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[2008年11月07日(金) ]
「最近、暗い本が好きになってきた。」
高3の長女の言葉だ。
「桐野夏生はどう?かなり暗いよ。」
私の言葉に長女はうなづく。
「『光源』を読んだよ。映画作りがどんどんダメになっていくのがおもしろかった。村野ミロシリーズ、『顔に降りかかる雨』とか、『天使に見捨てられた夜』、それなりにミロの行動もわかる気がしたけど、『ダーク』まで行くと、ちょっとね。確かに、暗い。」
でも、長女の考える暗さとは違うのだそうだ。
生きていくことの苦しさ、無常、そういう重いテーマの小説を読むのが心地よいのだという。
「どんな本を読んでいるの?」
「太宰の『人間失格』。」
そういえば受験生のころ、
私も高橋和巳の本を「暗いなあ」と思いつつ、立て続けに読んだ。
受験を前にいろいろと思い悩むことは多いだろう。
暗い本に心を慰められる。
わかるような気がする。
[2008年11月06日(木) ]
先月、長女はテレメールにいくつかの大学の願書を予約した。
昨日、そのうちの一つが届いた。
「えっ、もう来たの?」
早く届いてうれしいというより、戸惑っているようすだ。
その場で開封はせず、自室に持ち帰った。
妻と顔を見合わせた。
わが家の雰囲気は受験直前モードに入った。
[2008年11月05日(水) ]
わが家のすぐ裏には狩野川の支流が流れている。
3連休の初日と二日目、川沿いを歩いた。
初日、川の流れる方向、つまり下流へと歩く。
堤防の上部は舗装されているが、一般車両の乗り入れは禁止されている。
だから、行き交うのは、老夫婦のウォーキング、犬連れの散歩、小学生の一輪車である。
時折、くさむらからバッタが飛び出すが、おおむね遠くを見て歩く。
トンビが空を舞いながら、歌うようになく。
30分ほどで狩野川との合流地点に到達。
堤防の内側にはほとんど人の手は入っていないのだろう。
川の面が見えないほど、低木が茂っている。
二日目は逆方向、上流に向かって歩く。
富士はまだ青々と大きい。
刈田、家の軒先の吊るし柿。
なかなか気分のいい景色だ。
源流までたどってみたかったのだが、
途中、河川改修工事中で先に進むことができなくなり、引き返す。
白い護岸は包帯のようで痛々しい。
帰りに近くの神社に寄り、
日露戦役の戦利品と思われる艦載砲が置かれているのを見る。
三日目は外出を控えた。
目のかゆみ、くしゃみが耐えがたかったからだ。
上流も下流もセイタカアワダチソウの群落がいくつもあった。
外歩きの気持ちのいい季節なのに、花粉症が恨めしい。
[2008年11月04日(火) ]
磯田道史著「殿様の通信簿」(新潮文庫)読了。
名君といわれた徳川光圀。
水戸黄門の諸国漫遊はフィクションだが、
光圀が彰考館を設立し、「大日本史」の編纂に着手したことは史実だ。
幕末の尊王攘夷思想に大きな影響を与えた水戸学は、徳川光圀に始まるといってよい。
光圀は兄を差し置いて水戸藩主となったことに負い目を感じ、
実子があるにもかかわらず、兄の子を養子に迎え、水戸藩を継がせている。
では、儒教的倫理観を貫く、清廉潔白の名君と思えば、そうともいえないらしい。
本書によれば、「女色にふけり、悪所(遊廓)に通い、酒宴遊興がはなはだしい。」とある。
光圀の素行を調査した記録があるのだという。
それが、「土芥寇讎記」だ。
おそらくは、公儀隠密の探索が記録されたものだというから驚く。
光圀ばかりではなく、元禄ころの大名243人の人物評を載せている。
しかし、本書で取り上げたのは、その内7人。
徳川光圀、浅野長矩(浅野内匠頭)、池田綱政、前田利家、前田利常、内藤家長、本多作左衛門である。
(前田利家は戦国の武将である。史料も「土芥寇讎記」ではなく、「利家夜話」のようだ。)
現存する「土芥寇讎記」は東京大学史料編纂所所蔵の一冊だけだという。
そうか、東京大学史料編纂所か。
ならば、東京大学史料編纂所のデータベースで調べられるかもしれない。
http://www.hi.u-tokyo.ac.jp/ships/shipscontroller
さっそく、所蔵史料目録データベースで「土芥寇讎記」を検索。
1967年の人物往来社、1985年の新人物往来社の刊本とともに、写本がヒット。
しかも、イメージまで見られる。
確かに「水戸中納言源光國卿」について「女色にふけり……」という部分がある。
ただ、「世上のくちさがなければ、虚実を知らず」とフォローはしている。
では、「殿様の通信簿」にはとりあげられていない徳川光貞は「土芥寇讎記」にどう評されているだろう。
徳川光貞は御三家紀州徳川家の2代目で、8代将軍徳川吉宗の父にあたる。
「土芥寇讎記」は冒頭に記す。
「光貞卿は文学(学問)をあまり好まれず、もっぱら武芸を家人に奨励している。」
光圀とは対照的なようだが、後になると、また、フォローが入る。
「本文には、文学の沙汰なしとあるが、誤りだろう。学問をみせびらかさないだけである。」
ちなみに「曽て好色の沙汰なし」だそうで、こちらも光圀とは対照的である。
でも、本当だろうか。
湯殿で吉宗の母に手をつけたという話を聞いたことがあるが……。
やはり、御三家には気を使わざるをえないようだ。
[2008年10月31日(金) ]
昨日の夕食時、NHKの「七瀬ふたたび」を観た。
原作は筒井康隆である。
主人公の火田七瀬は、最初、「家族八景」という作品に登場した。
「他人の心が読める家政婦」を通して、八つの家族を描くという趣向であったように記憶している。つまり、家族のありようが主題であって、七瀬の超能力というのは、家族の心理を描写するための手段である。
「七瀬ふたたび」では、七瀬の超能力が主題になる。物語はスリリングになるが、私としては「家族八景」のほうが、好きだった。
さらに七瀬を主人公とした三作目が「エディプスの恋人」である。
長女が読みたいという。
「筒井康隆なら、お父さんが持っているはずよ。」と妻が答える。
筒井康隆、小松左京、星新一、半村良、平井和正など、
高校生のころから大好きで、文庫になるのを待ちかねて読んだ。
しかし、大半は大学卒業時に処分している。
筒井康隆はその後も読みつづけたので、十数冊はある。
七瀬シリーズもあるはずと思ったのだが、書架を探しても見つからない。
書架を作ったときも、納まりきらない文庫類を数百冊処分したが、
その中にあったのかもしれない。
最近、そんなことが多い。
東野圭吾の文庫数冊、比較的高い値がついたと喜んでいたが、
今、次女が東野圭吾を次々に買って読んでいる。
藤沢周平、まさか長女がはまるとは思わなかった。
「市塵」などを処分してしまった。
現在も書架をはみ出した本が食器棚やクローゼットを侵食中だが、
後々、「その本、読みたかった」と娘達が言い出すかと思うと、処分がためらわれる。
絶対に娘達が読もうとはしない専門書や史料集などを処分すればいいのかもしれないが……。
[2008年10月30日(木) ]
今年度の文化勲章受章者、文化功労者が発表された。
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/20/10/08102402.htm
文化勲章は、昭和12年2月11日の勅令で定められている。
「文化勲章ハ文化ノ発達ニ関シ勲績卓絶ナル者ニ之ヲ賜フ」
文化勲章のデザインもこの勅令に明記された通りだ。
章 金橘花径六・六厘、花弁白色盛上七宝、重廓間蕊金地濃藍色七宝、
曲玉白色七宝、地赤色七宝
http://www8.cao.go.jp/intro/kunsho/bunka.html
漢文のようだが、漢字の羅列のようにも見える。
勅令というと、天皇の命令だから、もっと厳かな文章かと思ったが、意外に事務的である。
文化功労者は戦後設けられたものだ。
文化勲章は文化功労者から選定される。
というと、文化功労者は文化勲章の候補者と思われるかもしれない。
文化勲章は大いなる栄誉だが、実利は文化功労者にある。
文化功労者年金法で、文化功労者に終身年金を支給することが定められている。
年金額は政令で350万円と決められている。
ノーベル賞の賞金は1000万スウェーデンクローナ。
日本円に換算すると、約1億4千万円ぐらいになるそうだ。
文化功労者の年金額よりはるかに多い。
だが、複数受賞者がいた場合はこれを分けることになっている。
南部氏2分の1、小林・益川両氏4分の1ずつというように。
文化功労者の年金を20年受けることができれば、
南部氏のノーベル賞賞金と同じぐらいになる。
今年、文化功労者に金子兜太氏、
文化勲章にドナルド・キーン氏、田辺聖子氏が決まってうれしい。
金子兜太氏には高校時代、俳句の選を受け、適切な評を頂戴したことがある。
ドナルド・キーン氏の日本古典文学についての講演を聞き、感銘を受けた。
田辺聖子氏には「川柳でんでん太鼓」「道頓堀の雨に別れて以来なり」などの著作を通して川柳の醍醐味を教えてもらった。
今後の活躍も楽しみな人たちである。
[2008年10月29日(水) ]
大学入試センターQ&Aが10月28日付けで更新されている。
http://www.dnc.ac.jp/faq/faq_index.html#kakunin-1
確認はがき、受験票はいつ届く?
確認はがきの登録事項に誤りがある場合は?
受験票に貼る写真はスピード写真でもいいの?
試験会場はどのように指定される?
志願票に記入した科目と異なる科目を受験してよいか?
高校在学生なら、学校経由で出願するので、
確認はがきも受験票も学校経由で届くはずだ。
あまり、不着を心配する必要はない。
でも、いつまでに届くことになっているかぐらいは知っておこう。
11月7日までに確認はがき、
12月15日までに受験票が届くはず。
Q&Aには、自分には関係ない、そんなのどうでもいいというものもあるだろう。
ただ、リスニングについては読んでおいたほうがいい。
もし、ICプレーヤーが故障したら……、
「ためらわずに黙って手を高くあげ、監督者に知らせ、監督者の指示にしたがう」とある。
解答時間中に大きな音がしても、監督者の指示がない限り解答を続けなければならない。
周囲のものがくしゃみなど音を立てても、救済措置はない。
センター対応模試を受けるとき、周囲の雑音を気にしない訓練もしておこう。
センター試験まであと80日。
東マス便りのカウントダウンは容赦なく進む。
http://www.zkaiblog.com/hi05/
[2008年10月28日(火) ]
私は家のネコによくかまれる。
家のネコは私以外をかまない。
杉山尚子著「行動分析学入門」(集英社新書)を読んで、その理由を理解した。
当初、わが家でネコを飼うことに私は大反対した。
それでも、妻と二人の娘が責任をもって世話をするというから、シブシブ認めた。
ネコはそんな事情を知らない。
エサが欲しければ、だれかれなく、ねだる。
ねだりかたはこうだ。
最初は甘えた声でなき、近寄ってくる。次に、頭をこすりつける。
私もよくねだられるのだが、ほうっておくことが多い。
ネコの世話についての約束を反故にしてはならないという気持ちがある。
たいがい読んでいる本の区切りが悪いという理由もある。
そうすると、ネコに足の親指をかまれる。
痛くはない。あまがみというやつだ。
そこまでされると、しかたない。エサをやる。
でも、不思議なのは、近くに妻がいても、まず私にねだることだ。
ネコが妻にすり寄っていったら、妻は大喜びでネコを抱き上げる。
「ごはんがなかったの?ごめんね。」
なんていいながら、ネコを抱いたまま皿をエサで満たす。
行動分析学で行動随伴性というのだそうだ。
行動の前と後で何が変わるか。
その変化が行動を頻発させたり、抑制したりする。
ネコが私をかむと、エサが与えられる。
ネコが妻にすりよると、エサが与えられる。
同じではないか?
エサが与えられる。これは、行動を頻発させる変化である。
行動を頻発させる変化を好子というそうだ。
ネコが妻にすりよると、エサが与えられる。
そこは同じなのだが、その前に妻はネコを抱き上げる。
どうも、それが嫌子のようだ。
嫌子とは行動を抑制する変化である。
「行動分析学入門」を読んで、私がネコにかまれる理由を説明すると、妻に言われた。
「そんなの本を読まなくてもわかるじゃない。」
いや、漠然と思っていたことが論理的に説明できたということが大切なのである。
ネコにかまれてもエサをあげない⇒好子の消失
ネコにかまれたら抱き上げる⇒嫌子の出現
いずれもネコのかむという行動を弱化する。それはわかった。
しかし、実は、ネコにかまれるという好子がネコをじらすという行動を強化しているのかもしれない。
[2008年10月27日(月) ]
やっぱり買ってしまった。
「芸術新潮11月号」。
特集は「手塚治虫を知るためのQ&A100」である。
新聞広告を見たときは、それほど惹かれなかったのだが、
書店で手にとってみると、持ち帰ってゆっくり読みたくなった。
なにしろ、芸術新潮は重い。立ち読みは辛い。
鉄腕アトムに始まり、マグマ大使、ビッグX、ワンダー3……。
とてもなつかしい。
テレビアニメの本放送を見ているはずだ。
感動的ですらあったのは「ジャングル大帝」。
画面の美しさ、音楽の荘厳さに圧倒された。
アフリカで野生動物と人間が鋭く対立。
社会的な問題提起もあった。
ライオンが肉食を戒めるという場面には違和感もあったが……。
少年マガジンを定期購読していたので、「三つ目がとおる」は連載時に読んだ。
「ブラック・ジャック」や「どろろ」は友達の部屋でコミックスを読んだ。
大学に入ってから東洋思想の先生にすすめられて読んだのは「ブッダ」。
仏教に興味をもつようになったきっかけでもある。
今家にあるのは「火の鳥」と「一輝まんだら」。
「火の鳥」は長女のお気に入りである。
「一輝まんだら」はニ・ニ六事件、北一輝関係の図書を手当たりしだい買っていたときの名残だ。
次のエピソードを読み、改めて手塚治虫をすごいと感じた。
「手塚は同じ作品でも、それがどのようなかたちで出版されるかによって、その都度それにふさわしいと自分が考える改変を加えることが常でした。」
雑誌掲載時に4段組だったものを判の小さい単行本にするとき、ふつうならただ縮小するだけだが、それでは読みづらいと考えて、原稿をコマ単位でバラバラに切って3段組に組み直すのだという。
手塚治虫は、生前、すでにマンガ家・マンガ読者が等しく仰ぎ見る巨人であったはずだ。
しかし、本人は常に他の人気マンガ家にドロドロとした嫉妬心をたぎらせていたのだという。
人気への執着、功名心、それがあってこそ、あれだけの作品を生みつづけられたのかもしれない。
ともかく、手塚治虫作品をリアルタイムで読むことができたのは幸運だった。
[2008年10月24日(金) ]
書店に行くと、五木寛之著「林住期」(幻冬舎)が目につく。
「林住期」という言葉には、気持を揺さぶる力がある。
宗教学者である山折哲雄氏の著作で知った言葉だ。
学生期、家住期、林住期、遊行期。
古代インドでは、人生を四期に分けて考えていたのだという。
学生期とは、文字通り学ぶ時期。
生まれてから大学卒業あたりまでと考えてよいだろう。
家住期とは、働き、子どもを育てる時期。
私は今ここにいる。
そして、林住期。
子育てが終われば、家や仕事を離れ、
本当に自分がやりたかったことをやるときを迎える。
次女が大学卒業するまであと6年、定年まで10年。
林住期までまだ遠い。
しかし、この先、仕事とはまた別に本当にやりたかったことをやる時期がくる、
そう考えると明るい気持ちになれる。
しかし、本当にやりたかったこととは何だろう。
子どもが将来を考えるように、自分でも考えてみたい。