田中貴子さんのブログが久しぶりに更新された。
昨年12月23日、病状報告を最後に更新されていなかったので案じていた。
面識はない。愛読者の一人に過ぎない。
田中貴子さんは刺激的な文章を書く。
それは、ブログを確認してもらえばわかる。
ここで、大学教授の本音を受験生に紹介するのも悪くはないだろう。
<夏への扉再び――日々の泡:田中貴子ブログ>
http://blog.goo.ne.jp/ayakashi1154/
高校生に勧めるなら、「古典がもっと好きになる」(岩波ジュニア新書)、
「日本古典への招待」(ちくま新書)あたりが妥当だろう。
だが、敢えて「検定絶対不合格教科書古文」(朝日選書)を勧めたい。
「稚児のそら寝」の稚児の意味、高校生には衝撃であるはずだ。
しかし、性風俗も含めてでなければ古典の世界は理解できないと思う。
無毒化した古典ばかり教えるからつまらない。
田中貴子さんの指摘に同感である。
(田中貴子さんには「性愛の日本中世」なんてすごいタイトルの本もある。)
ここでは、「<悪女>論」について私がかつて書いた文章を抜粋しよう。
探し求めていた<悪女>にようやくめぐりあうことができた。
とはいっても、生身の肉体をもった<悪女>ではない。
田中貴子論じるところの<悪女>である。
―――以下、本書の入手についてのエピソードであり省略―――
<悪女>とは、称徳天皇、染殿(清和天皇の生母)、道成寺縁起に語られる清姫をいう。
称徳天皇は道鏡にたぶらかされて皇統を危うくした<悪女>として名高い。
称徳は、それ以前の女帝が、子や孫が皇統を継ぐまでの中継ぎとして即位したのと異なる。
皇位につくことにより、結婚し、子供を作ることを暗黙のうちに禁じられた。
では、なぜ称徳は皇位につかなければならなかったのだろう。
それは、藤原氏が無理をして立后した光明子の子であったからである。
しかし、称徳は道鏡と出会い、藤原氏の影響を排そうとするようになった。
女性を貶める方法として性的な噂を広めることは昔から有効であったらしい。
かくして、藤原氏は称徳天皇没後、道鏡を追放し、
これを正当化するために称徳天皇と道鏡の醜聞を喧伝した。
いわば、称徳天皇は藤原氏のセクハラによって<悪女>とされた訳である。
<悪女>とは男達の身勝手が作り上げたものと著者は断じている。
語り口はあけすけだが、論旨が明快で気持ちがいい。(2001.1.9)