*空模様*

日ごろの生活で気が付いたこと、考えたことなどを思うままに書き綴っていきたいと思っています。

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組織に属するということ。  [2008年09月13日(土) ]
Z会が運営するSNS「パルティオゼット」には「通報」という機能が設けられています。
日記やコミュニティで、ルール違反していたり、なんかひと騒動起こった時に、スタッフに「通報」するための機能です、多分。

私はパルティオゼットが始まった当時からこの通報という機能、あまり好きではありませんでした。
そして実際今まで使ったことは一度もありません。
通報するのってなんだか後ろめたい感じがした、というかせこいって思ってたんですよね。
上手く言葉に出来ないんですけど、何かあった時に通報ってボタンをポチって押して、あとはスタッフに任せればいいっていう姿勢が嫌いだった、のかな。
だから私はいつも言葉で注意していました。
たまには議論にもなりましたし、スタッフが仲裁に入るほど事が大きくなったこともあります。
でも、やっぱりそういう注意する存在って必要だと思ってましたし、言い合いなどをすることによって、何かが改善する場合も多いんですよね。
例えば、自分が知らないところで通報されてスタッフに注意されるよりも、誰かに「ダメだよ」って一言直接言われた方が素直に受け止められる場合だってあるはず。

でも、最近その注意というものが出来ない…。
その理由は、「組織に属しているから」です。
あまり詳しくは書けないのですが、今私はとある企画に関わっています。
仮にその団体をAとしましょう。

Aという団体に属すことによって自分の行動が制限されているような気がしてならないのです。
(※別にAを批判したいわけではなく、あくまでも例に挙げているだけなので)
上にあげた「通報」にしても、前までは通報するのに抵抗があったのに、今では注意することにためらいを感じてしまう自分がいます。
ルール違反をしていて注意したいと思っても、「ミルヒ」として注意したのではなく「Aに属する人間」として注意した、と解釈されるのが嫌だからです。
私は自分が正しいと思う事を行動に移したいだけなのに、どうしても組織の人間というのが束縛になってしまう。

少しだけ話がずれますが、「こころの科学入門」という授業を大学で取っていました。
そこで、「私は〜」から始まる、自分に関する文章を20書け、という実験が日本人とアメリカ人に対して行われた、という話がありました。
日本人は
・私は大学生である。
・私は18歳である。
・私は吹奏楽が好きである。
などをあげ、
アメリカ人は
・私はフレンドリーだ。
・私は勇気がある。
・私は社交的だ。
などと書いていたそうです。

つまり、一般論として自分を語る時、日本人は「肩書」などを重要視しアメリカ人は主に「性格」などを重要視する、と。
外見か中身か。

これってまさに私がいま上で思ったことに直結するなぁって思いました。
どうしてもパルティオゼットで発言する時に、自分としてではなくAの人間として、っていう意識が付きまとってしまうんです。
組織に属するってこういうことなのかなーって思ったりしました。

そんな時、ある方がこうおっしゃってくれました。
Aのメンバーとして規則として守ることは守っても、自分と言う「個」を捨てちゃダメだ、と。
このバランスって大事だ、って。
〈「個」を守るということと、社会性を弁えるってこと、対立概念じゃない。〉

すごく当たり前のようなことに聞こえて実際とっても難しい。
対立概念じゃないのに、でも、そう受け止められてしまうことが多々あるのが現実。

締めがなくてちょっと後味の悪い文章になってしまいましたが、
まぁこんなことを思ってみた大学1年生の夏でした。
Posted at 22:08 | その他 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
読書  [2008年02月04日(月) ]
石原千秋 『謎とき 村上春樹』を軽く立ち読み。
『ノルウェーの森』を扱っている章だけを本当にかるーくおおざっぱに読んでみました。

村上春樹の作品って全体的によく分からないものが多いと私は感じます。
『海辺のカフカ』、『アフターダーク』などさっぱり理解出来ません。
なのに何故か惹かれる。もっと読みたい、分かりたいと思ってしまう。
本の力って不思議です。

で、石原千秋さんの話に戻りますと…。
村上春樹の作品っていろんな解釈の仕方があって当然だと思うんです。
だけど石原千秋の解釈はあまりにもスケールが壮大すぎてびっくりしてしまいました。
夏目漱石の研究などもしてらっしゃる方らしいですが、『ノルウェーの森』は『こころ』のその後の話だとか。あくまでも一解釈ですが。

しばらく考え込んでしまって、この驚くべき発見を誰かに聞いてもらいたくて思わず友達にメールまで打ってしまいました(笑)
夏目漱石と繋がりなんて考えたこともなかった!(普通考え付きませんよね)

というわけで他にもいろいろあったのですが、分からない人にはつまらない話題だと思うのでここでいったん終了。

私は今まで単純に読書が大好きだと思ってきました。
けどこの前友達が私は「読めない」から楽しさが分からない、と言ってるのを聞いて少し考えさせられています。
性格からして深読みしちゃうからだと私なりに解釈しました。
私にとって読書という行為はそんなすごいことではなく、ただ読むだけで、没頭出来るだけで、そんなこと思いもしなかった。
読み終わったあとに本の余韻に浸ることは度々ありますが、本当に理解してるのかと問われれば答えられません。

理解することが本当の意味で読むことなのでしょうか。
純粋に楽しむだけでも読書のうちに入るのでしょうか。

私には分かりませんが、この複雑な問いに対して自分なりの答えを見つけるのを、大学に入ってからの目標の一つにしたいと思いました。

それにしても物事には様々な解釈の仕方がある、と改めて思わされました。
村上春樹にせよ、読書の定義にせよ。
他人の考えや価値観に触れることによって自分という人間が出来ていくってきっとこういうことなんだな、と一人で納得したりもしました。
少し分かりにくい話ですが、これは説明しだすと長くなるのでこの話はまた今度。

試験まで3週間切りました。
全国の受験生の皆さん、寒さに負けず頑張りましょう♪
Posted at 10:32 | その他 | この記事のURL | コメント(4) | トラックバック(0)
近況報告!?  [2007年12月01日(土) ]
お久しぶりです。
今日から12月ですね。また新たに気合を入れなおして頑張りたいと思います♪

さてと、かなり私事的な内容になってしまうのですが、
先日母親から電話があり、このブログのことについていろいろと聞かされました。
私は自分の文章を知っている人、特に家族!(笑)に読まれるのは恥ずかしいので、何も言っていなかったのですが、間接的にここの存在がばれました。

というのも事の発端は妹が友達から私の受験校を聞いた、というところにあります。
誰にも言っていないのに何故知っているの!?という話になり、いろいろ聞いてみたところここのブログで読んだとのこと。
心臓止まるかと思いましたよ。

常に読み手のことを意識して書いてきたつもりです。
そう、「知らない人」に読まれる前提で書いてきました。
「知っている人」も読んでいるとは想定外!笑
やっぱり私はどこか抜けている、と笑われました。自分でもそう思いました。

別に良いんですけどね、誰に読まれても。
ただ家族はさぞかしびっくりしたことでしょう(笑)、ごめんなさい〜。

ネットの長所でも短所でもありますね、こんなにも情報が大勢の人に知られてしまう、というのは。
本当に便利な世の中になったものです。(って私みたいな若い人がいうせりふではないかもしれませんが・・・。

というわけでこれからは恥じないようもっと分かりやすく面白い文章を書かなければ、と決心したのですが・・・いきなりこのようなネタになってしまいました。

話は180度変わりますが、日本の冬は寒い!
部屋が寒くて寒くて、来年の春まで生き永らえるか心配です。鉄筋コンクリート製の建物なので、一度冷えたら冷えっぱなし。最近なんて外より部屋の中のほうが寒いです。
冷え性なので手が冷たくて、携帯を打つのにも一苦労な今日この頃。

春の訪れが既に待ち遠しいです。

さてさて、こんな私ですが、これからもよろしくお願いします
と今日は締めめくりたいと思います。
Posted at 11:53 | その他 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
心にナイフをしのばせて  [2007年10月13日(土) ]
奥野修司作。
「心にナイフをしのばせて」

いろいろと考えさせられる一冊。
日本の少年法の杜撰さ?というか、少年法のあり方を問いかけていると思う。
とにかく少年犯罪がテーマ。
正直言って重いです。
けど小説風に実際あった事件のことが書かれてるから、感情移入しやすく読みやすい。
また、ほぼ全て誰かが読者に語りかけている(モノローグ風)ためよりインパクトが強いと思います。

少年(女の子を含めた意味で)が罪を犯すと、その少年の更正のため莫大な資金が国から出ます。
少年院の建設と管理とかにもそれは表れてるかな。
ただ被害者(遺族含め)には特に何の関心も持たれてないのが現状。
具体的な数字を挙げると「日本政府が犯罪加害者の更正にかける支出は年間466億円」「被害者のための予算が年間わずか11億円」

この本はそんな、息子を同級生に殺された家族のお話。
30年経っても苦しみ続ける様子が描かれてます。

しかも驚くことに少年院送りになった少年達は前科がつかない。
つまり昔犯罪という行為を起こしたことは水の泡となる。
社会人になって悠々と暮らせるわけです。
何だかおかしくありませんか?
特にこの事件の場合は少年Aは名前を変え、弁護士になり、名誉も地位も得ています。
しかも遺族に一度も謝罪したことがないとか。

心が特に痛むのが遺族が少年Aを全く憎んでも恨んでもいないこと。

いろいろと考えさせられる一冊でした。
一度手に取ってみる価値はあると思います。
Posted at 09:50 | その他 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
「慣れ」  [2007年06月08日(金) ]
慣れって怖いです。
と最近ふと思いました。


自分が置かれている環境、周りにいる人々、平凡な毎日
に慣れてしまうと少しだけダメになるような気がします。

それらが当たり前になってしまうと、
それ以外のもの、その外にあるものを疑い始める可能性だってある。

自分が持つ価値観・観念以外を受け入れない。
これって「慣れ」が「当たり前」になってしまった時の怖さ。

自分という人間で構成されている枠の外を見ようとすること、感じようとする事っていずれは「成長」に繋がる、きっと。

「慣れ」っていうのはある意味現状に満足してる状態。
満足していては決して成長なんて出来ない。

一歩だけ踏み出して、慣れという枠から抜け出せば、新しい世界が広がっていて、視野だって広がるの。


卒業間近の私は・・・
今の毎日がそれこそずっと続いてほしいって思っている。
けれども、それは一種の甘えで、現状に満足している状態。

環境が変わることによって、別れはあるけれども
そこには新しい出逢いもあるだろうし、
きっと日本へ帰ったら逆カルチャーショックによって学ぶことも多い。

だから今の生活(慣れ)にいつまでもすがっていてはいけない。
数年に一回、こうやって環境の変化があるのは良いことなのかもしれない。
と最近はやたらポジティブ思考。


と言えども、引越しって慣れちゃったなって思う私は矛盾しています。
Posted at 04:58 | その他 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
人を知る  [2007年06月03日(日) ]
何を以って人を知る、というんだろう。

先日私は「○○ちゃんのことって知ってるようで全然知らないんだよね、寂しいな」と友達に言いました。
そしたら友達は「そもそも何を以って人を知るっていうの?」と問いかけてきました。

彼女曰く、
小学生の頃は、好きな色や食べ物、そして好きな人を知っていたらその人の事を知っている、と思っていたんではないか。
けど今ってそういうのはどうでも良いし、だから人を知るって・・・どういうことなの?
ってことらしいです。

妙に納得。

(いつも突込みがものすごく鋭いんですよ。考え方が多様的・多面的というか客観的というか。ほんとすごい。)


性格を把握して、好き嫌いを覚えていて、さりげない動作一つ一つが脳裏に浮かべば、それであなたはその人物を知っている・分かっていると断言できますか?


答えを求めているわけではないけど、友達の言葉が頭の中をぐるぐる。

そもそも「知る」って・・・
1.理解する
2.認識する
3.悟る
4.経験する
5.関わりを持つ(!!!)
(広辞苑を参考にしました)

結局は個人の判断や価値観が重要になってくるのかな。
私の「知る」と友達の「知る」の基準は違うだろうし。

って考え始めると止まらない。
一体何が言いたかったんでしょう、私。
Posted at 05:39 | その他 | この記事のURL | コメント(3) | トラックバック(0)
心が温まる話。  [2007年05月13日(日) ]
昨日、父が一枚のメモを手に持って家に帰って来ました。

そこには
「あなたの車にぶつかってしまって、ナンバープレートが少しはずれてしまったようです。お詫びをしたいので電話をください。○○-○○○○○○○ ××××(名前)」
と書かれてありました(オランダ語なのでだったので勘ですが汗)

実はナンバープレートが外れていたのは、誰か違う人にぶつけられてしまって数週間前からそういう状態だったので上の人ではない、と分かっていたんですが・・。

ものすごく親切ではないですか?
とっても正直ではないですか?

父は今朝その人に電話して、別にあなたは悪くない、どうもわざわざありがとうという事を伝えていました。

世の中にはこういう人がいる、と思うと私は嬉しくなりました。
最近物騒なニュースが多いですが、人の心の温かさや優しさはまだこんなところに残っています。

果たして私が同じ目に遭ったら彼と同じ行動を取れるだろうか。
父と母に聞いてみました。
父は実際に一回知らない人の車を思いっきり擦ったことがあるらしいですが、逃げたそうです・・・。
母も一回見えないほどのかすり傷を車に負わせてしまったそうですが、本当に気がつかない程度だったのでそのままにしたらしいです。

やっぱり正直には言えない事ってあるんですね。
私もつい逃げてしまうかもしれません。
けど罪悪感が残りますよね、きっと。
私は、彼のような人間になりたいです。自分に正直に、他人に正直に。

その前に嘘を付かないといけないようなことをしなければ良いんですが(笑)

私の拙い文章では言いたいことが上手く表現できませんが・・・
彼は私達家族を温かい気持ちにしてくれました。
ありがとう。

彼は我が家に暖かい風を運んできてくれました。
春はもう、すぐそこまで来ています。
Posted at 20:10 | その他 | この記事のURL | コメント(2) | トラックバック(0)
悪夢。  [2007年04月22日(日) ]
試験シリーズ全三弾。

第一弾:
「試験当日。
学校に着き試験直前に全く勉強してないことに気付きます。
パニック状態に陥ります。
泣き叫びながら学校中を走り回ってます。
美術室から社会科の部屋まで(遠い
なぜか試験会場には行かないで泣き叫んでます。

恐かった。」

学年末試験前。
2006年6月8日の日記より。

第二弾:
「初夢は最悪でした。
滅多に夢を見ないこの私が夢を見たかと思えば・・
来週の試験、初日から遅刻する夢でした。
月曜日は12時45分からなんだけど、起きたらもう試験時間が迫っている、というような状態。
実際起きたとき、夢と現実がまざってて・・・焦りました。」

冬休み明け試験前。
2007年1月3日の日記より。

第三弾:
5月3日の試験当日。
学校には早く着いたものの、何故か食堂でお喋り。
気が付いたら試験開始時間を過ぎている。
必死で上に登ったかと思えばそこは家の洗濯物が干してある部屋。
干してある洗濯物の間に机が並べてあってクラスメートは試験を受けています。

何故か試験を受けることを許可された私。
試験を目の前にして全く勉強してないことに気が付く。
とりあえず焦って、ショック受けて、パニック状態。

ここで目が覚める。

最終試験前。
2007年4月22日。


誰か、夢鑑定お願いします。
正夢ではないと言ってください。

私はあまり遅刻しないんですが、何故か遅刻の夢とか試験勉強してない夢ばかり見るようです。それだけ自分に自信がないということなのか・・・それか実際にありえるからなのか・・。
結構ダメージ大きいです。

勉強しないと。

そして規則正しい生活を送らないと。
と言っても週末でもちゃんと12時には寝て、7時半に起きてます、最近は。
Posted at 19:03 | その他 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
時間の使い方。  [2007年03月26日(月) ]
あんな記事を書きましたが、少し考えてみたんです、時間の使い方というものを。
時間を効率的に且つ有効的に使うことって受験勉強において必要なことだと思います。

しかしまだまだ子供な高校生です。
どこかに無駄な時間はあるはず。

あと10分だけと思いつつ長引いてしまう友達とのメール。
今日だけと言ってだらけてしまう一日(さすがに最近はありませんが。


こういう時間を使ってブログを書きたいと思います。
時間を効率よく使っていきたいですね。

ブログに書くことが息抜きになれば良いです。


問題は・・・親がパソコンを使っている私を見て何と言うか、です。
逆に怒られていらいらしそう(笑)


優柔不断な性格で申し訳ないです。
Posted at 05:32 | その他 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
報告。  [2007年03月23日(金) ]
お久しぶりです。皆様いかがお過ごしでしょうか。

今日は報告があって来ました。
全然更新できなくて申し訳ないと思いつつも試験が近いのでブログをしばらくお休みさせてもらいたいと思います。
ごめんなさい。

5月末には必ず戻ってきます♪


4・5・6月の予定としては・・・

4月は勉強三昧。
5月は試験。
6月は卒業式。

6月末には日本へ帰って受験が始まるわけですが、このことはまた今度詳しく書きたいと思います。


で、試験のことなんですが5月3日〜5月22日までです。
20日間も試験、なんてことはないんですが20日間も試験気分に浸っているのと思うと今から気分が悪くなってきます。

友達などは結構5月16日で終わるんですが、私は経済学を取っているので残念ながら22日までです。

5/3:英語 P1
5/4:英語 P2
5/7:数学 P1
5/8:数学 P2
5/9:歴史 P1&P2
5/10:化学 P1&P2
5/11:化学 P3
5/14:日本語 P1
5/16:日本語 P2 & 数学 P3
5/21:経済学 P1
5/22:経済学 P2

といったような感じであります。
これはIBをやっている全世界の人共通の時間割です。
時差があるため地域によっては若干問題が変わってくる場合もあるそうですが、
シンガポールやドイツにいる友達と同じ試験を受けるのです♪

P1,P2,P3というのはPaper1,Paper2,Paper3の省略で、
一つの教科でいくつかの試験があります。

英語と日本語はPaper 1がコメンタリーと言って未見の文章の解説。
そしてPaper 2はエッセー、今まで読んできた本に関して。
化学はPaper 1が選択問題。その他が普通の問題。
歴史はPaper 1が歴史的に価値のある文章などの分析。Paper 2がエッセー。
他はあんまりPaper 1もPaper 2も変わらないような気がします。

週休2日なので学校に通うのも残り18日。
試験が始まるまで42日。
何気にカウントダウンがプレッシャーになっています。

ちなみに、パルティオゼットの雑記(笑)はもう少しの間更新したいと思っています。
いつもに増して文章がぐちゃぐちゃですみません。


ではでは、戻ってきた時に自分の力を全てを出し切った、と胸を張って言えるよう頑張りたいと思います♪
Posted at 01:51 | その他 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
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