今日は昭和の日。
昭和とは元号であり、おくりなである。
昭和という時代は昭和天皇が即位してから崩御するまでの期間だ。
私はむろん昭和生まれだが、私の父母も昭和生まれだ。
父母の生まれた昭和は終戦前、すなわち大日本帝国憲法の時代だった。
天皇は「神聖ニシテ侵スベカラズ」とされ、
「元首ニシテ統治権ヲ総覧」し、「陸海軍ヲ統帥」する主権者であった。
私の生まれた昭和は戦後、すなわち日本国憲法の時代だ。
天皇は「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であって、主権者ではない。
私は象徴天皇を見つづけて育った。
国会開会、国賓の応接、地方巡幸、外遊。
天皇の動静はテレビ・新聞で伝えられる。
「あっ、そう」
高い声と丸い眼がねに親しみを感じていた。
崩御の報に接したとき、やはり感慨があった。
私が生まれた昭和が終わったと。
古くはデービッド・バーガミニ「天皇ヒロヒト」
近くはハーバート・ヒックス「昭和天皇」
外国人の手になる評伝は多い。
しかし、どちらも予断が過ぎるように感じられ、首肯しがたい。
寺崎英成「昭和天皇独白録」が数年前に公表され、
最近、また「富田メモ」「卜部亮吾侍従日記」など新資料が相次いでいる。
原武史「昭和天皇」、松本健一「畏るべき昭和天皇」など新刊があいつぎ、
これから本格的に歴史的な位置付けがされることになるのだろう。
昭和天皇も、そして「戦後」といわれる昭和20年から昭和末年までの時代も。
平成生まれの高校生たちにとっては昭和も過去の一時代にすぎない。
昭和の日という祝日。
昭和が旧世代であるということを思いしらされる。