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2017.06.23 09:30

517年後のツレがうつになりまして。

「7年後のツレがうつになりまして。」細川貂々 幻冬舎

 

続編だけじゃなくて、7年後もあったのね・・・。
 
この本では、うつの時代を共に支えてくれたイグアナの話と、ツレの新しい仕事、「ツレうつ」の映画化の話、そして二人の間に生まれた子どもの話が描かれている。どちらかと言うと、もう、うつの話を少し離れて、彼らの日常や仕事の話が中心になっている。それだけ病気が良くなったっていうことね。
 
それにしても、お子さんが生まれていたとは知らなかった。そして、育児のてんやわんやが、実は、うつや、イグアナの死の悲しみを忘れる良い助けになっていたとは。そうだよね。自分のことなんて二の次になるものね。生きるってそういうことだ。子どもってそういうものだ。
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2017.06.22 09:10

50その後のツレがうつになりまして。

「その後のツレがうつになりまして。」細川貂々 幻冬舎文庫

 

「ツレがうつになりまして。」の続編である。最初は続編を出したくないと思っていたそうだ。第二弾を出すともしかして第三弾も出て、ツレの病気は永遠に治らないのでは・・と不安だったそうだ。でも、薬の服用が終わり、ツレが社会復帰をしていく様子を見て、「うつ病はちゃんと治る」ことを書かなくてはいけない、と思うに至ったという。
 
この本は、前の本では書けなかった病状のことや、「ツレうつ」本を出すまでの過程、そしてそれを追いながら、うつという病がどんなものか、本人や周囲の人間はどうしたらいいのか、をわかりやすく書いている。
 
最初は、こんな重い本は誰も読まないだろう、とか、ツレの症状は連れ独特のものであって、共感を呼ばないだろう、と作者もツレも思っていたという。実際、企画が重すぎるという理由であちこちの出版社で却下されていたらしい。ところが、出版されると、多くの感想が寄せられ、自分もそうだった、という声が届き、よくこの本をだしてくれた、とさえ言われたという。ツレ自身も「自分だけじゃなかった・・・」と大いなる勇気を得た。確かにこの本はうつという病気について語るきっかけになったり、みんなが理解するよすがとなるものであった。
 
病気は苦しかったけれど、それを経て、ツレは、より自然に、楽に生きられるようになったという。細川貂々も、しっかりしてきた、愚痴を言わなくなった、明るくなった、などと成長できたような気がしているという。
 
どんな経験も、そこから学ぶことができる。また、そうできることが、生きる力なのだと思った。読んでよかった。
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2017.06.21 09:40

49じいさんばあさん

「じいさんばあさん」森鴎外 青空文庫

 

「切腹考」に引きずられて、青空文庫で読んだ。ちなみに、青空文庫とは、著作権が消滅したり、著者が許諾した作品のテキストをネット上に公開した図書館のようなものである。気軽に読めて、ありがたい、ありがたい。
 
「じいさんばあさん」はあっさりと短い小説である。登場人物の感情はほとんど描写されず、外側から事実だけが淡々と描かれている。
 
とある隠居所に老人が住み始め、じきにその妻らしい婆さんが同居する。二人は仲睦まじく暮らしている。この二人は、実は遅い結婚をした後に、とある事情で離れ離れとなり、この度37年ぶりに再会し、互いを大事に暮らすようになったのである。
 
というそれだけのお話。それだけなんだけど、なんだかしみじみと感じ入る。るんという婆さんに気持ちを重ねるところがあるのは私も婆さんに近づいたからか。お家のためにいろいろなことを諦めた鴎外が、こんな物語をかくことで、何を願っていたのだろう、と思うとやるせない。人の幸せって・・・と考えてしまった。
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2017.06.20 09:40

48ツレがうつになりまして。

「ツレがうつになりまして。」細川貂々 幻冬舎文庫

 

最近は夫の勤め先にもうつ患者が増えているらしい。メンタルが強そうな、ラストパーソンと思われるような人が思いがけなくうつにかかったりしているらしい。主婦も案外多いよなあ。子育てで自信を失うことがきっかけで鬱になった人もいるしなあ。心の風邪と言うけれど、どんな人でも、誰でもなっちゃうかもしれないのが、うつ病ということだ。
 
この本はなんと映画にもなっているらしい。宮崎あおいと堺雅人ですと?全然知らなかった私って・・・。
 
作者は漫画家で、夫はバリバリ働くスーパーサラリーマンだったのに、激務が続いて仕事が嫌になり、失敗ばかりするようになり、眠れなくなり、そしてある日、「死にたい」と言い出した。うつの発病である。
 
朝、ゴミを出しながら、自分はこのゴミより価値のない人間だからここでゴミと一緒にしゃがんでいようかな・・と思ったりする。医者で薬をもらったのに飲む量を間違えていて副作用で苦しむ。薬すら管理できない自分ってどうしちゃったんだろう、とますます落ち込む。朝どうしても起きられなくて、グーで自分の顔を何度も殴って起きる。
 
うつって辛い。全然他人事じゃない。私も自分が何の価値もない人間のような気がして、ご飯が食べられなくなって、辛くてならない時期を経験したことがある。脱するのにずいぶん時間がかかった。あれはうつだったのかなあ。
 
でも。作者のツレは、ダラダラしようとすると、世間様に申し訳ない、と思ってしまって昼寝ができなくて苦しんだという。私はダラダラできちゃう。って、自慢してどうする、なのだが。ただ、何もしていない自分が情けなくて悲しくなる気持ちは知っているぞ。それがどんどん続いていくと、うつという病気になっちゃうんだなあ。その地続きのところに私たちは生きていて、いつだって、そちらへ傾いていくことはありうるんだ。
 
励ましたり、ダメ出ししたりしないで、そのまんま、今の状態を受け入れて、許して行きていくところからもう一度始めるのが大事なんだろうな、と思う。私も、あなたも、みんなも、そうなるかもしれないから、そういう時が来たら、なんとか受け入れて行くしかないのだな、とぼんやりと思う。頑張ろう、なんて思わないほうがいいみたいだし。
 
 

 

 
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2017.06.19 10:36

47須賀敦子の手紙

「須賀敦子の手紙1975-1997友人への55通」

須賀敦子 つるとはな

 

須賀敦子が、アメリカ在住の友人夫婦に当てた手紙が収録されている。活字に起こされているもののほか、現物を写真に撮ったもの、表書きやはがきの絵なども載っている。
 
須賀敦子は、慶応大学国際センターに嘱託として勤務していた時、留学生のジョエル・コーエンとそのガールフレンド大橋須磨子と出会う。その後、彼らは結婚して米国に渡る。長い間大事に保管されていた、須賀敦子から彼らに向けられた手紙が、この本にまとめられている。
 
須賀敦子というと、真面目で内省的で禁欲的な人、というイメージがある。だが、手紙の中の須賀敦子は生き生きと明るく、ときにはっきりと批判的であったり、愚痴めいたりしながら、上品で温かく、前向きである。そして、とても忙しい。
 
彼女にとって価値があるものとは、誰かに認められることではなく、自分が満足すること、自分でその価値を認められることなのであるとつくづく思う。自分らしく正直にまっすぐに生きるとはこういうことなのだ、と思う。
 
手紙は、洒落た包装紙の裏や、かわいい絵葉書などにも書かれていて、彼女のセンスの良さが伺える。筆跡も、読みやすく綺麗にまとまって、でもちゃんと個性のある味わい深い文字だ。最近はもっぱらメールばかりになってしまったけれど、手紙っていいものだな、と改めて思った。
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2017.06.17 16:38

46メメント・モリジャーニー

「メメントモリジャーニー」メレ山メレ子 亜紀書房

 

随分前に図書館に予約を入れていたらしい。予約本が届きました、と連絡が来たは良いけれど、一体どんな本で、なぜ読みたいと思ったのか全く覚えちゃいない。ふざけた名前の作者だし、題名もなんだか怪しい。大丈夫か?と恐る恐る読み始めたら、想像とは全く違った。全然大丈夫だったのである。
 
最初の方に「なにわホネホネ団」なんて団体が登場するので、怪しさ感は結構あったのだが、これが極めて知的レベルの高い、解剖学的な集団であった。と言っても、どんどん動物の死骸の皮をはいで行くので、やっぱり引く人は引くかもしれないが。博物館などには剥製にするべき動物の死骸がたくさん冷凍保存されているのだが、なかなか骨格標本や剥製を作成する暇と手間がないので、それを専門とするサークルがある。拠点は大阪市立自然史博物館。「タヌキ大の動物の皮むきをひとりでやりとげること」が入団テストであり、それに合格すれば、小学生でも入団は可能である。
 
上記は実はメインテーマではないのだが、作者は「なにわホネホネ団」に入団したり、虫をキーワードとした「昆虫大学」というイベントを催したり、「いきもにあ」という動物全体に関わるイベントに参加したりしている。そういう出来事を交えながら、最終的に何故か「ガーナに棺桶を作りに行く」というメインテーマに行き着くのだ。そこに至るまでに、新潟県の妻有郷に行ったり、西表島に行ったり、遠野を旅したりする。意味のない人生を楽しむために、最後にみんなに笑ってもらえるような棺桶を作っておくという目標にたどり着く過程がこの本である。
 
色々なイベントを行ったり、何しろアフリカまで棺桶を作りに行っちゃうくらいの人だから、相当強引なタイプかと思いきや、聡明、かつ現実的で、内省的な人でもあることが読み取れる。基本、真面目な人だよな、というのが読後感なのだ。やってることは弾けてるのにね。平日は普通の会社員として真面目に働いている、と言うが、そうだろうな、普通の人だろうな、とも思う。でも、どこかでやっぱり普通じゃないエネルギーがあるんだろう、面白い人だ。読めてよかった、と思える本であった。
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2017.06.15 09:30

45あしながおじさん(谷川訳)

「あしながおじさん」J・ウェブスター 谷川俊太郎訳 

理論社 フォア文庫

 

「あしながおじさん」は何度も読んでいる。福音館の坪井郁美訳、偕成社の恩地美穂子訳、講談社の曽野綾子訳、英語学習用の対訳本などなど。子ども時代には、今となっては誰の翻訳かわからんが、手紙文を物語に改変した抄訳本も読んだ覚えがある。今回は、たまにコメントを下さるTさんが谷川俊太郎の翻訳を読んだ、しかも解説が佐野洋子だった、と教えてくださったので、そりゃ読まなきゃ、と図書館で探してきた。Tさん、ありがとう。
 
谷川の訳は、極めてラフである。それが私には心地よい。時代的なことを考えれば「そうではなくって?」「ご存知でいらっして?」なんて訳が本来正しいのかもしれないが、現代を生きる者たちにフィットするためには、もう少しくだけてもいいと思う。実際、英語版を読むと、むしろすんなり読めるので驚いたおぼえがある。
 
佐野洋子の解説が素晴らしかった。これを読むためにこの本はあるとさえ思った。
 
「あしながおじさん」は子供にとっては羨ましいシンデレラストーリーである。自分もいつかとんでもない金持ちのあしながおじさんにめぐりあいたいと思うのだ。孤児というかわいそうな立場でいながら、耐え忍んだりジメジメしたりしないでいきいきと愉快な主人公は素晴らしい。愉快でロマンチックな楽しい物語だ。
 
ところが、大人になってもう一度「あしながおじさん」を読むと、泣くのである。佐野洋子は、電車の中で読んでしゃくりあげそうになったという。わかる。本当に、泣けるのだ。私も何度泣きそうになったかしれない。
 
これはジャービー坊っちゃんの心理小説でもある。可愛いジュディにジャービー坊っちゃんはお金を使って愛を注ぐ。でも、ジュディはどんどん成長し、自立していく。自分でお金も稼いでしまうし、命令にも従わなくなる。ジュディの凛々しさ、真っ直ぐさに比して、ジャービー坊っちゃんはかたなしである。子ども時代は憧れのお金持ちの叔父様だったはずの人が、情けない男に成り下がるのである。
 
それでもハッピーエンドはやってくる。
 
「まえにはいつもわたしはうきうきして、のんきでへっちゃらでいられた、だってかけがえのないものなんかなにももってなかったから。それなのにいまはーあなたが自動車にひかれやしないかとか、看板が頭におっこちやしないかとか、うようよしているばいきんをのみこみやしないかとか、そんなことばかり考えるでしょう。私の心の平和は永久にうしなわれた。」
              (引用は「あしながおじさん」フォア文庫版 より)
 
佐野さんはここで一番たくさん泣いてしまったという。これは愛の真理である。子ども時代は、こんな文章に心を揺さぶられることはなかった。でも、大人になると、こんなにも泣けるのだ。だとしたら、大人になるとは、なんと豊かなことだろう、と私は思う。そんな豊かさを得られるのなら、若さと引き換えにしても別にいい、と思う。
 
60代になったら、またこの物語を読むのだろうか。また、違うものが見えてくるのだろうか。少し楽しみな私である。
 
ところで、たったひとつ残念なことがある。「あしながおじさん」の挿絵は、本来ウェブスター自筆のものなのだが、何故かこの本では長新太が描いている。オリジナルの挿絵を髣髴とさせるような素朴な絵ではあるが、それなら最初から本物を使ってほしかった。なぜ、わざわざ長新太を起用したのか。好きな画家ではあるけれど、「あしながおじさん」には必要ないんじゃないだろうか。
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2017.06.14 09:40

44武満徹

「武満徹・音楽創造への旅」立花隆 文藝春秋

 

ある時、夫が突然、妙に辛気臭い音楽をかけて聞き始めた。食事中に流されるとなんだか気分が滅入ると文句を言ってしまった。娘も同意見であった。それが武満徹の代表曲「ノヴェンバー・ステップス」であった。なんでこんな曲を?とその時は不思議であった。
 
彼はこの本を読だのだ、と後からわかった。音楽を活字で表現するのはどうやっても無理というもので、やっぱり本物を聞かないとわからない。しかも、現代音楽となると、曲そのものを聞いても更にわからなくなったりもする。私は音楽的センスがゼロに等しいので、この曲の良さがわからないままだった。
 
ただ、この本を読んだら、やっぱり聞いてみたいとは思った。とともに、聞いてもわからない自分の音楽の才能のなさにがっかりもした。
 
たぶん、武満徹は天才なのだと思う。舞台に演奏者が一定時間滞在した後に退場するだけの「4分33秒」を作曲したジョン・ケージを素晴らしいと思うか、おもろいこと考えはったおじさんやな、程度に受け止めるかどっちかというと私は後者だが、それでは芸術の本質には近づけないのだろう。そのジョン・ケージとも尊敬しあった武満徹は、こんなに真摯に音楽という芸術に向き合った人だったのだ、ということは読んでいて確かに胸打たれる。だが、残した曲を聞いてもさっぱりわからないのは如何ともしがたいのである。
 
武満は、ピアノを持っていなかった。音楽教育も受けていなかった。街を歩いていてピアノの音がすると、その家に行ってお願いして弾かせてもらったという。大抵の人は嫌がらずに弾かせてくれたというからすごい。そういう時代だったのかもしれないし、彼の情熱や才能が、体中から溢れていて誰も断る気にならなかったのかもしれない。
 
武満は尺八や琴などをオーケストラに参加させた。拍や音階を学ばない、純粋な古典音楽奏者の音が最善であった。西洋音楽の素養を持った尺八奏者を使うと、どこかしっくりしなかったという。
 
青森で津軽三味線の演奏を何度も聞いたが、音の流れや高低が、西洋音楽の音階とはまた違ったところにあると感じた。音が上がっていくときと下がっていくときとで、微妙に音階にずれが生じる・・・というか、違う音になっていくように聞こえた。何拍という数え方もなく流れていく音が心地よかった。音符なしに口伝、口承で伝えられた音楽。それは、西洋音楽とは違うナニモノかであるように思えた。
 
人類が別々の文化を持ち、別々の歴史を持って発達していったのだとしても、世界中、どこへ行っても音楽はあって、人の心を映し出し、和らげ、温めてきた。武満徹という人は、そういう根源的な音楽の力を本能的に身体の中に持っていて、決められた枠ではないところで表現する人だったのかもしれない。
 
立花隆は、20年以上も前に武満徹へのロングインタビューを行っていたのだが、彼の突然の死によって頓挫した。以来、それを本にまとめる意欲が出ないまま放置していた。今回、これが本にまとめられた背景には、立花隆のガンの罹患、そして、ガン闘病の仲間であった、とある女性の死が関わっている。彼女のために一気に書き上げられたこの本からは、立花隆の情熱が立ち上ってくる。あとがきに、胸打たれてしまった。
 
ところで、この本を私は電子書籍で読んた。紙の本だとあまりにも重く、通勤途上で読むと腱鞘炎になりそうだと夫が電子書籍を購入した。私は老親の介護のため度々実家に通う。お供の本が一冊だと途中で読み切ってしまう場合がある。そんなときにiPadでこれを読んだ。いわば、本不足に瀕した万が一の備えとして機能した本であった。だから、読み切るのにとても長い時間がかかった。結局、音楽のことをどれだけ理解できたかは実に心もとないが、ひとりの偉大な人間の生涯を見せてもらったという読後感だけは残っている。
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2017.06.13 09:21

43夜中の電話

「夜中の電話 父・井上ひさし 最後の言葉」

井上麻矢  集英社インターナショナル

 

井上ひさしに対しては、複雑な思いがある。そのことは、以前に書いたことがある。彼の作った演劇は深く心を打つものが多く、残した言葉は真実をついている。だが、その反面、彼は、なぜ?と思うほど身近な人々に酷薄な態度を示す人でもあった。また、本人の残した年譜と公の記録にはいくつもの齟齬が指摘されている。経歴に何らかの改変が加えられているのでは、と疑念を提示した資料を、私はいくつか読んだ覚えがある。
 
この本は、井上ひさしの三女、麻矢さんが書いている。糟糠の妻、好子さんとの離婚後、井上ひさしの芝居を専門とするこまつ座の経営は長女の都さんに任された。が、何年か後に都さんはその職を解かれ、三女、麻矢さんが代わりに引き継ぐこととなった。井上ひさし氏の死に際し、長女、次女は臨終に立ち会うことも許されなかった。麻矢さん自身も十五年間確執が続き、最後の最後に和解ができたと書いている。最後のときに立ち会えた唯一の娘として姉たちに伝えられるようにすべてを記憶しようと必死になった、と麻矢さんは書いている。
 
ガンを宣告され、抗ガン剤治療が始まった頃から、井上ひさしは麻矢さんに夜中に電話をかけてくるようになった。三十分だけ、と言いながら、その電話は長時間に及び、時には朝までかかることもあった。その電話によって父から残された言葉がこの本になったという。そこには、父への思慕と感謝と尊敬が満ちている。だが、これはなんだろう、と私はやっぱりどこかで思わずにはいられない。所々に登場する家族のエピソードが、恐ろしく冷酷で自分勝手で恐ろしく感じられてならないのだ。
 
離婚後、程なく新しい家族を持った父親は、けじめをつけるため娘達と一線を引いた、とこの本には書かれている。だが、その時、まだ麻矢さんは十代半ばだった。新しい恋愛の中で生活に困窮していた母、新しい家庭に夢中で、残していった子どもたちの方を向かない父。たとえ祖父母がいたにしても、子どもたちは親に捨てられたとしか思えない。実際、麻矢さんは自律神経失調症になり、外出が困難になったという。だが、父親であるひさし氏は、そんなことを知ろうとさえしなかった。
 
麻矢さんは、井上ひさしに面と向かって、「子育てに失敗した」といわれたことがあるという。後に、「君たちを否定しているのではなく、当たり前のことをきちんと教えなかったのを悔やんでいるという意味で、自分に対する反省を言っているものだ」と説明されたそうだ。麻矢さんは、父が言わんとしていることを理解できるようになった、と書きつつ、「今でも子どもの存在を否定する言葉だと思っている」とも書いている。
 
そりゃそうだ。かーっとしてつい言っちゃうことはあるかもしれない言葉ではあるが、言い過ぎたよな、悪かったよ、と気がついたら謝るべきじゃないか。我が子に、お前は失敗作であると親が宣言しちゃ駄目だよ、と私は思う。でも、井上ひさしはそれを後からご立派な解説を付けて正当化したのだ。ずるいよ。そして、長女と次女は、死ぬまで切り捨てられた。三女は、こまつ座を託す相手としてだけ認識された。結局、井上ひさしにとって子どもとは、再婚後に生まれた息子ひとりだけだったのだ。
 
ああ、結局悪口ばかりになってしまった。本当は、この本にはすごくいいことがいっぱい書かれている。それが井上ひさしという人なのだと思う。心に響く、真実に溢れた素晴らしい言葉の数々。ところが、その裏に、ひどく冷たく自分勝手で簡単に大事なものを裏切る酷薄さが隠されている。巧妙に隠されているのでなかなか表には出てこないが、かと言って隠し切れているわけではない。そして、その二面性に、いつも私は混乱する。
 
本当にそうだな、そのとおりだ、と心に留め置きたくなった言葉だけをここに写し書いておく。
 
問題を悩みにすり替えない。問題は問題として解決する。
 
むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをゆかいに、愉快なことをまじめに書くこと。(実はこの文章にはそのあとがある。)まじめなことをだらしなく、だらしないことをまっすぐに、まっすぐなことをひかえめに、ひかえめなことをわくわくと、わくわくすることをさりげなく、さりげないことをはっきりと。
 
◯策略に勝つために策略を経ててもダメ。策略に勝つのは正直であること。正直は最良の政策。
 
           (引用は「夜中の電話」井上麻矢 より)
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2017.06.12 09:30

42太宰治と旅する津軽

「太宰治と旅する津軽」小松健一 新潮社

 

高1の夏休みに、太宰を何でもいいから読んで感想文を書けという宿題が出た。「走れメロス」しか読んだことがなかったので、それ以外の作品を片端から読んで驚愕したのを覚えている。こんなに自意識過剰でわざとらしくて「構ってちゃん」で自己陶酔的な作品ばかりなのか、と。
 
正直言うと、私自身、自分というものと付き合いかねている時代の真っ最中でもあったので、こういった自己憐憫的感情に半分巻き込まれかける感覚もなくはなかった。だが、これに陶酔する少女とか嫌だよなー、と頭の右上の方あたりで恥ずかしい気持ちになる自分がいた。この宿題をきっかけに太宰にのめり込んでいくクラスメートなんぞがいると、気恥ずかしいというか、やめとけよ、と思ったものだ。女癖が悪くて、すぐに死にたがって、ひとに評価されたくてたまらないのに、それを隠したがりもする。みっともねー、と思った。よく考えればその年頃の人間なんてみんな似たようなものなのだけれどね。
 
それから、太宰というとなんとなくネガティブなイメージを持ち続けてきた。が、津軽の人は、太宰をほんとうに大事に思っている。つくづく感じ入った。彼は誕生日に死んだそうだ。三鷹の禅林寺では彼の命日に桜桃忌が行われるが、太宰治記念館では生誕祭を行うんだそうだ。「生まれて、ありがとう」の横断幕を張るという。それを聞いた時、胸を突かれる思いがした。愛されているんだな、太宰。
 
思えば太宰が死んだのは39歳のときである。若造じゃないか、と今では思う。おばさんに相談してくれたら良かったのにね、止めてあげたのにね、なんて傲慢にも思ったりもする。別に誰も求めてないのに、まあ、そろそろ許してやろうか太宰、なんて考えてみたりもするのだ。太宰ファンが聞いたら激怒するだろうが。
 
青森を旅して、その旅があんまり良かったので、図書館でこの本を見つけてつい読みたくなった。写真集だから「見たくなった」というべきかもしれないが、写真家が結構思い入れの強い文を書いているので、やっぱり「読む」でいいのだと思う。
 
見たことがある場所も、見たことがない場所も載っていた。津軽という場所に吹く風や緑の濃さ、波の激しさを思い出して、意外なくらい胸が一杯になった。太宰はこの場所で生まれたんだね、育ったんだね、と思う。もっと生きてりゃ良かったのに。この世はこんなに美しいのに。中年になり、老年になってこそ、見えるものもあったろうに。いやあ、死んじゃ駄目だよなあ。
 
おばちゃんは、やっぱりおばちゃんなりの感想しか持てないのであった。
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サワキ
転勤族なので、全国を転々として、今は夫婦二人の東京ぐらし。息子は北海道の大学院へ、娘は関西の大学へ旅立っていきました。読書とお笑いが好き。読んだ本の紹介を中心に、日々の出来事なども、時々書いていきます。

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