶ。
天井までの書架を特注したのだが、
そこに、小松和彦、宮田登、山折哲雄といった人たちの本を入れるとこうなる。
最初は、本棚を娘たちの部屋に分散して置いた。
娘たちが文字を知るようになり、「お父さんの本が恐くて寝られない」というので、
やむなく、自分の寝室にひきとったのだ。

書架の一画に田中貴子コーナーがある。
「百鬼夜行の見える都市」(新曜社)を読んで以来病みつきになり、次々と読んだ。
「聖なる女」(人文書院)、「外法と愛法の中世」(砂子屋書房)、「<悪女>論」(紀伊国屋書店)、「日本ファザコン文学史」(紀伊国屋書店)、「性愛の日本中世」(洋泉社)、「鈴の音が聞こえる−猫の古典文学誌」(淡交社)、「あやかし考」(平凡社)、「鏡花と怪異」(平凡社)
この品揃えは大型書店にも負けていないはずだ。

もちろん、選書の「安倍晴明の一千年」(講談社メチエ)、「検定絶対不合格教科書古文」(朝日選書)、新書の「日本古典への招待」(ちくま新書)、「室町お坊さん物語」(講談社現代新書)もある。
ただ、選書・新書は会社ごとの棚に収めている。

さて、最新刊「セクシィ古文!」(メディアファクトリー)を加えるかどうかが問題だ。
今日の朝日新聞に広告が出ていたのだが、
古典の中からセクシィな部分を集めマンガ化したもののようだ。
古典の中のセクシィな部分を故意に隠す必要はないが、
だからといって集めるのも「あざとい」と思う。
しかもマンガ。視覚化してしまっている。
古典入門というが、セクシィが目的で読まれてしまうのではないか。

やはり、私の書架に置くには違和感がある。
娘に「何これ!」って思われるのも嫌だし‥‥。
それとも、結構おもしろがって読むのだろうか。

予習のしかた

[2008年05月29日(木) ]

朝、雨だった。
子どもたちを送り出した後、
妻が「車で送ろうか」といってくれた。
ふだんは電車通勤なのだが、家から駅まで10分ほどであっても、
傘をささなくてすむのはありがたい。

車内で高1の次女の話になった。
(おそらくは、その話をしたいがために「送る」といったのだ。)
部活のため帰宅が遅れ、予習や宿題をこなすのに苦労している。
昨日も予習の途中で、寝入ってしまった。
起こして、コンタクトだけははずさせたという。
そういえば今日、朝食前に英語の予習をしていた。

教科書の英文全文をノートに写し、単語を調べ、訳しておく。
それが、次女のやり方だ。
妻は、英文も訳も全部でなくていいと考えている。
「もっと、要領よくやらなくちゃね。」
私も全訳派であったので、あいまいな返事をした。
予習が完璧である必要はない。
授業のどこを注意して聞くべきかを明確にできればそれでいい。
妻のいい分に一理ある。

高1のうちに予習と宿題だけで他に何もできないというのは確かに問題だ。
もっと新聞や本を読む時間がほしい。
その意見には大賛成である。

米朝会談

[2008年05月28日(水) ]

米朝会談が大詰めを迎えているようだ。
北朝鮮がアメリカに核計画を申告するのと引き換えに、
アメリカは北朝鮮のテロ支援国家の指定を解除するのだろうか。
http://www.asahi.com/international/update/0528/TKY200805280071.html
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20080528-OYT1T00294.htm

各国の思惑は複雑に絡み合っている。
アメリカ軍は、泥沼化するイラクに釘付けされている。
強硬な姿勢を崩さないイランにも備えなければならない。
だから、アメリカは北朝鮮との対話をできるだけ維持したい。
大統領選を控え、共和党としても、これ以上外交の失点を重ねたくない。

韓国では、大統領が盧武鉉から李明博にかわったばかりだ。
北朝鮮との融和を重視し、対立を避けるという太陽政策を変更すると表明している。
そうなると、北朝鮮もこの機にアメリカとの関係を改善し、各国からの援助を確保したい。
6か国協議の議長国の中国としては、なんとか話をまとめたいところだろう。
しかし、日本としては拉致問題を置き去りにされては困る。
日米関係を重視するアメリカがどのように外交カードを切るか注目したい。

ただ、新聞で「米朝」という文字を見ると、
どうしても桂米朝を思ってしまうのだ。
「地獄八景亡者戯」
随分前に聞いたが、もう一度聞きたい。

米朝口まかせ
http://www.asahi.com/kansai/entertainment/beichou/index.html

同時代史

[2008年05月27日(火) ]

岩波新書のシリーズ日本近現代史もGまできた。
最新刊は武田晴人著「高度成長」である。
高度成長期は、まさに私が育った時代にあたる。
歴史叙述として読んでいるつもりなのだが、自らの記憶が交錯して妙な気分だ。
ちょうど、大学紛争のところまで読み進んだところである。

70年安保に向けて学生運動がしだいに激化していくころ、私は小学生だった。
ヘルメットをかぶり、ゲバ棒(角材)を構えて機動隊と格闘する学生の姿をテレビで見ている。
1969年の東大安田講堂の攻防戦はゴジラ映画以上の迫力があった。
当然、「ゼンガクレン」ごっこをした。
ゼンガクレンは新聞をまるめたゲバ棒で攻め立てるが、
キドウタイは座布団を楯にして押し返すぐらいしかできない。
みんなキドウタイよりゼンガクレンになりたがった。

結局、70年安保の阻止は果たせず、学生運動は沈静化する。
やがて、新左翼セクト間の対立は激化し、内ゲバ、テロが頻発する。
革マル派と中核派間の殺し合い。
連合赤軍によるリンチ事件、浅間山荘事件。
よど号ハイジャック事件。
東アジア反日武装戦線の連続企業爆破事件。
彼らは地下に潜り、戦いを先鋭化させたが、
一般学生とは完全に遊離していった。
(荒岱介著「新左翼とは何だったのか」(幻冬舎新書)参照)

私たちの高校・大学時代はいたって平穏だった。
学生運動の悪夢にこりた学校側の管理が十分に徹底していたからだ。
しかし、大学に入り、まだ若い教官にこういわれた。
「君たちは覇気がないね。私たちが学生のころは、安保に対して‥‥」

先生、そんなこといわないでください。
私たちも新聞紙を丸めたゲバ棒を振ってキドウタイと戦ったのです。
あなたたちがゲバ棒を置いたとき、私たちもゲバ棒を置きました。
私たちは同じ時代を生きてきたのです。

大学の先輩

[2008年05月26日(月) ]

Z会、社名を名のったところで、
その先生は、私を思いだしてくれたのだという。
国語力研究所代表氏が、私の大学の先輩の消息を教えてくれた。

受験生の親にできること

[2008年05月23日(金) ]

妻が長女の高校のPTA総会資料を持ち帰った。
前半は会計報告や新年度役員紹介などだが、
後半は保護者への情報提供、啓蒙のためのページになっている。
昨今の入試動向、今春の卒業生の合格実績、学校としての取り組みなどが解説されている。

かいつまんでいうと、こういうことだろう。

大学全入の時代に突入した。
全体的に大学入試はやさしくなっている。
しかし、難関大学に限れば志望者が増加しており、
競争はむしろ激化している。

だから、第一志望に合格するためには、
しっかりとした学習計画を立て、やりぬく必要がある。
特に、本校の生徒の場合、入試直前に伸びることが多い。
模試の判定がよくない場合、志望校のランクを落とすと、
学習意欲が下がり、さらにランクを落とすという悪循環に陥る。
志望校合格への強い意思と、着実な学習。
それがすべてである。

異論はない。まったく、その通りだと思う。

最後に「受験生の親にできること」という章がある。

受験生の親ができることはほとんどない。
受験勉強は本人しだいで、親の介入はかえって混乱のもととなる。
規則的な生活習慣、健康の維持だけ心がけてほしい。

これも、そのとおりなんだが、
学校がそこまでいう意味って何だろう。

学校非公式サイト

[2008年05月22日(木) ]

文部科学省の「青少年が利用する学校非公式サイトに関する調査報告」を読んだ。

http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/001/index48.htm

いわゆる学校裏サイトについての実態調査である。
最後の考察にこんな一節がある。

「今後必要とされる対策は多面的である必要がある。思春期は大人に隠れて危ない遊びをしたり、有害だと言われている情報に接したりしたい時期である。それらの行為をすべて駄目と抑え込んでしまうのは、別のところへ若者のエネルギーが向かうだけで、適切ではなかろう。」

なるほど、青年期の心理をきちんとわかっている。
では、親としてはどうしたらいいのだろう。
フィルタリングが必要であることを子どもにきちんと説明し、
納得させなければならないのだという。
わが家の場合、その手のことは98%ぐらいの確率で私にまわってくる。
ところが、考察は駄目押しのようにこう宣言する。

「このとき、携帯電話の利用に関する知識については、圧倒的に子どものほうが有利であることに注意すべきである。親を説得するにはこういうふうに持ちかけたらよいなどという情報があっという間に子どもたちの間で共有される時代である。親もこれに対抗して知識をつけ状況判断を行えるようにする必要がある。」

子どもたちの理論武装を予め確認しておかなければならないということなのだろう。
私も一応、携帯メールぐらいは使うが、
携帯リテラシーは高くない。
困った。

「1984年」的世界

[2008年05月20日(火) ]

16日のブログ「日本で最も有名な大学」でミスをしてしまった。
http://www.zkaiblog.com/hi06/archive/68

上杉憲実、足利持氏のことを書いているうちに、
憲実と書くべきところを憲氏と書いてしまったのだ。
「間違っていますよ」というご指摘を受ける前に修正をした。
跡を残さずに‥‥。
電子化された記録ならではの、ありがたさである。

ふと、考えた。
「1984年」的な世界についてである。

「1984年」とはジョージ・オーウェルの小説である。
1948年、まだ第二次世界大戦の記憶も生々しいうちに書かれた。
ごく近い未来、1984年という設定のもとに。
描かれたのは戦慄すべき世界だ。
世界大戦後、巨大な独裁国家が生まれ、
人々は監視装置にすべての行動・言動を把握される。
「戦争は平和である」「自由は屈従である」「無知は力である」
洗脳的なスローガンのもとで人々は思考停止を強いられる。
そして、独裁権力によって都合がよいようにすべての記録が書き換えられる。

小説「1984年」の記録の書き換えは、結構、手間がかかっていた。
しかし、今、電子化された記録が紙という物質を不要にし、
それがために、固定を拒むようになった。
これはとても恐いことではないだろうか。

私たちは電子化された記録のオリジナリティを確信できにくくなっている。
今日読んで信じたことが、明日も同じ形でそこにあるだろうか。



文化祭と共通一次

[2008年05月19日(月) ]

次女の高校の文化祭は昨日。
長女の高校の文化祭は再来週である。
今は高校の文化祭は春に行なわれるようだが、
私が高校生だったころは秋実施がふつうだった。

文化祭実行委員会を組織してから実施まで半年は必要だ。
企画の審査、実施計画の作成、
予算の見積もり、協賛金獲得のための商店街まわり、
パンフ・ポスターの作成などなど、
文化祭実行委員会がやらなければならないことは多い。
クラブ、クラス、有志それぞれの企画も凝りに凝る。
とても2〜3月でできるものではない。

なぜ、私たちの高校はそんなに文化祭に力を入れたか。
それは、男子校だったからかもしれない。
対になるような女子校がある。
その生徒が私たちの学校にやってくる唯一の機会が文化祭だったのだ。

ステージを使ったイベント、教室での展示、模擬店。
それぞれにぎわうが、
最後のフォークダンスほど盛り上がるものはない。
中学のころとはうってかわって、皆、われ先にとフォークダンスの輪に加わる。

来客を全て見送った後、夕暮れの中、後夜祭を行なう。
半年の準備の末、今日の盛況があったことを祝い、
燃え盛る火を囲んで校歌を歌う。

教師はそんなわれわれを苦々しく思っていたのかもしれない。
文化祭の準備より受験勉強をしろ。
共通一次導入を控え、1978年から文化祭は春の実施になり規模が縮小された。

娘たちの高校も共通一次前は秋に文化祭を行なっていたのかもしれない。

日本で最も有名な大学

[2008年05月16日(金) ]

「日本で最も有名な大学」、フランシスコ・ザビエルはそう呼んだ。
足利学校のことである。
http://www.city.ashikaga.tochigi.jp/01_kakuka-page/10_kyouiku/06_ashikagagakou/gakko.html

室町時代の中期には、そう呼ばれるだけの内実を備えていたのだろう。
足利学校は室町以前からあったようだが、上杉憲実が中興し、隆盛をもたらした。
足利学校と上杉憲実については、日本史の教科書(山川出版「日本史B」)にも記述がある。

上杉憲実はもう一箇所、教科書に登場する。
永享の乱についての注の部分だ。
永享の乱とは、鎌倉公方足利持氏と関東管領上杉憲実の対立が争乱に発展したものである。

関東管領とは鎌倉公方の補佐役ではあるが、任命は京都の将軍が行なう。
だから、関東管領は将軍と鎌倉公方の間を取り持つ役割を担うことになる。
室町幕府6代将軍はくじ引きで、足利義教が選ばれた。
初代足利尊氏の血をひく持氏としてはおもしろくない。
だから、義教が富士山見物に駿河国にきても挨拶もしない。
息子の元服の際、将軍から名をもらうという慣習も無視する。
憲実は持氏を諌めるのだが、しだいに将軍寄りと疑われるようなる。
身の危険を感じて鎌倉を逃れた憲実を、持氏軍が追い、争乱となる。
これが永享の乱だ。
無論、将軍は憲実を支援し、持氏追討を命じる。
憲実は持氏の助命を将軍に乞うが、いれられない。
持氏は殺され、憲実は出家する。

憲実が出家したという国清寺は次女の通う高校のすぐそばにある。
長女の高校からもそう遠くはない。
私の家の周辺は上杉氏の領地であったようだ。

この時代をすでに学習しているはずの長女に上杉憲実について知っているか聞いた。
足利学校は聞いたことがあるが、永享の乱については知らないという。
注を見落としたのだろう。

永享の乱と憲実のかかわりを注で説明するというのはあんまりだ。
しかし、日本史の入試問題を見ると、教科書の注も見落とさないようしておいたほうがいいと思う。

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