文芸春秋9月号には芥川賞受賞作ばかりでなく、
いろいろな記事や読み物が掲載されている。
「特集日本の師弟89人」もその一つである。
多くは弟子が師を語っているが、逆もある。
ノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊氏は、弟子の戸塚洋二氏への追悼文を載せた。
「思えば一期生で電子陽電子衝突実験を引き継いでくれた折戸周治君が早世したとき、なんとむごいことかと嘆いたのに、今度また二期生で神岡地下実験を引き継いでくれた君がさきだってゆくとは。特に君の場合はあと十八ケ月元気でいてくれれば日本人みんな大喜びさせてくれる可能性も多分にあったと思われるのでことさら残念の極みです。」
ちょうど、佐藤勝彦著「宇宙96%の謎」を読み終えたばかりだった。
この本には、ニュートリノ検出時のエピソードが語られている。
1989年2月24日、大マゼラン星雲に超新星出現を知った著者。
急ぎ電話をした先は、カミオカンデの研究を推進していた戸塚洋二氏だった。
超新星からのニュートリノをカミオカンデが捉えているはず、そう考えたからだ。
しかし、ニュートリノ検出一番乗りをめざしているのはカミオカンデだけではない。
一刻も早く確認したいと著者はやきもきするのだが、
データは宅急便で送られるという悠長さであった。
2月27日には東大で小柴教授の最終講義が行なわれ、著者も出席した。
その後のパーティーでようやく解析が始まったことを知る。
翌日、昼ごろ電話で問合せるとまだ「解析中」との返事。
本当はこの時、すでにニュートリノを検出していたのだが、
小柴氏から論文を発表するまではと緘口令が敷かれていたのだという。
実は、ニュートリノの検出がどれほどすごいことなのか、よく理解できていない。
それでも、著者のもどかしい気持ちが伝わってわくわくする。
私が、よく理解できないくせに量子論やゲノムの本を好んで読むのは、
研究の最先端にいる科学者たちのわくわく感に共感したいからかもしれない。
戸塚氏は、1998年にはスーパーカミオカンデでニュートリノの質量観測にも成功している。
「あと十八ケ月元気でいてくれれば」
来年こそノーベル賞受賞のタイミングだったのだろうか。
惜しまれながら、今年7月、戸塚洋二氏は生涯を閉じた。