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[2008年08月21日(木) ]
夏休みの宿題の定番といえば、自由研究。
娘たちが小学生だったころ、親も苦労した。
自由研究の自由というのがくせもので、
放っておけばいつまでもテーマ自体が決まらない。
最後には親の趣味で決めてしまうこともあった。
家の近くには寺社が多い。
ある夏、子どもを連れて見てまわった。
家に一番近い真言宗の寺には石の三十三観音があった。
みな昭和6年に作られている。
その傍らには頭の欠けた石仏があり、光背に明治という文字が見える。
もともとあった三十三観音は明治のものであったらしい。
本堂も昭和6年の再建という。
偶然ではない。
ご住職が子どもたちにもわかるように解説してくれた。
昭和5年11月に北伊豆に大きな地震があった。
三島市で震度6を記録し、死者・行方不明者は272人にのぼったという。
観音も本堂も地震の被害をうけたが、
被害者の供養の意味もこめて昭和6年には再建されている。
境内には馬頭観音と牛馬供養碑もあった。
かつてこの地域で牛馬がさかんに飼われていたのだろう。
碑文から、牛馬も日中戦争の際に徴用され、多くはもどらなかったことを知る。
このお寺だけでレポートをまとめる材料は十分集まったのだが、
予定通りリストアップした寺社の調査を続けた。
秋にドングリを拾いにいく神社の祭神は天照大神である。
境内には、牛頭天王や大山祇命も祀られている。
説明板にはもともと別の場所に祀られていたとある。
明治の神社合祀を物語っているのだろう。
若者組の後裔である青年会の統合と神社合祀が連動するという例を知っているが、
この土地ではどうだったのだろう。
鳥居の脇には皇紀二千六百年記念の石柱がある。
神社名の上の「村社」という文字の部分が埋められている。
戦前、国によって神社が格付けられていたが、それを戦後消そうとしたものだ。
子どもの自由研究を名目に周辺の寺社を見てまわったが、
改めて、寺社は地域の記憶を保存する場所だと感じた。
子どもの自由研究は子どもの理解の範囲内でまとめられたが、
それなりに面白いものになったのではないかと思う。
高校生になると、夏休みの宿題で親が煩わされることもない。
だから、子どもの宿題ではなく私の自由研究のテーマとして、
もう少し周辺に範囲を広げ、寺社に地域の記憶をさぐってみようかと考えている。
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