岩波新書のシリーズ日本近現代史もGまできた。
最新刊は武田晴人著「高度成長」である。
高度成長期は、まさに私が育った時代にあたる。
歴史叙述として読んでいるつもりなのだが、自らの記憶が交錯して妙な気分だ。
ちょうど、大学紛争のところまで読み進んだところである。
70年安保に向けて学生運動がしだいに激化していくころ、私は小学生だった。
ヘルメットをかぶり、ゲバ棒(角材)を構えて機動隊と格闘する学生の姿をテレビで見ている。
1969年の東大安田講堂の攻防戦はゴジラ映画以上の迫力があった。
当然、「ゼンガクレン」ごっこをした。
ゼンガクレンは新聞をまるめたゲバ棒で攻め立てるが、
キドウタイは座布団を楯にして押し返すぐらいしかできない。
みんなキドウタイよりゼンガクレンになりたがった。
結局、70年安保の阻止は果たせず、学生運動は沈静化する。
やがて、新左翼セクト間の対立は激化し、内ゲバ、テロが頻発する。
革マル派と中核派間の殺し合い。
連合赤軍によるリンチ事件、浅間山荘事件。
よど号ハイジャック事件。
東アジア反日武装戦線の連続企業爆破事件。
彼らは地下に潜り、戦いを先鋭化させたが、
一般学生とは完全に遊離していった。
(荒岱介著「新左翼とは何だったのか」(幻冬舎新書)参照)
私たちの高校・大学時代はいたって平穏だった。
学生運動の悪夢にこりた学校側の管理が十分に徹底していたからだ。
しかし、大学に入り、まだ若い教官にこういわれた。
「君たちは覇気がないね。私たちが学生のころは、安保に対して‥‥」
先生、そんなこといわないでください。
私たちも新聞紙を丸めたゲバ棒を振ってキドウタイと戦ったのです。
あなたたちがゲバ棒を置いたとき、私たちもゲバ棒を置きました。
私たちは同じ時代を生きてきたのです。