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日本に古代はあったのか

[2008年08月19日(火) ]

井上章一著「日本に古代はあったのか」(角川選書)読了。
タイトルは疑問形だが、主張は明確に「日本に古代はなかった」である。

西洋史では西ローマ帝国の崩壊後(476年)、中世が始まると考えられている。
東洋史でも漢帝国の崩壊(220年)をもって中世が始まると考えるべきではないか。
これは、宮崎市定の考えらしいが、京大東洋史の祖、内藤湖南に始まる発想だという。
ユーラシア大陸の西と東を視野にいれ、構想は壮大である。
ヨーロッパではゲルマン民族がフランク王国・東西ゴート王国を建国し、
中国では魏・呉・蜀の三国時代を経て、北方民族の南下、五胡十六国が乱立する時代に至る。
古代の大帝国が崩れ、その後に異民族国家が誕生。
東西の中世史は並行して進むととらえている。

東洋の中世の始まりが3世紀であるなら、
そのころ、日本列島のどこかにあった邪馬台国も、中世東洋史に属す。
隋・唐という律令国家が中世なら、
天智・天武以降日本で形成される律令国家も中世で問題なかろう。
東西呼応する世界史の中に、
日本の古代史を特筆する意味はなくなる。
なかなか、大胆だが、惹かれる主張である。

日本の歴史を世界史の中にとらえることは重要だと思う。
東洋の中世を叙述する際に、邪馬台国がでてきても何ら不自然はない。
しかし、日本には古代がなく、中世から始まるといういい方は変だ。
世界史の中で考えるなら、日本だけ取り出して古代・中世をいう必要はない。
さらにいうなら、東洋に西洋の時代区分を適用することの是非も論じなければならない。
歴史はみな同じ段階をたどるべきものなのだろうか?

中世は鎌倉幕府、近世は江戸幕府の開府に始まる。
筆者はそうした時代区分を否定する。
京(関西)の旧体制が否定されて関東で新時代が始まるという歴史観だと考えるからだ。
これを、東大中心の関東史観と名づけている。
もっとも「日本中世史」を書いて、日本の中世が鎌倉時代とともに始まるとしたのは京大教授の原勝郎である。
ただし、筆者は原が東北生まれで東大に学び、子どもが京都弁を使うのを嫌ってなぐったというエピソードの紹介を忘れない。
関東史観の誤りを糾そうと、京大の日本史研究者は努力し、
ようやく東大の日本史研究者にも、院政期以前に中世が遡ることを認めさせたのだそうだ。
(まだ、日本に古代はなかったと主張するところまではいたっていないようだ。筆者は東洋史・西洋史の京大研究者が結束して関東史観を払拭せよとけしかけるのだが……)
だから、関西人でありながら関東史観に毒されて鎌倉を評価する司馬遼太郎は許せない。
そんなふうに展開されると、あれあれと思ってしまう。

せっかくユーラシアの東西に広げた視界、
そんな小さなところに収斂させてしまうとはもったいない。

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『日本に古代はあったのか』(井上章一、角川選書、2008年7月)という書籍のタイトルに対する著者自身の答えである。

ヨーロッパの歴史は、ギリシャ・ローマの古代、ゲルマン民族大移動後の中世、ルネッサンスの近世、という大きな枠組で捉えられている。中国では、秦・... [Read More]

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ゆうどう様、コメントありがとうございました。
ヨーロッパ史と東洋史を視野に納め、たいへん魅力的な構想だと思うのですが、日本に古代がなく、日本の歴史は中世から始まるといわれると戸惑ってしまいます。
ならば、日本の歴史は中世から始まるなんていわず、日本の歴史は前近代と近代に分けられるといったほうが、すっきりするでしょう。
でも、中央集権的な天皇制国家と地方分権的に武士政権、慣れてしまったせいか、やっぱり分けて考えたくなります。
Posted by:シルバーバック at 2008年10月14日(火) 12:40
はじめまして。
私も『日本に古代はあったのか』を興味深く感じながら読みました。たしかに、最後に関東史観、関西史観という狭量なオチにもっていったのは残念でしたね。
また、著者の「日本に古代はなかった」という考え方には賛成ですが、1点、すっきりしなかったのは、古代、中世、近代(近世)の定義をはっきりと表明していない点です。多数の碩学の考えを披瀝するだけでなく、著者自身の古代、中世の定義を明確にしてから論を進めてほしかったですね。
Posted by:ゆうどう at 2008年10月13日(月) 14:03