2足の草鞋生活

子供を中心にヒップホップを指導するフィットネスインストラクターが執筆中!
特に優秀な学業成績を収めたわけでもない、普通の人のブログなので、
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誰、この人?

■AFAA認定インストラクター
■ZUMBAインストラクター
■Z会Blogスタッフ

現在、2足のわらじ生活

子供の前では……
気さくでカッコイイお姉さん
大人の前では……
フィットネス知識豊富な先生
事務仕事中は……
有能でアイデア満載の女子

……を目指して!!

プロフィール

コンプリートを阻む忌むべき存在(前) [2008年10月09日(木) ]
大感謝!「BlogのTOPページのランキング入り」

わー。

何でだか知らないけど、あの寒い親父ギャグのタイトルのせい?


さて、年内に発売されるらしい「ドラゴンクエスト9」の発売が待ち遠しい!

ナンバリングタイトル(ドラゴンクエスト○←数字が入るやつ)は1から全て、6以降のものは発売日に買い求めてやっているほどの愛好家。

前作の8が発売された頃のことを思い出します。

一度始めたら、気になって先に進みたくて、手が止まらなくなり、結局異例の速さで終了してしまった日々のことを。

やってる最中は、もう「やめられない止まらない」状態なのに、終わってしまうと“祭の後”的な何ともいえない喪失感に苛まれ、やっぱりもっとちびちびと進め、長〜く楽しめるようにしておけばよかったと、非常に後悔したのですが、それこそ“後の祭”。

次はこの教訓をバネに、1日1時間等、時間を決めて進めたいと思います。

いい大人が、何だか中高生みたいですけどね。

でもホント、コツコツと、時間を掛けて進めることを美徳とするのは、何も勉強だけに限ったことじゃないです、ゲームも同じ。

健康上のことももちろんですし、何より自分の楽しみを持続させるために、ね。

というわけで、ドラクエの9が発売されたらこれを実践するつもりですが、問題なのは、私の意志力が、“魔法使い”キャラの防御力と同レベルな、紙にも等しい貧弱さということ。

先に進めたいという欲求を撥ね退けることができるかどうか……?


さて、最近はネットワークやらコミュニケーションやらについてよく書いている気がします。

インターネットや携帯電話が普及したことによる、人と人とのコミュニケーション不足について……そういえば学生の頃はこんなようなテーマの課題が出されたような気がします。

私自身、ネット上のマナーに欠けた振る舞いの多さや、それが起因している犯罪などについては憂えているのですが、インターネットは大好き。

わからないことはすぐ調べられますし、そのへんで手に入らないモノなどが色々と入手できますし、コミュニケーション面に関しても、Eメールの利便性はやはり素晴らしいもの。

「深さ」に関してはいろいろと考えるところもあるのでしょうが、すぐに輪を広げられる、「広さ」には何だかんだ言ってもやはり今後なくてはならない、愛すべき存在だと思っているのです。

ただし……ゲームのネットワーク機能は別です。


オセロや麻雀のように、元々がネットワークによる対戦を目的としており、通信機能を使わないとお話にならない、というタイプのものではなく、ゲーム機同士の通信が、あくまで付加機能に留まっている場合のものです。

これらは通信機能を用いなくてもゲーム自体は進められるのだけど、インターネットを利用したゲーム機同士の通信によって、友達とゲームの中の道具を交換できたり、育てたものを戦わせたり、メッセージのやりとりをしたりできるのです。

つまり、やってもやらなくてもいいけど、やった方がより面白い、という位置付けです。

子供の大好きなポケモンか何かで普及し、今ではどんなゲームでもネットワーク機能が備わっているのがスタンダードな模様です。

まぁ、子供はいいですよね。

学校ではいくらでも周りに仲間はいるでしょうし。

しかし……本当に声を大にして言いたいとこですが、ゲーム好きなのは子供だけじゃないわけですよ。

通信相手がいない場合はどうしたら良いと言うのでしょう?

会社なんかではそうそう通信相手なんか探せません。

これは本当に、今まで通信などやりもしない大人ゲーマーには、非常に痛い問題です。


長くなりましたので、次回に続きます……。
I'm ソーリィ、髭ソーリィ(寒) [2008年10月08日(水) ]
うちの玄関脇の金木犀が咲いた!感激です!

この時期、金木犀が咲くのは当たり前なのでしょう。

うちの金木犀は、私が小さい頃、縁日の植木や苗木の屋台で買ったもので、もう植えられて結構経つはずなのに、今までに一度も、花が咲いているのを見たことがないのです。

北向きで日当たりが最悪だからか、玄関脇で土が悪いのか、それともこの丸っこい木は本当は金木犀ではないのか……?

数年前からはもう「花が咲かないのが当たり前」と思い、見向きもしなかったのに、先日、ゴミ出しの時にほのかな芳香が。

ふと見ると、緑色のツルツルした葉の下、枝にびっしりと薄黄緑色のつぼみが付いているから、ビックリ!

うわぁ、やっぱりこの木は金木犀でよかったんだ。

今では開花したオレンジ色の小さな花が全盛期で、本当にいい匂いです。


さて、エアロビクスインストラクターの養成講座に通っていた時。

師匠は解剖学、ステップのバリエーション、筋強化運動のフォームなど、指導に必要な知識や技術はもちろんのこと、教科書や団体が出しているマニュアルでは知ることができない、インストラクターとしてやっていくための心得や立ち回り方など、経験豊かな方のみが知りうる有益な情報もいろいろと教えてくれました。

そのひとつに、「デビューした後、レッスン前の『私、新米なものですから……失敗したらゴメンなさ〜い』のアナウンスが効くのは、せいぜい3回まで」というものがありました。

段取りが悪かったり、頭が真っ白になったり、転んだり。

緊張と不慣れがゆえに失敗を多くすることが怖くて、デビューしたての頃は保険としてこういうことをよく言います。

とにかく緊張していて、ちょっとの間違いでもトンデモない大失態のように思え、済まなく感じてしまって、謝罪の言葉が多くなりがちなんです。

それで、参加者さんには「すごく間違いが多い」と思われてしまうのです。

3回くらい経てば慣れてくるわけだし、仏の顔も三度までじゃないけど、たくさんの「すみません」をフレッシュさと初々しさゆえに許容できるのは3回目まで、ということなのでしょう。


また、スポーツクラブの研修で、「レッスン中に間違っても『あっ、すみません〜』とさらっと1回謝ればそれでいい」と教わりました。

何度も何度もぺこぺこしていると、参加者の人は「この人、大丈夫なんだろうか」と不安、不審に思うのだそうです。

確かに室内での運動とはいえ、やり方をひとつ間違えば足が攣ったり骨を折ったり、関節を痛めたり、ケガをしかねません。

己の身を預けたインストラクターが、自信なさそうにどうもすみません、ごめんなさい、失礼しましたと滅多やたらに謝罪していては、不安がるのも無理はありません。

さらに、参加者さんからのご意見も、片っ端から突っぱねていてはもちろんいけませんが、あれもこれもと採択していては、「ポリシーがない」と言われてしまうそうです。

ある程度は自信と誇りを持って指導にあたらなくてはいけないとのこと。

とはいえ、毎回ダメ出しばかりしてくる参加者さんもおり、自信と誇りを持てといわれても、話を聞いているだけで本当に落ち込みます。


新人だろうと、慣れてこようと、失敗や間違いは、必ず1レッスンに1回は必ずするものだと思います。

思うに、完璧にこなせるインストラクターなんて、そういないんじゃないでしょうか?

最近は、無意識のうちに「あー……間違ったけどまぁ何とかなるだろ」と、パニックにならずに頭を切り替えることが少しはできるようになり、気づいたことなのですが……。

ベテランと呼ばれる方や、上手いと評判の先生というのは、失敗をしないのではなく、失敗を失敗と思わせないような技術をお持ちなのでしょう。

間違っても平常心でそのまま続け、例えば順番を変えるとか、別なものに変換するとか、いろいろと応用が利くのでしょうね。

または、上で述べた「さらっと1回だけ謝る」などのフォローが上手なので、間違いや失敗が参加者さんの記憶に残りにくい、というのもあるのかもしれません。

臨機応変にうまく立ち回ること、動揺を悟られないようにすることが、ベテランへの第一歩なのかなぁ、と最近思っています。

なかなか難しいですね。

やっぱり精神状態が落ち着いてないとできませんし、結局は上達のためには「場慣れ」しかないのかなぁ……と考えています。


さて次回は、最近増え続けているゲームの通信機能について書こうと思っています。
Rest in Peace, Dr.Baian [2008年10月07日(火) ]
な……緒形拳さんが亡くなったなんて。

今朝テレビを観てびっくりしました。

そう言えば最近見かけなかったような気がしますが、それでも突然のことで衝撃です。


緒形拳さんと言えば、「必殺仕掛人」。

別に祖父母と同居をしていたとか、そういうわけでもないのに、なぜか私は小さい時から時代劇を観るのが大好きでした。

中でも必殺シリーズはかなり好きです。

家庭科の授業中、同じ班の男子と裁縫箱に入っていたメジャーの端を口にくわえてジジジジ…と伸ばす、「三味線屋の勇次ごっこ」をして先生に怒られたこともありました。


一番好きなのは、新必殺仕置人。

登場人物の「念仏の鉄」が好きで、今でも演じていた俳優の山崎努さんが大好き。

男臭くて渋くて、格好良いです。

山崎努さんと次元大介が私の理想のタイプ。

新・仕置人は大人になってから観たのですが、あまりに衝撃的な最終回に体調を崩して翌日学校を休みました。


おっといけない、緒形拳さんの話だった。

とはいえ、「必殺仕掛人」はあんまり記憶にない私(何せ生まれるかなり前)。

必殺シリーズと言ったら、誰もがあのトランペット「ちゃらら〜ん、ちゃっちゃっちゃっちゃっちゃっちゃっちゃ、ちゃらら〜ん♪」を思い浮かべると思います。

あの重低音が特徴的な「ぼ〜ん、ぼぼぼぼ〜ん♪」という曲(もっとわかりにくい……)を聴くと、多くの人は「必殺仕事人の曲」と答えるようです。

必殺シリーズの中では「必殺仕事人」がかなり有名なので、あの超有名なメロディも必殺仕事人と結びつけられることが多いようですが、実はアレは緒形拳さんが主演していた「必殺仕掛人」の曲で、主題歌「荒野の果てに」のアレンジバージョンなのです。

緒形拳さんは、表の稼業は鍼灸師さんなんだけど、仕掛人という裏の顔も持っている、という役でした。

必殺シリーズはなんといってもこの、登場人物の「表稼業」「裏稼業」というメリハリ、ギャップの振り幅が大きいところ、あとは裏稼業の緊張感と華麗さが魅力的でした。

強くて、人望も厚くて、なんでもできて、しかも偉い人、という時代劇ヒーローは、素敵だし安心して見ていられるけど、現実にそんな人いませんからね。

好きだけど、今ひとつ感情移入度は薄いです。

しかし、例えば、中村主水が、昼間は奉行所勤めの“昼行灯”(←「昼間の懐中電灯」みたいなことで、役立たずとかそんな意味)と馬鹿にされ、家ではうだつのあがらない婿殿……なのに、裏の顔は凄腕の仕事人、みたいな。

麗しい部分だけでなく、庶民的なところ、汚らしいところも垣間見えることによって、少し我々に近づいて身近に見えるところに魅力を感じるとでもいうのかな……。

それまでの勧善懲悪の時代劇とは打って変わった、この「人殺し」を全面に押し出した作風に、当時は賛否両論あったそうですが、今では、このテーマ曲の浸透度からもわかる通り。

そんな画期的な作品の第一作目の主演をされた緒形拳さんです……。

ご冥福をお祈りします。


さて、最近は時代劇をはじめ、日本のドラマはあまり観ないのです。

しかし、海外ドラマ「LOST(シーズン4)」は欠かさず視聴しています。

これはシーズン1から観ているのですが、最近の展開には着いて行けません。

ちょっと理解できない方向に話が逸れてきたっていうか。

いろいろな謎がちょっとずつ解明されてきたかと思えば、新たな謎がどんどん追加されていく。

何だか引き伸ばしにかかったジャンプ漫画みたいです。

人気にあやかって続編を放送するのもいいけど、ちゃんと収めて欲しいな……。

スケールでかくしすぎて製作者側も困ってるんじゃない?って感じです。

丸く収まるんでしょうかね、アレは。
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呼ばれて飛び出て勘違い! [2008年10月06日(月) ]
小さい頃から絵を描くのが好きで、得意にもしていた私は、中学校で美術部に所属し、部長を務めていました。

もう10年以上前の話ですし、あまり覚えていないのですが、各部活の部長が集まる何か会議のようなものに頻繁に参加していたような気がします。

そういう会議では、議長や先生は、出席者を呼ぶのに「○○さん」と固有名詞を用いず、「これについてどう思いますか……それでは野球部!」などと、部名を使います。

まぁ、部活の代表で来ているので、当たり前といえば当たり前です。

私も「美術部」と部名で連呼され、もう美術部と呼ばれるのが当たり前のようになっていました。

それが本当の名前のような気すらしてきた頃……。

ある日の昼休み、人気の多い廊下をとぼとぼと歩いていたら、後ろの方から男子生徒のどら声が「おい、美術部!美術部!!」と私を呼ぶではありませんか。

くるりと振り向きながら、部活会議中でもないのに何で私の名ではなく部名で呼ぶのかと、若干腹立たしく思い、向こうから駆けて来る声の持ち主と思しき人物に文句を言いかけました。

すると、彼は私なんかに目もくれず、私の横を通り過ぎて行きました。

「美術部」と呼んだ彼はてっきり私のところへ来るとばかりに思っていたのに、ワケが分からず、まるで道端の野良猫みたいに彼の走り去る方向を凝視していたら……。

彼は、私の少し前にいる少年の前で止まり、その子と話始めました。

その子の名前は……「ミツル」君。

「美術部!」じゃなく、彼はただ「おい、ミツル!ミツル!!」と、友達の名前を呼んだだけ。

とんだ勘違いです。

周囲に居た人達に大笑いされてしまい、大変恥ずかしい思いをしました……。


私の知人に「小池さん」「成田さん」「くみこさん」という人が居ます。

「小池さん」は、高校の数学の授業で先生が「こういう計算(←早口に)」と言う時に、いつも自分の名前を呼ばれている気がしてビクビクしていたそうです。

また、「成田さん」は、成田空港という言葉が出てくるたびにドキッとするそうです。

さらに、「くみこさん」は、「組み込む」という言葉に弱いそうです。

そして、私は。

美術部という単語にはもう反応しなくなりましたが、70というHNが示すとおり「なお」という文字が名前に入っている私は、町内放送などで「○○です……尚、××は……」の、「尚」の部分でビクッとしてしまいます。

また、学生の頃、外国人の先生の講義(あっちもこっちも全部英語)で、流暢な発音の「Now!」にも、自分が呼ばれたような気がして跳ね上がっていました。

後者の場合、「あてられたら英語で答えなくてはならない!」という緊張感を常に持っているわけですから、そのビックリ加減といったら、もう成田さんにとっての成田空港なんか比じゃないのです。

こういう「ビビリ勘違い言葉」って、多かれ少なかれ、あると思ってます。


さて、何でこんな話かと言うと……私のダンス教室のあるクラスでは、似たような名前の子が3人いるのです。

レッスン前の出席確認で、名前を呼ぶと、私の滑舌のまずさと部屋の広さ、マイクの音響の悪さのせいか、たまに3人揃って返事をすることがあるのです。

混乱を避けるため、名字付きで呼ぶことにしているのですが、今まで下の名前で呼ぶことがデフォルトだったため、慣れずに名字を付けるのを忘れてしまいがちなのです。

つい最近もまた、やってしまいました。


この子達には可哀想に、いつも、びくっとしている→勘違いしてしまって恥ずかしい、という想いをさせてしまっているのかな……と、ふとそんなことを考えました。

本当に気をつけよう……。
まごころを、手洗い石鹸に。 [2008年10月03日(金) ]
トイレが近い私は、当然、まめにトイレに行きます。

また、私は掌多汗症気味で、黙っていても手の平に脂汗を掻く体質で、常に手の平はベトベトと湿っています。

高校の頃、学祭の前夜祭&後夜祭では、広場に設置されたやぐらを囲んで、男子生徒と女子生徒が小一時間ほどフォークダンスをするのが伝統でしたが、相手の男子達は私の手を握って鳥肌が立ったでしょうねぇ……(悪い意味で)。

母親との買い物時に、袋詰めや何かの間に「ちょっと持っていて」と母親に渡されたポイントカードは、持ち主に返す時には湿って歪んでいる始末。

仕事中も、1時間に1回は手を洗わないと、マウスがウェッティです。

それから、携帯電話で長いこと会話していると、手にした電話は水没した時と同等に機能不全に陥ってしまうかも、と心配になります。

また、以前、安倍元元総理と奥さんが飛行機から手を繋いで降りてくる所をテレビで観て、私は絶対総理大臣の妻にはなれないと思いました。

人前に出るたびに、この水を含んだスポンジのような手を総理大臣の手に密着させなくてはならないなど、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

……もちろん、良い点もいくつかありますよ。

束ねた紙をさばくのに、指サックの使用やツバ付けの必要はないし、買い物時は指先を湿らせなくてもくっついたスーパーのレジ袋を即座に開くことができます。


さて、そんなわけで、よく手を洗うのです。

それで、手洗い場に設置された石鹸については、非常に強いこだわりを持っています。


最近よくある泡タイプは好きです。

しかし、泡がゆるいものは泡立ちが悪く、洗った気がしません。

また、高速道路の大きなサービスエリアや、新しいショッピングモールなどのトイレで、手を差し出すと泡が自動で出てくるものがありますよね。

泡に限らず液体石鹸のタイプもそうですが、あれ、余計なところを触らなくて済むので非常に良いですね。

しかし、手を洗うときはたっぷりと泡を立てて洗わないと手がきれいになった気がしないので何度か手を発射口のところへ差し出すのですが、石鹸の出る回数が決まっているものがあるようです。

2回くらい出すと、3回目は出てきません。

水を出すと、また石鹸を出すことができるのですが、そうなると折角立てた泡まで流れてしまうので、残念です。


液体石鹸の場合は、粘度が非常に大切だと思っています。

コンビニでアルバイトしていた時に、トイレの石鹸入れを補充する仕事があって知ったのですが、あれは非常に濃い原液を、水で規定の濃度に薄めて使用しています。

駅のトイレなどは原液を節約しているのか、薄めすぎで、さらさらとしていて粘度が低く、泡が全く立ちませんし、手の雑菌がまだありありと残っている感が強く、かなり不快です。

逆に濃すぎると、粘度が高すぎて、泡も色が濃く細かい物が少量出るだけだし、消毒されている感じはあるのですが、すすいでもいつまでも手がぬるぬるして落ちないし、手荒れが気になります。

そして、あの液体石鹸のニオイが「洗った!」という感じがして大好きなのですが、それが強すぎるというのも、いかにもトイレに行ったばかり感が漂ってので恥ずかしいです。


古いラーメン屋なんかでは、固形の石鹸が置いてありますが、家では固形石鹸で良くても不特定多数の人が使っているとなると、ちょっと気になることもあります。

誰のものとも分からない髪の毛が巻きついていたり、下に落ちたのか砂が付着して妙にザラザラしていたり、と、手をキレイにするためのものなのに、そこはかとなく不潔感が漂っているのが難点です。


しかし、石鹸が「ある」だけでも素晴らしいことです。

液体石鹸の入れ物が設置されているにもかかわらず、手を洗おうと思って装置を手で押し出してみれば、何も出てこなかったり、白っぽい汚らしい水が出てくるだけだったり。

あの落胆は本当に例えようもないものになります。

しかも石鹸がない手洗い場も非常に多い。

小学生の頃、トイレ後に手をキレイに洗わなかったために病気になったこともある私は、紙石鹸を常に持ち歩いています。


冒頭で述べた性質に加え、仕事柄、いろいろな菌に触れる機会も多く、元々神経質な性格ということもあって、今回の話はとにかく手洗いを人の倍はする私ゆえの視点なんですが。

よく家やお店はトイレの美しさでわかる!なんて言いますよね。

その通りなのでしょうが、私はトイレの美しさよりも、「トイレの外の手洗い場の充実度」にあると思います。

もちろん、トイレそのものがキレイにこしたことはないわけですが、トイレって所詮、ぴかぴかに輝いていても、用を足す場所には変わりないわけで、長居もしませんし、飲食や昼寝などもってのほかです。

そして、どんなにキレイなトイレでも、使用後は手を洗うのです。

これからはノロウィルスだのインフルエンザだの、トイレが感染経路となったり、手洗いやうがいで防げたりする、病気が多くなってくる季節。

手洗い場がおよそ「手をキレイにし、ウィルスの感染を防ぐ」目的とは程遠いほど汚かったり、石鹸が存在しなかったり、およそ手を清潔にさせる気がないようなものだった場合はそのトイレのまごころと思いやりをちょっと疑ってしまいますよね。

特にそれが食事をする場だと、憤りすら感じます。


厄介な感染症が多くある今だからこそ、「トイレの美しさより手洗い場の充実度」というのは、新たな判断方法だと思うのですが、どうでしょう。

手洗い場にこそ、客の立場に立ったまごころが表れるような気がします。


あ、皆さんも、とにかく手を洗って下さい……。

病気にならぬよう。


ちなみに、個人的にいい!と思う手洗い場のタイプは、手を差し出すだけで水や石鹸が出る接触レスのタイプのものです。

うがいするにも支障がないほどシンクが大きい上に、ジェットで水を吹き飛ばすやつ(名称不明)があり、そして大事なのは水を出すためのセンサーがきちんと機能するもの!

水が途切れて何度も何度も手を動かさなければならない時、ちょっとイライラします。


理想の手洗い場は、未だになかなか出会えません。
“封蝋”への憧れ [2008年10月01日(水) ]
今日から10月。気候はもちろん、周りの人々も、もうすっかり秋です。

青緑や白などを基調としたコーディネートはなりを潜め、茶色やボルドー、ベージュなど、秋を感じさせる色のお衣装の人が多くなりました。

これは平安時代から既に行われていたそうで、衣服の色の組み合わせで、紅梅や萌黄などの四季の様相を表していたのだとか。

見た目にも季節を味わわせたり、表現したりするのはお洒落で、風流で、気が利いていますよね、本当に。


さて、今日は私、またしても早く家に帰りたいのです……なぜなら、またもや通販で買った品物が家に届くから。

今回購入した物は、「シーリングスタンプ」と、「シーリングワックス」。

色々な輸入雑貨を見たり集めたりするのが好きで、このふたつは前から欲しいと思っていた、“封蝋”をするための道具です。

よく、イギリスの貴族なんかを題材にしたドラマや映画で、公文書や手紙の封が、シールやのり付けの代わりに家紋の刻まれた真っ赤なロウでされている、あれ。

有名なものだと、ジョニー・デップの主演映画「スリーピー・ホロウ」の冒頭シーンにも登場しています。

封印したい所に熱したロウをたらし、数秒して少し冷えて固まったところで、日本の印鑑みたいな、家紋の印章をハンコのようにぺたんと捺すと、封蝋の出来上がり。


原作が私の愛読書であるドラマ「高慢と偏見」でも、手紙の封印に封蝋が使われていました。

当時は、Eメールもインターネットも携帯電話もFAXもない世の中ですし、手紙というものがとても大事な情報伝達手段であったということは想像に易いです。

そして、こういう昔の文学や映画によると、手紙はそれだけではなく、むしろ当時の人達の趣味や楽しみとしての役割の方が大きかったように取れます。


妹が旅に出ると、留守番役の姉は家の事やら近況やらを妹の旅先に何通もの手紙で送ってよこし、そして妹も姉からの手紙を心待ちにしている、という描写があります。

旅に出た人が、留守番の家族や、友人の家に手紙を出すことはまぁ、分かります。

自分が旅をしていて、美しい景色や、珍しいものと出会ったら、この感動を皆に伝えたい、と思うことは多々ありますよね。

今でこそこんなにいいトコです、と携帯電話で写メを送って、旅の様子を知らせる行為にとって代わりましたが、ちょっと前は絵葉書を書いて送るということもよくある光景でした。

しかし、その反対、留守番の人が、居場所をコロコロと変える旅人に頻繁に手紙を送るというのは……本当、マメだなぁ〜という感じです。


思うに、ただ、情報をやりとりするのが目的、というだけではなくて、その人との交流とか、つながりのようなものを絶えず持ち続けるということに、手紙が一役買っているのでしょうか。

しかも大概すごく長くて文字がビッシリで、書くのが大変そうですが、そのせいで読む方はすっごく楽しみにしているようです。

時間をたっぷりとかけて、手紙を読んだり書いたりする。

親交や友情を深めるためのツールとしての、手紙の役割は本当に、大きかったのだと思います。

そして、その手紙に添えられる、ロウを使った封印がまた、何とも言えない趣を添えているのですよ。

封なんて、ご飯粒やら糊やらで適当にできるはずなのに、それをわざわざ手間隙かけてロウで封印し、自分の家の紋章を刻むという厳重な行為には、あなただけに、という誠実な気持ちがこめられているような気がします。

封蝋は一時期、ヨーロッパでとても流行したそうですが、人と人との繋がりを手紙に求めたとなれば、それもうなずけます。

また、そういう熱心な文通をする腹心の友がいるということも、ステータスになり得たのでしょうね。


情報伝達手段が発達し、どんなに遠くにいる人とでも一瞬で意思疎通できる今の世の中に暮らす我々には、こういう時間をかけた手紙のやりとりに付随する気持ちというのはもう、理解することはできないのでしょう。

そんな真摯な付き合いに憧れ、勢いでこのシーリングワックス(ロウ)と、シーリングスタンプ(印章)を購入したのはいいのですが、私も現代人。

究極の筆不精で手紙はおろか、メールのやりとりも面倒臭いと思っている始末で、当然、時間や手間隙かけて手紙をしたため、やりとりするような相手もおらず。

自分の不精さや付き合いの悪さを情報化社会のせいにする気はありませんが、これを使う時は来ないかも……?

まぁ、いつかは優雅に手紙のやりとりが出来ることを願いつつ、まぁ、気分だけは貴族趣味を味わうことが出来たのでよしとして、とりあえずは飾っておくことにします。

ここからは余談……。

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「逃げちゃダメだ」 [2008年09月30日(火) ]
昨日の朝、「ズームイン!」で、アメリカだかどこだかで開催されている、アニメだか漫画だかのイベントのことが取り上げられていました。

忙しい朝の、いわゆる時計代わりで点けていただけで、真面目に視聴していたわけではないので、一部うろ覚えなのですが……。

その会場の皆さんは、メイドさんやら何やら、作品にちなんだものからそうでないものまで、様々なコスチュームプレイをしており、大変盛り上がっている様子だったのです。

へぇ、こんなイベント、日本だけじゃなく、海外でもあるのか、と興味をそそられてふと画面を観たら、そのイベントの参加者の中に、あるTシャツを着ている外国の人が映っていました。

そのTシャツには。

逃げちゃダメだ
逃げちゃダメだ
逃げちゃダメだ
逃げちゃダメだ
   ・
   ・
 (たくさん)

と、書かれていました(笑)。

もーーう、これを観た時、“アレ”だと、すぐにピンと来ました。

分かる人、いますよね?

これは、アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」の主人公・シンジ君の言った言葉で、彼の象徴とも言える名台詞です。

シンジが、確執のある父との接触や、嫌なことからずっと逃げ続けてきた臆病な自分に対して言った戒めの台詞が、「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ……(何回も)」→「やります……僕が乗ります!」なのです。

このアニメは、私が高校の頃にものすごい人気を博したのです。

それは、「暴走」とか、「シンクロ」「活動限界」「殲滅」などという、知らない人が聞いたらワケが分からない言葉が日常会話で使われたり、我が高校の学祭のスローガンで「瞬間、心、重ねて」という、アニメの各話タイトルのひとつが採択されたりするほどの流行っぷり。

私も美容院に行ったときは、登場人物のひとりである、綾波レイみたいな髪型にしてくれと注文したことがあります。

結果は無残にも「グレたちびまる子」でした。

あの神秘的な髪型にするのはなかなか難しいのでしょう。


しかしながら、ズームイン!のスタジオの人達は、「逃げちゃダメだって、何なんでしょうねぇこれは」「意味分からないですねぇ〜」と、誰も何も全く分かっていない様子。

挙句の果てには何か「この人(Tシャツを着てる人)何か分かってないんじゃない?」的な発言までされていました。

高校時代のあの熱気が不意に蘇って来ていた私は、えぇ〜、何でこの人達知らないの?!分かってないのはあんた達でしょ!などとテレビに向かって毒づいていました。

とはいえ、流行したとはいっても、もう結構昔のことですしねぇ。

それに、やっぱりアニメを観る世代ではない人達は知らないのだろうなぁ。

今はパチ○コでもすっかり有名だけど、それも知っているの一部の人なんだろうし、くらいに思って、それっきり気にも留めず、朝のエヴァンゲリオンのことなんかすっかり忘却の彼方、だったのですが。

なんと、今朝の「ズームイン!」で、昨日の「逃げちゃダメだTシャツ」に関するフォローがありました(笑)。

わざわざスタジオの出演者のひとりがTシャツを着てきて、昨日のこれは新世紀エヴァンゲリオンというアニメの台詞なのだそうです……と、ほんの1〜2分でしたが、説明がされました。

ご意見の電話がいったのでしょうか……?


やらせとか失言とか捏造とか、放送関連に限らず、最近はこんなトラブルは数多いですよね。

こういったことは、ともすれば言い逃れや擦り付け、知らん振り、ということになってしまいがちですが、こうして、こんなささいなことでもきちんと事後のフォローをする姿は非常に好感度高いです。


まさに、「逃げちゃダメだ……」ですね!
Posted at 11:00 | TV | この記事のURL | コメント(0)
自信と過信 [2008年09月26日(金) ]
衝突球”が来ました!不思議な動きで、飽きません。

それと一緒に、「晴雨計」も購入しましたが、こちらも興味深いです。

これは独特の形をした容器の中に水を一定量入れておいて、気圧に反応して容器内の水位が上下するので、数時間後の天気が分かる、というもの。

早速今日はかなりの水位の上昇がみられたので、低気圧が近付いてきているのかも……午後は雨になるかもしれません。

水位が上がったの下がったのと喜ぶ私とは反対に、母はこの晴雨計を全く信じず、何かにつけて嘘だ偶然だ天気が知りたいなら天気予報見ればいいじゃん、などと言うのです。

台風が来ると、低気圧の急降下に耐えられず、容器から水が溢れ出すそうなので、とりあえず昔の人の知恵を信じない母にはそれを見せつけようかと思っています。

嵐が少しだけ楽しみ。


さて、子供のダンス教室の先生を始めて、はや4年か、そのくらいになりました。

いくつか教室をもっているのですが、約4年の間に生徒数が増減を繰り返し、最近は落ち着きをみせている、そのなかのひとつの、あるクラスのお話。

親御さんのすごい熱意に圧されて仕方なしにやっているとみられる子もいるのですが、やはりやる気のある子、上達を目指す子が辞めずに大勢残っていますので、今では大変指導が進めやすいです。

音楽がスタートすると、目の色が変わる。おしゃべりもピタリと止みます。

本当に熱心に練習に取り組んでいるので、私も講師として、持てる限りの技術と情熱でもって彼らに向き合おうと、いつも必死です。

もちろん、「全ての子に対して平等に接する」と心がけていますが、まぁ、どうしても生徒の意気込みと先生のやる気というのは、比例してきちゃうものです……ね。

やる気のある子達のクラスの指導と、おしゃべりが多く、ふざけてばかで全くやる気のない子達の指導では、その手ごたえが全然違います。

そういうふざける子達には、やる気を持ってもらうよう、努力してはいますが。

やはり仕事には手ごたえが欲しいものですよね。


そして、長く続けている子、上手な子は、自信を持つようになり、それは子供にとってとても良いことだし、私も、子供達が自信を持ってダンスを踊ってくれるように、上達や頑張りをたくさん褒めてあげています。

しかし残念なことに、最近少しその自信が間違った方に行っている子がいて。
言い方悪いですが、「調子に乗ってる」というやつでしょうか。

自分はできると過信しており、私のアドバイスや注意は聞かず、毎回同じことを言わせるのです。

同年代の子と同じダンスは嫌だ、もっと難しいものがいいとダダをこねたり、泣き出したり、私が付けた正直な評価には「何で全部5(←最高評価)じゃないの?」と文句をつけてきます。

そして、レッスンに真面目に参加しないので、振り付けも覚えていません。

そんな状態なので、一生懸命やっている他の子達にかなりの遅れを取っているのですが、そういった点には盲目で、とにかく自信だけはすさまじく、他の子達のダンスを見て間違いを大声で指摘するわ、「お遊戯」などと評するわ。

とにかく自分が一番と信じ込むゆえの他の人を低くみる発言や行動が多いのです。

過去にどこか有名なダンス教室に通っていたとか、現在お教室を掛け持ちしているとか、そういった子の一部にこの傾向が見られるのですが、正直言って、参ってしまいます。

「そんなことないよ、みんな上手だよ。そういうこと、自分が言われたらどんな気分がするの?」とたしなめても、何の根拠があるのか、とにかく揺るぎない自信を持っているので全く聞いてくれないんですよね……。


子供達の自信って、大人からの褒め言葉によって生まれることが主だと思います。

努力の量や、自分の成果を見て「うむ、できた」と判断したり、行動によって手ごたえを感じたりすることもあるにはあるのでしょう。

しかし、その過信している子供達は、自分の成果や習熟度がいまひとつにも関わらず、自信たっぷりなところを見ると、やはり他人からの評価が大きいのではないかと。

この子達は、間違った褒められ方をしてしまったのかもしれません。

「上手だね」と褒めるのは本当にいいことですけど、周りをおとしめることを伴うような過剰な称賛は、いかがなものかと思うんです。

習い事というのは、苦難を乗り越えた上での成功や上達、それに伴う達成感を味わうこと、その繰り返しで成長していくことを目的としているわけですよね。

そのためには「やれる!」という自信が必要不可欠ですし、その自信をつくるためには子供を褒めるということは本当に大事です。

でも、褒め方を間違ったら、子供は現状のまま、成長をやめてしまうわけです。

これでは習い事をやってる意味はかなり薄れてしまうのではないかと思います。


なんのために、「褒める」のか。
「褒める」ということの重要性と効果は。
そして、褒めている物事に、取り組ませている意味は。

などなど、いろいろ考えると、褒めて、自信をつけさせて、それから次はここをこうしよう、という目的みたいなものを設けて、向上心を持たせる、というやり方がいいんでしょうね。

過信している子達に対しては……なんにせよ、鼻っ柱を折るのは、デリケートな子供のことだし、可哀想だから、慎重に諌めていかないといけませんよね。

とにかく、子供にはもっともっと、目的と、それを達成させるための向上心を持ってもらいたいと思います。


級とか段とかグレードとか、そういう一目で分かる認定があるものじゃないですからね。

なかなか、難しいです。
私の隣人と、衝突球 [2008年09月24日(水) ]
「暑さ寒さも彼岸まで」とは、本当にその通りですね。

ちょっと前まで冷房を使っていたはずなのに、朝晩はかなり涼しく、たまに明け方、寒いと感じることもあります。

それに、今朝はふと空を見上げたら、雲がうろこ状でした。

もう、秋の空ですね。


さて、実は、今日は早く家に帰りたいのです。

なぜなら、通販で買った品物が来るから!

さっき、運送会社のお荷物お問い合わせシステムを見たところ、もう「ご自宅へ配達中」になっていました。

うわぁ早く帰りた〜い。

で、何を買ったかと言いますと……“衝突球”って、何だかご存知ですか?

聞き慣れない名前だと思いますが、モノを見れば、「あぁ〜コレのことか〜」と、みんな分かると思います。

衝突球とは、物理の授業で、運動のナントカの法則を説明するために用いる、棒から銀の玉が5つくらい、ヒモでぶら下がっていて、一番端っこの玉を横に引っ張って手を放すと、ぶつかった拍子に反対側の玉が跳ね上がってずっとカチカチ言ってる、アレです。

説明が難しいのでちょっと図解。上手く見えるでしょうか。

  −−−−−
  |||| \
  ●●●●

これが……。

   −−−−−
   / ||||
  ●●●●

こうなるやつ。

メチャクチャ、わかりにくいよ……!

家庭教師のト○イのCMでよく出てきましたよね!そう言えば分かるかも?

まぁとにかく、この“衝突球”を買ったのですよ。

これ、“衝突球”って言うんですよ!

またの名を“バランスボール”って言うらしい。

バランスボールなんて、フィットネス用の大きなアレを連想しますけどね。


それで、何に使うの?って突っ込まれそうな感じですが、実はこういう科学玩具を見たり集めたりするのが趣味なのです。

例えば、モーションラバーランプ

これも喉から手が出るほど想いを募らせ、購入に至ったのですが、この衝突球も、唐突に欲しくなったのです。

でも、欲しいけど、肝心の名前が分からない。

名前が分からなきゃ、注文しようがありません。

それで、いろいろ調べてみることにしたのですが、この“衝突球”をめぐる一件で、ちょっと感動したことがありました。


私の右隣の席に座っているのは、私に仕事の指示をする人で、言ってみれば上司なのでしょうが、私にとって自分は上司ではなく“隣人”だと以前言っていました。

この人は、とにかく何でも知っていて、顔が広くて、インターネットの検索エンジンでもこの人の名前はたくさんヒットするし、なんか有名人ぽくて、ここでも多くのアクセス数を誇るブログを執筆してるし、そんなわけでものすごく忙しそうなのに、肌ツヤが異様に良いという、謎めいた人物です。

何の化粧水使っているんだろうと……まぁ、男性だけど。

それで、その人に絵を描いて質問したのですよ。
「コレ、正式名称なんですか?」って。

そしたら、インターネットでいろいろ調べてくれて、でも、結局よく分からなかったんですが、その後、わざわざ物理のスペシャリストのところにまで聞きに行ってくれたのです。

実は、私はいつもその人に結構くだらない質問ばかりしている(笑)のですが、この忙しい人に席まで立たせてしまって、うわ、すごく悪い……と恐縮すると同時に、こんな大したことのないことを、きちんと取り合ってくれたことにちょっと感激しました。

忙しくて、自分のことで精一杯なのに、無視せずにきちんと付き合ってくれる……レッスンで自分が疲れている時や、話しかけがいやに執拗だった時、うんざりして子供の話を適当に流しちゃうこともある私には、そういう度量の広さは、ありません。

でも、そういうことで「大事にされてるなぁ」っていうことって、感じるものですよね。

大切なことなんですね。そう思いました。

どうもありがとうございます、とお礼をしたところ、「いや、自分も興味があったから」と、必要以上に恩をアピールせずさらりと言ったところにまたちょっとスマートさを感じました。

教育に携わる者のあるべき姿を、垣間見た一瞬でした。


さて、物事って、よ〜く考えて、じっくり吟味して、結論を出してから行動する、というパターンもありますが、それと同じくらい、タイミングみたいなもの……それこそ衝突球のように、ぽん、と叩かれて、どんっ、と飛び込むように行動にいたる、というケースも多いですよね。

実はこの職場で働くことも、そんな感じで決めたのですが、今考えると本当に、良い転機だったのかも、チャンスをモノにできたのも、という気がします。

ここで働けたことを、本当に幸運に思っています。

考え込んでしまっていては、機を逃すかもしれませんし、時にはぶつかって飛んでく衝突球みたいに、直感に身を任せるのもいいかもしれないですよね。


しかし、この隣人もいくら頭が良くってもまさか私が衝突球を購入したとは思うまい……。

今度見せてあげよう。


ちなみに、次は「サンダーボール」を買おうと思います!

装置に、大きな水晶玉みたいなやつが付いていて、触るとプラズマみたいなものが出るやつです。
お金はおっかねえ!?(後) [2008年09月23日(火) ]
《前回の続きです》

さて、昨日書いた“ギザ十”より他にも、何故か十円硬貨の都市伝説はまだありました。

十円玉の表には、宇治平等院鳳凰堂がありますよね。

私が小学校5-6年生の時、あの鳳凰堂の真ん中の扉が開いていると、その十円玉の持ち主の死期が迫ってきているのだ……という非常に怖〜い説が、唐突に出回ったのです。

そして、すぐにみんなで自分の十円玉を見せあう遊びが流行ってしまいました。

案の定、「お前の十円、扉開いてるんじゃねえの?!」などと不吉なことを言って男の子が女の子を泣かせるネタになってしまい、先生からこっぴどく「お金で遊ぶな」と怒られました。

以後、この鳳凰堂扉問題はタブーとなり、小学生の口にこの話題が上ることは二度となく、あっという間に廃れました。

ちなみに、鳳凰堂の扉は、“ギザ十”のある発行年のものは開かれている、という話を聞いたことがあります。

それは死期が迫っているなどと物騒なものではなく、単に珍しいということのようですね。


しかし……“ギザ十”や“フデ五”、旧五千円紙幣の本栖湖の逆さ富士、鳳凰堂扉問題等、お金に関する話や都市伝説というものは、こうして考えてみれば結構多くあるものなんですねぇ。

我々の生活に密接に関わってくるものだからでしょうか?

やっぱり我々の、お金に対する崇高な憧れや興味が、そんな神秘的な噂を生むのでしょうねぇ……。

それとも、お金を大事にするよう、お金に対して畏怖心を持つよう、誰か偉い人がそういう噂を流しているのかも?

そういえば色彩コーディネーターの資格を取るための勉強をすることではじめて、ファッション業界のトレンドカラーも、国際流行色委員会とかいう機関が定め、発信していると知ったのですが……皆さんはご存知でしたか?

誰からともなしに、渋谷やらミラノやら、流行の発信地的な存在から全体に広がり、流行り始めるものだと思っていました。

何かそれって、ファッション業界に何だか上手く踊らされているような気もしなくもないです……よ。

ズームイン!なんかで「今年の流行はゴールド!」と言われりゃ、やっぱりきんきらの靴やベルトやバッグなんかをこぞって買いますからね。

まぁ、一応、人々にどんな色が好まれているかとか、生活やライフスタイルを調査して決めるそうですが。

ちなみに今年秋冬は、鮮やかでダークな赤系・紫系だそうです。


さて、話は戻りますが、「十円玉にソースをつけると汚れが落ちてキレイになる」というのを、中3の頃、理科の先生から聞きました。

実際にとてもきれいになります。

こげ茶色っぽい表面が、見事にてかてかした、赤みがかった赤銅色になります。

詳しいことはよく覚えていませんが、十円玉のこげ茶色は酸化銅で、ソースに含まれている酸と反応するのだとか。


しかし、その理科の先生は付け加えて「十円に醤油だけはかけちゃいけない。猛毒の緑青が発生するから」と仰って。

それ以来、十円に醤油がかかりそうになるたび(いや、そんな状況には滅多にならないけど)、猛毒を恐れているのですが、これもどうなんだろう……?

何か、十円玉に関する噂が全部「ガセ」なので、これも嘘なんじゃ、と思ってしまいます。

それで、試しにインターネットで調べてみたのですが、やっぱり理科の先生の言うとおり「緑青が発生する危険性がある」としているものを見つけました。

しかし、「十円に醤油をかけるとソース同様キレイになる」と、緑青の存在を全く匂わせないものも。

また、「緑青は毒じゃない」説を提唱しているものも発見しました。

う〜ん、色々あるのですね。どれが本当なのでしょうか。

それでもやっぱり今後、私が十円玉に醤油をかけることはないでしょう。

中3の魂、100まで。触らぬ神に祟りなし、です。


ちなみに、私はこの理科の先生が大好きでした。

子供に興味を持たせる授業をする先生って、本当にいい。

オカルト好きの美術の先生とは反対に、話がいつもすごく楽しかったのです。

おかげで理科はずっと得意科目でした。


それにしても、どうして十円玉だけこんな桁違いにエピソードが多いのでしょう。

十円玉を導入・製作する際に、何かあったのでしょうか?

それとも、十円玉にはやはり何か秘密が隠されているのでしょうか?


謎は深まるばかり……。

やっぱりお金って不思議で神秘的だなぁ。

だから欲しくなるんですね。なるほど。
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