今年は源氏物語千年紀。
千年紀の根拠は、「紫式部日記」の寛弘5(1008)年、霜月(11月)の記事である。
藤原道長邸で中宮彰子の皇子(敦成親王)誕生を祝う宴が催された。
そこで、酔った藤原公任が「若紫はおられますか」と部屋をのぞきにくる。
紫式部は「光源氏がいないのに、紫の上がいるわけがないでしょう」と返す。
ここから、藤原公任がすでに「源氏物語」の「若紫」を読んでいたことが知れる。
今年、源氏物語千年紀絡みのイベントがいくつもあり、
新聞でも特集記事がたびたび掲載された。
書店にも、与謝野訳、谷崎訳、円地訳、瀬戸内訳の「源氏物語」が平積みされている。
千年紀にちなんで復刊、増刷されたのだろう。
そこで、高3の長女は予想する。
「来年、『源氏物語』を出題する大学があるはずだ。」
もちろん、「源氏物語」を出題する大学はあるだろう。
千年紀でなくとも、毎年、どこかの大学が「源氏物語」を出題している。
千年紀にこだわるなら、ずばり、「紫式部日記」を出せばいい。
千年紀で「源氏物語」を出すのは付き過ぎである。
「源氏物語」そのものを避け、ゆかりのある作品で千年紀を寿ぐ。
入試問題の作成者が国文学の専攻なら、そうしたゆかしさがあって当然である。
ならば、少女時代「源氏物語」を夢中で読んだという菅原孝標女の「更級日記」か。
「源氏物語」と対をなす「枕草子」も候補になりうるだろうか。
藤原道長の栄光を記す「栄花物語」「大鏡」もふさわしいかもしれない。
「源氏物語」の影響を受けた作品なら「狭衣物語」や「浜松中納言物語」などたくさんある。
このブログのタイトルに借用した「とはずがたり」も「源氏物語」の影が濃い。
「とはずがたり」とは、鎌倉時代中期、二条なる女性の日記だ。
二条は後深草院のもとで養育され、後深草院の寵愛を受ける。
この設定自体が「若紫」ではないか。
ただし、紫の上は終生源氏の最愛の妻であり続けるが、
二条は後深草院の弟の亀山院にも愛され、恋の遍歴を重ねる。
(後深草院は持明院統・北朝の祖、亀山院は大覚寺統・南朝の祖である。)
江戸時代には柳亭種彦が「源氏物語」のパロディ「偐紫田舎源氏」を書いている。
しかし、ここまでくると千年紀的な気分から離れ過ぎだろう。
案外、「源氏物語」を論じた現代文が出題されるかもしれない。