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[2008年11月24日(月) ]
高3の長女は、模試の結果を次々に持ち帰る。
判定は微妙に上下するが、長女は第一志望以下、受験校をほぼ固めつつある。
日曜日には、各校の入試要項から日程と費用を確認して一覧にする作業を長女と行なった。
1.出願期間と受験料
受験料を払い込んでから、その領収書を添付して出願することになる。
私立文系の場合、受験料(入学検定料)は3万数千円のようだが、5校出願なら17、18万円かかる。
これを1月中の出費と見積もっておかなければならない。
当然のことながら、出願時提出の書類、調査書・顔写真は長女の責任で用意することに決める。
長女曰く「書類を書く時間も考えおいたほうがよさそうだね。」
2.入試日(入試開始時間)と会場
長女の志望校の入試日は2月の第2週、第3週に固まっている。
入試の開始時間は午前10時というのが多い。
新幹線利用なら、ふだん家を出るくらいの時間で十分間に合う。
しかし、連日の受験なら無理に往復する必要はない。
「よし、お父さんが良いホテルを予約しておいてあげよう。」
と請け負ったはいいが、大学至近のホテルはすでに予約が満杯。
乗り換えが少なく、駅に近いという条件で、結局、やや高めのホテルを予約する。
妻には、また、「娘に甘い」と責められるだろうが、しかたあるまい。
3.合格発表日と入学金・入学手続き締め切り日
受験校すべて合格なら、入学手続きは第一志望だけで済むので、入学金は無駄にならない。
しかし、どこかで合格のリレーがとぎれると、
第一志望の合格発表前に入学金を払い込んで入学の権利を確保しなければならない。
入学金は20数万円というのが相場のようだ。
それが無駄になったとしても、第一志望が合格なら万万歳だ。
まったく、入学金を払う必要がない(長女の行き場がない)という事態こそ最悪である。
入試日程のあわただしさ、受験費用の重さを確認した長女と私。
受験生も大変だが、受験生の親も大変なのである。
[2008年11月21日(金) ]
昨日は北風が強かった。
長女が学校から帰る途中のことである。
いつものように自転車で堤防の上の道を通った。
堤防の上は吹きさらしで遮るものが何もない。
横風をまともにくらい、失速し、
コテッ とこけたそうだ。
暗かったし、誰も通らなかった。
恥ずかしい思いをしなくて済んだとは長女の弁。
ちょっとしたことで、すぐ泣きべそをかく長女であったのに、
たくましくなったなあ。
これは親としての感慨である。
[2008年11月20日(木) ]
伴善男、源頼朝、日蓮の3人の共通点といえば?
別にクイズにするほどのこともない。
伊豆に流刑になったということだ。
温暖、魚介類が豊富、風光明媚、おまけに温泉だらけの伊豆。
罪人を懲らしめるにしては土地柄が良過ぎると思うのは、当地の住人だからだろうか。
先にあげた以外にも、伊豆にはたくさんの流人が送られている。
仁寛という真言宗の僧もその一人だ。
仁寛は村上源氏の嫡流で、醍醐寺に住し、阿闍梨という高位にあったが、
皇位継承問題に絡んで鳥羽天皇暗殺未遂の罪をとわれ、伊豆大仁に流された。
仁寛は伊豆に真言宗を広め、武蔵国立川出身の陰明師見蓮に奥義を伝えた。
ここから真言立川流が始まる。
真言立川流は南北朝時代に文観によって大成される。
文観は後醍醐天皇の護持僧として名高い。
真言立川流というのは相当に怪しい。
なにしろ、髑髏を本尊として祀ったというまがまがしさである。
真言立川流は邪教として厳しく弾圧されたため、記録がほとんど残っていない。
興味のある方は網野善彦著「異形の王権」(平凡社ライブラリー)をどうぞ。
京極夏彦の「狂骨の夢」も真言立川流がモチーフだ。
伊豆に流れ着いて15年、
真言立川流の祖、仁寛について地元の人が語るのを聞いたことがない。
[2008年11月19日(水) ]
国立感染症研究所感染症情報センターのサイトで、
今期(2008/2009年)のインフルエンザ流行マップの更新が始まった。
http://idsc.nih.go.jp/index-j.html
どの地域にインフルエンザが流行しているか地図上で確認できる。
黄色ならば注意報、赤ならば警報が発令されたことを表す。
今のところ、まだ、インフルエンザの流行は始まっていないようだ。
昨年、2007/2008年は、まず、11月に北海道で黄色く色づき、
やがて薄い赤に変わったと思えば、長野・東京が黄色になり、
12月、1月と黄色の地域が増えていって、
センター試験のころはほぼ全都道府県が黄色か赤に塗りわけられた。
そして、収束するのは3月に入ってからだった。
つまり、大学入試のピークにあわせてインフルエンザは流行している。
これは、ほぼ毎年の傾向である。
http://idsc.nih.go.jp/idwr/kanja/weeklygraph/01flu.html
2004/2005年は流行がやや遅かったが、
国公立の前期試験が行なわれる2月下旬に日本列島が真っ赤に染まり、
インフルエンザの大流行があったことを示している。
インフルエンザワクチンは発症を完全に阻止する効果は期待できないが、
症状を軽くし、合併症による入院・死亡を防ぐ手段としては有効であるという。
受験生本人はもちろん、その家族もインフルエンザ対策は怠れない。
[2008年11月18日(火) ]
今年は源氏物語千年紀。
千年紀の根拠は、「紫式部日記」の寛弘5(1008)年、霜月(11月)の記事である。
藤原道長邸で中宮彰子の皇子(敦成親王)誕生を祝う宴が催された。
そこで、酔った藤原公任が「若紫はおられますか」と部屋をのぞきにくる。
紫式部は「光源氏がいないのに、紫の上がいるわけがないでしょう」と返す。
ここから、藤原公任がすでに「源氏物語」の「若紫」を読んでいたことが知れる。
今年、源氏物語千年紀絡みのイベントがいくつもあり、
新聞でも特集記事がたびたび掲載された。
書店にも、与謝野訳、谷崎訳、円地訳、瀬戸内訳の「源氏物語」が平積みされている。
千年紀にちなんで復刊、増刷されたのだろう。
そこで、高3の長女は予想する。
「来年、『源氏物語』を出題する大学があるはずだ。」
もちろん、「源氏物語」を出題する大学はあるだろう。
千年紀でなくとも、毎年、どこかの大学が「源氏物語」を出題している。
千年紀にこだわるなら、ずばり、「紫式部日記」を出せばいい。
千年紀で「源氏物語」を出すのは付き過ぎである。
「源氏物語」そのものを避け、ゆかりのある作品で千年紀を寿ぐ。
入試問題の作成者が国文学の専攻なら、そうしたゆかしさがあって当然である。
ならば、少女時代「源氏物語」を夢中で読んだという菅原孝標女の「更級日記」か。
「源氏物語」と対をなす「枕草子」も候補になりうるだろうか。
藤原道長の栄光を記す「栄花物語」「大鏡」もふさわしいかもしれない。
「源氏物語」の影響を受けた作品なら「狭衣物語」や「浜松中納言物語」などたくさんある。
このブログのタイトルに借用した「とはずがたり」も「源氏物語」の影が濃い。
「とはずがたり」とは、鎌倉時代中期、二条なる女性の日記だ。
二条は後深草院のもとで養育され、後深草院の寵愛を受ける。
この設定自体が「若紫」ではないか。
ただし、紫の上は終生源氏の最愛の妻であり続けるが、
二条は後深草院の弟の亀山院にも愛され、恋の遍歴を重ねる。
(後深草院は持明院統・北朝の祖、亀山院は大覚寺統・南朝の祖である。)
江戸時代には柳亭種彦が「源氏物語」のパロディ「偐紫田舎源氏」を書いている。
しかし、ここまでくると千年紀的な気分から離れ過ぎだろう。
案外、「源氏物語」を論じた現代文が出題されるかもしれない。
[2008年11月17日(月) ]
10月7日に「正倉院と虹龍」で奈良国立博物館の正倉院展を見に行きたいと書いたが、結局、果たせなかった。
http://www.zkaiblog.com/hi06/archive/164
その代わりという訳ではないが、杉本一樹著「正倉院」(中公新書)を読んだ。
著者は宮内庁正倉院事務所長である。
虹龍についても、少しだが記述がある。
「満済准后日記」の中から、
「珍しい品々の中に、龍の日干しというものがあった。小さな龍の姿である。このため宝蔵を開くときには、毎度雨が降るそうだ。」という記事を引用している。
ところが、この虹龍が雨を呼ぶという伝説は今も有効であるらしい。
「平成20年の正倉院展で初出陳となったが、この年、写真撮影・事前調査・搬出積み込みなど、必要があって取り扱うたびに雨が降ったのには驚きかつ閉口した。」
と著者の実体験として語られているのがおもしろい。
実態はテンの死骸というが、
正倉院の宝物として扱われているうちに、霊力を帯びてしまったらしい。
今後も虹龍は、他の宝物同様に丁重に保管され、
後の世の人に不思議がられるのだろうか。
[2008年11月14日(金) ]
今日は昨日の続き。
「戦国策」についてである。
「戦国策」は前漢の末、劉向という学者が、天子の書庫に整理されないでいた戦国時代の竹簡を年代順に整えて編纂したものだという。
「漁夫の利」「先ず隗より始めよ」など故事成語の出典でもある。
今、近藤光男編「戦国策」(講談社学術文庫)を手にしている。
最初の話はこうだ。
魏王が楚王に美人を贈った。
楚王の夫人はその美人をたいへんにかわいがり、いろいろ世話をやいた。
そして、すっかり美人の信頼を得た夫人はアドバイスする。
「楚王はあなたの美しさを愛していますが、鼻だけは気にいらないようです。会うときは袖でそっと隠すほうがいいですよ。」
実際に美人がそうすると、楚王は不思議がって、夫人にその訳をたずねた。
夫人の答である。
「それは、あなたの匂いをかぎたくないからに決まっているではありませんか。」
楚王は怒り、美人の鼻を削ぐよう命じた。
まさしく策略である。
さて、「戦国策」を娘の机に置くべきだろうか。
[2008年11月13日(木) ]
高3の長女は漢文が好きだ。
しかし、ここ数回の模試では得点しきれていない。
得意という思いこみがあって、他の勉強を優先してきた。
その結果であろう。
「どうすればいいのかなあ?」
というから、もう少し時間をさいて勉強するしかないと答えた。
そして、次の日、Z会の「漢文道場」を渡した。
問題編と解答解説編に分かれていて使いやすい本だと思う。
もう少し、時間的な余裕があれば、漢文の書き下し文をたくさん読むことを薦めたかった。
たとえば、講談社学術文庫の「戦国策」を一冊読むというのはどうだろう。
漢文、書き下し文、現代語訳が載っているが、
まず、書き下し文を読み、わからなければ現代語訳を参照する。
漢文特有の言い回し、語彙の習得に効果的であるように思う。
[2008年11月12日(水) ]
高3の長女はすでにいくつかの大学の願書をテレメールで申込んだ。
しかし、願書を申込んだ大学間の難易度差は小さい。
不安になったようで、模試でよい判定の出た大学の願書を追加申込した。
「願書もただではないから、無駄にしないようにしないと。」
なんていいながら……。
しかし、願書より受験料のほうが30倍高い。
無駄に願書を申込んでは困るが、願書を無駄にしないように全部受ける必要もない。
「ところで、届いた願書の料金って、どう払えばいいの?」
おいおい、何を言っている。
封筒の中に振込用紙は入っていなかったか?
長女が願書の封筒を自室から持ってきて中身をひろげる。
もちろん、振込用紙は入っている。
振込用紙には、到着後1週間以内に料金を払い込むように書いてある。
「これじゃあ、わかりにくいよね。」
確かに支払いの指示の文字は墨一色で大きくはないが、
普通、振込用紙が入っていれば、そこに支払い指示があると思うだろう。
もっとも長女は通信販売など利用したことがないので、
振込用紙というものを知らないのかもしれない。
Z会の払込も私がしているし……。
長女の生活知識をやや不安に感じる。
[2008年11月11日(火) ]
週末のテレビニュースはこぞって筑紫哲也氏を偲んだ。
「朝日新聞」の記者、「朝日ジャーナル」の編集長、「ニュース23」のキャスター。
最も華々しく活躍したジャーナリストではなかったろうか。
ただ、私は筑紫哲也氏の「朝日ジャーナル」にしっくりこなかった。
「朝日ジャーナル」は大学時代に読み始めたが、筑紫編集長時代は敬遠していた。
「朝日ジャーナル」から生まれた「新人類」という言葉。
おおいにもてはやされたが、レッテル貼りであり危険だと感じた。
インタビュアーとしての筑紫哲也氏は颯爽として格好が良かったが、
取材記事には迫力を感じなかった。
伊藤正孝編集長時代に再び「朝日ジャーナル」を購読するようになった。
あまり具体的には思いだせないのだが、読ませる特集が多かったと思う。
下村満子編集長に替わり、また購読をやめた。
朝日新聞社としては、下村満子編集長で、
筑紫哲也編集長時代の再来を願ったのだろう。
スターを投入すれば、客はもどってくると朝日新聞社が考えていたのだとしたら、
読者は見くびられていたことになる。
結局、「朝日ジャーナル」は下村満子編集長のもとで休刊する。
「アカイ、アカイ、アサヒ、アサヒ」と揶揄された「朝日ジャーナル」。
しかし、新聞やテレビニュースよりもう少し深く世の動きを知るためには手ごろな雑誌だった。
誰が編集長の時代だったか思い出せないが、「風にそよぐ廃軍の誓い」という特集があった。
とうに「廃軍の誓い」が吹き飛んでしまった今、「朝日ジャーナル」の記憶も薄らいでいく。