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名古屋在住の18歳です
高1から今年の7月までZ会を受講していました

専門学校進学予定です        

プロフィール

『理想の国語教科書』

[2007年06月30日(土) ]

「理想の国語教科書」 齋藤孝著

を図書館で借りてきて読んでみました。
とても面白いです。小学校の時本当にこんな教科書使ってたらな〜と思いました。

日本人は夏目漱石、太宰治、宮沢賢治、森鴎外などから
外国人はシェイクスピア、トルストイ、ロマン・ロラン、ゲーテなど
まさに大物揃いです。

小学生が読むにはちょっと難しいのではないか、という印象も受けましたが
「小学校中学年以上ならば理解できる内容」なのだそう。
私は自分の小学校中学年の時の読解力がどの程度だったか覚えていないのですが、確かにこんな硬い、しっかりした文章たちに当時から出会っていたら、現在に大きく影響していたろうと思います。
とにかくとても贅沢な内容です。

この「教科書」には17人の日本人と14人の外国人の文章が載っています。
まず国語の教科書でこれだけ外国人の名前が並んでいることも珍しいかと思いますが、内容も小説やエッセイだけでなく、例えば
『ゴッホの手紙』だとか『野口英世の母・シカの手紙』などの手紙形式の文章、
『マクベス』や『ファウスト』などの戯曲
ラッセルの『幸福論』やパスカルの『パンセ』といった哲学文、
それから『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記』の科学論など、色々な形の文章を味わうことが出来ます。

日本にも外国にも、まだ自分の知らない素晴らしい文章沢山あるのだということが身にしみて分かり、これからはジャンルを問わず、こっちから積極的に文章の方へ向っていきたいと思うようになりました。

なにせ『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記』なんて、ここで出会わなければ一生読まずに過ごしたかもしれないほど私にとって縁遠いようなものなので、まずこの教科書に出逢ったことが私の中で革命的だったかな、と思います。

実際に齋藤先生の塾ではこの「教科書」を使って授業をやっているそうですが、これは大人が読んでも十分楽しめる内容だと思います。
「大物過ぎてなんとなく敬遠してきた作家」の作品を読むきっかけになるし、読んで初めて何故その作家がそんなにも大物なのかが分かります。

それから一つ一つの文章に齋藤先生の「解説」が載っており、それを読むと「ああ思い入れのある文章なんだな」ということが伝わってきます。
普通の教科書にはない分かりやすい解説で、私はこの「解説」を読むのも楽しみにしていました。

これと一緒に「理想の国語教科書[赤版]」も借りてきたので、それについてもまた後日書くかもしれません

平成生まれの名前は意外に渋い

[2007年06月25日(月) ]

私の名前はどちらかと言うとちょっと珍しい方かな??と最近思います。
苗字にしろ名前にしろ、別に「珍名」と言うほどのものではないにしても、あんまり見かけないような気がします。

で、小さい頃は自分の下の名前がイヤだったわけです。
正直ちょっと古臭い。平成生まれのくせにやけに渋い。姉のよりはるかに渋い。
しかも侍顔だからシャレにならない。はっはっは。

親に「なんでこの名前にしたの」と訊ねれば
「え〜、う〜ん・・・まあこれならお婆さんになっても違和感無いだろうしー・・・」と
苛立ち要素満載の返事が返って来るだけで
幼心に己の名と、またこんな名前を付けた親を恨むともなく恨んでいたわけですが

この頃自分の名前が好きです。

しかもこれは祖母によって予言されていた事で
というのも小さい頃から「あんた大人になったら絶対自分の名前好きになるよ」
と自信満々に言われていたのです。
当時は「いや、永遠にならないだろうよ」と思っていたのですが
本当になりました。しかも思ったより早く。

さすがに「お千代」とか「お園」なんていう類じゃないですよ。さすがにね。
っぽい名前なんです。
それで、その響きというよりは、字面が気に入ってきたという感じ。
実際名前そのものよりも字が珍しいらしくて、大きくなってからは「こうやって書きます」みたいな場面では、大抵「へー、これで○○って読むの」と言われます。
(それ故郵便物の宛名や病院の診察券などの誤字も多いのだけど^^;)
それから、「いい字だね」と大人の人から言われると、やっぱり嬉しい。

これと言った意味もなく付けられた「何となくネーム」ではありますが
一見意味深な物語風の名前かな、と良いふうに考えてます。
まああくまで「ばあさんになっても浮かない名前」という有難いんだか有難くないんだか分からぬ配慮によってつけられた名前なんですけどね。ハハン。
でも「良い字でしょ!」と、やっぱり字には母も自信があるらしいです。

(余談ですが、私を含め姉、それから従姉妹、その従姉妹の3人の娘、みんな名前が二文字なんですよ )

温泉

[2007年06月24日(日) ]

家の近くの天然温泉。街中にあるので非火山温泉です。
そこでちょっと心配が
渋谷の例のスパと同じような環境なんですよね・・。
あのスパのあった場所は昔海だった埋立地だそうですが、ここら辺も紛れもない埋立地で・・・。
昔海だったということは微生物の死骸があって、それでメタンが多く発生するというわけです。

まあ近所といっても1kmくらい離れてるし、こういうことがあったからってすぐ疑い始めるのは馬鹿馬鹿しいかもしれないけど
最近父が週に一度は通っているので、どうしても心配にはなっちゃいます。素人としては。勿論これまで何にも無かったけど。

あとこれは余談ですけど
「・・・一緒に行く?」とか
「・・・全然行く来は無い?」とか
最近結構父に誘われることが(笑)。
いつも「う〜ん・・・」と言って流しちゃうんですが(^^;)
実はちょっと行きたいんですけどね。でも行く時間が午前中とちょっと早目なことと、髪が濡れたり急いで準備したりするのがちょっと面倒で(父は専用のバッグが常備してあるからいいけど)、なかなか実現せず、といった具合です。

でも温泉が趣味っていい趣味だなあと思います。
電気風呂に浸かるらしいです。
結構前からある温泉だけど数年前にリニューアルしたばかりなので
外装にしろ内容にしろかなりハイカラではあります。

絶対安全であって欲しいです。

抹消された15歳

[2007年06月20日(水) ]

不思議なことに15歳の記憶が非常におぼろげなのです。

14歳の時のことはよく覚えています。13歳の時のことも、12歳の時のことも、11歳の時のことも・・・よく覚えています。そして16歳(去年)のことも勿論よ〜く覚えています。
そらあさすがに一年前のことくらいは覚えとるだろう、でも16歳の時既に15歳の時の記憶がほぼ無くて、自分でもそれに気付いていました。

でもその時は「一年前のことって案外印象に無いものなのかもな。また時間が経ったらちゃんと思い出して、今度はこの16歳が思い出せなくなるんじゃないかな。」と思っていました。
しかし17歳になった今、いよいよ思い出せない・・・・・・

これはさすがにちょっと変だと思い、この年にどんなことがあったか集中して、脳をフル回転(自分なりに)させて、思い出そうとしました。

まず、これは覚えているのです。家に担任の先生が来て、玄関で話をしたこと。春頃に「本を100冊読もう」と決めて、一年間頑張って本を読んだこと(それすら空虚で、何の足しにもなっていないような気さえするのだけど)。14歳の頃の「学業を下に見て、全く勉強をしない」という状態から抜け出て、一応勉強をする習慣がついたこと。
でもその他が微妙なのです。

大体年に一回どこか旅行に行くので、この年に何処へ行ったか思い出すことにしました。
本当に悩みました。何処!?絶対どっか行ってるはずなのに・・・!
で、長い間考えた末、ディズニーランド&シーに2泊3日行っていることを思い出しました。
しかもこの時ミラコスタに泊まったんですよ・・・どうして忘れられたでしょう・・・。
しかもそれが人生3回目のディズニーだったので、ディズニーにはもう飽き飽きだなんてことは絶対にないんです。
ついで森山直太朗のコンサートに行ったことも忘却の彼方から思い出しました。
これだって人生初のコンサート、どうして忘れられましょう。
でもどちらも完全に忘れていました。

こんなイベントフルな年なのにも関わらず、それらをすら記憶から抹消させるような15歳って、一体どんなん。

それにしてもこうして頑張って思い出せるものも全て『行為』ばかりで(スケジュール帳が残っていますしね)、その時の精神状態だとか、例えばどんなことで悩んでいたかとか、どのくらい楽だったかとか、どんな気持ちで毎日過ごしていたかとか、そういうことは全っっっっっっったく思い出せないんです。もうここまで思い出せないと、記憶は一生蘇らないのではと思わずにはいられません。

ずっと一人で不思議だなあ〜と思っていたのですが、先日ついに母にこのことを何となく話してみました。
母曰く、人間の脳はなにやら凄く嫌なことが起こるとその記憶を勝手に抹消する傾向があるらしいのですが、15歳がそんなに嫌な年だったかと言えば、全くそんなことは無く、寧ろすさんだ14歳の時の方がドロドロしていて辛かったし、それ以上に9歳、10歳なんて丸で地獄でした。
母:「じゃあその年にきっと何かが大きく変わったんじゃない?」
そうなのかなあ??
不安に苛まれてじっとり激しく悩んだ14歳。
生活態度も体調も改善して、悩むといってもそんな正体の無い不安に襲われるということもなくなった16歳。
この私にとって対照的ともいえる2つの年の間の一年。空白の一年。果たしてその時に私は大きく変わったんだろうか??

本当に分からないです。多分これを読んでくださっているあなたの思う以上に(!?)空っぽなのです。

(ちなみにずっと日記をつけてきているのでその頃の日記もびっしりあるのですが、読んでみてもピンと来ませんでした。『え、これ私が書いたの?』とすら思いました。想像していたのとかなり違って、さらに謎は深まってしまいました。つまり、日記を読んでも何の刺激にもならないのです・・・。)

父の日

[2007年06月17日(日) ]

去年の父の日は確か何もプレゼントしなかった気がするので、今年はちゃんと贈らな、と思いました。
そこで父本人に一緒に選んでもらって、私と姉でシャツをプレゼントすることにしました。
もちろん ユ ニ ク ロ で。
白地に水色のストライプの半袖という爽やかな一枚です
ただ、本当に嬉しいのかどうなのか、ちょっと微妙なのが気になる、なんていうのは私だけでしょうか・・・。

ちなみに母の日にはむこうから激しいオーダーがありました。
「美輪明宏の『ああ正負の法則』がいい!!」と。
単行本なので少し高いのですが、買ってよかったと思います。

(内容はかなり濃くて面白いのですが、とても読みやすいので物凄い勢いで読み終わりました。本当に勉強になりますよ。一度読んだらきっとその後の考え方が少なからず変わるのではないでしょうか?
「人を羨むのであればその人の苦労も欲しいと思ってから羨め」
というのはTVで江原さんの言っていた言葉です。
『ああ正負の法則』はこの言葉と大いに関係しています。)

ということで、今年は割と充実した母の日&父の日を過ごせたのではないかと(といってもプレゼント贈っただけなのですが)、そう思っています。
一、二年前に気付いたのですが、自分のために使うお金は100円であろうとなんとなく気が進まないのですが、人のために使うお金は、何故かすっと出せるんですよね。
まあたまにしかないことだからかもしれませんけど^^;

“I am a Japanese.”は間違い?

[2007年06月13日(水) ]

これがどこまで有名で、どこまで本当の話なのかよく分かりませんが
前に本屋で立ち読みした本に書いてあったことです。

「私は日本人です。」というとき。

I am a Jpanese.は間違い・・・「はあ?」と思いました。
でも I am an American.は正しいのだと。ますます「はあ?」

勿論文法的には間違ってはいない、けれど、ネイティヴにしてみれば文法云々は関係なく、とにかく間違いなのだそう。

じゃあどうすれば良いのか。I am Japanese.にすれば良いのです。

見て分かるとおり「a」が無くなっています。
ということはこの"Japanese"は名詞ではなく、形容詞ということになります。
これが正しい「私は日本人です。」になるそうです。

もう既に嫌な予感が。
何故名詞でa Japaneseとしてはいけないのか・・・?
何故「日本人」ばかり形容詞になるのか・・・?

それは、ネイティヴが日本人を「個人」として考えていないからだそうです。

事実ネイティヴに「I am a Japanese.って間違ってるの?」と聞くと、気まずそうに頷くそうです。

日本は大衆社会だ、日本人には個性が無い、簡単に言えばこれが主な理由だそうです。
だから a Japaneseというその人一人の個性を認める名詞を使った表現は不自然な表現で、「日本の」という形容詞が最もしっくりくるらしいのです。

これは黒人をBlack、黄色肌の人種をYellowとまとめて呼ぶのと似ているような気がします。
悪意がある無いにしても、やはりどこか差別的なものが含まれているようです。
だってこれ聞いて良い気分にはならないですよね?
でも文化ってこんなものなのかもしれません。

冒頭に書いたように、いまいちどこまで信用してよいのか分からない話ですが、それでも「ありえる」というのが私の感想です。

我が家の餃子

[2007年06月11日(月) ]

  餃子

きっとお家それぞれの味があるのでしょうが、我が家にもやはり我が家の味があります。

餃子の夜はもう餃子しか食べません。他はご飯とお味噌汁です。
夕方から家族2、3人で具を皮につめる作業をするのですが、これが大変なために年に2回くらいしかやれません。ちょっとしたイベントです。それ故物珍しさが増し、美味しさも倍増するのだと思われます。ちなみに昨日がその餃子デーでした。

我が家伝統の具
−−−−−−−−
メイン:チンジャオロース(通称「肉」) (味ポン)
サブ1:チーズ&ウインナー  (塩)
サブ2:シーチキン&玉ねぎ  (味ポン)

今回は84個作りました。

テーブルの中央にどっか〜んとホットプレートを置いて、第一ラウンド。
ジュウゥゥゥゥゥ・・・・ッといい音させて、鉄板一面に敷かれた可愛い餃子達が焼かれます。
これを計4回程繰り返します。ラストイニングはもう皆満腹なのでその場では食べずに、殆どの餃子が“明日食べる”お皿行きに。
餃子やると大抵口の中(チンジャオロースの肉汁で)火傷しますが、常にアツアツの餃子を鱈腹食べられるというのはなんっとも贅沢(^^)

これって多分皆が言うことかもしれないけど、やっぱり我が家も「家の餃子が一番美味い」とほざいております。
特に「肉」。でもなんでチンジャオロースを餃子の具にしようと思ったんだろう。
これは未だに謎です。
ツナ&玉ねぎは確かタッキーがTVでやってたんですよ。
チーズ&ウインナーは多分オリジナルだと思います。
チンジャオロース餃子めちゃくちゃ美味しいですよ!激しくお勧めの逸品です。

“ヒョロヒョロ〜”で通じ合う

[2007年06月09日(土) ]

私の一時期(小・中学校の時ほんっっっのちょっとの回数)通っていたカウンセリングの「お母さんのお話会」というものに母が今でもよく出向いていて
そこでは色々な子供を持つ母親達と心理療法士の方(以下Iさん)とが子供のことについて話したりするのですが
今日母に初めて「私のことはなんか話すの?」と訊いたら、こういうふうに返ってきました。

:Iさん 「○○(私の名前)ちゃんどうですか?」

:母   「まあ、ヒョロヒョロ〜っと、ヒョロヒョロ〜っと毎日起きてくるんですよー。勉強はしてるみたいなんですけどねえ。ヒョロ〜っとしてるんですわ〜」

:Iさん 「ああ〜、やっぱり食べれないですもんねえ」

:母   「そうなんですよね〜」      
 
   おわり

この「ヒョロ〜」という擬音一つで私の悩める毎日をすべて語られ片付けられているようで、なんとも複雑
でもだからと言ってこれこれこうこうと喋られすぎるのは一番厭なので、実は丁度良くて内心ホッとしてるかも・・・。

それにしても、私が直接このIさんにお会いしたのは、私の記憶では確か小5の時のたった一回が最初で最後だったように思うんですが
あれから6年も経った私についても「ヒョロ〜」というたった一つの擬音語から何となく状態を把握してしまうなんて、スゴイですね。
一体私の存在価値ってあるんでしょうか。

こんなちょっとした切なさを感じながらも、そしてやっぱり毎日ヒョロヒョロしながらも、
色んな事を考え、目論み、やってみたり、気付くことがあったり。
思えば朝起きた瞬間から、眠りに落ちるその時までず――っと頭の大部分が無意識に将来のことを考えていて、そして自分なりにこう思うことにしました。

10代にとって将来を考えることは、もう本能のようなものなんだと。
だから毎日腹が空いたり眠くなるのと同じように、何があっても日常から消えてくれないのだと。


そんならもうガンガン考えたるわってなる。
あ、もちろん考えるだけじゃなくて、ちゃんと実践も、する。

祭なんか無くなればいいのに

[2007年06月05日(火) ]

とっても暗いタイトルでゴメンナサイね^^
なにしろ今年も厭な時期がやってきました。

     

・・・近所の有名な神宮で毎年6月4、5日に名物的な祭が催されるのですが
これが毎っ年毎っ年もンの凄い人出でうざいんです。

最後に私がこの祭に出向いたのは中1の6月にさかのぼります。
それまでは何だかんだ言って小三からずっと行ってたりしたのですが
その時(中1)あまりにも楽しくなくて、それ以来全く縁がありません。

地下鉄に乗るにしろ名鉄に乗るにしろ、その辺を通らねばならないのがとても煩わしい
出店が歩道を占領して人はチンタラチンタラ我が物顔で歩いとるし
(自転車ガールのミーにとってこれは大きい)
何か「○○組」みたいな危ない集団はゴロゴロおるし
(祭と聞いていちいち駆けつけて来んでよし。普通に怖い)
だいたい知ってる人がいないわけは無い。いる確率120%あはあは。

本当に碌に身動きもとれないくらいの人口密度なんですよ
そんなんで何が楽しいんでしょう。店の兄ちゃんは怖いし、売ってるもんは高いし、言ってもそんな美味しいものがあるわけでもないし、疲れ切って足踏まれて帰ってくるだけなんじゃ。
恐らく「行く」という行為そのものがモウスト・インポータントなのであって、実際この祭りをこれまで一度も欠いた事の無い姉曰く「一種の儀式」なのだそう。

と、こんな私でも、神輿の「ワッショイ!」を聞くと血が騒ぎます
私の8歳まで過ごした町では、この神宮の祭と同じ日に神輿を担いで、大人神輿は例の神宮まで行くのです。
勿論私も参加していました!担ぐのは小三からだったので、小二の夏に引っ越した私は最後まで“引っ張り”オンリーでしたが、神輿を引っ張って街界隈を練り歩くのは渋くてとても楽しかったです(^^)
夜の男神輿は本当に見物。懐かしいなあ〜。

やっぱり私は出店より神輿の方が好きなようです。

学校もの第2弾です
前回は学校の仕組的な内容でしたが、今回は授業の内容を書いてみたいと思います。

今まで授業を受けた科目
(2006年度)・英語T・数学T・理科総合B・現代社会
(今年2007年度)・日本史B・世界史

これはもう先生によって授業のやり方というのは全然違うのであまり参考にはならないかも知れませんが、とりあえず共通して言えることは「緊張する必要ナッシング」といったところだと思います。

まず英語。これは必要な出席数の割と多い科目でした。
といっても10月に高認試験を受けたので私は途中で中断してしまいましたが。
これはこれまで受けた授業の中で唯一当てられる科目でした。
ランダムに当てられるので、毎回当てられる人と一回も当たってるの見たことない人とに分かれました。ちなみに私は前者です。
リスニングのCDを聴いたり、リポートを一緒にやったり、主にそんな感じです。

数学T。これは2回出席すればよいだけだったのであまり覚えていません。
単に先生の話を聞いているだけで50分が過ぎました。リポートをやるわけでもなく、教科書に忠実にやっていた印象も特にありません。

理科総合B。これも英語同様に出席数が結構要りました。
リポートには一切触れず、先生が写真だの化石のレプリカだのを持ってきてそれについて話したり、あとは黒板に図を書いたりするというこれと言って何も語ることの無いフツーの授業。

現代社会。これに至っては1回しか授業を受けていません。必要出席数が1回だったので、それに忠実に本当に1回しか出ませんでした。
これは私の「授業」というイメージにかなり近い印象でした。先生が教科書の内容を熱弁してくださるので、分かりやすかったのです。それでも1回しか出ませんでしたが。

さて日本史。今年2回出席しました。
正直最低な内容だと思います。リポートの問題を解く時どの教材のどのページを見れば良いのかということの書かれたプリントが渡され、そのプリントをもとに50分間自分たちでリポートの問題を解き続けるという完全自習体勢です。勿論これといってお話もありません。しかもまだやっていない単元のリポートをさせられるので内容も全く分からないまま、ただ宝探し的感覚で答案を埋めていくだけなのです。何の理解もありません。日本史での受験も考えているだけに失望しました。

そして世界史。これは今日が今年初めての授業でした。
エー・・・こちらも正直言って最低です。日本史では自力で教科書などの中から答えを見つけ出しましたが、こちらは先生がどんどんリポートの答を発音するといった具合です。
「次の問題。〜〜〜(問題文)な。これも82ページ。『モザイク壁画』。いい?『モザイク壁画』。」
記述の問題も教えていただけます。「教科書の○ページ。〜〜〜〜〜〜とここを書いておけば・・・良いでしょう。」
答えが教科書に載っていない問題は、黙って黒板に答えのみ書いてくださいます。
結局今わけもわからず「やって」いるリポートの時代がどんな時代なのか、断片的にすら頭に入ってきませんでした。

先生は皆元々普段このスクーリング会場である普通の全日制高校の先生をなさっている方々なので、ヨソのしかも通信制高校の授業となるとやる気もあまり無いのでしょう。

それだけに、一生懸命授業をして下さった英語と現代社会の先生は、いい印象が残っています。



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