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2017.12.16 08:40

136戯言の自由

「戯れ言の自由」平田俊子 思潮社

 

夫が借りてきた詩集。どうだったか尋ねると、伊藤比呂美についての詩が面白いよ、というので「伊藤」という詩を読んだ。そこに描かれていた伊藤比呂美は、まさしく伊藤比呂美そのもので、そうか、ポスト寂聴を狙っているのか、頑張れよ、と笑ってしまった。
 
それで勢いがついて、全部読んだのだが、面白かった。詩を読んで面白いのは谷川俊太郎以来かも。言葉遊びというかダジャレというか、よくぞここまで真面目くさって書いたな、と思う詩が、読んでいて心地よかった。宮沢賢治と高村光太郎と草野心平の大事な人が亡くなった時のことが並べて描かれていて、私がぼんやりと光太郎に関して思っていたことが、ちゃんと言葉にされていると思った。
 
詩は自由だ。詩は楽しい。詩は心地よい。
言葉で遊ぶ、言葉で歌う、言葉で描く。
 
いい詩に出会えてよかった。もう少し詩を読んでみようかと思った。
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2017.12.15 09:50

135ランチ酒

「ランチ酒」原田ひ香 祥伝社

 

見守り屋という珍しい仕事をしている主人公。夜から始まる仕事なので、朝も軽く食べ、昼前に仕事終了。帰宅して寝る前に、どこかでがっつりランチしながら、アルコールも飲んじゃうのが定番。そんな彼女の毎日が描かれている。
 
一話につき一エピソードとひとメニュー、それに何種類かのお酒。これがうまそうなんだな。とは言え、お酒と白米を一緒にってのは、私はちょっと違うかも、と思うが。実在の店が描かれているみたいなので、行っちゃおっかなーと思えてくる。
 
お気楽なランチのお話じゃなくて、彼女のつらい過去や、今現在抱えている切ない問題なども徐々に明らかになる。が、すべてが解決するわけじゃないのよね。全部読み終えて、え?え?まだ何にもオチがついてないじゃ~ん!と叫びたくなった。きっと続編が出るのね。どうか、最後にはしあわせになって欲しい。
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2017.12.14 09:48

134身体巡礼

「身体巡礼」養老孟司 新潮社

 

壊れていく父と、その介護に疲れていく母を手助けする往復の車内でこれを読む。老いや死の現実を突きつけられた中で読むこの本は、心にしみる。
 
引退した養老先生がやろうと思っていたことは、墓参りである。自分の親族だけでなく、海外の墓を回って歩く。解剖学で死体とばかり向き合っていた先生が、死体とは何か、を考えた挙句に行き着いたのが、墓巡りである。
 
死は二人称であり、一人称の死体は存在しない。死んだ自分を見る自分は存在しないのだから、自分の死体というのは「ない」。また、二人称はなかなか死体にならない。その人だと思う限りにおいて、それはその人自身であって、死体にならない。死体がモノになるとはどういうことか。死体の人称変化に興味を持った先生は、ドイツ、オーストリア、チェコの墓場を巡ったのである。
 
頭のいい人の文章とはなんと心地よいものだろう、と思う。すっきりとした組み立て、論理的な説明、わかりやすいたとえ。こんな頭脳をもっていたら、世界は違って見えただろうと思うばかりである。
 
聖心女子大の「聖心」が「聖なる心」ではなく「聖なる心臓」だとは知らなかった。ハプスブルグ家の埋葬では、心臓だけは切り取って別容器に保管される。マリア・テレジアも、ルードヴィヒ二世も、心臓が肉体から切り取られて、別の場所に保管されている。心臓こそがその人の象徴である。ハプスブルク家という共同体は心臓埋葬によって時を越えて持続していく。
 
ユダヤ人の墓は、決して壊してはいけないのだそうだ。だから、何重にも多層に重なって墓が作られる。土壌のせいで骨は溶けない。(日本は土壌の性質によって人骨は溶けてしまう。だから、縄文時代の人骨などがほとんど出土しないのだ。)いつまでも、死体・・・というか、人骨は残っていく。国土を持たないユダヤ人にとって、それは共同体の持続を意味する。
 
日本はあっさりと火葬する。封建的な家族制度もなくなってきたから、日本共同体はまさに今生きている人たちだけの集団になった。世俗的で機会主義的である共同体の継続は、天皇制によって時間が担保されるからだ、という指摘に妙に納得してしまう。
 
カタコンベの大量の頭蓋骨の写真を見ると、頭がくらくらする。この一つ一つが、かつてはひとりひとりの人間で、それぞれがそれぞれの人生を生きてきた。その歴史の多重さを思うと気が遠くなる。いっせいに骸骨が喋りだしたら・・・と思うと、恐ろしいような、でも、非常に興味深いような、不思議な気持ちになる。できうれば、私に理解できる言語で喋っておくれ、と願ってから、何を言っているんだ、私は、と笑ってしまった。
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2017.12.10 16:15

133昭和十年の女の子

「たくさんのふしぎ 昭和十年の女の子 大阪のまちで」

牧野夏子 文 鴨居杏 絵 福音館書店

 

大阪に住む小4のモモちゃんが、ひいおばあちゃんのスミ子さんに昔のアルバムを見せてもらう。そこから昭和十年の大阪の世界が広がる。
 
歴史を学ぶ楽しさってこういうことだ、と思う。古い遠い昔のように思えるけれど、その時代には、自分と同じような年齢のひいおばあちゃんが、自分と同じように毎日を生き生きと暮らしていた、とモモちゃんは知る。いつもいつも目の前にあるのは「今」であって、今の積み重ねが歴史になっていく。
 
古い地下鉄の車両はレトロでステキだし、子どもたちの服装も、今見てもお洒落で可愛らしい。デパートの食堂のお子様ランチは美味しそうだし、キャラメルやドロップはいつだって甘い。
 
本当は、そこから今に至るまでの間に、その街は焼け野原になり、たくさんの人が亡くなったのだけれど。だけど、そこには確かに生活があった。人々が生きていた。
 
過去を、今と同じようにいきいきと捉える目を持つことは、多くの学びとなる。また、それは楽しみでもある。今を生きながら、その時を思って街を見ることで、多重なものが見えてくる。おばあちゃんの昔話は、ただの昔話だけじゃなくて、そこからいくらでも世界を広げてくれるタイムマシンだ。
 
イラストを描いた鴨居杏さんって、鴨居玲や鴨居羊子のご親族かしら、とちょっと思って調べたけれど、わからない。ご存じの方、いらっしゃいませんか。
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2017.12.08 13:06

132パーマネント神喜劇

「パーマネント神喜劇」万城目学 新潮社

 

私は、クリスチャンホームで育った。物心ついた頃には毎週日曜日は教会に通っていた。そういうものだと思っていたので、小学生になって、同級生がペテロもパウロもモーゼもヨセフも知らないこと、賛美歌を歌えないことに驚いた。「主の祈り」を言い換えるパロディを思いついて練り上げ、友達に聞かせてたのに何の反応もなくてつまらなかった。という話を何の気なしに我が家の食卓でしたら、神を冒涜するな!!といきなり叱りつけられた。私はものすごく悪いことをした、罪深い子だと言われた。ショックだった。
 
そんな家庭に育ったので、神関係を扱うときには、やや緊張するクセが未だにかすかに残っている。神社にお参りすると、どこかいけないことをやっているような感覚が密かにあって、それがより味わいを深くしているような、変な気持ちになる。であるが故に、あらゆる宗教について妙な知識欲もある。余計に神社やお寺にお参りしたくなるような天邪鬼な気分も多分にある。
 
そんな私には、この本は、より面白いというか、心の中のいけない部分をくすぐられるような、こっそりいけないことをしているような味付けが一段加味されている気がする。
 
この本は、とある神社の担当をしている神様の昇進試験に関わる物語である。この神様が、非常に人間臭いというか、人情あふれるというか、ちょっと抜けているというか、そこが愛せる人、じゃない神なのである。日本の神様っていいよなあ、って思ってしまう。だってこんなにいじっても怒られないんだものね。
 
物語の中で、懐かしい子にも会った。万城目さんの物語はほのぼのと暖かくていいなあ、と思った。この本は、震災以後に書かれたものである。ということが、読んでいてちゃんと伝わった。楽しいけれど、それだけじゃない、祈るような気持ちも込められていると思う。
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2017.12.07 09:27

131バイトやめる学校

「バイトやめる学校」山下陽光 タバブックス

 

すげーな、ここまできてんのかよ。
 
と、のっけからお下品ですみません。この本は、正社員をやめるとかじゃなくてね、もう、バイトを辞めることをおすすめしてるんですよ。つまり、バイトで働くことをやめちゃって、好きなことだけして食べていくにはどうしたらいいか、を皆さんにお教えする本なんですね。
 
作者は、「途中でやめる」というふざけた名前の古着屋さんをやってたけれど全然売れなくて、しょうがないんでそれをウェブ上で紹介したら、いきなりじゃんじゃん売れ始めたんだそうです。2011年の震災で九州に避難して、そこで服を売って生活しています。基本、集めた古着を何着かコラボして手作りで新しい服をつくって、それをネットで売っています。彼は、働くのは嫌いだけど、服を縫うのは苦痛じゃないので、それを仕事にしたんです。スマホっていうのは便利で、家にいながらにして日本中の人とピンポイントで繋がれる。それを使わない手はないじゃん、ってわけです。そして、収入はほんのちょっとに押さえて、人を雇ったらいっぱい支払っちゃう。最低限食べていければいい、って姿勢です。
 
最近あった悲惨な事件の犯人が「楽して金が欲しかった」みたいなことを言ったらしいんですね。それから、世の中に蔓延してなかなかなくならない、いわゆるねずみ講的な、今はネットワークビジネスっていうんですか、あれなんかも、「楽してお金が手に入る」がキーワードらしいですよね。みんな、働きたくない。何にもしないでお金が手に入ったら、一番嬉しい。
 
この本も、ともすればそう読めちゃうんですよ。楽したい、働きたくない、仕事なんていやだ、好きなことだけしていたい。そんな感じがあって、最初、イライラしたんです。でも、なんかちょっと違う。儲けたい、とは思わないんですね。みんなが嫌いで苦痛だけど、自分は割に好きだ、大丈夫だ、というものを見つけて、そこんとこで頑張ってみたら?みたいな提言なんですね。そして、それは、ただ部屋に引きこもって自己否定に走っているような人たちに対して、「君の好きなもの、活かせるんだぜ?」というメッセージにもなっている。
 
この本を知ったのは、宮田珠己の書評です。彼も仕事辞めちゃった人だもんね。「めんどくさい」は人間の五大欲望のひとつである、と断言しちゃった人だものね。たぶん、この本の作者に共感するところはたくさんあるんだと思います。でも、そんな宮田さんは、結婚してお父さんになって、子どものサッカーにも付き合うし、家も建てちゃうし、本のプロモーションのためなら苦手なトークショーだってやっちゃうし、で、次々本も出してるし、結構働いている。働いてはいるけれど、彼にとっては、これは自分の好きを活かした生き方なんですよね。
 
うーむ。でも、読んでてやっぱり私は自分がおばちゃんだなあと思った。だって、みんながみんな、こうやってバイト辞めちゃって(バイトですよ、あなた。正業ですらないんですよ)自分の好きなことだけやって生きてこうとしたら、世の中むちゃくちゃになるじゃないですか。誰かが何かを生み出さなくて、どうして食べていける?と自分も何も生み出していない私が何を言ってるんだ、とは思うんですが。
 
ともあれ。部屋で引きこもってグジグジしている諸君はとりあえずこれを読み給え、とは思うんですな。これは、ひとつの考え方である。こういう生き方もある、ということで。
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2017.12.04 15:26

130京都の壁

「京都の壁」養老孟司 京都しあわせ倶楽部PHP

 

割と京都ヨイショの内容なので、「京都ぎらい」の返歌みたいなものか?と思ってたら、案の定、前書きにその書名も載っていました。養老さんはそもそも鎌倉生まれの人で、京都とのご縁は「京都国際マンガミュージアム」の館長になったこと。以来、月に一度は京都を訪れていたそうです。
 
「京都ぎらい」では、洛中の人間の洛外差別などが批判的に描かれていましたが、養老さんに言わせれば、東京にだって下町と山の手に差異がある、会津で鹿児島出身だとは言いにくい、など日本中どこにでもそういう心理的障壁はあるではないか、とのこと。たしかにそうだよな。京都は日本の縮図、ギュッと縮めた濃厚な部分があるのかも、とは思います。
 
京都は城郭がない都市である、という指摘もなるほどです。そもそもが障子や襖なんて、指一つで開けられる仕切りしかないというのが、厳重な鉄のドアを作らねば安心できない西欧人とはぜんぜん違うものかもしれません。問題は心の障壁なのだよ。
 
ついでに言うなら、フランスにだって「パリジャン」「パリジェンヌ」がいて、かっこいいという意味もあれば、お高く止まってやがらあ、と言う意味合いもある。京都みたいでしょ、と。人種のるつぼと言われるニューヨークだって、実は混じり合っていない、モザイクなのである、と論破します。だよね。結局、人って、そうやって区別、差別、心理的障壁がなければ生きていけないのかしら。
 
「京都ぎらい」なんて読んで、京都人はよそ者に冷たい、なんて文句を言っても、京都は魅力に富んだ街です。紅葉の季節になると、京都の紅葉が懐かしい。たしかに関東ここいらにも美しい紅葉の景勝地はいくらでもあるけれど、京都の紅葉はちょっと違う。手間のかけ方、お金のかけ方、その歴史が桁外れに違いまんがな、とつくづく思ってしまいます。ああ、こうやって愛憎交々で、京都に何度も足を運ぶ凡人なのであります、わたくし。
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2017.12.01 08:10

129m

「明治乙女物語」滝沢志郎 文藝春秋

 

明治21年高等師範学校女子部が舞台となったミステリ。森有礼や伊藤博文、それにヒュースケンの遺児なども登場する。
 
明治という時代も、その頃の女子学生も好きだ。大好物の題材だとどこかの書評で見つけて予約した本だと思う。確かに面白くはあったのだけれど。
 
でも、女学生たちの意識があまりに現代的で、時代を感じない。また、混血児の車夫が登場するのだが、彼に対する周囲の扱いも、いやいやそんなものではなかっただろうと思えてならない。
 
あの時代は、混血児を忌み嫌ったものだし、そんなにかんたんに周囲に受け入れられるものでもなかったはずだ。平野威馬雄「レミは生きている」を読んだ私には、この本の混血児の扱いがあまりに安易に思えてならない。
 
また、女学生たちの現代っ子ぶりも、ちょっと度を超えている。意識、思想というものは、そんなにかんたんに変わるものではない。明治維新からほんの二十年程度の時期に、そこまであけっぴろげで自主性に飛んだ女性学生たちの会話が繰り広げられたものだろうか・・・・。まあ、これはフィクションだからなあ、そこまで言う必要はないのだろうけれど。
 
でも、どちらかと言うとストーリーよりは、明治という時代を味わいたかった私には、ちょっと物足りない感じはあった。
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2017.11.30 08:40

128旅日記

「旅日記3 《総集編》」蔵前仁一 旅行人

 

「旅行人」編集長・蔵前仁一の「ゴーゴー・インド30年を記念した回顧展」で購入した本。1985年当時の絵日記をそのまま印刷したもので、道で拾ったラベルが貼り付けてあったりして楽しい。ボンベイを出る列車でカメラもろとも記録と日記のノートを盗まれてしまって、その続きとなったノートだそうだ。ノートブック自体は中国製で、カトマンドゥで約100円で買ったもの。
 
蔵前さんがまだ若くて、初めての旅を新鮮に楽しんでいる空気がそのまま伝わってくる。旅で出会った様々な人達の横顔も見える。くっついては別れるカップルや、ドラッグにハマって、このまま死んでしまいそうな無口なオトコなんかも出てくる。みんな、今どうしているんだろう。生きているんだろうか。
 
当時、天国のようだったコサムイ島も、いまじゃすっかり観光地化されてしまったのだろうな。インドの都市の悲惨さは、いまも変わらないのだろうか。
 
この頃の蔵前仁一やグレゴリ青山や宮田珠己の旅日記は、私をいつも励ましてくれた。彼らが世界中をフラフラしている話を読むだけで、私も一緒に旅をしてた、と思う。
 
 
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紀行文
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2017.11.29 14:34

127学校は日々ドラマ

「学校は日々ドラマ [はいすくーる落書]その後」

多賀たかこ 朝日新聞社

 

その昔、「朝日ジャーナル」という雑誌があって、それが主催するノンフィクション大賞を受賞したのが現役高校教師、多賀たかこの書いた「はいすくーる落書」であった。エリート県立高校から底辺の高校に転勤した教師の日々奮闘の記録で、後にテレビドラマ化もされたらしい。私は見てないけどね。で、この本は、その続編みたいなものである。
 
もう25年も昔の高校の実態が描かれている。ゆとり以前だものなあ。北関東の農業高校や工業高校では、シンナーやらバイクやら喫煙やら不純異性交遊やらで、とにかく中退しないで無事卒業させるのに教師が苦労していたらしい。ハードな日々。今の子達はもっとソフトになっているようなきがする。
 
なんでこんな本を読んだんだっけ。「昔の田舎の高校のつっぱりって、すごくなかったですか?」みたいな質問をネットで見かけて、いろんな不良の伝説みたいな話をちらっと見たら、「はいすくーる落書」を思い出して、図書館で検索をかけたら続編を発見して、という流れだったような。それにしても、古いなあ。今はまた、ぜんぜん違う現実がある。あのころは、スマホ、携帯は愚か、ポケベルもなかった時代だものねえ。なつかしい。
 
当時ブイブイいわせてたつっぱりのにーちゃんねーちゃんたちも、中年になっているのね。振り返って、どんなことを思っているのかなあ。それにしても、あの頃の朝日ジャーナルは面白かったんだけどなあ・・・・。
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サワキ
転勤族なので、全国を転々として、今は夫婦二人の東京ぐらし。息子は北海道の大学院へ、娘は関西の大学へ旅立っていきました。読書とお笑いが好き。読んだ本の紹介を中心に、日々の出来事なども、時々書いていきます。

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