*空模様*

日ごろの生活で気が付いたこと、考えたことなどを思うままに書き綴っていきたいと思っています。

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読書  [2008年02月04日(月) ]
石原千秋 『謎とき 村上春樹』を軽く立ち読み。
『ノルウェーの森』を扱っている章だけを本当にかるーくおおざっぱに読んでみました。

村上春樹の作品って全体的によく分からないものが多いと私は感じます。
『海辺のカフカ』、『アフターダーク』などさっぱり理解出来ません。
なのに何故か惹かれる。もっと読みたい、分かりたいと思ってしまう。
本の力って不思議です。

で、石原千秋さんの話に戻りますと…。
村上春樹の作品っていろんな解釈の仕方があって当然だと思うんです。
だけど石原千秋の解釈はあまりにもスケールが壮大すぎてびっくりしてしまいました。
夏目漱石の研究などもしてらっしゃる方らしいですが、『ノルウェーの森』は『こころ』のその後の話だとか。あくまでも一解釈ですが。

しばらく考え込んでしまって、この驚くべき発見を誰かに聞いてもらいたくて思わず友達にメールまで打ってしまいました(笑)
夏目漱石と繋がりなんて考えたこともなかった!(普通考え付きませんよね)

というわけで他にもいろいろあったのですが、分からない人にはつまらない話題だと思うのでここでいったん終了。

私は今まで単純に読書が大好きだと思ってきました。
けどこの前友達が私は「読めない」から楽しさが分からない、と言ってるのを聞いて少し考えさせられています。
性格からして深読みしちゃうからだと私なりに解釈しました。
私にとって読書という行為はそんなすごいことではなく、ただ読むだけで、没頭出来るだけで、そんなこと思いもしなかった。
読み終わったあとに本の余韻に浸ることは度々ありますが、本当に理解してるのかと問われれば答えられません。

理解することが本当の意味で読むことなのでしょうか。
純粋に楽しむだけでも読書のうちに入るのでしょうか。

私には分かりませんが、この複雑な問いに対して自分なりの答えを見つけるのを、大学に入ってからの目標の一つにしたいと思いました。

それにしても物事には様々な解釈の仕方がある、と改めて思わされました。
村上春樹にせよ、読書の定義にせよ。
他人の考えや価値観に触れることによって自分という人間が出来ていくってきっとこういうことなんだな、と一人で納得したりもしました。
少し分かりにくい話ですが、これは説明しだすと長くなるのでこの話はまた今度。

試験まで3週間切りました。
全国の受験生の皆さん、寒さに負けず頑張りましょう♪
Posted at 10:32 | その他 | この記事のURL | コメント(4) | トラックバック(0)
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通りすがりさま。
コメントありがとうございます。

私も気に入った本は何回か読み返します。
そして同じく何か新しい発見があったりします。
「こころ」においても伏線に気が付いたりして2回目は違った楽しみ方が出来ました。

確かにそうですね。
ありがとうございます。
Posted by:ミルヒ at 2008年02月09日(土) 14:26
私も村上春樹さんの作品はよく読みますよ。ミルヒさんと同じでどっちかといえば私も感覚で楽しむ方ですね。ただ何回か読み返したりすると新たな発見があったりします。例えばノルウェイの森だったらここの描写は直子の死を暗示してたんだな…だとか。そういう時に初めて物語の本当の意味を考えたりっていうのも有りだと思いますよ。
Posted by:通りすがり at 2008年02月08日(金) 04:32
垂渓庵さま。
はじめまして。コメントありがとうございます。

確かにそうですよね・・・。
深く考えすぎていたのかもしれません。
当たり前のことを忘れていたような気がします。
人によって読書に求めるものは違って当然ですし、それに見合う「読む」意味を見つければいいんですよね。

小説は楽しく読み、新書は教養を求めて読み・・。
時と場合に応じて、って感じでしょうか。

わざわざありがとうございました!
Posted by:ミルヒ at 2008年02月07日(木) 17:30
ミルヒさん、こんにちは。初めて書き込みします。垂渓庵です。

読書に何を求めるかで「本当に読む」ことの意味は変わってくるのではないでしょうか。
楽しく読むことを主眼に置くのなら、
楽しく読めない読書は「本当に」は読んでいないことになるでしょうし、
研究目的で文学作品を読むのであれば、
楽しさを度外視した緻密な分析的読み込みが
「本当に読む」ことになるのだと思います。
専門分野の論文を読む場合には、
表現を味わうよりも内容の把握が大事になるはずです。
場合場合に応じて適切な読み方があると言えばいいでしょうか。

幸いにもミルヒさんは読書を面白いと思える人間に生まれついたわけですから、
その幸運に感謝して、好きなように読んでいけばいいと思いますよ。
Posted by:垂渓庵 at 2008年02月05日(火) 10:15