[2008年07月14日(月) ]
昨日、テレビで団地の孤独死についての特集を見た。
高度経済成長期、人々は農村から都市部に大量に移動した。
そうした人々の住宅として作られた団地で孤独死が今問題になっている。
最新のライフスタイルに合わせて作られたはずの団地も、
住民とともに歳を取り、老朽化してしまっているのだ。
団地の住人は核家族が多かった。
核家族用の間取りは2世帯で住むには狭すぎる。
結局、団地には老人だけが取り残されている。
つれあいがいればいいが、なければ孤独死しても容易に人に知られない。
私は小学生だったころ、団地に憧れていた。
私自身は商店街の中にある店舗兼用の住宅に住んでいたが、
小学校の同級生に団地の住人がいた。
父親は大きな企業に勤め、母親は専業主婦、両親ともに教育熱心で、その子も学業優秀だった。
初めて団地の敷地内に足を踏み入れたとき、空気の違いに気づいた。
商店街ではいろいろな匂いがする。
豆腐屋の前は蒸した大豆の匂い、魚屋の前は潮の匂いがする。
なのに団地の中は、季節の花が咲き匂っていたのである。
見上げれば、整然と高層の建物が並ぶ。
(高層といっても4〜5階建てであったが、当時はそれでも十分高層だったのである。)
しばらくして、寝苦しい夜に恐ろしい疑いを抱いた。
団地の住民は選ばれた人たちである。
ある日、一斉に地球を飛び立ってしまうのではないか。
団地の屋上には給水タンクが設置されているが、
あれは月着陸船なのだろう。
(アポロ11号の月着陸船は団地の屋上の給水タンクにそっくりだった。)
結局、団地の住民が一斉にいなくなることはなかった。
しかし、同級生一家は家を建てて団地から引っ越した。
一度、その家も訪ねたが、新しくてもふつうの住宅で少しがっかりした。