人間ドックの待ち時間に、大隈和雄著「事典の語る日本の歴史」(講談社学術文庫)を読んだ。
タイトル通りわが国の事典についての歴史だ。
最初に取り上げられているのは菅原道真が編纂した「類聚国史」である。
六国史(「日本書紀」から「日本三代実録」までの官撰歴史書)の記事を再編集したものだ。
再編集するとはどういう意味だろう。
編年体で書かれた歴史書では、どこに何が書かれているかわからない。
それを項目ごとに分類することによって検索しやすくしたのである。
「貴人官人の政務処理のためのハンドブックとしてだけでなく、有職故実や古典の研究のための座右の書となった。」とある。
また、「類聚国史」の分類が江戸時代の後半、塙保己一の「群書類従」に踏襲されているというのだから、いかに大きな影響を後世に及ぼしたかわかる。
以下、日本最初の百科事典といわれる「倭名類聚抄」から1908年に三省堂が刊行した「日本百科大辞典」まで取り上げられている。
「古今著聞集」が出てきたときは、説話集なのにどうして?と思った。
著者はその構成に注目する。
神祇に始まり魚虫禽獣に至る30項目に整然と分類・整理されている点だ。
「一つの編目を通読すれば、その編目について鎌倉時代の貴族として知っておくべき知識が得られるという性格をもつものだった」のだそうだ。
「太平記」も事典という体裁からほど遠い。
なのに著者は「太平記」は百科事典的な読まれ方をしたという。
「太平記」には中国の古典が随所に引用されている。
それは、物語としてのまとまりを破綻させるほどだ。
武士にとって必要な知識を盛り込んだためなのだという。
合戦に参加した武士の名前がおびただしく書き連ねられているのも、
確認すべき祖先の名だったからだそうだ。
私は大学生であったころ、大学の中央図書館の地下に「古事類苑」が並んでいるのを見た。
西村茂樹が1879年に建議してから刊行終了まで35年を要した1000巻である。
ただし、私が見たのは51冊の洋装本であったようだ。
近代日本の国家的な百科事典刊行プロジェクトの成果に圧倒された。
今、私たちはWikipediaを手軽で便利なものとして使っている。
手軽で便利なものを使うことを後ろめたく思う必要はないだろう。
先人の工夫もいかに使いやすくするかにあったはずだからである。
ただし、心して使いたい。
その知は人々が大切に受け継いできたものなのだから。