東山魁夷展でにぎわう東京国立近代美術館の近くに国立公文書館がある。
文字通り、国の重要文書を保存管理する機関だ。
大日本帝国憲法、教育勅語、終戦の詔勅、日本国憲法の原本はここにある。
江戸幕府から引き継いだ資料も保管している。
人ごみを嫌うなら、一般公開用の展示(入場無料)もあるので、訪れてみてはどうだろう。
一級史料を至近距離で見れば、感慨深いはずだ。
ただし、土日祭日は休館であるので、まずはサイトをご覧いただきたい。
http://www.archives.go.jp/
今月のアーカイブズというコーナーがあり、
大三川志という史料が紹介されている。
テーマは徳川家康の教育観である。
小さいころの躾が肝心。
幼いころは厳しくいっても素直に受け止められるが、
幼いうちに厳しいことをいわず成長してから戒めても遅い。
ではなぜ、家康は家光や忠長の母に、こういわねばならなかったか。
それは長子信康の悲劇があったからだという。
信康は織田信長の娘を娶ったが、信長に謀反を疑われ、若くして死に追いやられている。
信康は親の家康のいうことを聞かず信長に叛こうとしたということなのだろう。
以前、Z会会員の高校生をインタビューしたことがある。
親からうるさくいわれるのは嫌。
つい、拒絶する態度をとってしまう。
それでも、親の言葉は、心にとめている。
そんな本音を聞いた。
さて、家康の場合、どれだけ信康と率直に話ができていたのだろう。
信康の母、築山殿との不仲が信康の心を頑なにしたということはないのだろうか。
幼いころのしつけも確かに大切だ。
しかし、親離れしようという子に親が本気で対話を求めることも大切ではないだろうか。